良い死体、入荷しています。~転魂の巫女の長い一日~
モンスターの呻き声が四方八方から聞こえる、森のダンジョンの奥深く。
「うほ。これは久しぶりに『良い商品』になる予感がします!」
眼の前に横たわる『それ』は、かつての姿が想像できないほどに損傷していた。
しかし、装備の端々から、生前どれだけの活躍をしてきた冒険者かが読み取れた。
ミスリルシリーズの防具に、複数のエンチャントに対応した刀。
A級か、S級か。期待に胸が高鳴る。
「さて…長居は禁物ですね。ゴロウ、今日はコレを持って帰りますよー。」
「…承知。…ですが、ミクロさん。処理を…。」
ゴロウは元々険しい顔をさらにしかめながら、地面のそれを指さした。
「ああ、失敬失敬。…よいしょっ。」
言いながら、私は特製の魔封具…いわゆるマジックアイテムを取り出した。
「死者よ、静謐なる眠りにつきたまえ。エレガント・リポーズ!」
呪文を唱え、魔封具を眼の前の死体に振りかざす。
すると、魔封具から光のヴェールがふわりと広がり、聖母のように優しく死者を包み込んだ。
死の香りが和らいだそれを2人で棺桶に収める。これで、死体の保存は完了。
ゴロウは、嫌な作業が終わったことであからさまにほっとした表情を見せた。
「…ありがとうございます。それでは、参りましょう。」
大股で地面を踏みしめ先導するゴロウに続き、私は森の外に向かって歩き出した。
棺桶を運ぶ彼は、頼りになる背中がより一層大きく見えた。
―
「…ミクロさん。着きましたね。」
「ありがとうございました!いつも頼りになります。」
森の外に着くまでに、器が盗賊団に奪われかけたり、迷い込んだ駆け出しパーティがトロールに潰されて全滅する現場に出くわしたりしたのだが、概ね問題無く帰還した。
戦闘が苦手な私がダンジョンの深層に入るには、ゴロウのようなベテランの助けを得ることが不可欠である。
「…今から、作業ですか?」
巨体に似合わない小声で、ゴロウが言った。
「ええ、そうですけど。何か?」
「…ちょっと、見せてもらえないかなって。」
普段なら、適当にあしらって返すところだったが…彼に関しては、特別だった。
「しょうがないですねぇ。今日だけですよ?」
ゴロウの好奇心を背に感じつつ、重い鉄扉を押し開けると、年齢を重ねた冷たい石の匂いが私達を出迎えた。
「さあ、これが私の工房です。いかがですか?…あ、入るのは二回目でしたね。」
灰色の巨石で組まれた家の内部には沢山の積まれた棺と、仕事のための魔封具が私の使いやすいかたちに収まっている。
「まぁ…ミクロさんって感じの部屋ですね。」
そう話すゴロウの目線は、私の仕事道具でなく雑多に散らばった服や片づけられていない食器に向いていた。
失礼な奴め。
「…こほん。では早速始めましょうか。さっきの死体を、この台の上に。」
ゴロウは指示を素直に聞いて、先ほど森で見つけた死体を棺桶から取り出し、作業台の上に置いた。
高価そうな装備が明かりに照らされ放つ輝きと、物言わぬ死体のコントラストに私は興奮を覚える。
「よし、保存はしっかり効いていますね。それでは復元の魔法に取りかかります!」
私は傍の棚から杖の魔封具を取り出し、死体の上に振りかざす。
「おぉ…!」
ゴロウが眼を見開き、息を呑むのも無理は無い。
この杖はこの地に伝わる伝説の魔封具の一つ、「リンドウ」。
ベヒーモスやユニコーンその他諸々の魔物の素材や煌びやかな宝石が埋め込まれており…めちゃくちゃ重い。
その能力は…。
「刮目して下さい。これぞリンドウの秘術!『身羅再生』!」
杖を振り上げ、体内の魔力を一気に注ぎ込む。
すると、この世界の何処かから死体を再生させるのに必要なエネルギーが集まってきて、魔力と交わっていく!
「さあ、あなたの本来の姿を、見せちゃって下さい!」
そして、杖に集まった巨大なエネルギーを死体にぶち込むと、巨大な光が死体を包み、失われた肉と美貌を急速に取り戻していく!
