6:逃亡者
こちらの物語は書籍版の続きとして、『ルナリア』の物語の続きを書いたものになります。
Web版の続きは!? 書籍版の続きは!? って言ってくださっている方が多かったので、「よっし書くか!」と思い立って書き始めたものになります。
『ルナリア』がどうなっていくのか、コミカライズとは別の物語としてお楽しみくださいませ。
「……で?」
ルナリアは足を組んで、じとりとした視線を国王や王妃へと向けた。
「……」
「……」
国王夫妻は揃って、バツの悪そうな顔をしているが、ルナリアは視線の鋭さを緩めることなく問いかけを続けた。
「各地を飛び回って、魔獣退治や土地の浄化に勤しんでいたはずの、元・王太子殿下と聖女が……逃げた、ですって?」
「……っ」
「監視体制はどのようになっておりましたか? 逃亡した際、逃亡時のペナルティなんかは課していなかったのですか?」
矢継ぎ早に問いかけてくるルナリアに、王妃・リュミエールはぐっと押し黙ってしまった。まさか、逃げるだなんて思っていなかったから、あまり厳しくしていなかった、だなんて言ってしまえばルナリアは怒り狂うことは目に見えている。
言わなければ、ルナリアのことだ。
即、ファリトゥスに連絡を取ってから真偽を確かめて、結局のところ、どちらにせよバレてしまうだろう。
「……ルナリア、その……」
「王妃殿下、用件としては『連れ戻せ』ということで、お間違いないですか」
問いかけのようで、問いかけていない。
ルナリアは決定事項として、連れ戻す、として話をしている。
「お間違い、ないですよね?」
もう一度、念を押せば国王夫妻は力なく頷いている。この夫妻は、やはり実の息子に対して、とても甘い。だからこそ、誰かが厳しくする必要性があるのだが、それをルナリアがやる、ということがおかしいまであるけれど、イクシス王国で筆頭公爵をしている以上、何らかの尻拭いも仕事のうち、と割り切ればまぁどうにか……というところではある。
「……間違い、ないわ」
「憔悴しきっているところ、申し訳ございませんが……これはそもそも王家の責任として処理していただく必要があるというところも、お忘れなきよう」
「……っ」
母の友人であるからこそ、幼い頃から知っているからこそ、ここまで言えてしまうということもある。
加えて、先日の婚約破棄騒動からの聖女の暴走。
これらは全て王家の責任としてしっかりと後処理をした矢先の、デイルとマナの脱走騒動。
恐らく、魔獣退治と各地の浄化が嫌で脱走した、ということだろうが、世の中そんなに甘くはない。
「ごめんなさい……貴女に迷惑を……」
「いえ、この国の貴族としての務めを果たすだけです」
「すまない……」
「お二方、頭を下げないでください。……ちなみに……」
「?」
ルナリアの声が急に柔らかなものになったことで、国王夫妻はハッとして慌てて顔を上げた。
「連れ戻す手段は、問わないです……よね?」
「え、えぇ……」
「そうだな、役目を投げ出して逃げ出したのは、あやつらだ」
「それを聞いて安心いたしました。ああそうだ、もう一つ」
「何だ?」
またもや、とても穏やかなルナリアの声音に、国王夫妻は冷や汗をかきながらも不思議そうに目を丸くしている。
「一人では手に余るかもしれないので、アストリア卿に同行いただいても?」
「予定が問題なければ……というところではあるが、問題ない。数日程度だろう?」
「ええ。一週間はかけませんし……居場所はエレディア王国と聞いております。であれば、さほど時間はかからないでしょう」
にこやかなまま、ルナリアは答える。
そして、同時に思った。
「(……エレディア王国なら、天使の加護は貴方と共に、の続編の国。どうせ次回作のヒロインに取り入るかどうにかして、助かろうと思っていたんでしょうけれど……馬鹿ね、マナにデイル)」
ふ、と笑みを消して改めてデイルとマナについての報告書をじっと眺める。
書類にははっきりと『逃亡者』と記載されているので、完全にこのイクシス王国では犯罪者扱いとなるだろう。
連れ戻した場合、恐らく今とは比較にならないほどの監視を付けられ、……ああそうだ、ファリトゥスあたりがこれ以上ないほどの監視を付けてくれるに違いない。
「(さぁて、どうしてくれようかしら)」
ルナリアは、心の中でほくそ笑む。
今度こそ、あの二人に容赦なく制裁を加えられる。
マナに関しては、何度も地面に叩きつけて、ダメージが入った瞬間に魔法で治療をして、を少なくとも五回は繰り返した。
天井から地面へ叩きつけられるたび、骨が折れる音が、体がひしゃげる瞬間も、きっと即死レベルであろうダメージだったはず。
何度も何度もそれを繰り返して、メンタルをへし折ってやったはずなのに、それをもうすっかり忘れている、とでもいうのであれば、マナのメンタルはきっと鋼か何かでできているに違いない。
というところを考えて、今度はどうしてくれようか、と思えばエレディア王国に向かうことが楽しみになってくる。
