1:私の選択肢
コミカライズ第二章、始まりましたね!
ちなみに、私は原作担当しておりませんので、ご留意くださいませ(監修はしておりますが)
こちらの物語は書籍版の続きとして、『ルナリア』の物語の続きを書いたものになります。
Web版の続きは!? って言ってくださっている方が多かったので、「よっし書くか!」と思い立って書き始めたものになります。
『ルナリア』がどうなっていくのか、お楽しみくださいませ。
自分は解放されたんだ、そう思っていた。
だから、もう自由なはずなの。痛い思いも、悲しい思いも、しなくていい。そのはずだった。
そう、解放されて、きっと新しい平和な日々を送るために、もう一度スタートするんだ、と思って眠りについたはずだったのに、とそこまで一気に思考を回転させてしまった。
いけない、またやってしまった。これは、自分の悪い癖だ。
そう思ってもう一度目を閉じて開いた先の景色に、見覚えなんか全くない。
「……ここ、は」
そして、頭の中にあった『自分の名前」に違和感がある。これは、自分の名前ではない。だが、自分の名前である、という矛盾。
矛盾しているはずなのに、しっくりきてしまって、彼女はゆっくりと自分の名前を口に出した。
「……セラフィナ。セラフィナ・アニムンディ」
そうだ、これは自分の名前なんだと、改めて自分に言い聞かせる。
馴染まないと思っていたけれど、思っていたよりも馴染んでしまったことに驚きつつ、一度息を吐いた。
そうして、仕切り直しと言わんばかりに目を閉じ、開いたセラフィナは、ベッドに寝転んだままでゆっくりと腕を持ち上げて、自身の手のひらを見る。
荒れてもいない、とても綺麗でしなやかな細い指、白い手。
『前』の自分と同じだな、とぼんやり考えていると、部屋の扉がコンコン、とノックされる。
「……」
普通に返事をしても良いのだろうか、と一瞬考えるが扉の向こうの気配からは、敵意を感じない。
このまま返事をするべきか否か、少しだけ考えていると外から先に声がかけられたのだ。
「セラフィナお嬢様、お休みのところ失礼いたします。……その、起きておられますか?」
「……えぇ、起きているわ」
「っ、失礼いたします!」
どこかホッとしたような声に続いた、ほんの少しの焦りの色。
セラフィナは、あれ? と不思議そうに首を捻った。
そんなに安堵するようなことだったのだろうか、と考えているセラフィナは、のそりと体を起こそうと腕に力を込める。だが、ずきん、ととんでもない痛みが腕から肩にかけて走った。
「い、っ……!」
それでもどうにか体を起こし、一体何がどうなっているんだ、とセラフィナは自分の着ている寝間着を捲り上げて、腕を見ればそこにあるのは無数の痣、切り傷、打撲の痕らしいものまでよりどりみどり。
「何、よ……これ」
愕然とするセラフィナの部屋に入ってきたメイドは、起き上がっているセラフィナの姿を見て、手にしていた桶をかなぐり捨てて駆け寄ってきた。
床に水がぶちまけられたけれど、そんなものはどうでもいい、気にしている暇はない、と言わんばかりのメイドの行動にセラフィナは驚きを隠せなかった。
「セラフィナ様! ようございました……! ああ、本当に……!」
セラフィナに縋り付くようにして泣き出すメイドに、ギョッとしてセラフィナは目を丸くした。
こんな扱いなんて、いつぶりに受けただろうか。メイドに見放されてしまったようなかつての環境を思い出せば、きっと今はとても恵まれているのだろう。
「あ、あの……一体、何、が」
「セラフィナ様……、まさか……記憶、が!?」
あ、何か聞き方間違えたかもしれない? とセラフィナはサッと顔色を悪くするものの、実際、今何がどうなっているのかを知る術はないのも事実。
『……情報は、徹底的に集めなさい』
かつて、母に言われた言葉が脳裏を過ぎった。そうだ、慎重にいかなければ。ことを進めるのに、急いてはいけない。慎重に、焦ることなく、一つずつ、だ。
「……っ、ごめんなさい。その……どうにも、頭も痛くて……」
「何ということでしょう! ああお嬢様、どうかそのまま、少しでも楽になさっていてくださいまし!」
