8:『聖女』
こちらの物語は書籍版の続きとして、『ルナリア』の物語の続きを書いたものになります。
Web版の続きは!? 書籍版の続きは!? って言ってくださっている方が多かったので、「よっし書くか!」と思い立って書き始めたものになります。
『ルナリア』がどうなっていくのか、コミカライズとは別の物語としてお楽しみくださいませ。
遠見の水晶――これがあれば、離れた場所であっても、自分が訪問したことのある場所であれば、何が起こっているのかを見ることのできる大変便利なアイテム。
というのが、『天使の加護は貴方と共に』の続編の攻略本には記載されている。
マナ・プリメラはそれを知っていたから、イクシス王国から脱走して続編の舞台である国へと逃亡してきて、早々に続編の主人公である悪役令嬢を見つけ、コンタクトをとった上で匿ってもらいつつ、何が起こっているのかを確認しながらあれこれアドバイスをしていたのだ。
勿論、マナの言う通りにすれば何もかも思い通りに進むと分かった悪役令嬢……もといレアンドラはこれを素直に聞き入れた。
だがしかし、マナは少しだけレアンドラへの説明を誤っている。
「何で……セラフィナはあんなに簡単に婚約破棄を受け入れているの……?」
「マナ、大丈夫なのか」
「勿論です! 少しイレギュラーが発生しておりますが、許容範囲ですもの」
にこ、と微笑んだマナの笑みを見て安心したらしいデイルは、力強く頷いた。
やはり自分は、マナを選んで正解だったのだと思えるほどの強く、美しい笑顔だとデイルは勝手に悦に入る。
ルナリアと比べてはいけないのかもしれないが、こんなにも魅力的ならば比べない、という選択肢は彼の中に存在していなかった。
むしろ、ルナリアからすればデイルなぞ興味の欠片も抱けない、心底どうでもいい存在であるということは、デイルはすっかり忘れてしまっている。
魔物退治への強制参加、騎士団の補助、結界の修復、更には遠征時の本拠地設営の補助など。華々しい世界でずっと生きてきたデイルは、耐えられないほどの屈辱でしかなく、マナに唆されてすぐさまイクシス王国から逃亡を図ったのだ。
そんな事をすれば、デイルの立場やマナの立場、更にはマナの実家であるプリメラ家にとっても立場はとんでもなく悪くなることは簡単に想像できるというのに、何でそんな事をしたのか?
理由は簡単。
マナは、続編があることを知っていたから、大逆転に賭けた。
デイルは、ルナリアにひと泡ふかせたくてマナの提案に乗った。
一応この二人、きちんとした恋愛関係にはあるものの、それ以上にあるのはお互いどんな風にギブアンドテイクが成り立つのか、その先にどれ程の利益があるのか。
二人とも、揃って狙っているのはイクシス王国での立場の完全回復。
仮に、立場が完全回復出来たとしたならば、ルナリアの立場が悪くなる……とは思えないが、ある程度評判を下げることができてしまうかもしれない。
しかし、忘れてはいけない。
そもそも、『天使の加護は貴方と共に』のゲーム世界は思いきり崩壊しているようなもの。
ルナリアという悪役令嬢が勝ちをおさめてしまったのだから、もう既にマナ・プリメラというかつての主人公の立場や価値はあってないようなもの。
聖女としての利用価値があるからこそ、イクシス王国ではギリギリのところで極刑を免れていたにすぎないのだ。
「デイル様、今度こそ王太子に返り咲きましょうね!」
「あぁ、マナには本当に感謝している。君のおかげで、俺はまたあの素晴らしい地位を手に入れることができるんだ。第二王子なんか、早々に蹴落としてやろうとも!」
「デイル様……!」
基本的に、デイルは大変見目麗しい。
だから、キリッとして今のようなセリフを吐いてしまえば見た目補正のおかげで、キラキラした王子様そのもの、ではある。
あるのだが、中身が伴っていないことにマナは恐らく気がついていない。
ゲームの中でもデイルはこんな性格だし、何かが間違っているわけもないから、マナは『やっぱり正統派ヒーローは落としておいて正解だったわ!』と心の中で浮き足立っている……が、イクシス王国の動きは遠見の水晶で一切確認していない。
「そうだデイル様、とりあえずこちらの国王ご夫妻に色々アドバイスをしに行きましょう!」
デイルのご高説を聞いてからすぐ、何やら不穏な気配のある謁見の間の様子を見ていたマナは、不敵に微笑んで提案をする。
提案、というよりは決定事項のそれを聞いて、デイルも力強く頷いた。
「あぁ。きっと、こちらの『聖女』とかいうセラフィナという令嬢も、ルナリアと同じだ」
「……」
デイルの口から出た名前に、マナの頬がひくついたが彼は気付かないまま更に言葉を続けていく。
「気になる相手の男の気を引きたい、そんな浅はかな考えがあるから、婚約破棄の書類をさっさと作ってしまったのだろうな! だが、セシリオ殿下はそんな馬鹿な考えを読んだ上でサインしたに違いない!」
ルナリアがここに居たら、『何言ってんだこのアホ男』とデイルの考えを一刀両断したことだろう。
色んな意味で思考回路が破綻している、とは気付かないまま、デイルはあれこれ言いまくっているのだが、全て見当違い。
