5:昼休み
こちらの物語は書籍版の続きとして、『ルナリア』の物語の続きを書いたものになります。
Web版の続きは!? 書籍版の続きは!? って言ってくださっている方が多かったので、「よっし書くか!」と思い立って書き始めたものになります。
『ルナリア』がどうなっていくのか、お楽しみくださいませ。
昼休み、場所はカフェテリア。
きっと、いつもは何事もなく過ぎ去っていくであろう、生徒たちの憩いの時間。
だが、今日に限っては違っている。
「おい……」
「あれってさぁ……」
ひそひそ、と話声が聞こえる中だが、セラフィナは素知らぬ顔でランチを食べている。
別に誰が何を言おうと、知ったことではない。誰に文句を言われようとも、ただ、学校を卒業さえしてしまえば、セラフィナにとっては不都合なことはないのだから。
「(何ともまぁ鬱陶しいこと)」
ちらちらとセラフィナを見ている人たちの中から、すっと一人の女子生徒が出てくる。凛とした様子で背筋を伸ばし、真っすぐにセラフィナのところに歩いてくると、テーブルをばん! と思いきり叩いたのだ。
「……」
「セラフィナ・アニムンディ」
「……何か」
「よくもまぁ、殿下に婚約をやり直しさせるだなんてことを……」
「事実は正確にお願いします。ああそうだ、殿下に言ってくださらないかしら」
全くものおじしていない様子で、セラフィナはすっと視線を上げて、睨んできている令嬢――レアンドラを見上げながら微笑んだ。
「私、殿下に正式に婚約破棄していただきたく、書類を持ってきているのですが……どうしてでしょうね……殿下は頑なにサインをしてくれていないのです。ですから……」
す、とセラフィナは立ち上がった。
何故だろうか、身分はレアンドラが公爵令嬢であるから勿論上のはず。それなのに、セラフィナの底知れない迫力の前では、何かをどうすることもできないまま、思わず一歩、下がってしまった。
「レアンドラ様から、殿下にお願いしていただけませんか? どうぞ、婚約破棄をしてください、って」
「な……」
嘘でしょう、とレアンドラは愕然とした。
確か、セラフィナは学園を一時的に休む前は、こんなに堂々としていなかったはずだ。
いつもいつも、セシリオの顔色を窺って、レアンドラに対しても笑顔で、とても丁寧に接してくれていたはずなのにとわなわな震えているが、今はそんなことを考えている場合ではない。
「まぁ、お嫌なのですか?」
「い、嫌なわけないでしょう!?」
「良かった! では、早急にお願いいたしますね! レアンドラ様なら、きっとそう言っていただける、って信じておりました!」
とてもにこやかに、カフェテリアに響くような声の大きさでセラフィナが告げたものだから、全生徒がセラフィナとレアンドラに注目してしまった。
今更捨てるものなんてない、と腹を括って容赦なんかしてやるわけないだろうが、と考えているセラフィナの行動は、どうやっても予測できない。
レアンドラは必死に考えてみるものの、婚約破棄に関して何かを言える立場ではない、というかどちらかといえば『さっさと婚約破棄しろ』と突っつかなくてはいけない立場だ。
「ぁ……う」
「まぁ、どうなさいましたのレアンドラ様!」
「何でも……ない、わ」
「左様でございますか。では、よろしくお願いいたします。書類は私が持っておりますので、お早く! 取りに来てくださいませね!」
それでは失礼します、とにこやかに告げたセラフィナは、既に終えたランチのお皿を下げるべくすっと立ち上がった。
セラフィナに対して文句を言いたい生徒もいるようだが、セラフィナの話した内容がとても当たり前で、文句を言おうにも言えない状況。至極当然のことを言っているのだから、当たり前なのだが、レアンドラもセシリオも、そして他の生徒たちもどうすれば良いのか分かっていないようだ。
「……何なの……あの子」
呆然と立ち尽くしていたレアンドラは、はっと我に返ってから、自分のランチを済ませようとしていたところに、セシリオが力なく歩いてきているのを見つけた。
「セシリオ殿下!」
「……レアンドラ」
何だか疲れ切っている様子のセシリオを心配そうに見つめている姿は、まるで物語の中に出てくる王子様とお姫様のようで。
周囲の生徒は彼らを祝福したい気持ちでいっぱいのようだが、先ほどのセラフィナの発言がまさに真実なので、普段のようには祝福できていないようだった。
「……なぁ……」
「ええ……もしかして、あのセラフィナ、学園を休んでいる間に何かあったんじゃないかしら……」
