第10話 俺なんかが
魔王がいなくなった事で静けさが戻った部屋に、扉を強く叩く音が響いた。
「アニエス様! よろしいでしょうか!」
「入りなさい」
アニエスさんが許可を出すと「失礼します!」という声とともに、鎧を身にまとった1人の騎士が足早に現れた。騎士はお手本のような敬礼をすると、ハキハキとした声で報告する。
「失礼いたします! 聖都西部に暗黒龍と思われる魔物が出現! 現在、聖都へ接近しております! 暗黒龍について、ベルトラン団長がアニエス様のご意見を賜りたいとのことです!」
「場所は?」
「1階の客室でございます!」
「すぐに行くと伝えてちょうだい」
「はっ! 失礼いたします!」
騎士は再びお手本のような敬礼をして、鎧を鳴らしながら去っていった。
アニエスさんは騎士を見送ると、ゆっくりと俺達の方へと向き直った。
「あなた達は――」
「もちろん行くよ」
アニエスさんの言葉に被せるように、メリナさんがはっきりと言い切った。
大剣を背負い直したメリナさんは、パトリシアとチエチカを順に見た後、俺と視線を合わせる。
「ケント、行くよ」
「えっ……?」
赤紫の瞳はブレることなく俺を見据えている。表情を見ても、嘘を言っているようには思えない。
散々弱いと言われた俺を、戦力として考えているのか?
「……俺なんかが行ったところで、何の役にも立ちませんよ?」
「そんな事ないっすよ。暗黒龍には光魔法が有効なんで。……っすよね、アニエス様?」
「……ええ。100年前と変わりないのなら」
アニエスさんが静かに頷く。それを見て、チエチカは言葉を重ねた。
「暗黒龍の体表には、魔王城の結界と同じような魔法が使われてるんすよ。魔王城の結界とは違って光魔法以外でも破壊できるんすけど、効率が悪い。なんで、ケントさんの力を借りたいんすよ」
「光魔法が有効だとしても、俺じゃあ……」
「なに弱気になってんだい」
俯く俺の背中を、メリナさんがバシッと叩いた。思ったより力強くて少しよろけてしまう。
「結界を壊すだけでいいんだ。遠くから試すだけ試してみようじゃないか」
「でも――」
「ケント様」
俺の言葉を遮ったのはパトリシアだった。どこか言いづらそうに視線を泳がせていたが、硬い表情のまま俺を見上げる。
「もしケント様の魔法が暗黒龍に通用すれば、被害が最小限に抑えられます。傷つく人を助けるためにも、行くだけ行ってみませんか?」
「そりゃ、そうかもしれないけどさ……」
期待してくれている。なら、それに応えたいと思う。
思う、けど。
――きみ、すっごい弱いね!
――ここでじっとしてなよ。じゃないと、弱い勇者サマは死んじゃうだろうからさ!
さっき言われたばかりの、魔王の言葉が蘇る。魔王の言葉が俺に頷くことを躊躇させる。
「俺は弱くて、戦ったこともほとんどなくて。足を引っ張るどころか、知らない内に死んでしまうかもしれないやつが――」
「大丈夫です」
パトリシアが微笑む。その表情はやはり少し硬くて、無理して笑っているように見えた。
「安心してください。ケント様は、必ず私達が守ります」
――気を遣わせてしまっている。
俺よりも小さな女の子に。
「……わかったよ」
そう思うと断りきれず、渋々了承した。自分の声が思ったよりも小さくて、情けなかった。
「……私は、あまり戦ってほしくはないのだけれど……」
アニエスさんは俯いて苦い表情を浮かべる。しんとした空気の中、アニエスさんはゆっくりと顔を上げて重々しく口を開いた。
「……先に行っててちょうだい。私も後で向かうわ。……無茶は、しないようにね」
俺以外の3人は力強く頷く。俺はそれを見て、小さく頷くしかなかった。
頷きはしたけど、胸の奥はまだざわついたままだ。
******
アニエスさんを除いた俺達4人は、勢いよく街へと飛び出した。
街はパニック状態になっていた。あらゆる所で悲鳴、泣き声が聞こえてくる。人が道を埋め尽くしているため、馬車は使えない。多くの人が龍から離れるように移動する中、俺達はその流れに逆らって龍の元へと走った。
近づけば近づくほど、龍の顔を見るのに見上げなければならなくなっていく。2階建ての建物より高い街の壁より、龍の頭の位置は更に高い。
時折大きな音が鳴り、地面が小さくはねる。恐らく龍が歩いた音と衝撃だろう。図体の大きさだけでなく、地面から伝わってくる振動も、今から立ち向かおうとしている相手の強大さを突きつけてくる。
「龍が歩いてるってことは、聖都から少し離れたところに召喚されたんすかね?」
「だろうねぇ。聖都にたどり着く前に倒したいところだけど……間に合うか微妙なとこだね」
「聖騎士団が既に向かって対応しているはずです。とにかく急ぎましょう」
俺はただ3人の後ろを追う。メリナさんの動きやパトリシアの魔法を見たときに感じた疑問はまだ残っている。俺はこの場にいてもいいのか。俺が行ったところで何ができるのか。
才能のある人達の側に、凡人の俺がいても意味がない。
疑問を抱えつつ走っていると、先頭を走るチエチカがズレた眼鏡を直しながらこちらへ振り向いた。
「ケントさん、勇者の書はちゃんと持ってます?」
「持ってるよ。いくつかの魔法は詠唱文を暗記してる」
「最高っすね。じゃあ後は現地で作戦考えましょ」
その言葉を皮切りに、チエチカは走る速度を上げた。惰性で続けていた部活のおかげか、ついていけない速度ではない。けど。キツイことはキツイ。大剣を背負いながらも同じ速度で走っているメリナさんを見て、俺はまたしても自分との差を思い知らされる。
みんなが俺に求めているのがメリナさんやパトリシアと同じような強さだったら絶対に無理だ。何せ、俺は先代勇者の50分の1の強さらしいし。
……情けない考えが頭を支配して離れない。なんで異世界に来てまでこんな思いをしなければならないんだ。