14:『遠見の水晶』
ルナリア、セラフィナ、共に『しまった』という顔で硬直してしまう。
この世界で、前作の悪役令嬢と、今作のヒロインが出会ってしまうだなんて、何たる偶然か、という言葉で片づけられるものでもない。
意識的に出会おうとしたところで、出会えない。
これが、世界の認識だったのかもしれないが、何せ今はその認識はあってないようなもの。だって、前作ではヒロインは負けているのだから。
「あ……っ、他国の公爵閣下に、大変な失礼を!」
「いえ、問題ございません。こちらこそ、聖女たるセラフィナ様に失礼いたしました」
にこ、とルナリアは微笑んで、セラフィナに対してすっと頭を下げた。それを見たセラフィナの父アレスが慌てて手をぶんぶんと振って口を開いた。
「そ、そんなとんでもない! ソルフェージュ女公爵、お顔を上げてくださいませ!」
「まぁ、では遠慮なく」
微笑んだまま頭を上げると、アレスがおろおろとした様子で立っているが、ふと何か思いついたルナリアは自身が装着していたペンダントをすっと取り外して、セラフィナに手渡した。
え? と困惑しているセラフィナだったが、手渡されたものを見て目を見開いた。
「……あの、これって」
「万が一、何かあればそれをお使いくださいませ。普通に着用していても特に問題がないかと思いますので、ご安心を」
「……っ」
ああ、そうだ。手渡されたペンダントには見覚えがある。セラフィナではなく、『ルナリア』に……ということではあるのだが、これを持ってきているということは、そもそもセラフィナにどうにかして会おうとしていたことも窺える。
もしかして、色々と知っていた上で、自分のことを救ってくれた、とでも言うのだろうか。しかしセラフィナの父であるアレスはこの事実は知らない。
では、ミトスは知っているのだろうか、とセラフィナが視線をちらりと向ければ、困ったような、仕方ないな、というような目でセラフィナを見ていた。
「(……知ってる、ということね)」
セラフィナが知らないまま、またもや裏で色々と物事は動いていたのだろうか、と思うと、どうしてもこの人と話をしたかった。
だが、今は国王に呼ばれているため、長時間ここに足を止めておくこともできない。
「あの、良ければこのままご一緒いたしませんか。聖女さまに対して、もう一度『遠見の水晶』の使用を提案したの、わたくしなんです」
「え……!?」
「あ、あなたが!?」
「はい」
またもやにっこりと笑っているルナリアは、一体何をどこまで知っているんだろうか、とアレスもセラフィナも目を丸くしたが、呼び出されている時刻が迫ってきている。
一旦は謁見の間に向かわなければ、と判断したアレスは、謁見の間に向かおうと、娘の背中を押す。
ルナリアたちとセラフィナ親子は並んで歩きながら、周囲の人にはすぐさま拾えないくらいの声で、慎重に会話を始めた。
「しかし……何故、ソルフェージュ公が……っと、ソルフェージュ公とお呼びしても……」
「ええ、問題ございません。ちょっとこちらの国に用事があったんですが……まさかこちらでも冤罪事件が起こっている、ということをすこーしだけ耳に入れまして」
ほほほ、と笑っているルナリアだが、目の奥には確かな怒りがある。
敏感に察知したセラフィナは、誰に対しての冤罪なのだろうか、と注意深く聞いているようだ。そうだろうな、と思ってルナリアは遠慮なく、自分を指さした。
「え?」
自分を指さしているルナリアを見て、アレスもセラフィナも、ぽかんとする。
「わたくし、聖女マナ様にやってもいないことをやった……と申告されまして、困りましたわ。でもね、やった人の魔力鑑定をしろ、って言ってもマナ様ったら何もしなくて。冤罪だと分かっても、謝罪すらしなかったんですのよね」
困ったちゃんなお方でしょう? ととても楽し気に言っているが、ルナリアは当時『公爵令嬢』で、マナはいくらデイルのお気に入りとはいっても身分はルナリアよりもかなり下なのだ。
色々と冤罪事件を吹っかけてきて、どうにかしてルナリアを地に落とそうと考えていたらしいが、それはことごとく叩き潰した、とルナリアはどこか楽しそうに教えると、アレスもセラフィナも、またもやポカンとしている。
