4:登校
こちらの物語は書籍版の続きとして、『ルナリア』の物語の続きを書いたものになります。
Web版の続きは!? 書籍版の続きは!? って言ってくださっている方が多かったので、「よっし書くか!」と思い立って書き始めたものになります。
『ルナリア』がどうなっていくのか、お楽しみくださいませ。
「ねぇ……あれ!」
「嘘でしょう……!?」
「どんな顔で登校してるのよ!」
ざわ、とどよめきが走る中で、セラフィナは悠々と歩いていく。
睨みつけてくる者、罵声を浴びせてくる者、多種多様の人たちが居る中を、セラフィナは背筋を真っすぐにして、歩いていった。
「……やる?」
「そうね」
くすくす、と笑い合っていた生徒たちの一部が、こっそりと魔法を唱えているのを、セラフィナが見逃すはずはない。
ああ、何かしているな、と分かったから、魔力の反応がある方向だけに防御魔法を展開したとほぼ同時に、セラフィナに向けて水魔法が発射された。今までの彼女ならば『きゃあ!』と悲鳴を上げてずぶ濡れになっていただろうが、今は違う。
「……」
何も言わない。
反応すらしない。
ただ、歩いているだけのセラフィナだが、防御魔法に水魔法が当たったことで、迷うことなく魔法を発動させた生徒たちの方を振り向いて、一切の感情を乗せていない顔で、静かに口を開いた。
「返しますね」
「――え?」
「な、なに!?」
まさか、誰が魔法を使ったのか分かるのだろうか、と顔色を真っ青にした女子生徒たち、二人だけにピンポイントでセラフィナの放った水魔法が飛んでいく。
水鉄砲のように飛んでいき、彼女たちの顔面に当たる直前で、水魔法は軌道を変え、すい、と頭の上に行ったな、と皆が見ている中で、そのまま頭上から水が容赦なく彼女たちを襲ったのだ。
ばしゃん!
「…………う、そ」
「…………ええ…………?」
頭から水を被り、呆然としている中で、別の男子生徒がセラフィナに駆け寄っている。しかし、セラフィナの味方ではなく、『敵』。
「てめぇ、調子こいてんじゃねぇぞ!」
今にも掴みかかろうかという勢いで駆け寄った男子生徒は、セラフィナを殴ろうと拳を振りかぶる。周囲の生徒も野次馬根性丸出しで、『いいぞ!』『思い知らせろ!』『やり返せ!』と叫んでいるが、そんな風に煽る馬鹿に対して、容赦してたまるものか。
「……ああ、五月蠅い」
静かに呟いたセラフィナは、男子生徒の方を向いてから、一歩だけ後ろに下がって軸をずらし、男子生徒が突っ込んできている勢いを利用してそのまま彼の手首を掴んだかと思えば、すぱん、と足払いをかけてから、男子生徒のことを背中から地面に叩きつけた。
「がはっ……! あ…………が……」
「正当防衛、成立です」
「……っ!?」
その男子生徒は、セラフィナの顔を見て戦慄した。
――誰だ、これは。
逆光だから怖いのかもしれない、あるいは無表情だから怖いのか、いいやそれとも、いつも怯えるだけの相手が無表情で淡々としているからなのか。
何が理由か分からないけれど、ただただ、セラフィナからは恐怖しか感じなかった。
「……ぁ」
「人を殴ろうとした相手に容赦をしてあげる義理なんか、ないですよね?」
セラフィナの声は、何だかとてもよく通っていた。
これは、本当にあのセラフィナなのだろうか。誰かがそう呟いてしまったことで、生徒たちは恐怖を感じて誰からとも知らず、一歩、後ろに下がってしまう。
「…………卒業するためだけに、ここに来ているというのに……何ともまぁ、下品で野蛮な人たちばかりに成り下がったこと」
侮蔑の表情を躊躇することなく浮かべたセラフィナの迫力は、とんでもなかった。
いつも笑顔のセラフィナは、どこにもいない。今のセラフィナの表情は『無』そのもの。
「人に絡んでくる暇があるのなら、卒業試験までしっかりとお勉強なさったらいかが?」
静かに告げれば、ぐっと黙り込んでしまう生徒たち。
ああ、こんな輩どもにセラフィナはいつも良いようにされてしまっていたのか。どうして我慢なんかをしていたのだろうか、と考えれば出てくる答えは一つだけ。
「(お父さまやお母さまに迷惑をかけたくなかった……のよね)」
だが、あんな大けがをしてしまっては、意味がない。
セラフィナが目を覚ますまでには、結構な時間を要しているのだが、きっと王太子の力で色々もみ消したのだろう。
「もう私は教室に行っても良いかしら?」
あえてそう聞いてやれば、何も言えずに悔しそうにしている生徒たちは、ささっと視線を逸らす。だが、それがどうしても、セラフィナには我慢ならなかった。
聞いているのだから、答えろ。
それだけ思うと、自然と体に力が入って、セラフィナの長い髪がふわりと浮き上がる。
「ちょ、ちょっと……」
ぎょっとした女子生徒がセラフィナを止めようと駆け寄ってくるが、セラフィナが彼女の方向を見ただけで、その女子生徒は腰が抜けてしまい、その場にへたり込んでしまう。
「…………っ」
顔色は真っ青になって、とんでもない量の脂汗をかいているようだがセラフィナの知ったことではない。
「…………」
無言のまま、セラフィナが最初に水浸しにした生徒たちに近寄って、決してセラフィナからは手を出さないように、ギリギリ手の届かない位置に立ってから、声に魔力を乗せてから問いかけたのだ。
「聞いている? もう、私に用事はないだろうから、教室に行っても良いのよね?」
