彼らは何も視えていない
次の日、順調に筆記試験を終え、実技試験も大きな失敗はなく終えた。思った以上に疲れが出て家へと還ろうとしたとき、簓から電話がかかってきた。すぐに部屋に来るようにと言われ、責任者室へと向かった。そこにはにこにこの簓ではなく険しい表情をした簓がいた。話される内容は紫凜にはわかっていた。昨日の件だろう。しかし、紫凜は何もわかっていないように振る舞った。
「何か用ですか?」
少しの沈黙があり、簓が言った。
「凜、魔術使いやろ。」
その言葉に動揺した。自分が魔術を使えると言ったことはないのと、簓の前では1度も使ったことがなかったからだ。黙ってることもできたが、紫凜は素直に答えることにした。
「そうですよ。何でわかったんですか?」
「目が濁ってるんよ。」
その返答に紫凜は驚いた。目が濁ってるとは比喩なのか。それとも目の色が濁っているのか。どういう事かはわからないが、深く聞くことはしなかった。そうですか。そう答えると、
「魔術は使ったらあかん。人前では見せへん、使わへん。それを約束して。」
「どうしてですか?」
魔術を真っ向から否定されている気がして紫凜は気分が悪くなった。ムキになり、強い口調で聞いた。
「魔術は使ったら蝕まれるんや。人じゃおられへんくなる。」
どうしてだろう。簓はまるで魔術を使った人を知っているかのように話す。魔術を使えるのは紫凜と然の2人なだけ。簓が嘘をついているとしか思えなかった紫凜はふっと鼻で笑った。話すことがめんどくさくなってきた紫凜は簓との約束を守ると誓った。それでは、と言い放ち部屋を出た。部屋を出ると笑みが溢れる。こんなにも簡単に自分を信じてくれる簓が面白かったからだ。昨日から紫凜はまた、魔術の実験をしている。もっと強くなるために。家に帰り、実験をしていると気づいたら24時を回っていた。スマホを確認すると平和主義者からメールが届いているのに気づいた。そういえば、合格発表だったのをすっかり忘れていた紫凜はメールを確認しようとした。メールを開こうとしたとき紫凜はなぜか動きを止めた。本当に平和主義者で働くことが自分にとっていいことなのか。自分が本当にやりたいことはこれなのか。そんなことを考えていたのかもしれない。少し考えた後、紫凜はメールを開けた。そこには”合格”の文字が。手続き方法などを確認した後、お風呂へと向かい、眠りについた。
眠っていた紫凜はスマホの振動で目が覚めた。誰かから電話が掛かってきていた。寝ぼけたまま電話を取ると、聞き覚えのある声が嬉しそうに話してきた。
「おはよう、合格おめでとう!」
この元気でうるさい声は簓だった。昨日とは別人のようにテンションが高かった。沈黙のままの紫凜に簓は話し続けた。
「まだ寝てたんか、はよ起きや。8時集合やから遅れずにやで。」
そういい簓は電話を切った。最近、なんとなく体が重く感じている紫凜は電話が切れた後もすぐには動けなかった。しかし、時計を確認し、ため息を吐きながらベットから起き上がった。準備をしていた紫凜だったが急にひどい頭痛に襲われた。うぅ、とうなり声をあげながらその場に座り込んだ。前にもひどい頭痛に襲われた事を思い出した。頭痛は数分にも続いた。徐々に収まっていき、ふらふらしながら紫凜は立ち上がった。鏡に映る紫凜は少し、やつれていた。最近はろくに食事をとっていなかったからだ。さすがにやばいと感じた紫凜は冷蔵庫に向かっていった。冷蔵庫には食べ物がはいっておらず、ばたっと冷蔵庫を閉めた。どうするか悩んでいるとまたもスマホが振動した。ブラックからだ。
「おはよ、合格おめでとう。」
またもやお祝いの電話だった。
「ありがと。」
簓の時とは違い、感謝を伝えた。そういえば、ブラックとか平和主義者で働いている人はどこで食事をしているのだろうと疑問に思い、ブラックに聞いた。
「クロってどこでご飯食べてるの?」
ブラックは急に話題が変わったことに少し驚いていたが、すぐに答えてくれた。
「本部の食堂で食べてるよ。急にどうした?」
「冷蔵庫何も無くて。」
そう答えると、一緒に食事をしようと提案され、わかったと同意し、紫凜は家を出た。本部に着いた時にはすでにブラックはロビーの椅子で座っていた。ブラックに謝罪すると気にするな、と頭を撫でてきた。一緒に食堂へ向かうと、たくさんのメニューに紫凜は目を輝かせた。紫凜はうどんを注文し、席へ座った。久しぶりの食事に嬉しくなったが、食べようとしたとき、ひどい吐き気に襲われた。その様子を見ていたブラックが心配そうに紫凜に話しかけた。
「大丈夫か?」
紫凜は大丈夫と答え、気持ち悪い様子を隠しながら食事を続けた。食べながらブラックとたわいもない話をしながら食べ進め、気づいたらうどんは無くなっていた。片付けを済ますとブラックとは解散し、紫凜は集合場所へと向かった。集合場所にはまだ誰も居らず、紫凜はとりあえず椅子へ座った。数分たったとき、部屋に一人の女性が入ってきた。その人は人事部のなこだった。なこは椅子に座ると次々に書類を紫凜の前に置いた。
「合格おめでとうございます。これから、入社に必要な書類に目を通していただき、サインをして頂きます。そして、平和主義者のルールなどを私が説明をいたします。」
