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仕事終わりの体は、思ったより重い。

制服を脱いで私服に着替えると、少しだけ力が抜ける。


でも完全には抜けない。

今日も無事に終わった、という安堵と、

明日も同じように立たなければいけないという現実が同時にある。


ホテルのフロントは、華やかに見えるらしい。

でも実際は、立ち続ける仕事だ。

笑い続ける仕事で

謝り続ける仕事でもある。


後輩の失敗は、先輩の責任になる。

お客様の怒りは、まず最初に自分が受ける。


それを選んだのは自分だ。


20歳で社会に出て、三年。

気づけば「大人だね」と言われる側になっていた。


大人になりたかったわけじゃない。

ならざるを得なかっただけだ。





家に帰るとテレビの小さい音がする。


湊はソファの端に座っている。

いつもと同じ場所。


でも、空気が少し違う。

仕事帰りの私は、まだ少しだけ緊張が抜けていない。


「今日、遅かったですね。」

何気ない声で湊が言う。


「まあね。」


仕事の細かい話はしない。

団体が入ってバタついたことも、

クレームで長く頭を下げたことも、湊は知らない。


少しの沈黙の後

「フロント、混んでましたよね。」


指先が止まる。

「……なんで。」


顔を上げると、湊は一瞬だけ間を置く。


「金曜やし。」


不自然さはない。

でも、どこか具体的すぎる。


私は言っていない、混んでいたなんて。


「見たことあるだけ。」

付け足すように、逃げ道を作る。


胸の奥が、少しだけざわつく。


もしかして。


いや、考えすぎだ。

見られたとしても、困ることはない。

……ないはずなのに。


頭を下げる姿も。

後輩に厳しく指示を出す顔も。

一瞬だけ、息を吐いた顔も。

あまり、見せたくはない。


仕事は、きれいなだけじゃない。

笑顔の裏で削れていく。

その削れ方は、学生の時間とは違う。





「最近、変わったね。」

気づけば言っていた。


「どこが?」


「静か。」


前はもっと、熱が前に出ていた。

今は、熱が奥に沈んでいる。


湊は少しだけ考える。


「見てるだけです。」


「何を?」


「遥花さんが生きてる時間。」


胸が鳴る。


仕事だけじゃない。

朝も、疲れた夜も。

責任も。

選び直しにくい未来も。


全部込みの時間。


「学生の俺とは、違うやろ。」


軽い調子ではない。

事実として。


「俺はまだやり直しも効くし、選び直せる。

でも、違うから無理とはならへん。」


静かだ。

対抗心でも、守る宣言でもない。

ただの決意。


私は視線を落とす。

怖いのは年齢じゃない。

学生という立場でもない。

違いを分かった上で、退かないことだ。


「削られてるよ。」


ぽつりとこぼす。

自嘲に近い。


湊は首を振らない。慰めない。


「知ってる。」


それだけ。


境界線は、まだある。


でも線の向こうから、

まっすぐ見られている。


逃げ道を残さない目。


私はまだ、その線を越えない。


でも。


越えたときの未来を、

少しだけ想像してしまった。




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