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忘却の檻で、神は悪魔だった

鳥のさえずり、それが紫凜のアラームのような役割だった。眠たい目を擦り、長い美しい黒髪を手ぐしで1つへと結んだ。いつもならキッチンから小柄の女性、莉多の小さな足音がこちらに向かってくるが、今日は呼吸さえ聞こえないほど家の中は静まり返っていた。然が家に居ないことはよくあった。2年も共に過ごしたが紫凜でさえ然がなにをしているのか、未だに分からなかった。そのためなのか莉多は紫凜によく編み物から畑仕事など幅広く教えてあげていた。莉多はとても口数が少なかった。感謝や挨拶などはしてくれるがそれ以外を発することはない。それでも莉多の笑顔に何度も紫凜は救われてきたため、紫凜は莉多を信用していたし、大事な家族だとも思っている。莉多が家に居ないことが初めてだったが、どこかに買い物でも行ったのだろうと、それほど気には止めていなかった。

この家から紫凜は1人で出ることが出来なかった。出来なかったと言うより許されなかった。然の言いつけを紫凜は破ったことがなかった。それは支配なのか、それとも信仰なのか。どちらかは分からなかった。

この家にはテレビなどの娯楽はなかった。あるのはただ然がたびたびまとめていた魔術に関するノートだけだった。何十冊、何百冊。本棚にびっしりと並んでいた。そのノートを暇なときに紫凜は読んでいた。1冊手に取ったノートにはNo.43と書かれており、内容は転生術についてだった。ソファーに横になり、1枚ページをめくった。1行目には、驚くことが書かれていた。

(死んだ者の魂を呼び戻すことができる魔術。)

読み始めた紫凛は目を離すことが出来ないほど興味深い内容だった。しかし、何度も研究してるがどれも上手くいかないといったことが書かれていた。そんなうまい話はないかと思う頭と少しだけ期待した心があった。

「転生術か、、、」

そう小さく呟いた紫凛は何かを思い出しているかのようにぼーっとしていた。

部屋は紫凛の呼吸しか聞こえないほどしーんと静まりかえっていた。そんな空間にコンコンコンと何かを叩くような音が入り込んできた。音のなるほうへと目を向けるとそこは玄関の扉だった。

「いいか紫凛、いかなるときでも来客が来てもでちゃいけないぞ。俺との約束だ。」

その言葉をいつもなら覚えていたのに、今日だけは考えごとのせいなのか名前のないこの感情のせいなのかソファーから飛び起き玄関の扉へと手を伸ばしてしまった。

「おかえりぜ、、、、」

見慣れた顔をみて安心するはずだった紫凛は、そこに立っている黒髪で毛先がきつね色の長髪の男をみて目を大きく見開いた。

「おぉ、やっと見つけた」

糸目の男は独特の発音だった。その発音はある一族のみが使用するものだ。

''齋藤家''

無血の中でも頭脳が飛び抜けており、齋藤家のみで形成されているユレーノーデンスは他の島とは頭1つ以上飛び抜けた技術で発展している。齋藤家は独自の発音をもっており、これは一族の中でも齋藤家だけだ。他にも黒髪に毛先のみきつね色の特徴をもつ。

目の前の男は明らかに齋藤家の人間だった。

「なんのご用ですか?」

険悪そうに問う紫凛とは真反対に笑顔で喋り続ける糸目の男。

「ずっと探してたんよ。行方不明届け出されてるん知らんの?」

行方不明届け?なんのことかさっぱり分からなかった。だって自分にはもう家族は居ないのだから、誰が探してくれるんだと悲しみと同時に改めて自分は1人なんだと実感してしまい、紫凛は顔を下げた。そんな紫凛を見た糸目の男は頭に手を伸ばし優しくぽんぽんと叩いた。なぜだか、少し安心するような感覚を覚えた。しかし、すぐに我に返りやめろと大きな声で怒鳴り手を振り払った。すると糸目の男は

「いたぁ。なんてことするんや。」

漫画のような怒り顔で頬を膨らませた。すると糸目の男の横にいた目を包帯で隠している男が肩を大きく上下させ、呆れたような口調で言い放った。

「その頭撫でる癖、やめたほうが簓さんのためっすよ。」

頭を撫でる癖?どこか既視感を覚えた。そう、然も頭を撫でる癖があったのだ。紫凛は自分の頭に手を置き、ジッと糸目の男を見つめた。この男、糸目で齋藤家。なぜだか、知っている気がした。すると、急に思い出した、昔に然から聞いた話に出てきた男だ。

「なぁ、然。この力のこと知ってる人っているのか?」

然の弟子になってすぐの頃、疑問を然にぶつけた。真顔で紫凛を見つめていた然は過去の思い出を話し始めた。幼稚園からの幼なじみがいて、そいつはある一族だったんだが意地なんか何もなく、こんな俺とも仲良くしてくれていたんだとあまり見たことの無い満面の笑みで然は語った。しかし、明るい話はここまでで、次に口を動かしたのはどう反応したらいいか分からない内容だった。

「今はもう、生きてるか死んでるかも分からない仲になってしまったんだ。そいつは頭を撫でる癖があったんだが、俺もそいつのせいで癖になっちまったんだ。」

こんな話でも然は笑っていた。きっと然にとっては暗い過去ではないのかもしれない。

目の前にいる糸目の男が然の知り合いかもしれない。確かにどこか然と同じような空気感を感じ、どんな時でも笑顔で乗り切るところは双子のようだった。自分の顔をじっと見ながら固まっていた紫凜を不思議に思いながら問いかけた。

「まぁ、いろんなこと考えすぎたら頭壊れてまうから一旦なんも考えんくてええよ。とりあえず一緒に行こ。」

そう言って紫凜に向かって手を伸ばした。どうすることが正解なのか、数秒の間で必死に考えた。そうして紫凜は答えを出し、糸目の男にに向かい放った。

「俺はここから出ていくつもりはない。どっかに行ってくれ。」

糸目の男は思ってもいない返事がきたことに驚きを隠せなかった。しかし、すぐに状況を理解し、紫凜が忘れていたとても大事なことを思い出させるかのように言った。

「君の叔母さんは然によって殺されたんよ。そのことも知らんかったんか?君は騙されてるんよ。」

その言葉で全てを思い出した。なぜ、忘れていたのか。自分にとって宝であるものを全て忘れていた。そうか、然は自分にとって神のような存在だと思っていたが、違う。然は悪魔だ。全てを思い出した紫凜は糸目の男に縋りついた。助けてくれ。紫凜は震えた声で言った。そんな姿を見た糸目の男は優しく、紫凜の腕を強く掴んだ。

「もう大丈夫やで。」

糸目の男は優しく紫凜にささやいた。

その時、三人の後ろから聞こえた声は紫凜の目を大きくさせた。

「その子、欲しいの?」

糸目の男はさっと紫凜を背中に隠し、話し始める。

「この子どこから拾ってきたん?弟とかじゃないよな?」

淡々と話す糸目の男とは真反対に紫凜の心臓はどんどんと速くなっていた。記憶が戻った今、然に対する気持ちは恐怖以外何もなかった。そんな紫凜の様子を見ていた目を包帯で隠している男が紫凜の手を強く握った。それは大丈夫だと言っているような感覚だった。

「返してくんない?俺の家族なんだけど。」

いつも穏やかな然が不機嫌そうに言った。

「めずらしいな、そんな感情的なん」

糸目の男は然に言った。まるでいつもの然を知っているかのような口調で。その言葉を聞いた然は不気味な笑みを浮かべた。

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