まるで精神支配をかけるかのような、重たく感じてしまう声に、生徒たちは必死に首を縦に振り続ける。むしろ、セラフィナに早いところここから立ち去ってもらいたい。
こんなにも迫力のあるセラフィナのことを、まともに相手ができるだなんて、到底思えなかった。
「口があるのだから、『どうぞ』って答えるだけで良かったのに……人に無駄な時間を過ごさせることがとぉってもお好きな人たちなのね。そういう認識でいるわ」
吐き捨てる様に言い放ったセラフィナは、真っすぐ校舎棟に歩いていく。
彼女を見送った生徒たちは、一体セラフィナに何が起こったのか、と考えることで精いっぱいで、自分たちが教室に行かなければいけない、ということすら考えつかないまま、ただ、呆然とセラフィナを見送ったのだった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「セラフィナ・アニムンディ!! よくもまぁおめおめと登校できたものだな!! 恥を知れ!!」
教室には無事、たどり着けた。
だがしかし、たどり着いて早々に、どうやら王太子であるセシリオ・ラ・ロサ・エレディアと同じクラスだったらしいセラフィナは、彼に絡まれてしまったのだ。
「……」
「おい、何とか言え」
「……」
「貴様、俺の言うことが聞けないのか! 良いかセラフィナ、お前こそが真の悪女で、俺が大切にしていたレアンドラとの仲を引き裂いたんだろうが!」
よくもまぁ、朝イチでこんなにも大声が出せるものだ、とセラフィナはある意味感心してしまう。
それくらいに、彼の声はとても大きかった。
「まぁどうせ、学園に来たのも俺との関係改善を侯爵から言われたからだろうが……だがしかし、そう簡単にお前の思惑には……」
そこまでセシリオが言ったところで、セラフィナは彼の言葉を遮ってから、一枚の書類をすっと出した。
「…………何だこれは」
「婚約破棄に関する手続きを、進めるための書類でございます」
「は……?」
セラフィナから何の温度もこもっていない声で返事をされたセシリオは、ぎょっとした。
つい最近までは必死に自分のことを追いかけ回していたのに、何でこんなことを……と考えていると、セラフィナは言葉を続ける。
「王家の言葉に従う、ただそれだけです。殿下のサインが完了次第、こちらのお手続きを進めるべく、父にお願いいたしますので」
「い、いや、あの」
「こちらですわ」
とん、とセラフィナが白く細い指で示した先、一名分の署名欄があった。
つまりはここに署名しろ、ということなのだろう。実際、とん、とん、とセラフィナが指先で示しているが、何だかやけに迫力を感じてしまうのだ。
「……っ」
「殿下は、私に対して婚約破棄をお申し出になりました。私はそれを受け入れます」
淡々と告げるセラフィナに対し、セシリオが反論しようとした矢先だった。
「そうですよ殿下!」
「お早く、その書類にサインを!」
「そうだそうだ!!」
「そんな悪魔のような女なんか、さっさと捨てれば良いのです!!」
クラスメイトはセラフィナの言葉に乗っかるようにして、無責任にはやし立てている。きっとセシリオはサインをしてしまえば、本来の婚約の意味がまるで何もなさなくなることを危惧しているのかもしれない。
だが、破棄を宣言したのはセシリオ自身。
「……殿下、何故サインしていただけないのですか?」
まぁ困りましたわ、とわざとらしくセラフィナが言ってみせれば、クラスメイトのボルテージは一気に上がっていく。
「殿下、さっさとサインしましょうよ!」
「その悪逆聖女を切り捨てろー!」
「そ、それ、は……」
セシリオが、目に見えて分かるように狼狽えているから、セラフィナはにこりと微笑んだ。とても綺麗に、きっと、セシリオが見たことのないような、美しい笑顔。
「ほら、クラスの皆さまもこう言っておられますし……ねぇ?」
彼女の口から零れたのは、遠回しなサインの要求。
さっさとサインをすればいい、だがサインをすれば聖女を手放すことになる。だがしかし、サインをしないと『婚約破棄を申し出たのは殿下なのに、どうしてその女をさっさと見捨てないのか』と、周囲に怪しまれてしまうだけの話。
「……ねぇ殿下、お早く」
こつん、と少しだけ強く机を叩けば、セシリオはびく、と大げさなほどに体を震わせてしまう。そんなにも怖がることはないのに、何をそんなに真っ青な顔色をしているのだろうか、とセラフィナは冷たい目を向けている。
聖女を手放す=王国の守りの要を手放す、ということでもあるのだが、セシリオは婚約破棄をして、新たな婚約者を迎えた後で気が付いたのかもしれない。
「新たな婚約者様にも、大変失礼にあたりますし……ねぇ、だからお早くサインなさってくださいませ」
そして、国王や王妃をうまいこと誤魔化しているのだろう、とまで推測してみる。
『聖女を王家に取り込んだまま、新たな婚約者として公爵令嬢を迎え入れる。聖女は側妃にでもすればいい』くらいに言っているのだろう。
そんなことをしようとしたとて、アニムンディ家が許すはずもない。正確にはアレスが許すはずもない、ということなのだが。
わなわなとセシリオが震えているまま、始業のチャイムは無情にも鳴り響いてしまった。
これを合図に、生徒たちはさっと席に座るが、セシリオの顔色は悪いまま。これを逃すようなセラフィナではないし、徹底的に叩き潰して後悔させて、取り返しのつかない状態にしてやらねばいけないのだから。




