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ハレノヒケノヒ  作者: 星永きよし
第1章 聖都編
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第7話 メリナ達の目的

 宿の1階にあった食堂で軽くご飯を食べた後、俺達は昨日と同じ幌付きの馬車に乗って移動を始めた。パトリシアはメリナさんにもたれ掛かると、そのまま穏やかな寝息をたて始めた。本当に朝が弱いらしい。

 メリナさんはパトリシアの手からそっと杖を抜き取り、足元の床へと置いた。続けて帽子も外して傍らに置き、パトリシアの頭を自分の膝にそっと乗せた。寝顔を見下ろしながら、パトリシアの金色の髪を指先で優しくすくっていく。

 その仕草も、表情も優しくて。姉妹と言うよりも、母と娘のようだった。

 

 俺はこの時間を遮っていいのかしばらく迷った末、かすかに微笑んでいるメリナさんに小さく声をかけた。


「あの、メリナさん。服とかに加えて飯まで奢ってもらってありがとうございます。……返せるものがなくて申し訳ないです」

「ああ、いいよいいよ。あたしはそこまで金使わないから余りがちなんだ。それに、あたし達がケントを付き合わせてる側だからね。金くらい出すさ」


 こちらを見て笑顔で応えるメリナさんは、本当になんとも思っていなさそうだ。

 

 ――だからこそ、気になった。

 俺は、少しだけ言葉を選びながら尋ねる。

 

「あの、チエチカも言ってたんですけど、付き合わせるって何にですか?」


 明らかに何かを期待されている。無理難題を言われたらどうしようかと、自然と肩に力が入ってしまう。

 でも、なんとなく想像はつく。メリナさん達は俺のことを勇者と呼んでいた。勇者と呼ばれる人の役目と言えば、多くの物語でありがちなものがある。


「あれ、あたし達の目的について話してなかったっけ? 悪い悪い。最初に言うべきことだったねぇ」


 緊張している俺とは対照的に、メリナさんは笑顔を崩さないままさらりと言ってのけた。


「単純だよ。魔王を倒す。その手伝いをケントにはしてほしいんだ」

「……魔王、ですか」

 

 ――予想通り、剣と魔法のファンタジー世界ではおなじみの単語が出てきた。出てきてしまった。

 異世界に来てしまったことは受け入れたつもりだったが、どうやらまだ受け止めきれていなかったみたいだ。自分事として捉えられてない。

 どう返答しようかと悩んでいると、御者台にいるチエチカが補足を入れる。

 

「昨日俺達を襲ってきた、角の生えた奴らがいたじゃないっすか。 あいつらは魔族で、その魔族の頂点にいるのが魔王っす。つまり、魔王っていうのは人間を襲う魔族の頭のことっすね」


 やっぱり、どこかで聞いたことのあるような話だ。人間を脅かす魔王を倒す、勇者の物語。色んな創作物で用いられている題材だ。……まさか、俺がその勇者になってしまうとは思わなかったけれど。

 

 ――今の俺なら、勇者として活躍できるんじゃないだろうか。

 ふと、そんな考えが頭をよぎった。

 昨日魔法を使えたんだ。この人達が言うには、現状俺だけが使える特別な魔法を、だ。


 今の俺なら、以前から夢見ていた、才能の持つ者だけが過ごせる非日常を体験できるのではないか。

 

 そんな期待を吐き出すように、俺はゆっくりと息を吐いた。

 どう考えても俺は勇者なんて器じゃない。確かに昨日、魔法は使えた。だが、それだけだ。

 余計な期待なんてするもんじゃない。どうせ期待通りにならなくて悲しい気持ちになるのがオチだ。それを避けるためにも、最初から諦めておくに限る。

 