なこは丁寧に説明をし始めた。そして、サインをするとき自分の名前が狗麻紫凜ではないことを思い出し、偽名の猫麻凜と書いた。説明は1時間ほどで終わり、渡された制服に着替え、晴れて平和主義者になることができた。ランクはA+だった。制服に着替え、外に出ると編み込みをしている女性が紫凜を待っていた。女性は紫凜に気づくと笑顔で自己紹介を始めた。
「初めまして、私は央美文世です。あなたの教育係になりました。よろしくお願いします。」
文世は紫凜に手を伸ばすと、握手を求めた。紫凜はすぐに手を握った。文世により本部を案内されて大まかに把握することができた。最後に案内されたのは責任者室と書かれた部屋だった。文世がノックをし、共に部屋に入ると簓が笑顔で迎えてくれた。
「凜ちゃん!」
文世は簓が紫凜を知っていたことに驚いていた。紫凜はにこっと笑い、簓に話しかけた。
「簓さんって最高責任者だったんですね。」
簓は平和主義者西区のトップの最高責任者である。そんな上の役職であるとは思っておらず、聞いた時には驚きを隠せなかった。簓は自慢そうに言った。
「そうやで、すごいやろ。」
簓は満面の笑みで紫凜をみた。その後、少しだけ会話をし、部屋を出た。本部の説明を終え、紫凜が働く部屋へと案内された。デスクに座り、さっそく簡単な仕事を任された。事件内容は連続通り魔についてだった。通り魔は被害者の肩を狙うだけで殺すまではいかなかった。文世と共にこの事件の担当になった。資料を一通り読み終えたが、犯人像が全く分からなかった。性別も年齢も純血なのか混血なのかも。紫凜はさっそくパソコンで調べ始めたがインターネットにはもらった資料とほぼ同じ内容し書かれていなかった。次に街に設置された防犯カメラを確認した。そこには、黒いフードを深く被った一人の人物がいた。犯人は刺す人物を見物しているかのように周りを見渡しながら歩いていた。そして、獲物を見つけたかのように被害者へ歩いて行き、後ろから肩へ刃物を突き刺した。刺した刃物を回収し、犯人は暗闇へと逃げていった。犯人は、防犯カメラの位置をはっきりと分かっているかのように行動していたことから計画的な犯行であると考えた紫凜は他の被害者への犯行の様子も全て確認した。すると、一番初めの犯行の時、犯人が被害者へ手を伸ばしていた。この行動に違和感を覚えた紫凜は文世へ報告した。しかし、この行動に意味はないと初めの報告会で決まったことを文世は言った。このときに紫凜は感じた。この人達は自分よりはるかに劣っていると。そう感じた紫凜は、一人で事件を解決することに決めた。次の日、事件が起こった現場へ向かった。紫凜は事件現場になにか残っていないかを調べた。しかし、特に証拠になりそうな物はなかった。次に、犯人が逃げていった方向へと歩いて行った。犯人はいつも同じ方向へと逃げていき、その方向には然が住んでいる森があった。嫌な予感を感じた紫凜だったが、さすがにないと思い、考えることをやめた。やはり、気になったのは初めの被害者に犯人が手を伸ばしていたことだ。この行動は、初めの被害者にしか行っていなかった。何をしていたんだろう。手を伸ばしてやる行動。紫凜は考えながら、犯人と同じ行動をした。そのとき、ある光景を思い出した。莉多がもがき苦しんでる様子だ。そうだ、あの時自分は手を伸ばし術を使った。もしかしたら、犯人は魔術を使ったのかもしれない。そう思った紫凜はすぐに、本部へ戻り防犯カメラを再度確認した。手を伸ばしたあと、被害者は意識がなくなり地面に倒れた。その様子を犯人はじっと見ていた。そして、歩いてその場を去ったがその後の行方は分からなかった。紫凜はすぐに1人目だけ犯人が違うと気づいた。この犯人は慣れてる様子だった。2人目以降は走って現場を離れていること。それになりより、1人目以外は魔術を使っていない。魔術使いは1人しか知らなかった。然だ。しかし、映っているのは決して然ではない。紫凜はどういうことか理解できなかった。この世界に魔術を使うのは自分と然の2人だと思っていたが、他にも使える人間がいることを。謎だらけだったがしかし、魔術を使ったということはその場に記憶が残っているということ。何かしらの重要な証拠が手に入ることを悟った紫凜は少し微笑んだ。
深夜、街には誰の姿もなく1人暗闇を歩く紫凜。目的の場所に着いた。事件現場はまるで何事もなかったかのように日常へと戻っていた。紫凜はすっと手を伸ばし、唱えた。
「消えし魔力の残滓は赤煙となり、かつて行われし術の軌跡を示す。」
”焦痕追視”
通常は完全に消失している魔術の痕跡を、赤い煙状として視認する。煙は魔術が通った経路・留まった場所・術者の方向を示し、感情の強さによって濃淡が変化する。
これは紫凜が生み出した探索系・追跡系の魔術の一つ。
魔術は身体に染みこんでいれば詠唱は必要ない。
唱え終わると地面から赤い煙が出てきた。ということは、犯人は魔術を使ったという証拠だ。赤い煙は現場に少し留まったあと、歩き去っていった。後を追うと赤い煙は狭い通路に歩いていき、行き止まりで姿を消した。急に姿を消したことに驚いた紫凜は周りを見渡した。ここからどこかへ逃げることは不可能だ。もう一度、焦痕追視を使うが赤い煙は出てこなかった。魔術使いだということはここから違う場所へと飛ぶこともできる。ここから追うことは難しいと感じ、またもや振り出しへと戻ってしまった。




