望んだのは誰の意志?
登場人物
魔術使い:然 (ぜん)
公園で出会った男になんの躊躇いもなくついていく。このまま死ぬかもしれない。それでも紫凜は純血を超える最強の力を手に入れることが幸せになれると信じてやめなかった。どこに向かっているかもわからないが歩きながら男は1人話しつづけていた。その内容は自己紹介のようなものだった。
男の名前は然。無血でずっと1人で生きてきて、純血にも負けないように魔術を生み出したそうだ。その話を聞いただけですぐにわかった。目の前の男は普通ではないこと。そして、自分の情報をペラペラと語っていることから相当自分に自信があるのだろうと感じた。然の後ろをついていくうちに思った。なぜこの男はいっさい後ろを確認しないのだろうと。途中で怖くなって逃げだすと考えもしていないのかと。そう思った瞬間なぜか紫凜は足を止めた。もともと少し離れて歩いていたため足音などもさほど聞こえていないだろう考えた。これが気づかない程度なら尊敬するほどの人間ではないなと思っていると
「後悔しないならいいよ。」
その言葉が遠くから聞こえてきた。たった一言だったが紫凜は遠くに行く然の背中を必死に追いかけた。急にフラッシュバックしていたのは両親との思い出だった。なぜ突然思い出したかはわからないがこれは両親からのお告げなんだと感じた紫凜はもう然の背中しかみてはいなかった。
結構な距離を歩き、到着したのは森の中にひっそりと建っている小さな一軒家だった。扉を開け、然がただいまと言うとキッチンらしき部屋から小柄の女性が出てきて、然に頭をさげた。紫凜に気づいた女性は紫凜にも深く頭をさげた。紫凜も少し頭をさげ、然に案内され地下へと続く階段を降りていく。地下の部屋はいわゆる実験室のような雰囲気だった。たくさんの薬品などが飾られていて少し紫凜は怖くなっていた。然は紫凜を椅子に座らせ、手足を固定した。突然のことに紫凜は抵抗した。
「なんだこれ、離せ!」
暴れる紫凜を落ち着かせるように然は頭を撫でた。すると暴れまわっていた紫凜の体がすんっと大人しくなった。なぜだか紫凜もわからなかったが丁寧に然はこれからすることを説明してくれた。
「首に注射をする。そんな痛くはないから大丈夫だよ。俺も近くにいるから。きっと注射器をみたら怖いだろうから目隠しもするけど大丈夫だからな。すぐ終わるから。」
怖いはずなのにまったく体が動かなかった。言われるがまま目隠しをされた。
そして、首に針が刺さったその瞬間体に激痛が走った。紫凜は激しく手足を動かし、口が裂けそうなほど大きく開け、叫んだ。どんなに暴れても首から何かが入ってくる感覚は終わらなかった。急にあれほど暴れていた紫凜の体がぴくりとも動かなくなった。そんな様子をみて然は大きくため息を吐きまただめかと小さくこぼした。上の部屋にいる小柄の女性を呼びあとは任せたと女性の肩をぽんと叩いて部屋を出て行った。
何日経ったかわからない。そんな時ベットで眠っていた紫凜が急に目を覚まし、ガバッと体を起こした。何が起こったか覚えていない。ここがどこかもわからなかった。そこにタイミングよく人が入ってきた。その人物は然の家にいた小柄の女性だった。ベットに座っている紫凜を見ると慌ててどこかへ行ってしまった。その後すぐに複数の足音が紫凜の部屋へと向ってくるのがわかった。何もすることが出来ず、ただ扉から見つめることしかできなかった。もう一度部屋に入ってきた小柄の女性とその後ろには然の姿があった。然は紫凜を見るとぱっと表情が明るくなり紫凜へ近づき力強く紫凜を抱きしめた。
「やっぱり君最高だわ。君は今日から俺の弟子1号だ!!」
耳元で大きくそういう然を紫凜は無理やり体を離した。
「弟子だと?ふざけんな。俺を殺しかけたのに、誰がお前について行くんだ。」
紫凜は怒りを隠せなかった。そんな紫凜の言葉を聞き、数秒真顔だった然はすぐに目をうるうるとさせ申し訳なかったと謝ってきた。素直に謝ってきた然に戸惑った紫凜はすぐに許してしまった。
その日から紫凜は然の家に住むことになった。その事を一緒に住んでいる叔母の由紀へ連絡しようと思ったがどうやら携帯をどこかで落としてしまっていた。そこで1度家に帰りもう1度ここへ戻ってくると然に伝えると明るかった然の表情が暗くなった。しかし、すぐに表情は戻り自分が伝えてくるから紫凜はここで待っててと言われてしまった。それでも自分の口から伝えたいと意思表示をするが然が紫凜の頭を撫でると、紫凜は急にそのことを忘れてしまった。それどころか叔母である由紀のことさえもう覚えてはいないかった。
そうして、然との共同生活が始まった。朝から晩までずっと一緒に行動している姿はまるで親ガモに必死についていく子ガモのようだ。然の背中を見て学んでいった紫凜は1番弟子と胸を張れるほど強い魔術使いへと変わっていった。
そして、3年ほどたったある日また紫凜の運命を変える出会いがあった。