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ハレノヒケノヒ  作者: 星永きよし
第1章 聖都編
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第2話 ここって、異世界ってやつですか?

 ベッドを見上げると、ベッドの上から眠たげに俺を見下ろす金髪の少女がいた。


「……」

「……」


 お互い動けないまま見つめ合う、気まずい時間が流れる。少女は何度か瞬きを繰り返した後、次第に金色の目を大きく開いていく。

 俺は気まずい時間に耐えられなくなって、軽く会釈をしながら声をかける。


「……どもっす」

「……っ」


 声をかけた瞬間、少女は肩が大きく跳ね――


「きゃあああああああ!!」

「おわあああすみませんすみません!!」


 少女の悲鳴と同時に俺は尻もちをつき、反射的に後ずさる。背中が壁に当たるまで下がったところで両手を挙げて無害をアピール。けれど、少女の怯えた視線が突き刺さり、さらに体が硬直する。


「だ、誰ですかあなたは! どうやって入ってきたんですか! 目的は!」

「えっと、その、すみません。僕もよくわかってなくてですね……」


 何とか笑顔を作って答える。誰だ、なんて俺も聞きたい。ついでにここがどこなのかも。

 少女は両手を挙げたまま固まる俺をにらみつけながら、ベッドのそばに立てかけてある長い木の棒を手に取った。丸い半透明の石がついている魔法使いの杖のような木の棒の先端をこちらに向け、ベッドから立ち上がった。


「……動かないで答えてください。なぜ私の部屋に忍び込んだんですか? 今さら私の魔力が目的ですか?」

「忍び込むもなにも、気がついたらここにいまして……」

「気がついたら……?」


 少女は杖をこちらに向けたまま眉をひそめる。そしてその表情のまま黙ってしまった。

 再び気まずい時間が流れる。俺は固唾をのんで、少女の次の動きを窺う。唾を飲み込む音が、妙に大きく聞こえた。

 次に何を言うべきか考えていると、少女の目が再び大きく見開かれる。


「もしかして、あなたは――」

「――パティ、無事か!」

 

 少女の言葉は勢いよく扉が開けられる音と、それと同時にやってきた女性の声によってかき消された。

 音のした方へ目を向けると、先程の声の主であろう女性と目があった。体の部分部分に鎧をつけた女性は俺を確認するやいなや、後ろで1つにまとめた赤い髪を揺らしながらこちらへ歩いてきた。


「お、お姉様!」

 

 少女にお姉様と呼ばれた女性は俺の近くまでやってくると、片膝立ちとなって俺と目線の高さを合わせた。切れ長の赤紫色の目が真っ直ぐに俺を貫いてくる。


「あたしはメリナ。なあ、あんたが勇者サマかい?」

「……ええ、っと……多分、違います」

「……え、マジ?」


 俺の言葉を受け、メリナさんはきょとんとした表情を見せた。目線を斜め下に落とし、「おっかしいな」と呟きながら頭をかいた。


「確かにここに落ちたはずなんだけどなぁ……」

「先輩はバカ正直すぎるんすよ。ここは俺に」


 メリナさんの後ろから、気だるげ声とともに1人の男性が現れた。眼鏡をかけた青髪の男性の口には、なぜかタバコのように木が咥えられていた。


「すんません、これなんて書いてあるか読めますか?」


 男性は俺に1枚の紙切れを見せてきた。紙には妙に角張った汚い字が書かれている。


「ええっと、『勇者の書』、ですね」

「お、当たりっすね」

「なんだ、やっぱり勇者サマじゃん」


 男性が小さく頷く。ちょっと前と似たようなやり取りを交わしたにも関わらず、俺は相変わらず状況を理解できないでいた。


「んじゃ、俺は先に準備しときますね。……っと、これ、勇者さまにプレゼントっす」


 男性は上着のポケットから手のひらサイズの半透明の石を取り出し、俺に差し出してきた。断る雰囲気ではなくて、俺は綺麗な立方体に整えられた石を躊躇いながらも受け取った。


「それ、勇者さまにとって大切なお守りなんで。とりあえずポケットにでも入れといてください」

「わ、かりました」

「それじゃ」

 

 言われた通り石をポケットに突っ込む。困惑する俺をよそに、男性はさっさと部屋から出てしまった。


「パティも早く準備しな。あたしらは部屋の外で待ってるから」

「は、はい!」

「勇者サマ、行くよ」

「あ、はい」


 俺はメリナさんに促されるがまま立ち上がり、メリナさんの背を追った。俺と同じくらいの身長のメリナさんの背には、俺の腕よりも幅の広い大剣があった。あれを振り回すんだろうか。それにしてはメリナさんの体は細い気もする。

 

 部屋を出ると、学校の廊下とは全く違う廊下が伸びていた。床にはさっきの部屋と同じようにカーペットが敷いてあるし、天井からはシャンデリアみたいな豪華な飾りがぶら下がっている。左は行き止まりだったが、右は遠くまで廊下が続いていた。

