105
年明けは、あっという間だった。
「今年もよろしくお願いします」
なんて、どこでも同じような挨拶をして。
遥花の実家にも顔を出して、
湊の実家にも一緒に行って。
少しだけ緊張して、でも思っていたより穏やかに過ぎて。
「……ちゃんと、終わりましたね」
帰り道、湊がぽつりと言った。
「なにが?」
「いろいろです」
曖昧に笑う。
その横顔を見て、
「ああ」
と、少しだけ納得する。
「うん。ちゃんと進んでるね」
そう言うと、
「はい」
って、短く返ってくる。
四月。
朝の空気が、少しだけ新しい。
「橘、ちょっといいか」
呼ばれて顔を上げる。
「はい」
席を立って、先輩のデスクへ向かう。
「来期の体制なんだけどさ」
資料を一枚、差し出される。
「これ、お前の名前な」
視線を落とす。
「……」
一瞬、言葉が止まる。
そこに書いてあるのは、
今までとは違うポジション。
明らかに、ひとつ上。
「……あってます?」
思わず聞くと、
「間違ってたら出さねぇよ」
軽く笑われる。
「今回からここ任せるから」
さらっと言う。
でも、その“ここ”が軽くない。
「責任増えるけど」
一拍置いて、
「まぁ、お前ならいけるだろ」
その言い方は、期待でもプレッシャーでもなくて、
ただの事実みたいだった。
「……はい」
短く返す。
「よろしくお願いします」
そのまま頭を下げる。
「おう、頼んだ」
軽く背中叩かれる。
それだけで、終わり。
特別な演出なんてない。
でも——
自分の席に戻って、座る。
もう一度、さっきの資料を見る。
名前。
ポジション。
任される範囲。
全部、ちゃんと変わってる。
「……」
息を吐く。
不安がないわけじゃない。
でも、
それ以上に——
「……やるか」
自然に、そう思えた。
少し前の自分なら、
“できるか”を考えてた。
今は違う。
“やる”が先に来る。
「橘、さっそくなんだけど」
後ろから声。
「はい」
すぐ振り返る。
「この案件、お前主導でいってみるか?」
「はい、やらせてください」
迷わず答える。
そのまま資料を受け取って、
立ち上がる。
歩き出しながら、
ふっと思う。
——ここまで来た。
まだ途中だけど、
ちゃんと前に進んでる。
ポケットの中で、スマホに触れる。
画面は見ない。
でも、
浮かぶ顔は、ひとつだけ。
小さく息を吐いて、
前を見る。
「……やっと言えるな」
誰にも聞こえないくらいの声で。
そのまま、仕事に戻る。