「ふぅ…。…終わりました。」
これで、復元の魔法は遂行完了。大きな杖で丁度隠れて見えなかった死体の顔を、恐る恐る覗き込む。
「こ、これは…!」
まるでお伽話の眠り姫のように…とても高貴で、美しい顔がそこにあった。
―
「…なんという美しさ…。生前は、美貌と実力を兼ね備えた完璧な冒険者だったでしょうね。」
物言わぬ美女を挟んで、無骨な冒険者と対峙している。
「で、ミクロさん。この後、どうするんですか?」
「実は、新しい器を探している人が居てですね。…不服ですが、順当にいったらその人の器になりますね。」
「…残念。俺も転魂するなら、こんな器にしようかと思ってたんですけどね。」
「ん。ちょっとその話詳しく…。…おや。」
その時、鉄の扉からコンコンコンと素早く音が鳴り、小さく籠った、しかし緊張が伝わる「助けてくれー!」という声が聞こえ、二人の会話は中断された。
私とゴロウは一瞬顔を見合わせ、扉に意識を向ける。
「はい、今開けますよー!」
向こうに聞こえるかは分からないが、精一杯の声を出しつつ扉に向かい、扉の鍵を開けた。
そのまま急いで扉を開けた瞬間…。
(どさあっ!)
老人が一人、傾れ込むように入ってきてそのまま倒れた。
彼はゴホゴホと咳をし続けていて、顔色は薄らと青ざめている。
ボロボロになった低層の冒険用の装備を着けていて、その苦し気な印象に拍車を掛けていた。
そんな彼の名前は…。
「ホラルドさん!?また、ですか…。」
彼はこくりと頷いて肯定した。目の焦点が定かでは無い。
「この間、魔物の毒にやられて…ゴホ、対処を、誤ってしまったんだ。それで、毒を拗らせてしまって…。この器は、もう長く無い。」
少し声を出しただけで苦しそうだ。
「ミクロさん。助けてあげましょうよ。…”転魂の巫女”、なんですから。」
ゴロウは、この状況に似合わない楽しそうな声色で言った。
「仕方がないですね。見せてあげましょうか…。私にしかできない秘術。『転魂の儀式』を。」
突貫で、儀式の準備をすることにした。
やはりこの時が一番、転魂の巫女としての血が沸き立つ。
「まずは、ホラルドさんを転魂の装置に運搬します。ゴロウ。そこに運んでください。」
私は部屋の奥の二つの大きなカプセル型の装置を指さした。
カプセルとカプセルの間はいくつもの配線で繋がっており、その科学的な雰囲気はこの部屋に似つかわしくないものである。
「…ええと、どちらに入れたら良いのでしたっけ?」
「左の青いカプセルです。開けるので放り込んじゃってください。」
私はレバーを操作し、カプセルの扉を開ける。
コックピットのような内部が露になった。
それは今から始まる儀式の神聖さに比べて酷く無機質であった。
「よい…しょ。」
ゴロウは流石に雑に放るようなことはせず、座席に丁寧にホラルドを座らせた。
先ほどよりかなり顔色が悪く、息も絶え絶えだ。
「ホラルドさん、あとちょっとの我慢ですからね。」
老人は頷くのもやっとのようであった。私は扉を閉じ、小窓からその器が動く最後の姿を見届けた。
「よし。次に、新しい器の準備です。…さて、どうしたものやら。」
ホラルドさんは非常に貧乏だ。
下手に良い器を与えても、代金が返ってくるとは限らない。
「ミクロさん。これはどうですか。」
逡巡しているうち、巨体の冒険者が、片腕で軽々と棺を担いできた。
その姿はさながら地獄の死神のような威圧感があった。
「そ、それは…。確かに…。」
白のマークをつけてある棺には、黒い文字で雑に『D級』と書きなぐってある。
まさか、この器の出番があるとは。
私は心の中で、在庫処分が出来ると少し喜ぶ気持ちがあった。
「…空けても?」「どうぞ。」短く言葉を交わす。
ゴロウが神妙に棺を空けると、そこには…。
「ジジイじゃないですか。」
横に転がっている死にかけのジジイより、死にかけの…いや、死んでいるジジイがそこにいた。
「仕方がありません。これにしましょう。」
今は四の五の言ってられない状況。
文句は転魂が済んだら受け付けよう。
「よし。それではこのD級の器を右の赤いカプセルにセットです。」
ゴロウがあっという間に運んでくれた。一人だと地味にきついので助かる。
「ありがとうございます。これで、『転魂の儀式』の準備は完了です!」
私は、先ほどから机に投げっぱなしだった伝説の魔封具を手に取り、青いカプセル…ホラルドさんが入っている方の前に立った。
あとは、私がいつも通りの力を出すだけ。
儀式で行われる内容の重大さに比べて、私の気持ちは落ち着いて無風の大海原のように落ち着いていた。
「さあ、新たな器を求める貪欲な魂よ。願わくば、その旅路に幸あらんことを!『流転魂魄』!」
その呪文を唱え、杖に集めた魔力をカプセルに向け一気に魔力を放出し、杖に集まった光がカプセルに注ぎ込まれる!