「戦闘未経験の俺じゃ足手まといにしかならないと思います。メリナさん達だけじゃだめなんですか?」

「あたし達だけで魔王を倒そうにも、魔王の城には結界があってね。あたし達の力じゃそれを破れないんだ」

「……そこで俺の、勇者の魔法の出番ってわけですか」

「おお、察しが良くて助かるよ。その通りだ」


 メリナさんはビシッと俺を指さした。


「先代勇者サマに倣い、ケントの魔法で魔王城の結界を破壊し、あたしが魔王を倒す。これが、あたしの目的だ」

「……私が手伝いその1ですぅ……」

「俺が手伝いその2っす」


 パトリシアは目を閉じたまま呟き、チエチカは淡々と口にした。2人の言葉が、メリナさんの言葉がただの冗談ではない――本気であることを物語っていた。

 ……本気、なのだろうか。本気で、俺に期待しているのだろうか。


 俺が何も言えないでいると、メリナさんが冗談めかして言った。


「……と言っても、魔王が先代勇者サマの封印から解放されたかどうかはまだわかんないんだけどねぇ」

「そうなんですか?」

「そうっすね。そう噂されているだけで、実際はまだ魔王城に封印されている可能性はあります」

「封印……? ちょっと待ってくれ」


 魔王が封印されているのもありがちな設定だ。そこは疑問に思わない。だけど、先代勇者が封印したと言うなら話は別だ。俺はポケットから勇者の書の写しを取り出し、パラパラとページをめくる。


「……やっぱり、これには封印魔法なんて書かれてないですよ?」

「そうなんすか? まあそれは勇者の書の一部を写しただけなんで、残りのページに書いてるかもしれないっすね」

「これは一部、か」


 それなら魔法の種類が少ないのも納得できる。残りのページに封印の魔法があるかもしれないし、昨日使ったサンライトレーザーよりも強い魔法が書いてあるかもしれない。是非読みたいところだ。

 それはそれとして……魔王の封印について、勇者の書の文字が読める俺だけが知っていそうな情報を3人に伝えておく。

 

「あと、勇者の書には書いてないだけで、戦闘中に封印魔法を作って魔王を封印したのかもしれないです」

「おいおい、勇者サマはそんな事も可能なのかい?」

「恐らくできたんだと思います。戦闘中に初めて使った後、勇者の書に書いたっぽい魔法がいくつかあったので」


 勇者の書に『ぶっつけ本番でやってみたけど、めっちゃうまくいった! やっぱりおれって天才?? 天才だな!!!』と書かれている魔法があったから、多分作れるんだろう。

 

「ったく、昨日の魔法を跳ね返す魔法といい、勇者サマは何でもありだねぇ」


 メリナさんは楽しそうに笑った。この人はいつ見ても笑っているような気がする。いい人なのか、ただ能天気な人なのか。まだよくわからない。


「まあ、魔王が今もなお封印されていようがいまいが、あたし達の目的は変わらないよ」


 メリナさん達の目的。俺がこの世界に喚ばれた理由。そして、俺の持っている光魔法の使い道。

 

「……魔王を倒す。そのために、俺をこの世界に喚んだんですね?」

「あ~、いや、ケントがやって来たのは偶然というか……」


 メリナさんは気まずそうに頬をかいた。


「あたしが魔王を倒そうとしてるのも、そのために勇者の光魔法が必要なのも本当だ。でも、勇者を喚ぶ方法なんて知らないし、先代勇者()()()いつやってくるのかもわからない。まさか昨日、それもパティのもとにやって来るなんて思いもしなかったよ」

「……じゃあ、誰が俺をこの世界に喚んだのかは謎ってことですか?」

「謎だねぇ。ったく、聞きたいことが多すぎるよ」

「聞くって、誰に……」

「そりゃもちろん、今あたし達が向かっている聖都にいる人……」

 

 メリナさんの赤紫色の瞳が俺を射抜く。その鋭さに、思わず背筋が伸びた。

 どこか俺を試すような視線に思えるのは気のせいだろうか。

 

「先代勇者サマとともに魔王を封印した、聖女アニエス様にさ」

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