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ハレノヒケノヒ  作者: 星永きよし
第1章 聖都編
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第8話 アニエス・リエント

 道中にあった宿場町で休憩を挟みつつ、草原や森の中を進むこと体感数時間。ただ踏み固められただけの道から舗装された道に変わってからしばらくして、チエチカが荷台にいる俺達に声をかけてきた。


「もうすぐ着きますよ」

 

 幌の隙間から馬車の進行方向を見てみると、少し先に大きな壁。壁の上からほんの少しだけのぞく建物の屋根や、壁の外側にある堀を見ると、あれが街を囲む壁なのだろうか。

 

 堀の上にかかっている橋を渡り、馬車より何倍も大きい門をくぐると、俺達は多くの人の声に包み込まれた。客引きをする人の声に、友達を呼ぶ子供達の声。その他うまく聞き取れない声であふれる賑やかな空間に入り、視界が少し明るくなったような気がした。


「ケント様、あの大きな建物がアニエス様のいる教会です」


 すっかり目を覚ましたパトリシアが指さした先、多くの建物の間に伸びる道の先に、ひときわ大きな建物があった。上部に大きな鐘がある教会は、ひと目で街の中枢だとわかるほど大きく、荘厳な装飾がされていた。


 俺達を乗せた馬車は賑やかな街をガラガラと音を立てながら走り、教会の前にある門まで進んだところで止まった。誰かが近づいてくる足音が聞こえてくる。俺は緊張を誤魔化すために、フードを深くかぶり直した。

 大きなあくびをしているメリナさんをよそに、パトリシアが馬車の荷台から降りた。

 ほどなくして、外から「おお」と男性の声が聞こえてきた。

 

「これはこれはパトリシア様。いかがいたしましたか?」

「至急アニエス様にお話したい用件がございます。恐れ入りますが、お取次ぎをお願いできますか?」

「かしこまりました。お連れの皆様もご一緒に、いつもの客室でよろしいですか?」

「はい。ありがとうございます」


 会話が切れると、パトリシアが馬車を覆っている幌の間からひょっこりと顔だけをのぞかせた。


「お姉様、ケント様。行きましょう」


******

 

 俺達は鎧に身を包んだ門番に案内され、教会のそばにある建物の客室っぽい部屋へと通された。門番が一礼してから部屋を去ると、部屋の中央にあるソファにメリナさんが座り、その隣へパトリシアが腰を下ろした。俺は座らず、馬車に座りっぱなしで固くなった体を伸ばす。


「ケントさん、魔石はどんな感じっすか?」

「えっと、ちょっと待ってくれ」


 壁にもたれ掛かって立っているチエチカに聞かれ、俺はポケットから魔石を2つ取り出した。半透明の立方体は、片方は全体が、もう片方は中心のみ金色に光っていた。


「片方は満タンになってますね。俺はもう貰ってるんで、その濃い方は先輩に渡しといてください」


 メリナさんは座ったままこちらに手をひらひらと降っていたので、魔石を山なりに投げ渡した。魔石を受け取ったメリナさんは、魔石を目の高さまで上げて呟いた。


「にしても、金色の魔石なんて初めて見たよ。これが勇者の光魔法の魔力の色か。なかなか綺麗なもんだねぇ」

「そうっすね。ケントさんから漏れ出る魔力は貴重なんで大切にしないと」

「漏れ出るって言い方、なんか嫌だなぁ……」

「でも実際漏れ出てるんで。漏れ出たケントさんの魔力に魔族がよってくるかもしれないんすから、魔石で回収しないと」

「連呼しないでくれなんか恥ずかしいから」


 俺は軽く抗議をしてから、自分の手元にある魔石へ目を落とした。

 中心部分が金色に光っている立方体の石。この石が俺の魔力を吸収してくれる、らしい。これをずっと持っていたおかげなのかは知らないけど、今日は魔族に襲われることはなかった。

 昨日チエチカが言っていた通り、俺にとって大切なお守りってわけだ。


「道中も言ったじゃないっすか。体内で作られた魔力はある程度溜めておけるけど、容量がいっぱいになると体外へ漏れ出てしまうって。ほとんどの人がそうなんでケントさんに限った話じゃないっすよ」

「みんながどうとかじゃなくて、漏れ出るって言い方がなんか嫌なんだって」

「……了解っす、もう言わないようにしますよ」

 

