15:正しき聖女
『遠見の水晶』を使いこなしただけでなく、行ったことのない場所までもを映し出したセラフィナの能力の高さに、キールは表情を輝かせるものの、セラフィナは真逆の表情を浮かべている。
「何と……見事な……!」
「それでは、私の冤罪はこれで晴らせたと思いますので、これにて。……ソルフェージュ公、アストリア公、良ければ……」
「お、おい、ちょっと待たんか!」
何だ面倒くさい、とでかでかと背中に文字を背負っているかのごとくなセラフィナを見れば、明らかに興味がなさそうな顔でキールの方を振り返る。
冤罪を晴らせた、ということは、また聖女として活動できるというのに、どうしてこれっぽっちも喜んでいないというのかが分からなかった。
だって聖女だろう!? と喉元まで出かかっているキールだったが、今これを言ってはいけない。それだけは把握できてしまう。
「その、だな。お前が聖女として……」
「いらないです」
「は?」
「王家は、私を断罪した。それが唯一の真実でございません?」
セラフィナの発言に、ルナリアは『やらかしたな、この国王』と思う。
やらかしたのは王太子かもしれないのだが、これまでセラフィナ自身を冷遇してきた事実だって、掘り下げて調査をしていけば出てくるかもしれない。いいや、間違いなく出てくるだろう。
「お、王太子と婚約破棄をしたが、あれも見直しを」
「いやだから、あの婚約破棄は私の意思ですが。……失礼ながら、国王陛下……お疲れが溜まっておられるのではございませんこと?」
「陛下……もう破棄については成立しておりますし、我が娘、セラフィナの考えをこれ以上無視することはおやめくださいませ」
呆れ返ってます、と態度でも声音でも示しているセラフィナとアレスを見た宰相も、国王であるキールも、さーっと顔色を青くしていった。
正しいと思ってやっていたことが、丸っと足元から崩れ去っていくような事態になってしまい、どうしたらいいのだ、と彼らも混乱しているようだったが、そこに諸悪の根源がいることを忘れてはならない。
「……あの、部外者ながら、発言の許可をよろしいでしょうか」
「あ、あぁ……ソルフェージュ公。どうなされた」
「おかしいと思いませんか?」
「え?」
キールは何だろうか、と首を傾げているが、セラフィナやアレスは何となく理解をしてくれているのか、表情を引き締めている。
「そもそも、何故唯一無二の存在である聖女様の扱いが、こうも雑なのですか」
「……それ、は」
「大体、これって冤罪事件ではありませんこと?」
「……ぐ」
うぐ、と言葉に詰まっているが、どうして今までこんな簡単なことに気付かなかったのだろうか。簡単なことだ。
マナが部外者でありながら、『続編』に対してストーリー介入をしてしまったことで、物語通りに進むべきはずだったものが、捻くれている、ということ。
それに加えて、『続編』であるからこそ、『前作』がきちんと終了していないと、ストーリーにおかしな点が出てきてしまうということ。
これらを理解しないまま進行してしまったことに加え、『ルナリア』の魂が自ら死を選んでしまったセラフィナの身体の中におさまってしまった、ということも大きな原因の一つだろう。
「(本当は、ルナリアはこんなところで、こんな馬鹿げた話に巻き込まれるべき存在じゃなかった。でも、……ううん、だったらきちんと幸せにならないとおかしい)」
悪役であろうが、幸せにする。そもそもルナリアが最推しであるからこそ、ストーリーを捻じ曲げてでも、『ルナリアが笑っていられる』ように色々な不要物を排除していった。
だが、これで問題ないだろう、とほんの少しだけ手を抜いてしまったらしい、マナとデイルへの処置。
「(もう、容赦なんかするものか)」
おろおろしているキールの、なんと情けないことか。
これが一国の国王なのか、とルナリアもミトスも呆れ返っているが、それはセラフィナやアレスだって同じことだ。
「冤罪事件に対して謝罪もなく、正しき聖女だからとまたお役目につかせようとするだなんて……少し、意味が分からないなぁ、って思いますわ」
「同感です。聖女セラフィナに対して行われた暴力行為……いいや、暴行事件、といって差し支えない件に関して、何の賠償もされないまま、有耶無耶にして過ごすおつもりか?」
ルナリアに加えてミトスも追撃すれば、キールの顔色は更に悪くなる。
真っ青通り越して土気色だが、気にしている場合ではない。
一刻も早くマナとデイルを引きずり出さなくてはならないが、どうしたものか……と悩んでいると、宰相がおずおずと手を挙げて口を開いた。
「あの……お話の途中ですみません。その……『遠見の水晶』に関して……」
「ええい何だ!」
「もしかしたら、宝物庫から出されていた可能性が……」
「は!?」
あぁ、とルナリア、ミトス、そしてセラフィナが同じような顔をした。