セラフィナは色んな意味で覚悟をして婚約破棄の書類を作成して、上手いこと誘導して書類にサインをさせている。
そもそも、ほぼセラフィナへの断罪が完了しているこの国では、『セラフィナ=悪役聖女』とでもいうべき公式のようなものが出来上がっているので、セラフィナがいくら行動しようとも『あらまぁ、無様な聖女サマ』くらいの認識しかない。
セラフィナとして歩み始めたルナリアはこれをすぐさま理解し、その上で動いている。
アニムンディ家からすれば、可愛い娘が家に帰ってくることは万々歳。
聖女だからとて王太子と婚約しなければいけない、だなんて理屈が分からない。王家に、国に縛り付けておきたいなら神殿所属にしておいてから、それ相応の報酬を支払いつつ結婚はアニムンディ家の令嬢として進めればいいだけの話では、というのがセラフィナの父であるアレスの意見だ。
「まったく、ルナリアもそうだが……セラフィナ、とかいう令嬢も愚かだ」
「ふふ、本当のことは言っちゃいけませんよ殿下ぁ」
「マナの殊勝さを見習ってほしいものだ」
「やだもう殿下ってば!」
キャッキャとしている二人は、痛みを忘れてしまえばルナリアからされた仕置すら忘れてしまった、とでも言わんばかりにお花畑全開で会話を続けている。
水晶の示す先では、今まさに一触即発状態なのだが、そういうところをきちんと把握しないまま二人の世界に入ってしまっていたのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「アニムンディ侯爵、このようなふざけた書類を……!」
「作成したのはわたしですが、サインはきっっちりと王太子殿下がしてくださっておりますよ。殿下の筆跡でしょう?」
「……ぐ」
言い逃れできない事実ではあるし、国王は帰国して早々に『父上、セラフィナとの婚約破棄をしました! あと、レアンドラと婚約しました!』と報告されたのは夢であってほしいと願っていたのだが、真実だと思い知らされてしまったのである。
アニムンディ家の主張は理解できるが、これまでの慣習をいきなり捻じ曲げることはできないから、セラフィナをセシリオの婚約者として話を(無理やりにではあるが)進めていたことが、アニムンディ家の怒りを倍増させる結果となり、今に至っている。
慣習だからとて、無理やり話を進めるからこうなることに加え、セラフィナへの『断罪』という名前の一方的な暴行が、国王の頭を痛めてしまう事となっているのだが、セシリオを始めとした実行犯たちは一切気付いていない。
良いことをしたという認識しかない彼らは、どこまでも自分本位だった。
まさか、国の宝である『聖女』に対して殴る蹴るの暴行をしていた、だなんて誰が思うか。
しかもこれが、国王のいない間に、王立学園の生徒たちがやらかしてしまっていた。セラフィナ本人は怪我の後遺症から記憶を失ってしまったからこそ、今回の婚約破棄の書類作成にまで至ってしまった、とアレスが報告したものだから国王は頭痛が更に酷くなってしまったのだ。
「……愚息が、すまなかった。だがしかし、婚約破棄は!」
「先に法務課に提出してきましたし、内容自体はおかしな所もないし、サインも王太子殿下のものだと照合完了されておりますし、受理自体はされているんですが、陛下にも書類の内容は見せた方が良いかなー、と」
あっはっは、と朗らかに笑っているものの、アレスの目の奥にあるのは途方もない怒りの感情。
「娘を蔑ろにされ続け、その度に陛下や王妃殿下に対してわたしはお願いし続けましたよね?」
「それ、は」
「殿下のセラフィナへの態度が、明らかにおかしい。そんなに婚約に不満があるのであれば、これまでの慣習を見直してはいかがか、と」
「……」
ぐうの音も出ない正論パンチを食らった国王は、言葉の通り頭を抱えてしまった。
隣に座っている王妃は失神寸前になっており、顔面蒼白を通り越して、真っ白。まさか自分の息子がこんなことを、という思いやら何やら、色々混ざりあって感情が大渋滞を引き起こしているのだろう。
「……まぁ、そんなわけですし、セラフィナはこれ以上王宮に来る必要もなければ、卒業に必要な単位も取得しておりますし、学園にも行く必要がない。なので、領地に我々と戻ろうかと……」
「ま、待ってくれ!」
「何でです?」
「その、今回の件に関与した輩は全員処分もさせる。聖女を失ってしまうのは……」
困る、という発言の前に、謁見の間に宰相が息を切らせて駆け込んできたのだ。
ずばん、と物凄い音を立てて扉を破らんばかりの勢いだったために、アレスも国王夫妻もぽかんとしてしまう。
「何事だ!」
「緊急事態です、隣国のイクシス王国より、……イクシス王国筆頭公爵家、ソルフェージュ女公爵からたった今急ぎの知らせが……っ」
「は……?」
「内容は、『匿っている犯罪者の引渡し要請について』とあります!」
匿っている犯罪者、という何とも聞きたくないような言葉の内容に、今度こそ王妃はふっと気を失ってしまい、椅子から崩れ落ちてそのまま倒れ込んでしまったのだった。




