19:潰してあげましょう
セラフィナが展開していた防御魔法にひびが入り始めた瞬間、マナはニタリと微笑んでから足を止める。死なば諸共、と言わんばかりに、セシリオとレアンドラの方を向いて、ギラついた目を向けた。
だがしかし、その視線を外した隙にしれっと防御魔法のひび割れをセラフィナが直していたことは、マナも気づかなかった。
「セシリオ殿下、こうなったらあなた方にも協力していただきますから!」
「な……っ!」
「そ、そうだ! あなた方がきちんと俺たちを匿ってくれないからこんなことになったんだ!」
「責任転嫁もいいところですわね!」
四者四様、とでも言えそうなほど、醜い言い争いを始めた彼らだが、マナの攻撃魔法が緩むことはない。
マナはセラフィナから視線を外すことなく、激しい憎悪の眼差しを向け続けている。勿論、ルナリアに対してもそれは向けられていた。
「まぁ、お怖い」
クス、と完全に小ばかにしたような笑みを向けられ、マナはカッと頭に血を登らせた。
「馬鹿に、して……!」
「だって、そうでしょう。あなたも、殿下も……」
ルナリアの小馬鹿にした笑みが、歪んだ笑みに変わった。
「みぃんな……大馬鹿もの、でしょう? ああ、哀れなこと」
「ふざ……けるな!」
マナの声と共に、攻撃魔法の威力が凄まじいものへと変化するが、ルナリアは一切顔色を変えない。むしろ、楽しむように笑みを深め、そしてこう言った。
「あは……だから、馬鹿だ、って言ってるのよ」
言い終わるのとほぼ同時、だろうか。
あーあ、と呆れたミトスの声が聞こえたマナが、『え?』と不思議そうな顔になったが、意味をすぐに理解できることとなった。
ルナリアは、何も、動いていない。
動いていないのに、マナの怒涛の攻撃魔法が、あっという間に霧散してしまい、何もなくなったのだ。
「…………はぇ?」
「うそ、だろ」
「うふふ、なんとも呆気ない……遊戯みたいな魔法だこと。セラフィナ様、防御魔法の解除をなさって大丈夫ですわ」
「あ、はい」
ポカンとしているマナとデイルだったが、ルナリアはそんな二人目掛けて向かおうと、足にぐ、と力を込める。
「――身体強化」
とても小さな声でそう呟いて、駆ければ一瞬でマナとデイルのところへと跳んだ。
何があったのかを把握する前に、マナはルナリアに頭部を蹴り飛ばされ、横に吹っ飛んでから壁に打ち付けられる。
着地をする前に空中で姿勢を変えたかと思えば、次はデイルの後頭部をぐっと掴んでからそのまま床に顔面を叩きつけた。
悲鳴を上げることもない、上げる暇さえあたえない、というほどに瞬殺してから、すとん、とルナリアは着地をした。
ゆるり、と視線をセシリオとレアンドラに向ければ、彼らは揃ってその場にへたり込んでしまった。
「あ、ああ……っ」
「ひ……」
「余計な人を匿って、余計な人から手を借りて、挙句の果てに手に余るような馬鹿げたことをしでかしたから、こんなことになっている、っていうご自覚はございまして?」
まるで、ルナリアの背後に吹雪が吹きすさんでいるような雰囲気さえある中で、滾々と言われてしまう。
セシリオとレアンドラは恥ずかしさから顔を赤くしているが、きょろきょろと何かを探すように視線をさ迷わせたかと思えば、セラフィナにターゲットを決めたのか、二人がセラフィナに襲い掛かろうと言わんばかりに彼女の方へ走り出す。
どこまで行動パターン似てるんだ、と呆れたルナリアは、すぅ、と息を吸い込んでからセラフィナに向けて叫んだ。
「セラフィナ様! わたくしが貴女に差し上げたペンダントを壊して!」
「え、あ、これです?」
すぐに気づいたセラフィナは、言われた通りにルナリアがくれたペンダントを外して、床に叩きつけて踏み壊した。