光はカプセルの中で変容し、魂を器から分離させる力となる。
「これが、リンドウの力…!なんと凄まじい…!」
やがて、魔力の光は二つのカプセルの間の配線を電撃のように伝って、新しい器の入ったカプセルを満たしていく。
「よし。魂と器の分離は成功ですね。ホラルドさん、かなり弱っていたので心配でしたが。」
一番のネックだった工程が終わったのを見て、ほっと胸をなでおろす。
「さあ、あとは新しい器に魂が融合するのを見守るだけです!」
「いよいよですね…!」
配線を走る魔力が全てカプセルに移り、その激しさが徐々に落ち着いていく。
暖かい緑の光が、新しいジジイの器をじんわり優しく包み込んだ。
そして…。
静かに…まるで重い扉を開けるようにゆっくりと、器の瞼が開いた。
「おお…器に魂が宿った…!」
「これが、私とリンドウにしか出来ない、転魂の力。魂を器から切り離し、別の器に結合し…不老不死を実現する秘術です!」
―
その後、新・ホラルドはしきりに頭を下げてお礼を言いつつ、帰って行った。
新しい器のお代、さっさと稼いでくださいね。
それにしても、思わぬ仕事が入ってしまった。
何となく時計を確認すると…。
「まずい!もうこんな時間です。」
「何かご予定が?」
「…例の、新しい器を探している人と会う用事があるんですよ。名前は、サイモン・グリーゼと言います。」
「サイモン…。まさか、あのグリーゼ家の当主の!?」
地域の有名人だけに、当然、ゴロウも知っている名前だった。
サイモンは、若いころは兄弟と競いつつも善政を行っており、評判は抜群だった。
しかし、年老いた後、本来持っていた苛烈な気質が爆発。
反対意見を言う者は重鎮だろうと即刻解雇。
地域の気に入らない民間ギルドや個人経営店を潰したり、美しい女性が現れたと聞いたら既婚であろうと強奪するなど、暴虐無人ぶりを存分に発揮しているのだ。
「ああ、全く、タイミングが悪い。この器を持っていかなければならないじゃないですか。」
「…サイモンと何かあったんですか?」
「実はこの間、ばったり会ってしまってですね。転魂の相談をされたんですよ。」
「詳しくお聞きしても?」
「ええ。…あれは、冒険の道具を買いに街に出かけた時でした。」
『そこのチンチクリン!もしや”転魂の巫女”ではないかね?』
道で迷っていたに私に、馬車の上から声を掛けられました。
尊大さの中に臆病さが見えるような、たれ目が特徴的な顔。
肌はのっぺりとしており、魔法で年齢を誤魔化しているのでしょう。
そして、魔物の革を使った豪華なローブが目を惹く、まさに貴族といった服装。
『グリーゼ家の当主…サイモンだ。知ってるだろう?』
『…出会いがしらに人のコンプレックスを揶揄する人に話すことはありません。』
『クックック。悪くないぞ、その強気。…話というのはな。俺を転魂して欲しいんだ。』
やはりそう来たか。
話しかけられた時点で覚悟はしていたが、思わずドクン、と心臓が鳴ってしまう。
『一か月後。その時、一番良い飛びっきりの器を寄こしてくれよ。例えば…そう。俺様の大好きな美女とかさ。』
「それが、今日という訳です。」
なんという運命の巡りあわせだろうか。
「…そんな、馬鹿正直にS級の器を持って行く必要は無いでしょう。ホラルド爺さんの抜け殻でも持って行けば良いんです。」
「そう出来れば良かったのですがね。…私は監視されているんですよ。覚えていますか?器を手に入れた後、盗賊団に襲われたこと。」
「あー…そんな事もありましたね。トロールが冒険者たちを潰している光景を見て忘れていました。」
嫌な事を思い出した。
「その盗賊団は恐らくサイモンのスパイです。私が虚偽報告をしないように、ちまちまと斥候を送って状況を確認しているんですよ。」
