22:悪役令嬢
――エレディア王国での出来事から、五年後。
「聖女様、次はこちらを……」
「貸してください」
セラフィナは、イクシス王国で聖女として受け入れられ、しっかりと業務を行っていた。
聖女マナとは違い、聖魔力を使った治癒術も、結界の強化も、平民への治療行為も、全て滞りなく行わている。
「セラフィナ様、次は――」
「ごめんなさい、少しだけわたくしも用事が入っているの。ソルフェージュ公のところに行かなければいけなくて」
「ああ、そうでしたな。行ってらっしゃいませ、ソルフェージュ公に、どうぞよろしくお願いいたします」
「ふふ、分かりました」
セラフィナは微笑み、聖女の衣を翻して馬車乗り場へと向かう。
今から向かえば、予定の時間にも間に合いそうだし、問題なさそうだった。そういえば、今日はアリシアもやってくるそうだから、楽しいお茶会になりそうだ、とセラフィナは自然と笑顔になって馬車に乗り込んだ。
月に一度の恒例行事となっているお茶会は、とても楽しい。
それに、こうしてイクシス王国に戻ってこれたことだって、セラフィナにとっては喜ばしいことだった。セラフィナの両親も色々と準備を済ませて、別荘としてイクシス王国にも屋敷を構えており、時折セラフィナにも会いに来てくれている。
「……そういえば、来週はお父さまやお母さまが来るのよね。ああ、楽しみ」
笑顔で過ごせることが、こんなにも心穏やかになれるだなんて思っていなかった。
ずっと、ずっと必死に色んなことを頑張ってきて、その努力をマナやデイルに踏みにじられて、断罪されて殺される。
これを繰り返されれば、いくらルナリアといえど心は折れるというもの。
死んで、また断罪されて、これを繰り返す。何やら分からない選択肢が出てきて、それを選んでからまた行動して、でも、どうやってもルナリアは死ぬ。
――ああ、そうだ。
死なないルートもあるけれど、大体は何もかも失って、追放されてしまうんだった。
何をどうやれば、生きて、笑って過ごせる未来を迎えられるというのだろうか、と必死に考えて、考えて、考えて。
駄目だったから、『死』を選んだというのに……次もまさかの似たような立場でやり直しをすることになってしまった、だなんて。
「……わたくし、何かおかしなことをしてしまったのかしら。前世とかで」
がらがら、と車輪の回る音を聞きながら、セラフィナは色々考えて、そして深い深いため息を吐いた。
結果的にセラフィナを含めて、ルナリアのこともまるっと救ってくれた、命の恩人。彼女がいなければ、このソルフェージュの領地も、ルナリアの未来も何もかも、最悪の結末しか迎えることはできていなかっただろう。
「……綺麗な街並みね」
窓の外に視線をやり、流れていく景色や笑っている人の顔を眺める。
そこにあるのは、『ルナリア』が望んでいた世界そのもの。ああ、よかった。最高の未来がやって来てくれているんだ、と確信したのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「いらっしゃいませ、聖女様」
「ごきげんよう。ルナリア様は?」
「ミッツェガルド公と共に、中庭でお待ちでございます」
「まぁ、遅くなってしまったかしら」
「いえいえ、そのようなことはございません」
はっはっは、と朗らかに笑っているカイルを見て、セラフィナも自然と微笑む。案内をしてくれている中で、ソルフェージュ邸の豪奢な雰囲気もきちんと守られている。
ああ、本当に色々なものを守ってくれているんだ。ありがとう、と何度お礼を言っても足りない。
歩いていきながら、中庭に続く扉が開かれると、ふわ、と優しい花の香りが漂ってきた。
「わぁ……」
「聖女様のお力のおかげで、このソルフェージュ邸の花たちも、とても元気に咲き誇っておるようですね」
「ふふ、お上手ですこと」
歩いていった先、アリシアが大きく手を振ってくれているのが目に入る。
いつも元気だな、とセラフィナが微笑めば、アリシアもその笑顔に気が付いて一直線にこちらに駆けてきてくれた。
「聖女様!」
「アリシア様、本日もお元気そうで安心いたしました」
「聖女様のおかげで、あたくし元気ですわ」
うふ、と微笑んでいるアリシアの後ろで、ルナリアも微笑んでいる。
「セラフィナ様、ごきげんよう。アリシアも、こちらにいらっしゃい」
「はぁい」
「ふふ、ルナリア様。ありがとうございます」
お礼を言ってから、セラフィナはルナリアのところに歩いていく。二人揃って微笑み合ってから、セッティングされた席に座れば、すすっと公爵家のメイドがやって来てくれて、てきぱきとお茶の準備を整えて、またすすっと離れていった。
さすがは公爵家のメイド、とでも言うべきか。
用意されたお茶からはとても良い匂いがしているし、ケーキやフルーツ、その他焼き菓子も様々な種類が並べられている。
「まぁ……」
「どうぞ、召し上がって。アリシアからいただいた果物もあるから、一緒にどうぞ」
「あら、お姉さま行動がお早い♪」
にこにこと微笑んでいるアリシアだったが、まずは……とルナリアが用意してくれていた、生クリームたっぷりのケーキを取ってから一口、そこそこ大きなものをもぐ、と食べる。
「んー、美味しい!」
「そういえば、アリシア。そろそろ結婚式が近付いてきているでしょう、招待客はもう決めているの?」
「ふぁい」
もごご、と言いながらアリシアが頷いた。飲み込んでから、満面の笑顔を浮かべてからセラフィナに視線を移し、きらきらとした目を向けた。
