13:邂逅
ほう、とアレスは表情を驚いたものにしてみせた。
こうなることが分かっていたような表情のような気もするが、困った表情を浮かべているセラフィナの頭を優しく撫でてやると、ふ、と表情を和らげる。
「安心しなさい、セラフィナ。お前は何も悪いことはしていないさ」
「ですが……」
「召集の理由については確認したかな?」
「え、えぇ……」
一応読んだ、ものの。セラフィナ個人としてはどうにも本能的に『行きたくない』と心が必死に訴えかけてきているから、出来れば不参加を貫き通したいところだ。
「なぁに、面白いことが見れそうだから平然と行けばいいんだよ」
「で、でも!」
「大丈夫だ、セラフィナ」
父がここまではっきり言うだなんて、本当に大丈夫なんだろうと思えるものの、その前に言っていた『面白いこと』が気になってくる。
セラフィナは、じと、と父を見てから困惑気味に問いかけた。
「お父さま……? あの、一旦行く行かないは置いておくとして、面白いもの、とは……?」
「ああ、イクシス王国のソルフェージュ公が、もうここに到着したらしい」
「……っ!?」
ああ、懐かしい家名だ、とセラフィナは泣きそうになる。
『ルナリア』に会えるんだ、と思うだけで胸まで熱くなってきてしまう。会ったらまず『ありがとう』と伝えたい。
ルナリアが覚えているのかは分からないけれど、それだけのことをしてくれたんだ。
「……ソルフェージュ公、って……ソルフェージュ女公爵……?」
「ああ、そうだよ。どうやら、こちらに来ているとかいう聖女様とデイル殿下を捕まえに来たらしいんだ」
「え?」
名前を聞いて懐かしんでいる場合ではない。
本当に公爵になったんだ、とセラフィナが喜んでいたかと思えば、まさかマナとデイルを連れ戻しに……いいや違う、『捕まえに』来たとのこと。
一体全体どういう事なのだろうか、と考えてみてもセラフィナには何も思い当たることなどない。
「捕まえに……とは?」
「はて、色々深く知っているわけではないのだが……どうも、セラフィナが無実の罪を着せられたことと、何やら関係がありそうでな」
「え……?」
いや、どうかそのまま放っておいてほしいけれど、冤罪ならばどうにかしたい。というか、冤罪だけはごめん被る。
などとセラフィナがまた考えていると、どうやらアレスはセラフィナが色々考えすぎて不安に感じている、と思ってくれたのか、そっと娘の肩に手を置いた。
「大丈夫だ、デイル殿下やあちらの聖女様のことについては、あくまでイクシス王国側の問題。我々は、我々ができることをしよう」
「は、い……」
というか、セラフィナ的には、マナとデイルが連行される姿を、とても、見たい。
めちゃくちゃ、見たい。
うずうずしているセラフィナだが、アレスは悲しみで娘がそわそわしていると勘違いをしてくれている。これはこれで好都合なのだが、どうしても、あの二人が罪人として捕まるところはとっても、見たい。
「(わたくしに色々してくれたあの二人が……罪人として……。ええ、とっても見たいわ)」
「セラフィナ、辛いとは思うが……」
「行きますわ」
アレスの言葉を遮って、セラフィナはばっと顔を上げてかアレスに微笑みかける。
何かを決意したような表情にも見えるような笑顔に、アレスは分かった、と言わんばかりに大きく頷いた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「殿下、お願いいたしますわね」
「分かった」
レアンドラ、セシリオがそれぞれ頷き合って、マナが使用していた『遠見の水晶』を二人揃って、王家の宝物庫へと戻しに行く。
二人が幼い頃によく通っていた回廊を駆け足で通っていき、王家の人間しか開けることのできない鍵をそっとセシリオが取り出して、宝物庫の扉を開ける。
勿論、門番はいるのだが、打ち合わせ通りに『見学をしに来た』ということで押し通した。
とてつもなく訝し気な顔をされたため、セシリオが押し通してどうにかしたものの、怪しまれているのには変わりないため、早々に元あった場所に返却をしてしまおう、ということで二人は行動を急いだ。
「……えーと、確か……」
「殿下、お早く」
「分かっている! しかし……デイル殿下とマナ様にも困ったものだな……」
「ええ……それには完全同意ですわ」
二人揃って顔をしかめつつ、マナとデイルのことを思い出してみる。