「……では陛下、王妃殿下。早速行動に移りますので、わたくしの行動には一切の口だし無用に願いますね」
「わか、った」
「こちらにサインをお願いしますね」
にこ、ととどめと言わんばかりにルナリアは一枚の書類を差し出した。
一体何だ、と書類を覗き込んだ二人は慌ててルナリアの方を向く。そうすると、ルナリアはまたもやにこり、と微笑んだ。
「どんな手段を使っても、連れて帰ってきますので、という内容のものです。連れて帰らないことには……何をどうすることも出来ないでしょう?」
言葉の内容だけ聞けば、確かにそうかもしれない。そう判断した国王夫妻は、お互いに頷き合ってすぐさまサインをしてくれた。反省は出来るようだが、あの卒業パーティーの時にそういうことはきちんとしておいてくれ、と思ったルナリアだが口には出さない。
サインしてもらった書類を持って、王宮の廊下を歩きながら、まっすぐ騎士団の方へと出向く。きっと今なら稽古に勤しんでいる時間だろう、と思って向かえば案の定、だった。
「アストリア卿!」
「…………ルナ?」
稽古場の入り口から大声で呼べば、稽古をしていたミトスがルナリアの方を振り向いた、とほぼ同時にルナリアは地面を蹴り、ミトスのところまで真っすぐ加速していけば、意図に気が付いたらしいミトスがルナリアの蹴りを間一髪のところで腕で防いだ。
「……っ」
「まぁ、とても良き反応速度ですわね」
「お褒めにあずかり……どうも……っ!」
腕を振ればルナリアの足はどかされるが、びりびりと鈍い痛みがミトスの腕に残っている。
にこにこと上機嫌のルナリアが指を鳴らして治癒魔法をかけてはくれたものの、やけに機嫌の良い様子の彼女の様子に訝し気に口を開いた。
「何があった」
「ネズミの捕獲作戦が、実行されるとのことよ。捕獲方法は、問わない、ですって」
「……ああ」
そうか、と呟いたミトスの目にも剣呑な光が宿った。
「用件は」
「ネズミさんの捕獲、お付き合いくださいませ。それと……」
「ファリトゥスさんにも共有すればいいか?」
「ええ、わたくしからはアリシアに」
「承った」
完結な内容ながらも、双方何をしたいのかは心得ている。
ちょうどいい機会だから、あのクソ王子には一泡も二泡も吹かせなければいけない。でなければ、本物のルナリアがやられてきたことの半分もお返しできていない。
身勝手かもしれないが、あのクソ王子をぼこぼこにできる機会を、公式的にゲットできたのだから、遠慮なんてしてはいられないのだ。
「……ねぇ、ミトス。一つ聞いてもよろしくて?」
「何だ」
「もしも……奇跡が起こって、あの人が戻ってきたら……ソルフェージュの民も……あの人のことも……よろしくね」
「…………」
ルナリアが何を言おうとしているのかなんて、分かる。
本物と比べてはいけないものの、長年付き合ってきた幼馴染の考えなんか、お見通しなのだから。
「ああ」
「ありがとう」
――もしも、奇跡を起こせる可能性があるならば、それに賭けよう。もしかして『ルナリア』が転生しているというのならば、私の全てを賭けてでも……元に戻せば……。
「……笑って過ごせる場所は、もうお膳立てしてあるもの」
「何だ?」
「いいえ、何も」
ふ、と微笑んだルナリアは騎士団員に『お騒がせしました』と告げてから、その場を後にした。
アリシアに連絡をして、エレディア王国に向かう旨、そして万が一の転移魔法からの転送先として待機していてほしい、ということも伝えた。
「……さて、カイル」
「はい、ルナリア様」
「エレディア王国に向かいます」
「戻られたばかりで、ですか」
「…………お小言はいらないわよ?」
「はっはっは、何を仰いますやら」
「一週間前後だから」
「はっはっは」
カイルめ……! と思わず唸りそうになったルナリアだが、実際諸国漫遊……とまでは言えないが、外国に行っていて、帰ってきて早々に国王から召集されて、帰宅したらまた海外に、という事態。
カイルからすれば、ようやく当主が帰ってきたというのに、と文句を言いたくなる気持ちも分かるというものだが、ルナリアからすれば絶対に許可をもらう必要がある。
「デイル殿下とマナ絡み、というか二人を捕獲してくるように、っていう命令なのだけれど」
「行ってらっしゃいませ、我が主」
「(調子いいわねコイツ)」
ルナリアはかつてデイルから、相当杜撰な扱いばかりをされてきたのだから、当然と言えば当然ではある。
使用人たちからもデイルとマナの評判は推して知るべし、というくらいの最悪なもの。この反応も予想は出来てしまうものの、ここまでとは……とルナリアは唖然としてしまった。
「……ま、まぁ、早めには帰ってくるから」
「かしこまりました、行ってらっしゃいませ。お荷物は」
「適当に、動きやすい服でお願いできるかしら」
「かしこまりました」
深々とお辞儀をしたカイルは、いそいそとルナリアの荷物を作るためにどこかへ行ってしまった。きっと何かあれこれ詰め込む気なんだな、と想像しつつ、窓の外にルナリアは視線を向けた。
「さぁて……お覚悟なさってね、クソ野郎ども」