大方、どうにかしてレアンドラとセシリオを丸め込んだマナが『私が使えます、だって聖女だもの!』と自信満々に言って、使ってみせたのではないか。
セラフィナが使えない=セラフィナが偽聖女
という方程式が出来上がってしまっていた彼……あるいは彼らは、マナの言うことを信じることにしたのだろう。だって、マナが『遠見の水晶』を使えてしまったのだから。
きちんと書物で調べないまま『やってみろ』と丸投げした王家にも問題はあるし、せめて二回目を、と進言しなかったセラフィナにだって非はあるのかもしれない。
だが、結果としてセラフィナが『遠見の水晶』を使うことが出来なかったために、学園で暴行事件が発生してしまい、セラフィナは意識不明の重体どころか、生きる希望そのものを失ってしまったことで、結果的に『死』に繋がってしまった、ということだ。
「おおかた、我が国の逃亡者である、聖女マナがどうにかしてこちらの貴族に取り入り、自分が聖女であることの証明として……使ってみせたのでは?」
「そ、それは」
「まぁ……どうして聖女マナが『遠見の水晶』の存在を知っていたのか……については、わたくしたちもよく理解はしておりませんが」
「(お前、いけしゃあしゃあと)」
「(黙って)」
めちゃくちゃ小声でミトスから言われた内容に、ルナリアは即座に反応して彼の足をむぎゅ、と踏みつける。
痛い、と聞こえたがあえて無視をして、ルナリアは言葉を続けていった。
「我がイクシス王国に、聖女に関しての書物がございます。その本を聖女マナがもし仮に、隅から隅まで目を通していれば、各国の持つ特殊な聖物に関して知っていたかもしれませんが……何せ彼女は、わたくしの元婚約者であるデイル殿下の寵愛を受けていたお方。意味を理解しないまま内容だけ、例えば高位神官から聞いていたので、存在を知っていた……とかいう可能性だってございます」
ころころと笑うルナリアの言葉に嘘はない。
嘘はないが、まるっと全部が本当でもない。
どうせマナが知っているとしたら、続編の知識として、だろう。
ルナリア自身だってそうやって知っていたのだが、そこまで説明してやる必要なんか一切ない。
それに、折角なら一旦マナとデイルを捕獲した後、セラフィナを真なる聖女としてイクシス王国に迎えても良いのかもしれない。
と、そこまで考えて、ルナリアはもう一度口を開く。
「さて……ところで陛下、我らからお願いがございます。こちらの聖女セラフィナに対して無礼を働いた、王太子殿下と真実の愛のお相手であるご令嬢とやらを、お呼びくださいませんこと?」
「はぁ!?」
「いや陛下、驚くことじゃありませんって。民衆の間では、素晴らしい恋愛劇だとしてお芝居まで作成されて上演されているんですから!」
あっはっは、と笑うアレスに、そんなものあるのか、と言いたげなセラフィナ。
「(ええ、それわたくしも体験したもの)」
「(あれ最悪だったよな)」
真顔のまま、一見すると内緒話をしているようには見えないルナリアとミトス。
ルナリアだって、自分が悪役だったから同じルートを辿った。だからこそセラフィナには同情しかできないし、セラフィナ自身も身に覚えがありすぎるから、なんともいえない顔になっている。
「まさか、そんな」
「王太子殿下なら王宮にいるはずですし……ねぇ、お呼びくださらない?」
「いや……あの」
「…………別に、構いませんのよ」
いつまでもゴネているキールに対し、ルナリアがぶわりと殺気を膨れあがらせ、自身にとてつもない魔力を纏わせ、剣呑な眼差しをキールと宰相に向けた。
「この城を吹き飛ばして居場所を探す、あるいは真実の愛のお相手……あぁ、確かどこぞの公爵令嬢、でしたかしら。そこも王城に来る前に名前はあちこちで噂になって存じ上げておりますので、折角なら両方吹き飛ばして二人とも引きずり出してもよろしくてよ」
得体のしれない迫力に、キールは玉座の上からずるり、と落ちてしまう。
アレスもルナリアのあまりの迫力に、ぶわっと鳥肌がたち、冷や汗が一気に噴き出してきた。
「(何だ……セラフィナと同い年くらいで、どうしてこんなに……?)」
ただ、許さない。それだけだ。
ルナリアも、セラフィナの中にある『ルナリア』のことも、こうなったらとことんまでこちらは抵抗して、守り抜く。
馬鹿みたいな夢に溺れた輩に、どうして遠慮をしてやる必要があるというのか。否、ありはしない。
「……ねぇ、どうなさいます?」
にこ、と微笑んだルナリアの迫力に、キールは口の中が乾いてかさかさになりながら、どうにかこうにか言葉を紡いだ。
「…………セシリオを、呼べ」
「は、はい!」
弾かれたように走っていく宰相を見送り、キールは自然と土下座をしていた。
「呼ぶ、あの馬鹿を呼ぶから……どうか……落ち着いてはくれまいか……ソルフェージュ公……!」
「……ご協力、感謝いたします」
理そのものをねじ曲げた悪役の力、舐めんなよ。そう言わんばかりにルナリアは、悪役に相応しい笑顔で、にっこりと微笑んでみせた。