ゴロウはぐぬぬ、と苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「なんたる周到な…。」
「そんな訳で、嘘の報告でもしたら何をされるか分かりません。ま、なるようになるでしょう。」
軽く流した私に、ゴロウは納得のいかない様子であった。
…実のところ、折角見つけたS級の器が奴の物になるのは非常に癪である。
なんとか、上手い方法は無いものか。
「概ね事情は理解しました。早く行きましょう。」
「つ、着いてくる気ですか?」
「そりゃあもう。あの器…いや、ミクロさんのような可憐な乙女がサイモンに攫われてしまうかもしれません。用心棒になりますよ。」
「…分かりました。余計な事はしないで下さいよ?」
器が気になってしょうがないだけのくせに。
心の中で突っ込みながら、どこか安心感が心に広がっていた。
―
ゴロウの助けもあり、すんなりと目的地に着く事ができた。
サイシキ国の一地域を治める豪族、グリーゼ家の屋敷である。
「うひょー。でっかぁいでぇす。」
「…なんでカタコトになるんですか。」
城壁のように外側を囲む石垣。何に使うのか分からない無駄に広い庭。それらの中央に鎮座する、宮殿のように壮大な屋敷。
「うるさいですね。入りますよ。…ええと…。」
門の前できょろきょろと入り方を探す私たちはひどく滑稽で、場違いな気がした。
「どうしましょう。…おや。」
途方に暮れていたら、内側から門が開き、使用人と思われる瀟酒な男性が現れた。
「ようこそおいで下さりました、ミクロ様。私、グリーゼ家の執事長を務めております、サクマと申します。本日はよろしくお願い申し上げます。」
そう言うと、サクマと名乗る初老の男は、鋭い眼光をこちらに向けつつ浅くお辞儀をした。
そこには部外者への警戒と、軽蔑を感じざるを得なかった。
「…そちらの方は?」
彼はゴロウを横目で見て言った。
「ああ…そう言えば、連絡してませんでしたね。今日、道中を守ってくれたゴロウです。ついでにお邪魔しても良いですよね?」
「…良いでしょう。ただし、粗相をした場合は即刻ご退場頂きますので、ご了承ください。」
ゴロウは、フンと鼻を鳴らして応えた。
「さあ、屋敷にお入り下さい。ご案内いたします。」
―
「ぐわっはっは。でかしたぞ、チンチクリン。ついでに木偶の坊。これこそワシに相応しい器じゃ。」
サイモン邸、謁見の間。
煌びやかな宝石を用いた骨董品と、古今東西の魔封具が飾り付けられており、それらはグリーゼ家の権力と、サイモンの虚栄心を示しているようだった。
玉座のような椅子にふんぞり返るサイモンの前に、私達が今日復活させた美しい冒険者の器が横たわっている。
「で、でく…。」
「ゴロウ、抑えて抑えて…。」
美女の器を舐めまわすように見ているサイモンに対し、ゴロウは今にも食ってかかろうかというオーラを出しているが、僅かに理性が勝ち、ものすごい形相で拳を握りしめ、仁王立ちして耐えている。
「よし。決めたぞ。ワシはこれに転魂する。構わんな?」
「…ええ、構いません。ただ、S級の魔力を持ち、最高級の鎧を纏っている器です。転魂の費用は、これくらいになりますが、宜しいですか?」
私は、せめてもの反抗として、普段の数倍の金額を吹っ掛けてみた。
「はぁ?なんだこれは。この部屋の財宝を全て売り払ってやっとの金額じゃないか。」
「あなたの魂の代価としては適正かと思いますが?」
「…クックック。ああ、そうだとも。ただし、後払いだ。貴様が金だけ取って逃げないとも限らないからな。」
「お前が器だけ貰っていくとも限らないだろう!」
「ゴ、ゴロウ。ステイ、ステイして。」
獣のように唸るゴロウにも、サイモンは動じない。
これが権力者の余裕か。
「せめて、条件を付けさせてください。一つ、料金の一部は先払いすること。もう一つ、器についてはノークレーム・ノーリターンであること。」
