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ハレノヒケノヒ  作者: 星永きよし
第1章 聖都編
9/9

第9話 きみ、すっごく弱いね!

 俺達が何も言えないでいると、魔王の表情が笑顔から呆れ顔へと変化した。

 

「え~、みんなテンション低~い。もっと驚いてくれてもいいんだよ?」

 

 驚いている。だからこそ、声が出ない。

 俺は無意識のうちに後ずさりし、近くにあったローテーブルに足がぶつけた。硬い感触と小さな音に、過剰なほど体が跳ね上がる。


 どうして、今朝馬車で魔族の話をしたときに気がつかなかったんだ。この世界に来てから色んなことが起きすぎて、頭から抜け落ちていたか。

 突然俺の部屋に現れて、この異世界に来てもらうとか言ってきた目の前の少女。

 ……じゃあ、俺がこの世界に来たのは……この魔王の仕業か?


 俺をこの世界に召喚したのが、勇者と敵対する魔王?

 

「これはこれは自称魔王フェイ殿。わざわざ人族領の要所にまでお越しくださり感謝いたします。本日はいかなるご用件で?」

  

 俺達をかばうように前に立っているメリナさんが、明らかに敵意を含んだ口調で魔王に話しかけた。

 

「自称って……ひどいなぁ。わたし本物の魔王だよ? ねぇアニエスちゃん?」

「……ええ。100年前、先代勇者に封印された魔王フェイ当人よ」

「ほらね? わたし、嘘はたまにしか言わないからっ」


 剣や杖を向けられているにもかかわらず、飄々とした態度を見せる魔王。張り詰めた空気の中、緑色に光る杖を持ったパトリシアが静かに問い詰める。

 

「お姉様の質問に答えてください。何が目的ですか? ケント様ですか、それともアニエス様への復讐ですか?」

「そこまで警戒しなくて大丈夫だって。わたしはそこの勇者サマを見に来ただけだからさっ、すぐ帰るよ」


 魔王の赤い瞳が、剣を構えたメリナさんではなく俺へと向けられる。しばらく目を細めてじっと見つめてきた後、ふいに笑みを浮かべ、大きく頷いた。


「うん、予定通り。きみ、すっごく弱いね!」

「……えっ?」


 固まる俺をよそに、魔王は「よかったぁ」と胸をなでおろした。


「ちゃんと召喚できるかどうかは賭けだったからね。成功してよかったよ」

「成功って……弱い勇者を召喚することっすか?」

「そう! その通り! 青髪のきみ、状況の飲み込みが早いね! 拍手してあげるっ」

「光栄っす」


 魔王はチエチカにパチパチと拍手を送る。気の抜けるような音のはずなのに、部屋の空気がさらに張り詰めたような気がした。俺達はただ黙って魔王を見つめ続ける。

 誰も大きな反応を見せないことがつまらないのか、魔王は不満げに拍手を止めた後、自分の考えを語り始めた。


「わたしにとって、勇者は鬱陶しい存在なわけよ。生きてたらわたし達を殺しにくるし、死んだ後も勇者の意志を継いだ正義感あふれる人族が抵抗してくる。……まったく、抵抗しないほうが傷つかないですむのにね。ほんとに面倒」


 そこまで言って、魔王の沈んた表情が一気に明るくなった。

 それを見た俺はこの後に続く言葉を勝手に想像して、全身の血の気が引いていく。


「だから、勇者の印象を落とすことにしたのよ! せっかくやって来た期待の勇者サマが弱ければ、人族のやる気も多少は削がれるでしょ?」


 勇者の印象を落とす。弱い勇者を召喚することで。

 ――その弱い勇者として召喚されたのが、俺。


「本当は魔王城に召喚して弱いかどうかをちゃんと確認したかったんだけど、場所がズレちゃったんだよね~。封印から解放されたばかりで調整が難しくってさ。勇者サマを拐うために襲わせた2人は返り討ちにあっちゃったから、わざわざ魔王のわたし自ら確認しに来たってわけ!」