 悪びれる様子なく淡々と言うチエチカ。笑顔もないし、冗談で言っているのかどうかよくわからない。まあ、たった1日一緒にいた程度じゃどんな人なのかなんてわからないか。


 メリナさんと同じ様に魔石を見つめていたパトリシアが、チエチカに問いかけた。


「チエチカ様、ケント様が魔法を使っただけで魔族が来たこともアニエス様に伝えるんですよね?」

「そのつもりっすよ。ケントさんが魔法使うたびに襲われるのだとするとキツイんで。先代はどうだったのか、防ぐ方法はないのか知りたいとこっすね」


 チエチカの言葉に俺達は頷く。昨日のように、俺が魔法を使ったら魔族に襲われるのだとすると面倒だ。せっかくの勇者の魔法が使いづらくなってしまう。これから会うアニエスさんって人が対策を知っているといいんだけど。

 

 会話が一区切りしたタイミングを見計らったかのように、部屋の扉がノックされた。瞬間、メリナさんとパトリシアの2人が立ち上がり、チエチカも姿勢を正した。俺も慌ててフードを外し、扉の方へ向き直る。

 扉の向こうから「失礼いたします」と声がかけられた後、ゆっくりと扉が開く。開いた扉の先から、シスター服を着た女性が静かに入ってきた。

 

「お待たせいたしました。アニエス様より、ご自室にてお話をなさりたいとのお申し付けがございました。ご案内いたします」

 

 俺以外の3人が顔を見合わせる。その後、パトリシアが「わかりました。お願いいたします」と言ったのを境に、俺達は女性の後を追って廊下へと出た。


「いつものように客室で話すんじゃないんだねぇ」

「俺も初めてっすよ」

「恐らく、私達の用件を察してくれたのでしょう。あまり人目につかないよう配慮してくださったのだと思います」


 そう言って、3人は最後尾にいる俺を見る。


「……そこまで俺って重要人物?」

「もちろん」

「そうっすね」

「当然です」

「そっかぁ……」


 そこまではっきり言われると嫌でも緊張する。勇者の肩書きがどれほど重要なものなのか、まだ全然理解できていないみたいだ。


******


 俺達は女性を追って階段を上がり、廊下の中央辺りにある扉の前で止まる。


「こちらがアニエス様のお部屋でございます。……では、失礼いたします」


 女性は恭しく一礼し、階段を降りていった。ここまで丁寧に対応される事が初めてで、どうしても落ち着かない。


「さて、と。パティ、頼むよ」

「はい」


 メリナさんの言葉を受け、パトリシアが扉の前に立つ。教会に来てからというもの、パトリシアが先導することが増えた気がする。俺よりよっぽど丁寧な言葉づかいをしているし、この妙に堅苦しい雰囲気のなかでも怯えることなく背筋が伸びている。今朝の寝ぼけていたパトリシアとはまるで別人だ。

 俺より年下であろうパトリシアが、不思議と大人びて見えた。


 俺もビビっている場合ではない。気持ちを落ち着かせるために深呼吸をして、軽く足首をほぐした。サッカーの試合前にやる俺のルーティン。


 コンコンコン、とパトリシアが扉をノックした。しばらく間を置いて、中から「どうぞ」という声がかすかに聞こえた。


 「失礼いたします」


 パトリシアが扉を開けて中へ入る。続いてメリナさん、俺、チエチカの順に部屋へ足を踏み入れた。


「いらっしゃい。お待たせしてごめんなさいね」

 

 そう言いながら微笑んだのは、1人の若い女性。優しく包み込むような声に、意図せず肩の力が抜ける。

 部屋の中央辺りにあるソファに腰掛けている女性は、シスター服を身にまとっていた。先程の部屋まで案内してくれた女性と同じく黒を基調とした服だが、よく見ると袖口や裾に金色の刺繍が施されている。柔らかな布地が揺れるたび、繊細な模様が窓から差し込む光を受けてわずかにきらめいた。

 刺繍だけではなく、髪もまた金色。月の光を映したように優しく輝く長い髪が、女性の穏やかな雰囲気をさらに引き立てていた。


「ほら、みんな座って」


 女性はそう言って、自分の座っているソファの向かいにある4人がけのソファを手で指し示した。促されるがままに、俺達はソファに腰を下ろす。

 女性は俺と目を合わせると、微笑んだまま口を開いた。

 

「はじめまして。私はアニエス・リエント。『聖女様』と呼ばれることが多いけれど、できれば名前で呼んでくれると嬉しいわ」

「鳴坂健人です。ケントって呼んでください」


 アニエスさんに穏やかな口調で自己紹介をされたので、俺も簡単に名乗り返す。本当は尊敬語とかを使うべきなんだろうが、あいにくそんな知識がない。申し訳なく思いながらも、諦めて丁寧語を基本に話すことにした。

 アニエスさんは特に気を悪くする様子もなく、柔らかく微笑んで俺に問いかける。

 

