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ハレノヒケノヒ  作者: 星永きよし
第1章 聖都編
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第11話 暗黒龍

 3人に置いていかれないように必死で走ると、街へ入るときにくぐった大きな門が前に見えた。その向こう、少し離れた場所に龍の巨大な下半身が見える。


「門の……真下あたりで……一旦止まりましょう」

「っ、一旦止まれ!」


 途切れ途切れのチエチカの言葉に従って門の向かっている最中、メリナさんが腕を突き出して俺達を止めた。

 メリナさんの視線の先、門の向こう側。龍の方から大きな炎の塊が眩い光を発しながらこちらに向かって飛んできているのが見えた。炎の進行方向は門から少しズレていたが、街を囲う壁に当たるのは確実だ。


「パティ、防ぐの間に合うか?」

「流石に……ちょっと、厳しいです」

「だよねぇ。諦めるしかないか」


 メリナさんとパトリシアのやり取りの直後、炎は鈍い音とともに壁へ衝突した。空気が震え、火の粉が壁の上部まで舞い上がる。遅れて、多くの悲鳴があちこちで上がった。


「これはさっさと倒さないとまずいねぇ」

「っすね。急ぎましょう」


 3人は再び駆け出す。その背中が人混みに紛れて見えなくなりかけて、俺はようやく足を動かした。

 未だにこの状況を自分事として捉えられていない。けど、こんな混沌とした場所に1人で居たくない。数少ない知っている人達に助けを求めて、俺はとにかく地面を蹴った。


 俺達は門の下で止まり、乱れた息を整える。


「……今まで見た魔物の中で、1番大きいですね」

「これで子どもってんだから恐ろしいよねぇ」


 2本の後ろ足で立っている暗黒龍を見上げて、パトリシアとメリナさんがそれぞれ呟く。

 距離があるとはいえ、門の下まで近づいたことで龍の巨大さを改めて思い知らされる。鋭く生え揃った白い牙なんか、人間1人分くらいの大きさはあるんじゃないだろうか。

 牙だけではない。額から伸びている角も、前足についている爪も、背中に何本も並んでいる棘も鋭利で大きい。軽く折りたたまれている翼を広げれば、もっと大きく感じるのだろう。


 龍の周囲には既に何人かの騎士達が剣や魔法で応戦していた。火や水などの魔法は龍の黒い体表に命中しているものの、傷をつけられているようには見えない。あれがチエチカの言っていた結界だろうか。

 

 無傷に見える龍の巨大な尻尾が薙ぎ払われ、近くの盾を構えた騎士が1人、宙を舞うように吹き飛ばされた。

 フィクションの世界のような、豪快すぎる吹き飛び方。

 ……いや、異世界転移や魔法、龍が存在している時点でフィクションのようなものか。


 目の前の出来事が、ますます現実味を失っていく。


「あたしは支援しに行く! パティも来な!」

「はい!」


 メリナさんとパトリシアは龍に向かって勢いよく走り出した。相変わらず素早い。ついていける気がしない。

 その一方でチエチカはその場に留まり、膝に手をついて肩を上下させていた。俺もチエチカの側で呼吸を整える。


 何気なく横を見てみると、表面がドロリと溶けている壁が目に映った。

 分厚い壁は貫通こそしていないものの、大きな窪みができていた。熱で歪んでしまったのであろう壁は、赤色に鈍く光っていた。

 ――さっきの炎に当たったら簡単に死ぬ。そう思うには十分すぎる光景だった。


 そんな危険な奴と、俺は今から戦わなければならないのか?


「ケントさん……遠距離から攻撃できる魔法って、サンライトレーザー以外に何か……ありますか?」


 まだ少し息の荒いチエチカに声をかけられ、俺はポケットの中にある勇者の書に触れる。表紙のザラザラとした感触を指でなぞりながら、今朝読んだ内容を思い返す。

 

「……ある。けど、ほとんどサンライトレーザーと同じようなやつしかない。詠唱文が違うだけで、光線を撃ち出すっていう点はほとんど変わらない……っぽい」

「強さも変わらないんすか?」

「多分。試してないからわかんないけど」


 勇者の書には10数種類の魔法が書かれていたが、昨日使ったサンライトレーザーとほぼ同じ魔法が6つはあった。新しい詠唱文を思いついたら、似たような魔法でも追加したのだろう。

 最低限の魔法を使い分ける意識を感じられない。12歳の先代勇者が勢いに任せて書いたと言われれば納得はできるけど。

 