「ほう。料金については、まあいいだろう。…器に、何か問題が?」
「いえ、特に問題は見受けられません。…ただ、どうしても予測できない不具合もあります。例えば、器と魂の不整合。これは原因不明の体調不良や、一部記憶喪失が発生することがあります。」
サイモンはのっぺりとした顔をにやりと歪ませた。
「はぁん。言いたいことは分かったぞ。ワシが記憶喪失で言い逃れするのではないかってことだな?」
「…。」
「クックック。もしくは、ワシを不安にさせて儀式を辞めさせようとしているのかな?そうはいかん。貴様の儀式の成功率は非常に高いことくらい調査している。数少ない失敗例は、お前の」
「ご承諾いただけたということで、宜しいですね?」
強い口調で、確認を促す。
「あ、ああ…。ふん。いいだろう。サクマ!前払い金を持ってこい。」
サイモンは、一瞬表情を崩すも、すぐに交渉が上手く行った事を確信したようなしたり顔に戻った。
「ミクロさん…。良いんですか、本当に…。」
ええ。これで良いんです。
私は、『儀式の成功』を確信していた。
—
「ここがキミの工房かね?クックック。斥候どもから聞いていた通り、陰気でボロボロだな。」
我が神聖なる領域を、いけ好かない権力者が踏み荒らしていく。
耐え難い感情が芽生え始めるが、表に出すギリギリで留める。
「ミクロ様。ご理解されているかとは思いますが、故意に儀式を失敗させるような事があったら…。」
「あら。そんな酷い事しないですよ。…それとも、酷い事をされる心当たりでも?」
サイモンと共に、執事と、豪華な鎧を纏った精鋭と思われる兵士数人もついてきた。
彼らはじっと構えており、何かがあれば即座に攻撃する準備が出来ているようだ。
「クックック。口の減らん奴だ。嫌いじゃないぞ。」
「嫌いにならなくても、好きにはならないでくださいね。ほら、さっさとカプセルの中にお座り下さい。」
儀式で使う、二つのカプセルのうちの片方…。
サイモンの魂を吸い取る、青いカプセルに入るよう促した。
「待て。その前に、ちゃんとあの美女の器を確認しておく。」
「…それでしたら、もう一つのカプセルに。」
私は、手で赤いカプセルを指す。
吸い出されたサイモンの魂が入る予定の…あの美しい冒険者が入っているカプセルを。
汚い手で私の神聖な商売道具を触れる苦しみに耐えつつ、その中を確認するサイモンを見守る。
じわりと、手に汗がにじんだ。
「…ふん。ちゃんと入っているようだな。…おい、お前たちも見ておけ。私の新しい身体だ。ワシは今すぐにでもこの器に入りたいぞ。はっはっは。」
ぞろぞろと、執事と兵士がカプセルの前にやってくる。
「くれぐれも、器に触らないように。変に動かして失敗しても責任は取れませんよ。」
「…。」
「どうした?執事長。」
「いえ、館で拝見した時より妙な迫力を感じましたので…。」
執事は訝し気にカプセルの中を観察している。
「…執事長。この景気の悪い工房の中だ。器の雰囲気も変わって見えるだろう。」
「…サイモン様はそう仰りますが…。…そういえば、あの汚い冒険者は?」
「サクマ!くどいぞ。あんな奴どうでも良いだろう!」
流石のサイモンも、心配性が過ぎる執事に対し初めて声を荒げて怒りを見せた。
これにはサクマも、恐縮して一歩引いてしまった。
「も、申し訳ございません。私も、異論はございません。」
「よしよし。じゃあ、始めてくれ。」
全員の承諾が取れ、サイモンはだらしない体を揺らしカプセルに入った。
「それでは…良い旅路を。」
私は、ゆっくりとカプセルの扉を閉めた。
そして、いつものように…。魂と器を分離する儀式を始める。
「…『流転魂魄』。」
サイモンの魂が、配線を電撃のように伝っていった。
—
「ん…ぁ…。」
「サイモン様!ご無事ですか!」