 上機嫌でまくしたてる魔王。

 認めたくない。否定してほしい。

 せっかく特別な力を得たと思ったのに。せっかく楽しい非日常を過ごせると思ったのに。

 ――その一方で、こうなるのも当然だと受け入れている自分がいる。

 

 一縷の望みを持って、しかし覆らないであろう予想を確かめるために、俺は震える声で問いかけた。


「……それで、俺はちゃんと弱かったのか?」

「それはもう、ね。ぱっと見た感じ、きみの魔力って先代勇者の50分の1ってとこかな? いやぁ、ここまで弱いとは予想していなかったよ! 嬉しい誤算だねっ♪」

「……そっか」


 自分の学ばなさに呆れて笑ってしまう。やっぱり、期待したら裏切られるのがオチなんだ。

 俺だけが使える魔法があるからって、自分も天才の仲間入りができたと心の何処かで思っていた。

 随分前に思い知っただろう。俺は決して天才ではないことを。

 ――天才として、楽しい非日常を過ごす事はできないってことを。


「この際だからはっきり言っておくけど、きみにはわたしを殺せるほどに強くなれる素質なんて――」


 なおも上機嫌な魔王の言葉を、風を切る音が断ち切った。

 

「ごちゃごちゃうるさいんだよねぇさっきからさぁ」


 気がついたら、メリナさんが魔王へ斬りかかっていた。さっきの風切音は、メリナさんが剣を振るった音のようだ。

 ――踏み込んで剣を振るうメリナさんの動きも、それを避ける魔王の動きも、俺には見えなかった。

 

 メリナさんは振り抜いた剣を魔王へ向け直す。

 

「素質があるかどうかなんて、結果が出て初めて証明されるものだろう? まだ何もやっちゃいないんだ、ケントが先代より劣っているかどうかはまだわかんないさ」

「う〜ん……いいね、あなたの必死さが伝わってくるよ! もしかして身に覚えがある?」


 真剣な表情で魔王を睨むメリナさん。魔王は気にした様子もなく、むしろ煽るような笑みを浮かべていた。


「ご用件は以上ですか?」


 ――突然、部屋の空気が唸りを上げて吹き荒れた。

 勢いに圧倒され、思わず目を閉じる。腕で顔を庇ったが、容赦なく吹きつける風が頬をかすめた。

 耳をつんざく風の音、激しくはためくカーテンや衣服。部屋の空気が一変する。

 

「でしたら、ここでお別れです」


 その声の主、パトリシアの杖の先端に目を向ける。杖の先端には、緑色の風が小さな竜巻のように渦巻いていた。

 魔法を向けられた状況でも、魔王は余裕を見せた態度を崩さない。


 「ねぇ、わたしは今ここで争うつもりはないから止めてもらえると助かるんだけど~! ……それに、わたしに魔法が通じないって知ってるでしょ?」


 パトリシアはしばらく杖を構えたまま魔王をにらむ。メリナさんが手で制止を促したことで、パトリシアは杖を少しだけ床に傾けた。それと同時に、杖の先端に集まった緑色の風が霧散し、部屋を支配していた暴力的な風が嘘のように消えた。

 風によって散らかった部屋と乾いた唇が、先程の魔法が嘘ではないと告げていた。


 ――こんな規模のでかい魔法、きっと俺には使えない。


「さ~て、風も止まって落ち着いたところで……窓にご注目くださ~い」


 魔王はそう言うと、指を軽やかに鳴らした。その瞬間、視界の端にある窓の向こうで、黒い柱が空を突き刺さんばかりに高く伸びあがる。正体を確かめようと顔を窓へと向けた――その数瞬後、体の芯まで震えるほどの轟音が鳴り響いた。