確かにあの二人のおかげで、レアンドラとセシリオは婚約できたものの、セラフィナが冤罪を被っているのは知っている。そうしたのは、レアンドラとセシリオなのだから。
だが、それこそが正解なのだ、と『遠見の水晶』を使用しながらマナに断言されては、従う他なかった。それが、何よりも正しいことなのだ、と、思えてしまったのだから。
「……犯罪者、って……」
「一体どんな罪を犯したというのだろうな」
「さぁ……殿下は彼らの罪状をお聞きになっておりませんの?」
「父上が教えてくれなかったんだ。だが、セラフィナに『遠見の水晶』を使用させる、とあっては……」
「あの子……」
ここ数日、意識不明になる前と比較して、とてつもなく人格ごと変わってしまったようなセラフィナを見ていると、マナから『正しい道だ』と言われていたことも、『正しくない』ように思えてしまう。
「……セラフィナ、様子が……」
「それほどのことを、俺たちがしてしまった……ということなのかもしれないが……しかし、俺たちは正しき道を通ってきているはずなんだ!」
『遠見の水晶』を元あった場所に戻してから、セシリオもレアンドラも足早に宝物庫を後にした。
その少し後で、宰相が『遠見の水晶』を謁見の間に持っていくために、宝物庫を訪れたのだが、門番が困ったように宰相に話しかける。
「宰相様……少し良いですか?」
「何でしょう」
「実は……」
門番は、何があったのかを事細かに話していく。
内容を聞いた宰相は、さっと顔色を悪くして自分が持っている『遠見の水晶』に視線を落とした。
「何だそれは……何故セシリオ殿下とレアンドラ嬢が……」
「分かりません……。何故今更宝物庫の見学、など……」
「見学などしなくても、構造は分かっているでしょうに」
困った顔で呟いた宰相だったが、『遠見の水晶』から視線を上げて、門番と視線を合わせた。
「このことは、陛下に報告しておこう。念のため、誰にも言わないようにしておいてくれ」
「承知いたしました」
腰を折って頭を下げた門番を見て、宰相は『遠見の水晶』を持って宝物庫を後にした。
謁見の間に持っていきながら、ふと宰相は思う。
「(……まさか、これを誰かが使った……可能性が……? もしかして、我が国にいるという聖女マナでは!?)」
嫌な予感というものは的中してしまうもので、実際その通りである。
マナがしっかりと使用していたのだが、この事実を知っているのはレアンドラとセシリオのみ。
「(いや……そんな訳……ない、よな)」
はは、と引きつった笑いを零した宰相は、『遠見の水晶』を設置してから翌日やってくるであろうセラフィナのことを思う。
どうか、偽物扱いはしてしまったものの、セラフィナがあの『遠見の水晶』を上手く使えますように。それだけを必死に祈りながら、時間が過ぎることを待ったのであった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ミトス、今日は聖女セラフィナが登城してくるんですって」
「そういや、そんなこと言ってたな」
「見学、行く?」
「……まぁ、一応」
ミトスのやる気があるようなないような、何とも曖昧な返事とも取れてしまう声に、ルナリアはミトスの後頭部をぺん、と叩いた。
「何すんだよ!?」
「何となく。……なら、わたくしたちも謁見の間に行った方が良いのではなくて?」
「そうなんだけど、時間がまだだろう」
「……そういえば、そうね」
どうしましょ、と呟いたルナリアだったが、早めに謁見の間に行っておいた方が良いのでは、と判断し、ミトスと並んで謁見の間で歩いていく。
――と、ふとすれ違った。
「……え?」
「…………あ」
父親らしき人と歩いている人が誰だか分からなかったけれど、ルナリアも、セラフィナもそれぞれ確信する。
意図せず、ばったりと出会ってしまった二人は、ぽかんとした顔で、見つめ合った。
「……あな、た」
先に声を出したのは、ルナリア。
「は、い……」
セラフィナも、足を止める。
二人揃って、ぽかんとしたまま顔を見合わせて足を止めたままの状態で、少しの間見つめ合いつつ、お互い口を開く。
「……ええと、聖女セラフィナ……」
「……あなた、は……ソルフェージュ……女公爵」
呆然とした様子で、二人は声を交わす。
まさか、こんなところで、こんなタイミングで会ってしまうだなんて。
ルナリアもセラフィナも、全く同じことを考え、二人は揃って互いの距離を一歩だけ縮めたのであった。




