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ハレノヒケノヒ  作者: 星永きよし
プロローグ
1/18

第1話 よろしく頼むよ、ユーシャサマ?

 毎日、同じようなことの繰り返し。これのどこに楽しさを見い出せばいいのか。

 そりゃ昨日と今日が全く同じってわけじゃないけど、劇的に変わることなんて1つもない。

 クラスメイトの誰かが恋人と別れようと、世界のどこかで殺人事件が起ころうと、俺の退屈な日常が大きく変化することはない。

 退屈な日常が変わることを願いながら、毎日をなんとなく過ごしている。

 

 ******

 

 今日も今日とて終礼が終わり、教室がガヤガヤとしだす。談笑しながら教室を出るクラスメイトの流れに乗り、俺も教室を後にした。

 今日は部活がないから荷物が軽い。帰って何をするかを考えつつ、駐輪場を目指して廊下を歩いた。

 

 「おっすー、健人」

 

 後ろから声とともに肩をバシッと叩かれた。後ろを振り向くと、予想通り太一が笑顔でこちらを見ていた。

 

「叩くのはやめろっていつも言ってるだろ」

「いいじゃん別に。スキンシップだよスキンシップ」

「お前は力が強いから痛いんだよ」

 

 太一は「すまんすまん」と軽く謝りながら俺の横に並んで歩く。一応抗議したけど意味はないだろう。何度もやめてくれって言っているのにやめる気配がない。まあ男子高校生のじゃれあいはこんなもんか、と半ば諦めている。あまり悪い気もしないし。

 

「なあ健人、第1志望の判定どうだった?」

「C」

「Cか、んじゃお互い頑張らねぇとな」

「いや、ちょいレベル下げた大学にする。AとかB判定でてるとこ」

「え? いや勿体ねぇって。お前要領いいんだからあと1年ありゃいけるだろ」

「無理無理。そんな気力ないし、気力あったとしても俺には無理」

「お前なぁ……その諦めぐせマジで直した方がいいぞ?」


 太一が眉尻を下げて言ってくる。俺のために言ってくれていることは感じつつも、納得はできなくて軽く受け流した。

 

「はいはい……そういう太一はどうなんだ?」

「俺? 俺はもちろんD!」

「自慢気に言う事じゃなくないか?」

「おう、マジやばい! 親に絶対怒られるわ!」

 

 いつもながら楽しそうなやつだ。満面の笑みを浮かべる太一につられ、俺もちょっと笑ってしまう。


 そのまま太一と話しながら歩き、駐輪場にたどり着いた。

 駐輪場はいつも通り多くの生徒でごった返していた。駐輪場から出てくる自転車を避けつつ、自分達の自転車の場所まで向かう。同じサッカー部の奴やクラスメイトと軽く挨拶を交わし、自転車の前かごに荷物を放り込んだ。


「あ〜、今から塾なのだりぃ……」

「頑張れよD判定」

「うっせぇC判定。今度数学教えやがれ」

「いいけどその代わりになんか奢れよ」

「任せとけ」


 俺達は軽口を叩き合いながら自転車のスタンドをはずし、自転車に乗る。


「それじゃ、塾頑張れよ」

「おう、また明日」

 

 俺は太一と別れ、家に帰るためにペダルを踏んだ。

 年季の入った校門を抜け、学校の横にある小さな通りを走る。駐輪場と同じく、ここにも多くの生徒が並んでいた。話しながらゆっくり進んでいる女子高生達を追いこし、後ろから立ちこぎしている自転車には追い抜かれる。俺はぶつからないように気をつけつつ、マイペースに自転車をこぎ続ける。

 特に変わったこともなく、いつも通り家に着いた。俺は自転車を停め、物心ついた時から住んでいる家の扉を開ける。


「ただいまー」


 家の中から返事はない。父さんも母さんもまだ仕事なのだろう。

 俺は手を洗ってから2階に上がり、自分の部屋で荷物を降ろし着替えた。宿題やらなきゃなぁって思いながらも、俺はスマホを片手にベッドへダイブした。

 

 寝転んだ状態でSNSのチェック。宿題の他にもやらなきゃいけないことが脳裏をチラつくが、つい惰性でスマホを触ってしまう。友達の投稿にいいねを送り終えた後も、指をすべらせて世間の関心事を確認する。


