3:嵐の前
コミカライズ第二章、始まりましたね!
ちなみに、私は原作担当しておりませんので、ご留意くださいませ(監修はしておりますが)
こちらの物語は書籍版の続きとして、『ルナリア』の物語の続きを書いたものになります。
Web版の続きは!? って言ってくださっている方が多かったので、「よっし書くか!」と思い立って書き始めたものになります。
『ルナリア』がどうなっていくのか、お楽しみくださいませ。
「……うん、すっかり元通りみたいね」
セラフィナは、ベッドから起き上がり、体をぐぐ、と動かしながら体の具合を確かめる。何も問題なさそうなことを確認してから、改めて鏡の中の自分を見る。
エマにベッドに押し込められてから、十日ほど寝込んだ……もとい、寝込まされただろうか。
読書をすればほぼ部屋の中の本を読みつくし、セラフィナの部屋にあった書類をあれこれ見ていたら何を任されていたのかも想像ができる。
記憶を無くしているから、と伝えれば皆が教えてくれる。
この屋敷の中で、セラフィナは決して一人ではなかった。使用人の皆が、両親が、ずっと寄り添ってくれていたから、何かをするにしても手を貸してくれた。
「(……ここまで味方が多いけれど、それでもセラフィナには何らかの事故的なものが起こってしまった、ということだものね)」
ダイニングまでの廊下を歩きながら考えつつ、セラフィナは外の景色に視線をやる。
とても澄んだ青空と、高いところを飛んでいる鳥たち。廊下から見える庭は綺麗に手入れがされており、急な来客があったとしても庭の案内をしている間に、アニムンディ家の使用人たちはお茶の準備なんかをさっさと済ませてしまうだろう。
「綺麗なお庭……」
そういえば、ソルフェージュ家の庭もとても綺麗だったな、と思うがこのアニムンディ家の庭だって負けてはいない。
色とりどり、季節の花が咲き誇る庭はいつまでも見ていられるほどの素晴らしい庭なのだ。
思わずふふ、と笑みが零れたセラフィナに対し、エマが首を傾げつつ問いかけてきた。
「お嬢様、いかがなさいました?」
「いいえ、何でもないわ。……ねぇ、エマ。今日の朝食はお父さまもお母さまもいらっしゃるのよね?」
「はい、いらっしゃいます。今日からお嬢様も普通のお食事ですので、家族全員でお取りになりたい、とのことです」
「そう……」
『家族で』と言う言葉を聞けば、かつての『家族だった』人たちのことが思い出されるが、緩く首を振る。
今のルナリア……もとい、セラフィナの家族は、ここの家の人たちだけだ。
これからは新しい人生を送っていくのだけれど、それには婚約者や、婚約者を奪った悪役令嬢をどうにかする必要があるものの、どうやってやるのかが問題だ。
「失礼いたします、セラフィナお嬢様ご到着されました」
「入りなさい」
ダイニングに到着し、扉をノックすれば中からアレスの声が聞こえてくる。
ぎぎぎ、と扉が開かれれば、揃って座っているアレスとヴィオラートが微笑みながら待ってくれていた。
「遅くなりました、お父さま、お母さま」
「セラフィナ、おはよう」
「おはようございます」
「さ、座りなさい」
「はい」
両親に促され、セラフィナはアレスとヴィオラートの向かいの席に腰を下ろす。
腰を下ろして間もなく、セラフィナの前に温かなスープが運ばれてきた。
「さぁ、食べようか。セラフィナ……よく目を覚ましてくれたね。おかえり」
「私の可愛いセラフィナ、貴女が目を覚ましてくれて良かったわ」
「お父さま……お母さま……ありがとうございます。いただきます」
御礼を言ってから、セラフィナはスプーンを手に取って、スープをゆっくりと飲んでいく。じわりと広がっていく温かさに、ほう、と息を吐いてから続けて食を進めていく。
普通に食事をとれるまで回復している様子が見れて嬉しい夫妻は、にこにこと微笑んで食事を開始した。
「良かった、セラフィナの好きなものばかり用意させたから、いっぱい食べて頂戴ね」
「ありがとうございます、お母さま」
セラフィナは促されるまま食事を進めていき、家族団らんにも花が咲く。
ああ、こんな『普通』の家族の会話ができる日が、体は違えどまたやってくるだなんて、と泣きそうになるのを必死に我慢し、目の前に出された野菜がたっぷり入っているオムレツを一口食べる。
ふわりと広がるバターの風味や、しっかりと感じられる野菜の旨味、卵の風味が見事に合わさっており、セラフィナは嬉しそうに表情を緩めた。
「良かった、ちゃんと食欲は戻ってきているようだ。……ところで、セラフィナ」
「はい、お父さま」
「……学園に、本当に復学するのかい?」
「ええ、だって卒業式までにはあともう少しありますでしょう?」
こちらの国では、卒業パーティーはないらしい。
セラフィナの体に入って、体と魂が馴染んできたのか、セラフィナが持っていた記憶もきちんと思い出せるようにはなってきた。
婚約者だった王太子のことも、きちんと思い出せてしまう。
「もう既に婚約破棄をされている、とのことですが、学業を修めるための試験はきちんと受けなければいけませんでしょう? だから、学園には行きます。何ら問題はございません」
「まぁ……そう、だが」
「それにね、お父さま。王家から、婚約破棄に関しての書類が届いていないんでしょう? もらうものはきっちり頂かないと……ね?」
「う、うむ」
言われてみればそうかもしれない、と両親が頷いていると、エマがセラフィナに紅茶のお代わりを注ぎながら、クスクスと笑っている。
