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 〈3〉 最終話

 無事に体育館から脱出することができた俺は今、何故か女の子と二人っきりで空き教室にいた。

 人生でどんなことがあっても、このシチュエーションに遭遇することなんて絶対起こりえない、あれはクリエイターが妄想で創り上げたちんけなフィクションだ! と思っていたけれど、まさかこんな日が来るなんて思いもしなかった。

 ……だが、こんな誰もが羨む状況にいるはずなのに、何故、俺の心はこんなにもモヤモヤしているのだろうか。

 目の前には腕を組み、半身になってこちらをじっと見てくるこの女の子が立っている。

 彼女の名前は一束(ひとたば)よもぎというらしい。

 見た感じの印象はクールな雰囲気を纏っていて、その印象を裏切るように付いている二つのまん丸な瞳は、見ているだけで人の心を見透かしてくるかのような力強さを感じる。あの目をした占い師がいたら「何だかこの人当たりそう……」と思ってしまうこと間違いないだろう。因みに同じクラスだってことは今さっき思い出した。


「……誰にも言わないで」


 一束さんはポツリそう呟いた。

「え?」

「だから! 誰にも言わないでって言ってるでしょ!」

 聞こえていたけど、思わず「え?」と口に出してしまった。

 この現象に対する見解として一説に、『一度聞いただけでは脳が処理しきれなくて、もう一度確認する事で冷静に情報を整理してから記憶するため』というのがあるらしい。

 ……まぁ、噓なんだけどもしかして俺って、それっぽいこと言うが得意なのかもしれない。

 そんなことはどうでもいいとして、ひとまず今は一束さんに安心してもらうことが重要だと思われるので、ここは必殺技をかまして一撃で黙らせるしかないようだ。


「一束さん、安心して! こんなこと言いたくないんだけど、そのことを話すような友達――いないからさ!」


 題して「こっちも身を削って話すからこれでチャラね」だ。

 この技を前にして引き下がってくる奴は、これまでに一人もいなかった正真正銘の最強技である。

 ――さぁ、どう来る?


「でも細谷くん、『といったー』やってるよね?」


 ここでそのSNSの名前『といったー』を挙げるってことは……嫌な予感がする。


「君、このまま帰ったら呟くよね。絶対」


 いや、これに関しては、うーん、どうだろう。

 一束さんはもしかしたら俺のアカウントを知っているんだろうか。『といったー』をやっているか聞いてきたってことは、もしかしたらばれているかもしれない。

「いや、呟かないよ絶対、約束する」

「本当? 嘘だったとしても分かるからね」

 あっこれは確実にばれてますね、はい。

 あーあれかな。アカウントばれたのって、その日あったことを日記みたいに呟いてたせいかもしれない。これから見られているのを配慮しながら呟くのか……。

 ――それは全くもってめんどくさい。

 それに割とフォロワーがついているせいで、消すのもなんか嫌だ。という承認欲求に支配されている自分にうんざりする中、ここで一つ思いついたことがある。

 今、佐渡さどさんって保健室にいて、そして一束さんとキスしていた。ということは……?

「あのー一束さん?」

「なに?」

「今、佐渡さんってどこにいるか知ってる?」

「何、急に」

「いや、何となく気になって」

「……知らないわよ、それがどうしたわけ?」

 よし、条件クリア。あとは実行に移すだけだな。


「今、佐渡さん〝保健室にいてそこで先生とイチャイチャしてるよ〟って言ったらどうする?」


「……え?」

 あーあ、言っちゃった。

 でもさ、気になっちゃったんだもん。俺、純愛よりもドロドロしてた方が好きだもん。一束さん、俺の『といったー』見たのなら知ってるでしょ?

「それって……ホント?」

「うん、だってさっきまで俺も保健室にいたんだもん。間違いないよ」

 そう言うと、彼女は瞳を濁らせて視線が床へと落ち、顔に陰りが覆った。

「ごめん、ちょっと行ってくる」

「どうぞ」

 そう言い残すと、彼女は切迫感を孕んだ足どりで教室を飛び出していった。

 俺は夕暮れに沈む空き教室の中、一人でポツンと佇んで考えていた。

 これで本当に良かったのだろうか。

 少しの後悔がじりじりと心を傷つける。

 だけど、そんな後悔もすぐにただの興奮材料へと昇華して揮発(きはつ)して消えた。

 自分自身がこの手で犯してしまった最悪の顛末――その引き金を引いたという事実を噛みしめて、脳が焼かれる確かな快感に打ち震えて俺は笑った。


2021/04/23に初投稿。本文は当時の文章から加筆・修正を加えての投稿になります。

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