「そうっすか。じゃあ、実際に使ったことのあるサンライトレーザーで攻撃してみてください。結界さえ割れれば先輩達がなんとかしてくれるんで」

「……了解」


 どうせ無駄だと思うけど、という言葉は飲み込んだ。きっと言うのも無駄だ。やってみる方が早い。

 俺は持っていた魔石をチエチカに預け、龍へと指を向ける。龍はメリナさんや騎士達に向けて爪を振り下ろし、地を這うように首や尻尾を振り回していた。大きく動いているせいで狙いがうまく定まらない。

 だが、動きは決して早くはない。それに加え、1度動いた後、次の動作に移るまでに分かりやすい隙がある。

 

「天より降り注ぎし太陽の光よ。今こそ集いて、悪しき者を貫く力となれ」


 詠唱し始めたことで、指先が黄色く光り始める。外さないように、当たりやすそうな胴体の中心へと狙いを定めた。

 ――どうせ当たったって無駄だろう。

 俺の魔法で、あの結界が破れるわけがない。

 そう思いながらも、それでも心のどこかで破れてほしいと願ってしまう自分がいる。

 俺はタイミングを見計らって、最後の詠唱文を口にした。

 

「サンライトレーザー」


 放たれた光はやはり指よりも細い。光は真っ直ぐに伸びて、龍の胸の辺りに直撃した。龍はのけぞり、耳を塞ぎたくなるほどの大声で呻く。

 ――効いてる。

 思わず胸が高鳴ってしまう。


「効いてそうっすね。後は結界がどうか……」

 

 チエチカが静かに期待を込める。俺は無意識に息を呑んだ。

 サンライトレーザーが命中した場所へ、間髪入れずに緑色の風が撃ち込まれる。

 だが――俺が魔法を当てる前と変わらず、黒い体表は魔法を弾き返した。


「結界は……破れてないっすね」

「……はは」

 

 思わず乾いた笑いが漏れた。

 俺はゆっくりと手を下ろす。

 ――やっぱりな。

 所詮、俺なんかじゃ倒せない。結界なんて破れるわけがない。

 分かっていたはずなのに、僅かでも期待した自分に嫌気が差した。


「っ、ケントさん、こっちに」


 チエチカが壁と平行に走り出す。意図は分からないけど、とりあえず緩い駆け足でチエチカについていく。何を焦っているのかを考えつつ、横目で龍の方を見る。

 龍には様々な魔法を浴びせられていた。いくらか怯んではいるが、決定打を与えられている感じはしない。


 ふと、龍の口元が赤く光っている事に気がついた。

 龍の向いている先には――俺。


「……っ、ここでも狙われんのかよっ」


 遅れてようやくチエチカの意図を理解し、慌ててチエチカの後を追う。さっきから走りっぱなしで喉がカラカラだ。唾を飲み込んで渇きを誤魔化しながら、とにかく走る。

 龍は自身へ降りかかる魔法を全て弾きながら、巨大な頭を前に突き出す。真っ赤に光る口が大きく開かれ、鋭い牙が並んだ口内がむき出しになった。

 次の瞬間、口内がさらに強く輝いたかと思うと――人を簡単に飲み込んでしまうほど巨大な火炎が放たれた。

 

「はぁ……っ、クソ、がっ……!」


 巨大な火の塊は猛スピードで真っ直ぐ俺に迫ってくる。熱と光をかすかに感じながら、俺は前を走るチエチカを必死に追いかけた。

 さっき見た、ドロリと溶けた壁が脳裏に蘇る。あの火の塊に触れたら確実に死ぬ。なら、走るしかない。次第に強くなっていく熱と光に焦りを感じながら、死にたくない一心で必死に走っていると、前を走るチエチカの右手が赤く光り始めているのに気づいた。


 チエチカは立ち止まって振り返り、迫りくる火の塊へと手を伸ばし――かけたところで、素早く身を屈めた。

 

「ケントさん、伏せて!」


 チエチカが叫んだのと同時――横から何かにぶん殴られたかのような衝撃が俺を襲った。

 次の瞬間、大きな爆発音とともに暴風が吹き荒れ、俺の体は地面に叩きつけられる。

 

 「……いってぇ……っ」

 

 頭が揺れ、耳がまともに機能しない。爆発のせいか視界もぼやけている。 

 ――一体、何が起きた?

 俺は強く打った肩と腕の痛みに顔をしかめながら、横たわったまま顔を上げた。


 視界の先は白い蒸気に包まれていた。だが、間もなくして緑色の風がそれを吹き飛ばしていく。

 蒸気が晴れた先には、杖を緑に光らせながら、大きな黒い帽子を手で直しつつ歩み寄ってくるパトリシアの姿があった。

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