「えぇ……ごめんなさい……」
申し訳なさそうにしているセラフィナは、メイドが走り去ったのを確認してから、慎重に、痛みがあまり走らないように体を動かしていく。
そうっとベッドサイドに腰をかけるようにして、着ていた寝間着を捲りあげれば、腕と同じようにあちこちに打撲の痕跡があったのだ。
「…………どういうこと?」
この体の持ち主は、誰かから酷く暴力を振るわれていた、ということだろう。
顔に傷をつけないあたり、うまいことやってくれているな、と困ったようにセラフィナは唇を噛み締めた。
「まだ……誰の足音もしない。今なら少し時間がある」
そう、まだ時間はある。少しでもいいから、状況整理をしなければならない。
というか、ここはどこだ。
かつて持っていた自分の記憶の中に『セラフィナ』という名前は存在しないし、少なくともあの国の貴族令嬢ではないことは確かだ。
部屋の中の装飾、あるいは調度品を眺めてみても、とても良い品ばかりだということはすぐさま理解できた。だとすれば、今のこの体……すなわちセラフィナは、貴族令嬢である、と推測できる。
「ある程度の資金力のある、もしくは……地位のある家……? いや、けれど……この家紋は見たことがないわ」
ベッドの脇にあるサイドテーブルに彫られている家紋、これは元いた場所の貴族の家紋の中で、どこにも当てはまらない。
「……分からない」
そのまま、またベッドにぽすん、と倒れ込んだ。見えるのはまたもや天井になるが、倒れた衝撃で少しだけ傷口が傷んだが今はどうでも良かった。
「わたくし、は……あそこから、逃げたはず、だったのよ……」
目を閉じれば、かつての地獄のような日々が流れてくる。
義妹になじられる日々。
義母に鞭で打ちのめされる日々と、それに追随した使用人たちの陰険な対応。
兄には言うことをきかないから、と頬を思いきり打たれたこともあるし、食事を出さないようにと指示を出されたこともあった。
婚約者からは、『もっと聖女を見習え』と殴られたこともあるし、パーティーの場にわざわざ見せつけるように聖女と一緒に出席されたりもした。
「……バカみたい」
誰かに必死に願っていた、どうか助けて、もうこんな世界は、嫌よ。
あの時、何度こう、願ったことだろうか。希望の光が見えないまま、お先真っ暗の道を歩いていくのも嫌だった。
何もかもが本当に嫌で仕方なくて、藁にもすがるような思いで、いつしか願い続けた。
そんな中であの日……『奇跡』が起こった。
まさかそんなこと、あるわけないと思っていたのに、救いの手が差し伸べられたのだ。
「…………何かのお告げ、かしら」
寝転がったまま呟けば、ばたばたと複数人の足音が聞こえてきた。
セラフィナは、ゆっくりと体を起こして来訪者を迎えるために大きく深呼吸をした。ちょうど終わったところで、セラフィナの部屋の扉が思いきり開かれたのだ。
「セラフィナ!」
「あぁ……っ、わたくしのセラフィナ!」
きっと、容姿からして恐らく自分の父と母、という人達だろう。
とても温和そうな雰囲気の二人だが、心からセラフィナを心配しているという様子が見える。あぁ、きっとこの子はご両親にとても大切にされていたのだろうな、と改めて思った。
「ええと……お父様、と……お母様、ですか……?」
「何ということなの!」
「……やはり、あいつが原因か……」
悲鳴をあげる母と、ギリギリと恨めしそうに呟いた父。メイドも心配そうにしながら、ことの行方を見守っていた。
「どこまで我がアニムンディ家を馬鹿にするつもりなんだ!」
恐らくセラフィナの父であろう人はとんでもなく激昂しており、母である人も怒りを隠そうとはしていない。むしろ、自分の家を、娘をコケにするな、と『セラフィナ』のために怒ってくれているのだ。
きっと、この人たちにとって、娘はかけがえのない存在だったのだろう。
「お、おとう、さま?」
「ああそうだよ、セラフィナ。……記憶、は……」
だめです、とセラフィナ自身が首を横に振ったことで、父・アレスはがっくりと肩を落としてしまった。
「申し訳ございません……」