 メリナさんは部屋の扉を閉めると、すぐ側の壁によりかかった。


「さてと、はじめに1つ言っておくよ」


 メリナさんはそう言うと、真っ直ぐ俺を見つめて――いたずらっぽく笑った。


「いくら勇者サマと言えども、寝ている女の子の部屋に忍び込むのはどうかと思うよ?」

「いや、不可抗力なんですって! そんな事しませんしできませんよ!」

「あっはっは! 冗談冗談!」


 慌ててまくしたてる俺を見て、メリナさんは声を上げて笑った。笑い事じゃない。

 

「うし、空気が緩んだところで……何か聞きたいことはあるかい?」

「はぁ……ええっと、そうですね……」


 俺は大きくため息をついてから、聞きたいことを考える。知りたいことは山ほどあったはずなのに、いざ言おうとすると上手く言葉が出てこない。いや、山ほどあるせいだろうか。

 いくらか考えをめぐらせた後、ようやっと質問を決めた俺はメリナさんに尋ねた。


「ここって、異世界ってやつですか?」

「お、正解。ここは勇者サマのいた世界とは別の世界……だと思うよ。正直、詳しいことはあたしもよくわかんないんだよねぇ」


 苦笑しながら答えるメリナさんの言葉を聞いて、俺は何度目かのため息をついた。メリナさんの剣を見て、もしかしたらと思って聞いてみたら案の定そうらしい。

 10年くらい前から流行っている異世界転移もの。剣と魔法のファンタジー世界へと移動し、魔王を倒したりスローライフを送ったりするやつだ。

 俺はそんな物語の世界の出来事に巻き込まれてしまったらしい。


「……なんとなく、わかりました」

「おお、受け入れるのが早いねぇ。もう少し取り乱すものかと思ってたけど」

「諦めが早いとはよく言われます」

「こちらとしては手間が省けて助かるよ」


 メリナさんはそう言うと、白い歯を見せて笑った。


「他に何か聞きたいことは?」

「……多すぎて、まだちょっと考えがまとまらないですね……」

「じゃあ思いついたら言いな。できる限り答えるよ」

「ありがとうございます」


 俺は再び思考をめぐらせる。何を聞くべきか、何から知るべきかを整理するために、ここに来るまでの出来事を振り返る。

 いつものように家に帰ってのんびりしていたら突然角つきの少女が現れて、そっから白い部屋に飛ばされて、気がついたら異世界だ。……ああ、まだ少し頭が痛む。


「ほんっとに夢みたいな状況だな……」

「お、頬をつねってやろうか?」

「遠慮しておきます」


 メリナさんはわざとらしく肩をすくめた。冗談じゃん、とメリナさんの声が聞こえてくるようだ。

 一応自分で頬をつねってみる。もちろん痛い。そりゃそうだ、夢なら頭をぶつけた時点で覚めてるはずだ。

 夢でなくて現実。たった1人、異世界へやってきてしまったようだ。


「……僕は、これからどうすればいいんですか?」

「あたしらに着いてきなよ。悪いようにはしないからさ」


 メリナさんは真っ直ぐこちらを見て微笑んだ。メリナさんの言動からは、嘘をついているようには思えない。

 信用していいのか疑問に思ったが、すぐに考えを改める。見知らぬ場所で1人、しかも異世界ときたもんだ。友好的な人を頼らない手はない。


「……わかりました、よろしくお願いします」

「そんなかしこまらなくてもいいよ。……あーっと……」

「お待たせしました!」


 メリナさんが言葉を続ける前に扉が開かれた。部屋から出てきたのは先程の金髪少女。頭には大きな黒い三角帽子をのせ、同じく黒のローブに身を包んでいる。帽子からのぞく金髪は背中の方まで伸びており、手には少女の身長とほぼ同じ長さの杖。だいたい俺の肩の高さくらいある。

 帽子も服も杖も大きいせいか、もともと小さめの少女がさらに小さく見えた。


「勇者様、先程は杖を向けてしまって申し訳ございませんでした」


 少女は俺の方へ体を向けると、深々と頭を下げて謝罪してきた。

 

「いやいや、大丈夫ですよ。こちらこそ睡眠の邪魔してすみません」


 少女はゆっくりと体を起こした。小さな唇は固く閉じられ、緊張しているのが見て取れる。

 なんて声をかけたらいいか悩んでいると、メリナさんが明るい調子で言った。

 

「話の続きは馬車で移動してるときにするよ。パティ、外まで頼む」

「はい!」


 パティと呼ばれた少女は笑顔で頷き、俺達に背を向けて廊下を歩き始めた。その後ろにメリナさんが続き、俺もそれに続く。

 少し歩くと、下の階を見下ろせる開けた空間に出た。階段を降りた先にある大きな扉を見るに、ここは玄関ホールなのだろう。社会の教科書とかで見た事のある西洋の建物の内装に感心しつつ、俺は2人の後を追った。


 階段を降りて扉の前まで行くと、執事服の男性がやって来て扉へ手をかけた。


「パトリシア様、メリナ様、行ってらっしゃいませ」

「はい。行ってまいります」

「ありがとさん、行ってくるよ」


 執事服の男性はチラッと俺へ目線を向けてくるも、すぐに扉へ向き直った。執事服の男性が扉を開けた先には、見慣れない光景が広がっていた。

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