20:未来へ
セラフィナたちは、一度帰宅して話し合いの場を設けた。
両親は一応、セラフィナに行かないようにと説得をしてみたものの、セラフィナの意思はとても強固なものであり、それを変えさせることはできそうになかった。
「そう、か」
「はい。でも、お父さま」
「何だい?」
「こんな馬鹿げたことをしでかす国、見捨ててしまっても……」
「領民を、捨てることはできないさ」
「あ……」
セラフィナだけならば、大丈夫だろう。だが、領地を投げ捨ててまでは……と、セラフィナの両親は揃って苦い表情を浮かべる。
それでも、ルナリアならば何とかしてくれそうな予感があった。
不可能なことを可能にしてしまって、更にその先の未来まで掴んでいる。だったら、他の人もどうにかして助けてくれるのではないか……そうやって、縋りつきたくなってしまう。
「……私が、浅はかでした」
「良いんだよ、だが……色々とこちらも考えなければならないのは事実だ。セラフィナにかけられた偽聖女の容疑は晴れているものの、だからといって偏見がすぐになくなるわけではないからね」
「そうね……。セラフィナ、イクシス王国に行ってからは聖女として働くことになるのかしら?」
「そうなると思います。ソルフェージュ公ともそのようなお話をした方が良いのかな、と思っておりますが……」
さて、どうしたものかと考えていると、慌てた様子でメイド長が親子三人揃って話し込んでいた部屋へとかけこんできた。
「どうしたの、ノックもしないで……」
「お、奥様大変申し訳ございません! で、ですが、あの、お客様が!」
「どなた?」
「メイド長、少し深呼吸をしてくれるかな?」
「は……はい」
すー、はー、と大きく深呼吸をしたメイド長は、息を整えて、姿勢も正してから言葉を続ける。
「ルナリア・イル・フォン・ソルフェージュ……と、名乗られまして……」
「ソルフェージュ公!?」
噂をすればなんとやら、というやつだった。
ちょうどいいタイミングでやって来てくれたのだから、これを逃す訳にはいかない、と親子は頷きあってから、メイド長に慌てて指示を出す。
「すぐにお招きして、あぁそれから、お茶の用意もね!」
「かしこまりました!」
ばたばたと足音が遠ざかる中、セラフィナはぎゅう、と拳を握る。
ようやく、落ち着いて話すことができる。……お礼だって、言える。
ふわ、と胸が暖かくなるような感覚に、セラフィナの表情は緩んだ。
「セラフィナ、ソルフェージュ公は貴女の恩人でもあるから……」
「はい、勿論です。きちんと……お礼を言わなければなりません」
助けてくれて、ありがとう。
この言葉に尽きる。
あの時、もしもタイミングが少しでもズレていたら、そもそも『ルナリア』という存在自体が無くなっていたことだろう。
それを阻止してくれた、マナやデイルに一泡吹かせてくれた。それだけではなく、今回の件に関してもお礼を言うことしかできない。
あぁ、自分はとても恵まれているんだ。そう感じられたセラフィナは、今自分の着ている服で応対して問題ないだろうか、と考えてから大丈夫そうだ、と頷いた。
そうしていると、お茶の準備が整ったこと。ルナリアを客間に案内してお茶の準備も完了したことを教えられ、親子三人は客間へと向かったのである。
「まぁ、慌ただしくご訪問してしまったのに、丁寧なご対応、誠にありがとうございます!」
「そんな……こちらこそ、娘の冤罪を晴らしてくれて……!」
「ソルフェージュ公がいらっしゃらなければ、こうはなりませんでした。きっと、神様のお導きでしょう!」
夫妻は揃って涙を流しながらお礼を言い、セラフィナはルナリアに対して改めて頭を下げる。
「ソルフェージュ公、ありがとうございます」
「どういたしまして。何だか、放っておけなくて」
「え……?」
ルナリアの言葉にアニムンディ夫妻は驚いているし、セラフィナは『あぁ、やっぱり』とどこか納得をしていた。
ルナリアが言っているのは、ほぼ間違いなく『ルナリア』が体験してきたことの話。
「わたくしも、セラフィナ様と同じような……冤罪をふっかけられた、と申しましょうか……。それが王太子殿下であったデイル様によるものと、我が国の聖女たるマナ嬢のやらかしたことでしたので……何だか、他人事ではないな、って思えてしまったのです」
この場合のマナの立場が、レアンドラであることくらい、セラフィナにはすぐに分かる。