「あなたが、勇者様かしら?」

「はい。そう、らしいです」

「らしいって……やっぱり、自分が勇者って自覚はないのね」


 アニエスさんは口元をそっと手で覆い、くすりと笑った。外見からは俺とあんまり年齢は離れていないように感じるのに、所作も言葉づかいも丁寧。さすが聖女様、育ちが違うか。

 

「そうよね。突然異世界に喚ばれて、それで勇者と言われても困惑するだけよね」

「そう、ですね。まだわからないことだらけです」

 

 どう会話を続けたものかと考えていると、隣に座っているチエチカが助け舟を出してくれた。


「アニエス様。本人に自覚ないみたいっすけど、間違いなく勇者っすよ。先代勇者様の文字も読めたし、光魔法も使えた。ここに来る道中、ケントさんが魔法を使ったら魔族が2人同時に襲ってきたし、勇者で間違いないと思います」

「2人同時に? ……勇者の魔力に引き寄せられたにしても、2人同時なんて私は経験したことない…………何故、そこまで……」

「そんな細かいことはどうでもいいでしょう?」

「先輩、細かくはないと思います」


 チエチカのツッコミもお構いなしに、メリナさんが話を続けた。


「光魔法を使えるケントが現れたことで、魔王城の結界を壊せるようになりました。……これでもう、魔王を倒しに行ってもいいでしょう?」

「メリナ、焦る気持ちはわかるけど急ぎすぎよ。……少し、気になる事もあるし」

 

 アニエスさんが困ったような表情を浮かべてメリナさんを静止する。

 ……止めてくれて助かった。そんなに急がれたら俺が困る。まだこの世界に来て日が浅いから知らないことだらけな上に、気持ちも固まってない。魔法を使えはするけど、戦えるとは到底思えないし。

 

「ねぇ、ケント様。少し手を前に出してくれないかしら?」

「あ、はい」


 俺は言われた通りに手を差し出すと、アニエスさんは立ち上がり、テーブル越しに俺の手をそっと触れてきた。まさかここまで流れるように触れられるとは思わず、俺は手を前に出した体勢のまま固まってしまう。

 

「ふふっ。そんなに身構えなくても、悪いことはしないから大丈夫よ」


 アニエスさんは俺の手に触れたまま目を閉じた。そのまま気まずい時間が流れること数秒。アニエスさんはゆっくりと目を開くと、「ありがとう」と言ってから再び席についた。

 アニエスさんは1度大きく息を吐くと、俺達に真剣な眼差しを向けた。


「はっきり言っておくわね。……魔王を倒すのは、諦めてちょうだい」

「なっ……」


 メリナさんから驚きの声が上がる。横目でパトリシアとチエチカの表情を窺うと、2人とも硬い表情をしていた。

 アニエスさんはメリナさんに微笑みかけながら、優しく言い聞かせるように告げる。


「前も言ったけど、私はあなた達だけで魔王を倒しに行くのは反対なのよ。ケント様がいても、この考えは変わらないわ。もう少し時機をうかがうべきよ」

「……なぜ、ですか」


 隣に座っているメリナさんの身体が強張るのを感じる。睨むような視線や抑えられた声のトーンに、納得できない気持ちが込められていた。

 

「魔王を倒しに行くのに、今以上のタイミングなんて――」

「――むぎゅ」


 メリナさんの言葉に重なるように、俺の後ろからくぐもった声が聞こえてきた。俺が立ち上がって後ろを振り向く間に、俺とアニエスさん以外の3人が俺達を背にして臨戦態勢を取る。

 

「う~……この短時間で3回も頭ぶつけるなんて……バカになっちゃうじゃん……」

 

 俺達5人の視線の先には、床に座り込んで頭をさすっている少女――。


「あっ」


 少女を見た瞬間、俺の口から勝手に言葉が漏れていた。

 俺はこの少女を見た事がある。それもつい最近、俺がこの世界へやって来る直前に。

 

 少女は俺達に気がつくと、満面の笑みを浮かべて立ち上がった。

 

「やっほ~、勇者サマ! あとアニエスちゃんも久しぶり! ……えっと、はじめましての人もいるね?」


 黒を基調とした動きそうな服。子どもっぽい華奢な体格に似つかわしくない、銀色のごついガントレット。

 そして、肩のあたりで切りそろえられた桃色の髪。その髪をかき分けるように生えている、2本の黒い角。

 魔族の証を有している少女は、堂々と胸を張って言い放った。


「それじゃあ自己紹介! わたしが、わたしこそが魔族を統べる王! 魔王フェイで~っす! よろしくねっ♪」


 ……目の前で無邪気に笑う少女が、物語のラスボス的存在である魔王らしい。

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