第6話 再出発
買ってもらった服のフードを目深に被った俺は、チエチカに連れられて部屋を出た。木造の廊下は多少汚れが目立つが、壁に扉が並んでいる点は俺のいた世界のホテルと何ら変わりない。
階段を降りて少し歩くと、テーブルと椅子がいくつも並んだ空間に出た。奥にあるカウンターを見る感じ、食堂だろうか。チエチカはテーブルの間を迷いなく突っ切ると、カウンターのそばにある扉を開けた。
扉の先は中庭のような場所だった。建物に囲まれた空間を見て真っ先に目に入ったのは、大剣を振るうメリナさんの姿。
背丈ほどもある大剣を振り上げ、振り下ろし、横に振り、身体の向きを変えて反対方向に振り上げる。全てゆっくりとした動作なのに、なぜか息を飲んでしまうほどの迫力があった。
「せんぱ~い、もうそろそろ終わりにしましょう」
チエチカが呼びかけた後も、メリナさんは数回大剣を振るった。そして大剣を振り上げた体勢で固まったかと思うと、ゆっくりと大剣を下ろし、地面に突き刺した。
「ふぅ……ああ、ケントも一緒なのか。おはようさん」
「おはようございます」
メリナさんはチエチカから水やタオルを受け取る。図が完全にマネージャーと選手だ。昨日チエチカはメリナさんの手伝いをしていると言っていたし、ある意味あっていると言えるのかもしれない。
っと、そんなことを考えている場合じゃない。俺は汗を拭いているメリナさんに近づき、頭を下げた。
「メリナさん、昨日は助けていただいてありがとうございました」
「ん? いきなりどうしたんだい?」
「昨日の襲ってきた人達、俺を標的にしていたっぽいんで……あいつらから守ってくれたことに対するお礼です」
「そんなの別に構わないよ。むしろ危険な目にあわせてすまない」
「いえいえ、そんな」
メリナさんも軽く頭を下げてきて、俺は反射的に首と手を横に振った。
「俺はなんだかんだ無事なんで……顔上げてください」
「今後似たようなことがあったら体張ってケントを守るよ。……チカが」
「先輩、俺にできると思います?」
「思ってるよ?」
「はぁ……冗談キツイっすよ」
暗い顔でため息をつくチエチカと、それを見て笑っているメリナさん。2人の関係性が少し見えてきた気がする。
「立ち話するのも時間が惜しいんで、話の続きは朝食の後、馬車での移動中にしましょ」
チエチカの言葉に俺達は頷き、中庭を後にした。
******
メリナさんと部屋の前で別れ、簡単に荷物をまとめる。服や靴と同じく買ってもらっていた袋に服などを詰め込んで、俺の分は完了。
「チエチカ、何か手伝おうか?」
「いえ、すぐ終わるんで適当に待っててください」
申し出を断られた俺はベッドに腰掛ける。暇を潰そうにも、手元に慣れ親しんだスマホはない。どうしたもんかと考え、勇者の書の存在を思い出した。何か役に立ちそうな情報を求めて、俺は勇者の書を開く。
正確には勇者の書の写しであるらしい手元の本は、ページ数が少なかった。昨日の道中で全体を軽く確認したが、もう少し丁寧に読み込む。ページ数同様、魔法の種類もそこまで多くはなかった。
その中で使いやすそうな魔法に見当をつけ、詠唱文を覚えるために頭の中で繰り返し読む。
「ケントさん、お待たせしました。行きましょ」
「おっけい」
勇者の書を袋に入れ、ポケットの中に魔石があるか確認。俺達は部屋を出て、メリナさんと別れた部屋の前で止まる。
チエチカが扉をノックすると、少し間を置いて扉が開けられた。扉の先には準備万端といった風にきれいな姿勢で立っているメリナさんと、そのメリナさんにもたれ掛かるようにして立っているパトリシア。
「パトリシアさん、おはようございます」
「おはよう……ござい……ま……」
チエチカの挨拶に答えたパトリシアの声に、覇気が全く感じられない。目はほとんど開いてなくて、大きな帽子も少し傾いている。
「おはよう……えっと、起きてる?」
「一応ね。この子、朝すっごく弱いんだよ。いつもこんな感じさ」
「ほらパトリシアさん、馬車に乗ったらまた寝ていいんで、なんとか体動かしてくださいよ」
「はぁいぃ……」
チエチカを先頭に、俺達は移動を始めた。パトリシアはメリナさんの袖を掴み、頼りない足取りで付いてきている。小学生に満たない子どもを見ているようで心配になり、前を歩くメリナさんに尋ねた。
「朝弱いにしても限度がありません? このまま階段降りても大丈夫ですか?」
「大丈夫さ。見た目はすっごい眠たげだけど、わりかし頭は動いてるんだ。な、パティ?」
「はいぃ……」
「ほらね?」
「返事が頼りないなぁ……」
なんとか会話はできるみたいだけど、変なところで躓きそうでちょっと怖い。
「あ~、でも、そうだねぇ」
メリナさんは顎に手をあて、顔を少し上に向けた。
「昨日はあたしが来る前から意識がはっきりしていたねぇ。昼前とはいえ、あそこまで寝起きのいいパティは久しぶりだ。となると……」
そこまで言うと、メリナさんは俺の方に振り向いていたずらっぽく笑った。
「やっぱり、ケントが何かしたんじゃないのかい?」
「だから何もしてないですって」
「先輩達、遊んでないでちゃんと付いてきてくださいよ?」