エピローグ
「ここ……どこよ」
ある日のこと。
レアンドラとマナ、二人揃ってどこかよく分からない空間に立っていた。
そもそも、これがどこなのか分からない。空間、と表してはみたものの、空間ですらどうかはっきりとしたことは認識できない。
「レアンドラ、様……何か心当たりは……?」
「ある訳ないでしょう!」
マナによって己の立場をめちゃくちゃにされたレアンドラは、マナに対しての当たりが大変強くなっている。
それはそうだろう。
勝てると言われた勝負に対して、見事な、それも完膚無きまでに叩き潰されてしまった、となっては当たりも強くなる。
強くならないのは、その人が余程の聖人君子であるか、何も考えていなさすぎ、ということの証明になってしまう。
なお、レアンドラは別に聖人君子というわけでもないから、当たり前のようにマナやデイルに対しては驚くほどきつく当たるようになっていた。
「……いきなり……こんなところに……」
「わたくしだって、わけが分からないのだから騒がないで!」
「アンタだって騒いでいるでしょう!?」
「はぁ!?何ですってこの疫病神!」
「……っ!!」
疫病神なのは本当のことだから、マナもあまり強く言い返せない。
どうしてくれようか、とマナが爪を噛んでいたら、じじー、ざざー、とよく分からない音が響いた。
「……何ですの……?」
「ノイズ音……?」
「ちょっと、またあなたのとばっちりを、わたくしが受けているとかないでしょうね!?」
「は、はぁ!?」
元々現代人であるマナにとって、じじー、ざざー、と鳴り響くこの音は聞き覚えのある音。
ラジオのノイズのような音だから、ついうっかり口から『ノイズ』という単語が出てしまっただけではあるが、レアンドラはこんな音をほとんど聞いたことがない。
だから、自分が知らない音を知っている=マナがまた何かやらかしたのではないか、と推測したのだった。
「知るわけないでしょう!?」
「だったら、今の『ノイズ』とかいう単語を出したのよ!」
「いやあのそれは」
マナが詰め寄るレアンドラを何とかかわそう、としていた矢先。
【ご歓談中のヒロインの皆様】
「……!?」
「……ひっ……!」
無機質な、音声が響く。
【この度は、『天使の加護は貴方と共に』をプレイいただきまして、ありがとうございました】
「なに……なんなの、これ……」
レアンドラは意味がわからない、と頭を抱えているが、転生者であるマナには十二分に意味が分かる言葉の数々。
「え……?いやでも、何、これ」
【皆さま……いいえ、このゲームのヒロインである貴女方は、ついにエンディングを迎えることができました。誠に、おめでとうございます】
「エンディング……?」
レアンドラの声を聞きながら、マナは思考を必死に巡らせ、そして声に向けて叫んだ。
「何がエンディングよ!ふざけないで!」
「……は?」
やはりこいつのとばっちりを受けたのか、とレアンドラが目を釣り上げた瞬間、だった。
【貴女方は、『ヒロイン敗北END』を達成しました。おめでとうございます】
「はいぼく……?」
「なん、……は、はぁ?」
レアンドラも、マナも、信じられないという顔になる。
特にマナの方はかっと一気に顔を真っ赤にしてから、すうっと息を吸い込んで思い切り叫んだ。
「誰が敗北ENDを迎えたって!?バカにしないで!!」
これにはレアンドラもマナに同意して頷き、どこにいるのかも分からない声の主に向けて叫んだ。
「そうよ!わたくしたちに負けなど、ありえないわ!」
「私は!!デイル様と恋愛ENDを……」
【マナの恋愛ENDは、達成されておりません。好感度こそ高いものの、本来のデイルルートではない終わり方をしております】
「な、っ……!」
「なら、わたくしはどうなの!?」
【レアンドラ、貴女は論外です。異端の存在の甘言に耳を貸し、ゲームシステムそのものを狂わせた】
「は……?」
嘘だ、とレアンドラはその場に崩れ落ちてしまう。
異端の存在=マナ。
そんなもの、分かりきっていた。だが、どうしてもセラフィナが目障りで、排除したかったから力を借りた。
「それの……何がいけないの!?わたくしは、わたくしの邪魔になるものを消したかった、それだけよ!」
【ルート達成条件、未達につき敗北ENDです】
淡々と返された内容に、レアンドラの目には涙が滲んだ。
【貴女方は、悪役令嬢に『負けた』のです】
ルナリアは、『一作目』においてマナを徹底的に潰した。
デイルの存在も、立場も何もかもを、地に叩き落とした。
セラフィナは、『二作目』の悪役だったが、レアンドラがマナという異物を招き入れたことで何もかもがねじ曲がってしまった。それ故に、本来の『ルナリア』が、中に入った。
セラフィナ自身は、もうこの世界に、『居ない』。
そして一作目と二作目の悪役が手を組めばどうなるのか、ということに繋がっていく。
【ヒロイン敗北END、達成。これは覆ることのない事実であり、貴女方が進んでいけるのは何もかも失ってしまった、『未来』へ、です】
「あ、あぁ……っ」
「嫌だ……そんなの、嫌……!」
ガタガタと震えて互いに抱き合うマナと、レアンドラ。
【それではどうか、お元気で。ENDを迎えた以上、『同一人物』が同作品の主人公になることは、ありえない】
淡々と、言葉は続く。
【ヒロインは、ひとつのお話に一人でいいのですから】
ひと息置いて、その『声』は、最後にトドメをぶちこんできた。
【お二人とも、お疲れ様でした。ヒロインが勝ちに行けるストーリーは、お前たちにはなし得なかったのです。それでは……さようなら】
ぷつん。
まるで電源が切れてしまったかのように、声は終わる。
同時に、世界に色と音、何もかもが戻ってくる。
項垂れたレアンドラは、呆然の己の手を見つめる。マナも、震えながら自身の体をぎゅう、と抱き締めた。
「これで……終わり、だなんて」
「あ、あぁ……っ」
後悔したところで遅い。
いいや、上手くやればもしかしたら何もかもを手に入れたルートが有り得たかもしれない。
だが、いくらたらればを語ってみたところで、それがもう『現実』になることは、ないのだ。
マナとレアンドラが進んでいくのは、自分たちの威厳も何もかもを失い、後ろ指をさされながら歩んでいく茨の道だけ。
ただ、それだけなのだ。
――ヒロイン敗北END、達成。この『終わり』は、覆ることは決してありません――
ゲームシステムより。
これにて、本当の終了となります。
さようなら、ヒロインのお二方。