二人はこそこそと話し合ってから、いつものように仲睦まじい光景を学園の生徒たちに見せていく。まるで、こうすることが正しくて、唯一の正解かのように。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「……まるっきり、私とどこかの誰かさんの立場が入れ替わったみたいじゃないの……不愉快極まりないですこと」
教室までの道のりを歩いてきながら、セラフィナはジト目になってぼやく。
幸い、ほとんどの生徒がランチタイムを満喫しているようで、廊下にはほとんど人は歩いていない。セラフィナは昼休みに入って早々、一人でさっさとランチを食べきってしまったので、一足先に移動が出来ている、というわけである。
かつて、セラフィナ……もといルナリアは同じような目に遭っていた。
あの時はこちらに何かちょっかいをかけてくるのが聖女で、守っているのは同じく王太子だったが、国が変わればセオリーが変わる、とでもいうのだろうか。
やられていることはほとんど同じだから、登校してくるときに一応色々な策を講じておこう、と考えたことが功を奏したようだ。
まぁ一旦はこれで、婚約破棄ができるのでさほど問題ないか、とセラフィナはひと息ついた。
むしろ、自分もこうしてやれば良かっただけの話なんだよなぁ、と今になって思うけれど、後悔何とやら、である。
「昔のわたくしって、お馬鹿さんだったのねぇ……」
しみじみ呟いてみれば、思わず笑みが零れてしまう。
だがしかし、今の自分はあくまでセラフィナ・アニムンディなのだ。伯爵令嬢で、聖女と認定されているだけの、貴族令嬢。
レアンドラとセシリオはどこからどう見てもお似合いなのだから、婚約破棄の書類も早々に仕上げて、二人で仲良くしていればいいだけの話だ。
この国の公爵令嬢が王太子妃となる、ただそれだけの物語なのだろうから……と考えて、セラフィナは『あれ』と思った。
「……今、どうして『物語』だなんて思ったのかしら……」
思わず足を止めてから廊下の窓から外を見つつ、何かをどうにかして思い出せないだろうか、と必死に頭を回転させる。
「……あ」
そして、ひとつだけ思い当たった。
「マナ・プリメラ……」
彼女が、物語が、とかエンディングが、とかあれこれ何か意味の分からないことを言っていた、ような気がした。
もしも、この予想が当たっているのであれば、もしかしたら『ここ』は……と、嫌な予感が頭の中をとんでもない速度で過っていった。
「いやまさか……でも……もしも、そうだとしたら……あれ?」
嫌な予感の後には、単純な疑問が浮かんできてしまう。
「元の世界……? というか、あの国が実在していて、ルナリアが公爵になっているのであれば……それって、マナさんの思い通りになんかなっていない、っていうことじゃなくて……?」
口元に手をやってから少し考え、セラフィナは大きなため息を吐いてしまった。
「まさか……『わたくし』が何らかの条件みたいなものを達成していないから、やり直せ、っていうこと?」
自分の口から出てきてしまった嫌な予感が、もしかしたら合っている可能性だってある。
まさか、本来のセラフィナは巻き込まれただけなのでは……と考えると、何となく辻褄が合いそうになってきており、心なしか頭痛がしてきているような感覚さえある。
「この場合、誰がどうなって馬鹿なのかは分からないけれど……人を巻き込むことなんて、やめてほしいものだわ……。ああでも、そうね。やり残した……いいえ、悔いはある」
セラフィナは、ぐぐ、と強く拳を握りしめ、窓ガラスに映っている己の凶悪な笑顔を見て、『あらいけない』と途端に表情を取り繕った。
壁や窓を殴るわけにもいかず、セラフィナはただ、決意したのだ。
「ひっくり返すだけじゃ……生温い」
諸悪の根源がもしもいるならば、とっ捕まえて、相応の報いを受けてもらわなければいけない。本来であれば、もう役割を終えた自分なんかが、あくまで予想ではあるがこんなところに居てはいけない。
演技が終了した演者は、速やかに退場しなくては。
ああそうだ、そうすればきっとセラフィナとして、きちんと未来へ歩いていける。もしも本物が帰ってきたならば、即座にこの体を返して、心優しい少女に正しく笑っていてほしい。
「……さて、放課後までに書類を取りに来ていただけると、とってもありがたいのだけれど……あの二人、来るかしら」
一旦はここまで考えて、腹を括っていればいいか、とセラフィナは思って廊下を歩き始める。
どんな風に喧嘩を売ってきてくれるのか、見ものだな……と思いながら、自然と人の悪そうな笑顔が浮かんでしまったのだが、それもご愛敬、というやつだろう。