 その音に驚く頃には、天まで伸びていた黒い柱は跡形もなく消え失せていた。黒い柱の代わりに現れたのは、巨大な黒い影。


「……なぁ、魔王フェイ様。今ここで争うつもりはないと仰っていた気がしたのですが……あれは嘘かい?」

「ちゃんと『わたしは』って言ったよ? これから暴れてもらうのはあの子だけ」

「あの子って言うサイズじゃないっすねぇ……」


 遠くに見える街を囲む壁、その更に奥に突如として現れた巨体。一部分より下は壁にさえぎられて見えないが、見える部分だけで何かは想像出来る。

 鋭く尖った角。真っ黒な鱗。大きな翼。


「暗黒龍の子どもっ。可愛いでしょ?」


 壁の上から顔をのぞかせていたのは、ファンタジー世界の生き物の代名詞的存在、ドラゴンだった。


「このままわたしの相手をするのは構わないけど、先にあっちをどうにかした方がいいと思うよ? ……まぁ、そこの勇者サマは役に立たないだろうけど!」

「……それ以上、ケント様を侮辱するのはやめてください」

「パトリシアさん、ステイっす。魔王の言う通りにするのも癪ですけど、今は暗黒龍をどうにかするのが先っすよ」


 ――何が起こっている?

 頭がついていかない、理解しきれない。

 目の前で行われている会話がどこか遠くの出来事のように聞こえる。耳には届いているはずなのに、意味のある言葉として認識できない。

 交わされている言葉も、起こっている出来事も、なぜか自分事として捉えられない。

 

 ――俺は、ここにいてもいいのか?

 ふと、そんな疑問が頭をよぎった。

 俺はメリナさんのように素早く動けない

 パトリシアのように強い魔法も使えない。

 そんな弱い俺が、2人に守られている。この状況はおかしいんじゃないだろうか。

 

 俺だけ別の世界にいるような、この場違いな感覚。

 人に囲まれているのに、どこか孤独を感じるこの感覚には、覚えがあった。

 ――そう、自分より優れた人達に置いていかれているときの、それだ。

 

「……あのさぁ、わたしはあんたを煽ってるつもりなんだけど。あんたの周りは言い返してくるのに、当の本人はだんまり?」


 顔を動かすと、心底残念そうな顔をした魔王と目が合う。魔王はわざとらしくため息をついて、吐き捨てるように言った。


「あんた、つまんないね」

「……っ」


 ――健人、お前つまんねぇな。


 嫌な記憶が蘇り、息が詰まる。固く握った拳が震える。何か言い返そうと口を開くが、喉が詰まったように言葉が出てこない。

 結局、俺はただ唇を噛みしめ、俯いた。


「まあ、つまんない方がわたしにとって都合はいいんだけどね。勇者の印象は下がるだろうし。……でも張り合いがないんだよねぇ」

「だったら、ぜひあたしと手合わせ願いたいねぇ」


 メリナさんは挑発するように、指をくいっと動かす。


「ずっと戦いたいと思ってたんだよ。魔王城まで行くのは面倒だし、今ここで死合おうじゃないか」

「言ったでしょ、わたしは今争うつもりはないの。次会ったときの楽しみにしとくよ」

「そうかい。それじゃ、魔王はあたし達から逃げ出した臆病者だって言いふらしておくよ」

「ほらほらぁ、そんな軽口言ってる間に暗黒龍は暴れ始めるよ? 早く対処しに行かなきゃ」

「先輩、ここは」

「……わかってる」

「うんうん、やっぱり青髪の君は理解するのが早いね。そういう人は好きだよ」


 魔王は微笑んで俺達に手を振った。その手からは何やら黒い霧のようなものが出ている。

 

「それじゃあね~。勇車サマは暗黒龍に立ち向かおうなんて考えないで、ここでじっとしてなよ? じゃないと、弱い勇者サマは死んじゃうだろうからさ!」


 その言葉を最後に、魔王の手から出ていた霧が濃くなり、黒い膜となって魔王を包み込む。

 次の瞬間、魔王はそのまま跡形もなく消え去った。

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