――すると。
「きゃあああ!!」
「うわっ!?」
セラフィナの周囲の人を守るように、球体状のシールドが形成され、触れた途端にレアンドラとセシリオが吹き飛ばされた。
「これって……」
「良かった、ちゃんと機能してくれたわね」
ホッとしたルナリアは、見事なまでにボロボロになっているマナとデイルを引きずってきた。
マナとデイルの足首を引いているのは、恐らく、面倒だったのだろう。
あと、そこそこ顔面も危ういことになっているので、とりあえず見たくないからという思いもあるのかもしれない。
そんなことはさておいて。
にこやかに転移魔法陣を組み上げつつ、マナとデイルをそこにぽい、と投げ捨ててからイクシス王国へとあっという間に転移させてしまったルナリアは、すっとキールに膝をついて、にこやかに口を開いた。
「ご子息と、婚約者のご令嬢に……明るい未来があれば良いですわね」
「それは……っ」
キールも、王妃も、何も言えなかった。
「そもそも、最初の確認できちんとした対応さえしていれば……聖女セラフィナ様は、このような想いをすることもなかったでしょうに」
「……ソルフェージュ公の、言う通りです」
王妃が、申し訳なさそうに頭を下げた。
王族たるもの容易に頭を下げてはならぬ、ということも言われてきた王妃ではあるが、今回ばかりはことが大きすぎた。
まさか、己の息子が…………自国の聖女を陥れ、他国の聖女や元王太子を匿った挙句に、このような失態を犯してしまうだなんて思ってもみなかった。
加えて、『遠見の水晶』という国宝までもを勝手に持ち出してから他国の人間に使用させるだなんて、あってはならない失態だ。
「どのような罰でも、我らは受ける。その覚悟でございます……」
「まぁ」
王妃のその言葉に、ルナリアはぱっと顔を輝かせた。その言葉はまずいだろうが、と国王が口を開く前に、ルナリアはいそいそとセラフィナのところに近寄ってから、両肩に手を置いて、にこ、と微笑んだ。
「では、聖女セラフィナ様をもらい受けたく」
「…………え」
きょとんと目を丸くしたセラフィナ、そしてセラフィナの両親。
国王夫妻もきょとんとしているが、ミトスだけは『あー……』と困った顔をしている。
「なにも、セラフィナ様だけをタダで、だなんてけち臭いことは言いません。さっきわたくしが吹っ飛ばした二人を、熨斗つけて差し上げます」
「いやそれは」
いらん、と言おうとしたキールの言葉を遮るかのようにして、セラフィナが真っ先にルナリアの方を振り向いて、ルナリアの手を掴んで目を輝かせた。
「是非!」
「まぁ、乗り気のご様子。嬉しいですわ」
「あの、セラフィナ? 領地には……」
「お父さま、お母さま、私、行きたいです!」
とても乗り気な様子のセラフィナを見て、両親はどうしたものかと悩んでいるようだった。国王夫妻は、行かないでほしい、セラフィナを引き留めてほしい、という視線をアニムンディ夫妻に向けていたが、その視線は器用に無視をしてから、夫妻がルナリアに視線を向けた。
「まず、その……親子で話し合いをさせていただければ……」
「ええ、勿論。前向きにご検討くださいますと幸いです。わたくしたち、一旦イクシス王国に帰らねばなりませんし……そうだ。セラフィナ様、お手を……」
「?」
セラフィナは、ルナリアのことを一切疑っていない様子だった。
何よりそれが一番驚くべきことではあるものの、セラフィナの様子を見ていると『ルナリアといることが一番自然だ』と言わんばかりの雰囲気を持っていた。
だから、だろうか。
夫妻は、きっとどうやって説得したとしてもセラフィナが自分たちのところから離れていくだろう、という未来が、見えてしまったのだった。