「旦那さま、奥さま、お嬢様……いいえ、女性って吹っ切れてしまえばとっても強いですよ」
「それも……まぁ、そうね」
これにはヴィオラートがハッとして頷いているが、セラフィナもにこにこと微笑みながら頷いている。父アレスは『娘が強くなった……』と、感激していた。
「ですから、改めて書類を作成してきちんと殿下にサインをいただかなければいけないでしょう?」
「そうね、確かにそうだわ」
「王家には、わたしからも話しておこう。ああそうだ、セラフィナが聖女となるから、と王宮務めを無理に押し進められたが……それもこれにて終了だ」
「まぁ……」
そんなことになっていたのか、とセラフィナが少しだけ驚いたが、アレスが続けた言葉にセラフィナはぽかんと口を開けっ放しにしてしまう。
「それに、例の……ほら」
「ああ、イクシス王国のソルフェージュ公爵女公爵閣下ね!」
聞き覚えのある家名に、セラフィナは目を見開いた。
「え……? ソルフェージュ、公爵……って、女公爵!?」
「そうか、セラフィナが眠っている間の出来事だから、知らなくても無理はないな」
「(ソルフェージュ……女、公爵、って)」
まさか、と思う。
ルナリアは本来であれば、デイルの婚約者。なお、デイルは王太子なので、ルナリアは王太子妃となっているはずだと思っていたのだが、そうはなっていないようだ。
そんな馬鹿なことが、と思う反面で、セラフィナは『ああ、そんな道を歩いても良かったんだ』とも同時に想えてしまった。
ずっとずっと、我慢をして耐えていたのに……こんなにも全力で未来を変えるために『彼女』は奔走してくれたんだ、と思うと自然に笑みが零れてきてしまう。
「彼女がこう宣言したそうだ。『未来を選び取るのは、己自身だ』とね」
「まぁ……」
ああ、自分では考えもしなかったことを、『彼女』は次々とやってくれていたらしい。
感謝の気持ちが溢れる中、やはり自分の考えは間違いではない、と思えてくる。
「では、尚のことですわ。お父さま、お母さま」
「そうね、セラフィナ」
「ああ。しかし……王家に引っ掻き回されてしまったが、セラフィナの幸せをもっと早く第一に考えるべきだったんだ」
「あなた、今更悔いても……」
「おっと、失礼」
はっはっは、と朗らかに笑うアレスだが、目の奥にほんの少しだけ怒りがあった。
娘の人生を縛っていた王家、そして暴力を振るってきたかの王太子。
まるで、かつて色々と諦めた『ルナリア』のようだ、とも思うがこれからは違う。そもそも、セラフィナの聖女としての力は、歴代最強、とまで言われているのだ。
結果として王家はこれを手放すのだから、勿体ないというか大損失だということに気が付いているのかどうか。
「セラフィナ、大神官様には今回の件については了承をいただいているよ」
「今回の件……?」
「ああ。そもそも、アニムンディ侯爵家は領地があるのだから、領地経営をして然るべきなんだが、セラフィナの聖女としての能力があるからこそ、国王陛下や王妃殿下に懇願されてここにいる、というわけなんだけどね……。セラフィナの心のことを考えれば、王都から去っても問題ない、とのことだ。セラフィナ最優先で良いよ、と大神官様は仰ってくれているんだ」
「……なるほど」
聖女であることをある意味放棄しているようなものだが、セラフィナが生きているだけで良い、ともとれる。
セラフィナは聖女でもあり、王太子の婚約者でもあり、そして、このアニムンディ家の令嬢でもあった。
何とも役割が盛りだくさんだな、とは思ったものの、この国――エレディア王国では、聖女は王太子の婚約者であるべき、という考えが一般的らしい。
更に、聖女としての適性は幼い頃の属性検査の時に、同時に適性を測るそうだ。
そこで、セラフィナの聖女適性がとんでもなく高かった結果、アニムンディ家そのものが『子供と離れ離れにならないように』との配慮を受けて、今現在こうして王都に居を構えている……ということなのだが、セラフィナはあれ、と首を傾げる。
「(聖女ならば……神殿預かりになるのではないのかしら……)」
ルナリアの知識と、セラフィナの知識。
双方の認識が異なっているから、頭が混乱しそうになってしまう。どうしてだろう、とセラフィナが考えたところで、頭の中では『だって、そういうものだもの』と聞こえてくる。
ああそうだ、そういう風にしておけば……話が進みやすいんだっけ……。
うすぼんやりと思考に霞がかかったようになり、慌ててセラフィナは首を横に振る。
「(……なに、これ)」
まるで、かつてルナリアであったときに感じていた、奇妙な違和感にまた襲われているようで、恐ろしくなってしまう。
あの時も、自分が自分でなくなるような事象があって、その通りに進んだ結果、いつもいつも、失敗して、繰り返した。
「(これを……どうにかしないと、きっと……次も……)」
無意識のうちに、そう考えたセラフィナは、ルナリアであった時のように、口元だけに笑みを浮かべてみせる。
「ではお父さま……こういたしましょう。王家が何を言ってきても、こちらはあくまで何もしない。でも、私がお世話になった大神官さまがお困りの時だけ、私が聖女としての力を貸す……としては」
「そうだな」
「でも、もしも大神官さまが王家に何かを吹き込まれていた時はどうするの、セラフィナ」
「その時は……仕方ありませんわ、お母さま」
更に笑みを深くして、セラフィナは断言した。
「何もかも、ひっくり返して私たちは本来送るべきだった生活に、戻るだけです」