だが、どんなことをやらかしたのかを父や母にも知っていてもらわなければ、とすぐに思ったセラフィナは、さっとルナリアの元に駆け寄り膝をついて見上げた。
「ソルフェージュ公……一体どのような……?」
「……」
演技派だなぁ、と思いつつも、ルナリアは微笑んで何があったのかを包み隠さず話していった。
ルナリアがデイルの婚約者になったものの、デイルはどんどんとマナに惚れ込んでいった、ということ。
そして、マナは学園内で圧倒的な人気を獲得してしまい、ルナリアのことを皆で寄ってたかっていじめ倒したこと。
だが、ルナリアの行動をきちんと見てくれていた人の方が圧倒的に多く、むしろ時間が経つにつれてマナの立場が一気に危うくなっていってしまったこと。
それをルナリアのせいにしたデイルに対して、ルナリアが容赦なくブチ切れたことで、いつくもの不利な状況を何もかもひっくり返した上で、デイルとは婚約破棄ができたこと。あとついでに、他の公爵家もルナリアの味方だったから、デイルの後見という立場から退いてしまった、ということも。
「…………」
「…………」
見事に絶句しているアニムンディ夫妻を見たルナリアは、面白そうにくすくすと笑った。
「まぁ、お二方。そのように悲しい表情をなさらないでくださいまし。色々あったからこそ、わたくしはあのおバカさんの婚約者、という不名誉な立場を捨てることが出来たのですから」
「それは……そうなのですが」
「でも、ソルフェージュ公……」
「本当に、良いんです。わたくしは、わたくしの領地の民を、全力で幸せにしてみせる。それが……今の私に課せられた使命ですもの」
なんと立派な!! とアレスは感動しているし、ヴィオラートははらはらと涙を零しながら『お辛かったでしょうに……』とハンカチで涙を拭いている。
そんなに感動するお話だっただろうか、とルナリアがポカンとしていると、セラフィナが小声で話しかけてきた。
「普通なら、ありえない逆転劇を披露しているんだもの。……ねぇ、ありがとう」
ふふ、と微笑んで小声でそう告げたセラフィナは、ゆっくり立ち上がって改めて頭を下げた。
「此度の件につきまして、ソルフェージュ公のお力添えがあったからこそ、私の冤罪は見事晴らされました。本当に……本当に、ありがとうございます!」
これで、救ってもらえるのが二度目になった。ならば、救ってくれた相手に対して恩を返すのは当たり前のことだろう。
ルナリアがあちらの国で聖女に、と望んでくれているのであれば、断る理由はない。むしろ、今のこの国よりもまともな扱いを受けることができそうなのは明白だった。
「お父さま、お母さま、やっぱり私……ソルフェージュ公への恩返しも兼ねて、イクシス王国へ行きますわ」
「……そう言うと思っていたよ。だが、たまには手紙を……」
「あの」
アレスとセラフィナの会話を遮ったルナリアは、はい、と手を挙げている。
「ソルフェージュ公……?」
「ご両親についてですが……どうか、当家でお守りさせていただくことはできませんか?」
「え」
何ということだ、と目を丸くしたアレスだったがルナリアの目は至って真剣そのもの。
冗談で言っているようには見えなかった。
「ですが……」
「セラフィナ様の冤罪が晴れたとはいえ……何かと思うことはおありでしょう。であれば、是非とも当家が全力を持って、アニムンディ家をお支えできれば、と」
「そ、そのようにご迷惑を!!」
「……迷惑などではありません。大切なお嬢様をお預かりするのですから、当たり前のことですわ」
にこにこと微笑んでいるルナリアだが、やるといったらやる。
まして己の大切な存在のご両親であれば、尚更大切にしなければならない。
どうしたものか、と悩んでいるアレスに、そっとヴィオラートは寄り添った。
「あなた」
「……ヴィオラート……」
「お言葉に、甘えましょう?」
「だ、だが!」
「我が家だけで、乗り切るには限界もございますわ」
妻の言う通りだろう。
何かあって危害が及んでしまっては、守るものも守れなくなってしまう。それならば、頼ってしまえば……と視線を上げれば、ルナリアと視線が絡み合った。
「……」
良いんです、と言わんばかりのルナリアに、深々とアレスとヴィオラートは頭を下げた。
「よろしく……お願い致します」
「はい、お任せくださいませ」
こうして、王家の皆様方を捨てて、アニムンディ家は改めて未来への第一歩を踏み出したのだった。




