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湊の会社最寄り駅。
仕事終わりの人で少し混んでる改札前。
「……来た来た」
壁にもたれて、悠は視線を上げる。
見慣れた姿と
その隣に、もう一人。
「橘さん〜今日もお疲れさまです〜」
甘い声。
距離が近い。
「……これか」
小さく笑う。
様子を見るために、あえて動かない。
「ほんと彼女さん好きですよね〜」
そのまま聞こえてくる。
「こんな可愛い子が隣にいるのに」
——言うなぁ。
湊は足を止めない。
でも。
一瞬だけ、視線を向ける。
「……そうですね」
淡々と。
「好きなんで」
間を置かない。
逃げない。
濁さない。
後輩が一瞬詰まる。
笑ってはいるけど、少しだけ引っかかってる。
「でもぉ——」
「湊」
そのタイミングで、悠が声をかける。
湊の顔が上がる。
「……悠?」
「よ」
軽く手を上げる。
そのまま近づく。
後輩の視線も一緒に動く。
「誰ですか?」
「友達」
「え、紹介してくださいよ!」
食い気味。
でも。
「行くぞ」
湊はそのまま歩き出す。
完全スルー。
「え、ちょっと!」
後輩、食い下がる。
「紹介してくださいよ〜!」
最後の一押し。
でも。
湊は振り向かない。
「また明日」
それだけ。
業務連絡みたいな一言。
距離を切る。
「えー!」
不満そうな声が後ろに残るけど、
もう気にしてない。
少し歩いたところで、悠が横を見る。
「なにあれ」
「後輩」
「そういう意味じゃねえよ」
小さく笑う。
「だるくね?」
「だるい」
「顔に出てたぞ」
「出してない」
「出てた」
少しだけ睨まれる。
でも、その程度。
「で?」
悠が続ける。
「どうすんの」
「どうもしない」
歩きながら、視線は前のまま。
「興味ない」
さっきと同じ温度。
変わらない軸。
「だろうな」
あっさり返す。
「だから見に来た」
ぴたり、と一瞬止まる。
「……遥花さん?」
「さあな」
とぼける。
小さく息を吐いて。
「余計なこと言ってへんよな」
「言うかよ」
「……ならええけど」
それ以上は聞かない。
最初から、信じてる前提。
「ほんとさ」
悠がぼそっと言う。
「ブレねえな」
「ブレる理由ないんで」
間を置かず返ってくる。
シンプルで、重い。
思わず笑う。
「はいはい」
「なんや」
「いや」
肩をすくめる。
「そのまま行けよ」
少しだけ視線が合う。
それから、
「……言われなくても」
低く、でも静かに返ってきた。