「聖女様もご招待するつもりですわ」
「え?」
「まぁ、良いアイディアだわ!」
「いやあの、わたくしは聖女としてこの国に滞在しておりますが……その、本来は他国の……」
「それなら、この国にやって来てしまえば良いのではないかしら。ねぇ、ルナリアお姉さま?」
「そうねぇ」
うんうん、と頷いているルナリアとアリシアに、セラフィナは唖然としている。
戸惑いがちなセラフィナだったが、もう聖女としてこの国で活動し始めて五年が経過している。移住をするためには、手続きも必要だがセラフィナの父と母がノリノリでやってくれるだろう。とはいえ、エレディア王国に一歩でも足を踏み入れたら、恐らくがっちり捕獲されてしまうだろうし……と悩んでいるところに、アリシアが何やらごそごそとポケットを探っていた。
「……アリシア?」
「忘れてきちゃったみたいですわ、ざーんねん」
一体何をだ、と思っているルナリアとセラフィナに、可愛らしくぱちん、とウインクをしたアリシアは、いたずらっ子のような表情を浮かべてみせる。
「聖女様が、いかに真面目にこちらの国で活動してくれているのか、って言うのを記録した媒体があるんですけれど……」
「ちょっと待ちなさいアリシア嬢」
厳しさを含んだセラフィナの声に、アリシアはテヘ、と可愛らしくおどけてみせるが、セラフィナの目が真剣そのものということに気付いてから、しゅん、と小さく肩をすくめてみせた。
「だってぇ……真面目に活動している、っていう証明にもなりますし、エレディア王国の国王夫妻を黙らせる………こほん、良い口実になるかなー……って思いましてぇ……」
駄目? と可愛らしく聞いてみても、セラフィナは駄目です、と言わんばかりに両手で『×』を作っている。
さすがに国をほいほい捨てる、ということはできそうにないらしい。
――だが。
「……まぁ、マナ様とデイル様はあのままあちらで罵り合いながら、自滅していただくのがお似合いだとは思いますし。何らかの手段はとるつもりではおりますが」
と、セラフィナはぽつり、と零した。
「……あら」
「まぁ」
とても悪いお顔ですわぁ、とアリシアが呟いているが、それにはルナリアも全くもって同感だった。
こうしてみると、『ああ、何をどうやってもこの人は……』と感じ、ルナリアが自然と笑顔になっていく。
「ルナリアお姉さま?」
「……いいえ、何でもないわ、アリシア」
役立たずをいくら集めたとて、どう足掻いても何も変わらない。
それは、エレディア王国が身を持って理解をしている数年間であっただろうが、一応マナは初代主人公だから、ある程度ステータスを強化だってしているはずだ。
だから、完璧な役立たず、ではないにせよ、恐らくセラフィナと比較すれば『役に立ってはいない』というくらいかもしれない。
本当に必要な人が誰なのかを理解せず、甘言に乗っかってしまった彼らを救うことはしない。しないのだが、ある程度思い知ってもらわなければいけないから、とセラフィナは考える。
「ミッツェガルド公、わたくしが正式にこちらの国に来ることは一旦置いておくとして、お願いが」
「まぁ、何ですの?」
「エレディア王国の、聖女マナ、そしてデイル様、ならびにセシリオ殿下とレアンドラ様のご招待を」
「……えぇ……」
物凄く嫌です、と顔にでかでかと書いているアリシアだったが、セラフィナはにこりと微笑んで言葉を続ける。
「最高の復讐って、自分よりも下だと信じていた人が、自分よりはるかに幸せになっている姿を見せること、なんですって」
そこまで言って、セラフィナの表情がニィ、と悪いものへと変化した。
「……ああ」
理解したルナリアも、ニマ、とあくどい顔を浮かべている。
「お姉さまがた、とーっても悪いお顔ですわね。……って、ああ」
なるほど、と理解したアリシアは、とても無邪気に微笑み、ぱん、と手を鳴らした。
「であれば、ご招待いたしましょう。……あたくしの大切なお姉さまを、侮辱し続けた元・王太子殿下と無様なご令嬢。そして……お姉さまが大切になさっている方を傷つけた、馬鹿どもを、ね」
アリシアは、すっと立ち上がって二人に向けてすっとカーテシーを披露する。
顔を上げて微笑んでから、また可愛らしくウインクをしてみせた。
「あたくしはこれで失礼いたしますわね! 招待状の準備をしなければ!」
そう言って、足取り軽く中庭を後にしたアリシアは、とても楽しそうだった。あの子もだいぶ強かになったなぁ、と思っていたルナリアだったが、ふとセラフィナと視線が合う。
「……ねぇ、『幸せ』を見せつけてやりましょうね」
そう告げられ、ルナリアはにこ、と笑顔を浮かべてからすぐにそれを消し、冷徹な笑みを浮かべる。
「……勿論。そもそも、悪役令嬢の邪魔をする方がいけないんだ、って思い知らせてやりませんと……ね?」
「全くだわ。こちらにも『まっとうに生きる権利』があるんですから」
セラフィナの笑顔も、いつしか冷たいものへと変化している。
初代と二代目。
二人の『悪役令嬢』は、互いに微笑み合い、そしてぎゅっと手を握り合う。
「お馬鹿さんたちには」
「ずーっと」
「後悔し続けてもらわないと」
「「ねぇ」」
後に、エレディア王国の国王は、『あの時、真なる聖女をもっと我らが大切にしていれば』と語ったというが、遅すぎた。
イクシス王国ではセラフィナを『真なる聖女』として。ルナリアのことを『正統なる女公爵』として、代々語り継がれることになっていくのだが、それは彼女たちが幸せであることの『証』でもあったのである。