「そうか……遠慮なく反論して良かったのか……」
「……どうして考え付かなかったのでしょう……」
考え付かなくて、きっと当然だ。
ルナリアだって、『私』が入ることでイレギュラーが発生し、本来通りの話の進みからは離れた。だから、ああして徹底的な報復ができた、というもの。
セラフィナは、『ルナリア』が入るまで、本来の役目通りの動きしかできなかったのだろう、と推測すれば、反論しようだなんて思えるわけがない。
「今からでも、遅くはないかと。ああそうだ、セラフィナ様」
「は、はい」
「『遠見の水晶』に流す魔力は、聖女だけが持つとされている聖魔力で、お願いします」
「……え?」
「きっと、かつて偽聖女だのなんだの言われてしまった時って、普通の魔力を流したのではないかな、と思いまして」
あくまで予想ですが、と遠慮がちに微笑んでいるルナリアの言葉からは、嘘は感じられない。
どうして知っているんだろう、とセラフィナは考えたが、思い当たるところは一つだけあった。
「(王宮の中にある、金書庫に保管されていた聖女に関する本!?)」
はっとした表情を浮かべたセラフィナがルナリアを見れば、彼女はじっとセラフィナの方を見ていて、こくん、と小さく頷いてくれる。ああ、間違ってなかったんだ、と思うと嬉しい反面、会話が、とっても楽だ、とも思う。
自分なのだから当たり前かもしれないが、なんだか嬉しい。
ほわ、と嬉しそうに微笑んでいるセラフィナと視線が合ったルナリアだが、こちらもこちらで、相手が嬉しそうにしてくれていることが、嬉しいと感じていた。
元々『質』が似ていた、とでもいうのだろうか。
ふふ、と微笑み合っているルナリアとセラフィナを見て、ミトスも自然と表情が緩んだ。……が、もう気が付けば謁見の間にたどり着こうとしているところだった。
ああ、もっと話をしたいと思っているのは全員がそうだったようで、アレスが表情を引き締める前に、ルナリアとミトスに対して、微笑みかける。
「良ければ、『遠見の水晶』の件が終わり次第、当家にいらっしゃいませんか?」
「まぁ、よろしいのですか?」
「ええ。セラフィナはどう思う?」
「是非!」
ぱっと顔を輝かせたセラフィナを見て、ルナリアもミトスも、微笑んで了承した。そしてすぐに真剣な顔で、謁見の間へと入室したのだ。
「おお、ソルフェージュ公にアストリア公も一緒であったか!」
「……はい、陛下。歩いていたら王宮の廊下でばったりと」
にこやかに答えるルナリアは、言い終わると一歩下がってセラフィナとアレスに場を譲る。
なお、セラフィナの母であるヴィオラートは、万が一に備えて家で待機しており、この場には来ていないが、わざわざ言う必要もないだろう、とアレスは判断した。
「さて、聖女セラフィナよ」
「……」
「そ、その、再度、『遠見の水晶』を使うことを許可しようではないか!」
尊大な態度でそう言ってみたものの、キールの顔色は悪い。
セラフィナが無表情であることに加え、ご自慢の息子によって意識不明の重体にさせられていた恨みだってあるだろう。
そんな相手に対して、どうして朗らかに接することができるというのだろうか。
「……さっさと、済ませましょう」
感情の籠っていない声で、セラフィナがそう言って、『遠見の水晶』に手をかざす。ルナリアに言われていた通りに、聖魔力を流し込めば、とてつもなく眩い光に謁見の間全体が覆いつくされ、次第に落ち着いていくと水晶の中にイクシス王国の風景が映っていたのだ。
「は!?」
「……?」
一体なんだ、と思ったルナリアとミトスは、そっと立ち位置を変えて、水晶を見てみれば、見覚えのある光景が映し出されていた。
まさか、と思ったミトスに対して、ルナリアはその考えを即座に肯定する。
――だって、セラフィナの魂が『ルナリア』なのだから、イクシス王国の風景を知っていて当たり前なのだから。
「セラフィナ……これは……」
「……陛下なら、ご存じだと思います。それから、ソルフェージュ公と、アストリア公も」
アレスやキールに視線を向けられたルナリアとミトスは、頷いておいた。否定はしない、つまり本物のイクシス王国の風景で間違いないことを、即座に証明してみせたのだった。