美しい冒険者の器に対して行われた転魂の儀式は、恙なく成功した。
鎧に一層の輝きが戻った彼女に…今は、別の魂が入っている。
「おお…サクマ。そして親衛隊の皆。ワシは戻ったぞ…!」
「サイモン様!…良かった…!」
執事がなりふり構わず駆け寄り、”新・サイモン”の器の手を取って喜びを分かち合った。
感動の対面といったところか。
儀式の最中、表情一つ変えなかった精鋭の兵士たちにも、思わず笑みがこぼれる。
ちょっと複雑そうに、「俺たち、警護隊だけどな。」とささやく声が聞こえた。
「えー、お取込み中すみませんが。サイモンさんの抜け殻のほうはどうしますか?」
「あ、ああ。それも前々から決めてあります。サイモン様、そうですよね?」
「…良きに計らえ。」
執事らは、ははぁーっ、と大げさに平服した。
それを見て、サイモンはS級の顔を満足気に微笑ませた。
「お前たち、サイモン様の元の器を丁重にお運びするように。…ミクロ様、報酬は、追々。」
執事長は、にやりと狡猾な笑みを浮かべた。
私は余裕を持った表情でそれに応える。
「お待ちしていますよ。」
まあ…。彼が何を企んでいようが、関係ないのだが。
「転魂の巫女よ、大義であった。報酬は弾んでやるぞ。…サクマ、ワシは帰るぞ。馬車を出せい!」
「ははっ!」
帰りの支度をするため、執事らが散開し、私と”新・サイモン”が二人きりになった。
カプセルの中の器に、私はささやく。
「…ゴロウ。後は、上手くやって下さいね。」
—
「ええっ!?私がサイモンに!?」
転魂の儀式の前、私とゴロウは密かに打ち合わせをしていた。
サイモンらには儀式の準備と称して、一足先に私達は工房に入っていたのだ。
「そうです。いけ好かない権力者を排除し、乗っ取るにはそれしかありません。」
「う、上手くいくでしょうか…。」
計画としては、こうだ。
「いいですか。まず、あなたは転魂の儀式で美女の器に魂を移します。」
「そ、それは嬉しいですが。」
「次に、何も知らないサイモン達がやってきて、儀式を始めます。その時に器を確認するはずですが…。決して動かないように。気合で耐えてください。」
「そんな無茶な!」
ゴロウは、見たこともないような弱気の表情で手を振って精一杯の拒否のポーズをとる。
そんな姿も愛おしい。
「ふふっ。まあ、なるようになります。一応、ちょっと明かりを暗くしておくので。」
「そ、そうですかねぇ…。」
「説明を続けますよ。上手く行ったら、アホのサイモンがカプセルに入って、転魂の儀式が始まります。」
「す、するとどうなるんです?魂が入る先のカプセルには、美女の器に入った私が居るんですよ!?」
「ふっふっふ。サイモンの魂が入るのはカプセルでも、器でもありません。…この小さな容器です。」
私は、両手で持てるほどの入れ物を手に取った。
ボトル状で、安い金属製のみすぼらしい容器。
「こ、こんなちっぽけな物に…。まさか!?」
「そう。サイモンの魂は、ここに封印します。」
こうして、私たちの完璧な計画は実行された。
ゴロウの魂を、美しい冒険者の器に。
配線を電撃のように走っていったサイモンの魂は、なんでもない容器の中に。
「そして…。あなたが、美女の器を使って、サイモンにすり替わるのです。ゴロウ。」
—
あの長い一日から数日後。
「やっと手に入りました。愛おしい彼の器が。」
工房の主は、無骨で屈強な冒険者になっていた。
私は、棺の中に横たわるコンプレックスの塊を見下ろす。
背が高くなったからだろうか、それはさらに小さく見えた。
「ごめんくださーい。転魂について相談したいのですが…。」
この姿になって初めての来客だ。丁重に持て成さなければ。
散らかった部屋を大柄な肉体が身軽に動き、お客さんを席まで案内する。
「丁度、良い死体が入荷した所ですよ。可憐な美少女なのですけれど。」