「いや、良いんだ。セラフィナが無事でいてくれただけで、わたしたちはとっても嬉しいんだから」
家族に大切にされている。
この事実だけでも救われるような心地ではあるものの、それではどうしてセラフィナにこんなにも無数の傷が付けられているというのか。
「あ、の」
「どうしたんだい?」
「この、傷は……」
恐る恐る、セラフィナは自身が身にまとっている寝間着を捲り上げれば、メイドとセラフィナの母・ヴィオラートが悲鳴を上げる。
「何ていうことなの!?」
「……ええと、これはつまり……ここの家の人ではない誰かによって付けられてしまった傷、ということなのでしょうか?」
「っ、そう、よ」
夫人の顔色の悪さから、何かを知っている、と判断したセラフィナは、少しづつ状況を把握しつつ心に決める。
『前回』も、こんなに痛い思いをして、悔しい思いをした。
悲しくて、誰かに助けを求めたけれど、誰にも助けてもらえない。もしかして、この体の持ち主であるセラフィナもこんな同じ思いをしていたのでは、と予測する。
自分が逃げ出したことが、何かの意味があって、ここに……いいや、この体に魂が入り込んだのだとしたら……?
そもそも、魂なんていう不確定なものが存在するのかどうかすら危ういけれど、今、こうして起こっていることこそが現実であり、受け入れなければならないことなのだろう。
いいや、きっと神様が逃げてしまった自分への罰を与えているのかもしれない。
だが、それでもいい。
もし仮に罰なのだとしても、それを甘んじて受け入れよう。
セラフィナはきっと、何か意図があってこうして逃げたのかもしれない。それでいい、逃げた先で笑っていてくれさえすれば、それで良いんだ。
「(ああ、そうか)」
何となく、セラフィナはここまで考えてすとん、と自分の胸の中に何かが落ちてきたような気がした。
きっと……『あの人』もこんな思いでいたのかもしれない。私のことを、何も深い事情は聞かずに助けてくれた。逃がしてくれた。
だったら、自分も誰かのことを助けてあげたい。
もし、それを望んでいないとしても、目の前にいる父と母、この二人だけは悲しませたくはない。心優しい二人だろうから、セラフィナに何かあったことがわかってしまった以上、原因究明に向けて動き出すことは容易に想像できてしまう。
――であれば、セラフィナとしてできることは何だろうか。
頭をフル回転させながら、セラフィナは考えて、考えて、必死に思考回路をフル回転させていく。
「あ……」
そして、一つの考えに辿り着いてしまった。
たとえ、セラフィナが望んでいなかったとしても、セラフィナを、セラフィナの心優しい家族を傷つけるクソ野郎どもを、許すことなんてできない。
いつまでこの体に入っていることができるのか分からない。だとしても、このままやられっぱなしでいるだなんて、『今』は許容なんてできるはずもなかった。
「……お父様、お母様」
かつての自分が選ぶことがなかった選択肢を、今回は選ぼう。
それが終わって、セラフィナがもしもこの体に帰ってきたとしても、それでいい。何もかもが終わった後は、笑って過ごせるような世界を作ってみせる。
「記憶はありません、ですが……」
セラフィナは、真っ直ぐに両親を見据えた。
「私が、どんな立場の人間だったのか。何をしていたのかを教えてください」
後悔のないように、行動する。次は、いいや、今回は選ばなかった道を選ぶんだ。
『彼女』の存在していたゲーム盤は、きっともう終了しているだろうから、どうやって行動しようが自由はなずだ。誰にも、何にも、縛られてたまるものか。
――かつて、ルナリア・イル・フォン・ソルフェージュであった彼女の魂が、どうしてこうなっているのかなんて、いくら考えたところでわかりっこない。分かるはずもないのだから。
今まで培ったものは、たとえ体が変わろうと心に刻まれているから、それに則って体を動かすことに関して何ら問題はないだろう。
ただ、思考回路をほんの少しだけ、変えるだけなのだから。
「(もう、誰にも、何にも、私を否定なんかさせやしない)」