「……またか」


 俺の指と目は1つの投稿によって止まった。高校生ながらもプロサッカー選手である龍門晴人(はると)を取り上げた、最近同じようなものを何度も目にしてきた動画。

 晴人は大人のプロ選手にも負けず、何度も得点のチャンスを生み出していた。晴人がボールを持つ度、実況席と観客が盛り上がっていた。

 

 そのサッカー選手は俺と同い年で、俺と同じ学校に通ってたときがあって、同じチームでサッカーをしたこともあって。

 ――そして、元親友でもあった。


 俺は首を動かし、ベッドの横にある本棚に目を向けた。正確には本棚の上に乗っかってある小さな写真立て。

 俺が小さな頃に取った写真。俺と晴人、そして弟の祐人が同じユニフォームを着て笑っている写真。

 平凡な俺とは違い、2人は才能に恵まれていた。俺が才能の差に苦しんでいる内に、2人は遠い世界に行ってしまった。


「……」


 俺はスマホの電源を切って枕元に放り投げ、ぼーっと天井を見つめた。薄暗い部屋の中、時計の針が静かに時を刻む音だけが耳に届く。ほどよく疲れた体がベッドに沈み込んでいく感覚が心地よく、何も考えずに時計の針の音に意識を向ける。今はただ、頭を空っぽにしていたい。

 そう思っても、さっき見た晴人のプレーが頭の中に浮かび上がる。俺は目を閉じ、大きくため息をついた。

 

 かたや世界で活躍するスーパースター、かたやどこにでもいる平凡な高校生。小さな頃から一緒だったのに、一体どこで違いが生まれたんだろう。


 才能のあるやつはみんな楽しそうだ。やりたいと思ったことができて、みんなから認められて、刺激的な毎日がすごせて。

 俺はやりたくもない勉強をして、大した結果もでない部活をして、ただなんとなく退屈な日々をすごして。

 楽しいこともあるけど、どこか物足りない。そんな日常を変えたい。非凡になりたい。

 だけど、俺には才能がない。才能がなければ非凡にはなれない。刺激的な毎日を、非日常をおくれない。


 俺にも、才能があったのならば――。


「――へぶっ」


 突如聞こえてきた声に、俺はおもわず体をビクッとさせてしまった。体を起こし、声の聞こえた場所であるベッドのすぐそばを見てみると、手で頭を抱えた少女がうずくまっていた。


「いったた……さすがに制御はできないか……」

「……ええっ、と……大丈夫、ですか?」


 俺の声が聞こえたのか聞こえていないのか、少女は辺りを確かめるように首を振った。少女の肩のあたりで切りそろえられた桃色の髪がさらりと揺れる。その綺麗な髪をかき分けるように、頭には2本の黒い角が生えていた。

 

 ――そう、角が。


「……はぁ?」

 

 俺の声に気づいたのか、突然現れた角付きの少女と目が合う。俺を見た瞬間、少女の動きが固まった。


「あんた、もしかして……」


 少女が何かを言いかけて、「いや、なんでもない」と小さく首を振った。これ以上気になることを増やさないで欲しい。


「きみ、これ、なんて書いてあるか読める?」


 少女はそう言って服から1枚のボロボロな紙を取り出し、俺の目の前に突きつけてきた。そこには汚くて薄い字が大きく書かれている。状況をうまく飲み込めないが、とりあえず言われた通りに読み上げる。


「ええっと……『勇者の書』、ですかね」

「お、読めるんだね。よかったぁ」

「まあ、はい」


 少女は嬉しそうに笑みを浮かべた。この字を読めたからってなんだというのか。


「それじゃあ、きみにはわたし達の世界に来てもらうね!」

「……はあ?」


 私達の世界? いきなり何を言っているんだ?

 この言葉をきっかけに、溜め込んでいた疑問が口から一気に解放される。


「なんの冗談ですか? てか、あなたは誰ですか、どうやってここに――」

「いいじゃん、そんな細かいこと。面倒だから向こうで聞いてよ」


 俺の意見をバッサリ切り捨て、少女は立ち上がった。ベッドに座っている俺を、少女の赤色の瞳が見下ろす。


「大丈夫、痛くはないから。……わたしと同じように頭打つかもしれないど」

「あの、説明を......」

「面倒だからなし!」

「えぇ......」


 悪びれる様子なく言い切った少女は、躊躇うことなく俺の肩に手を置いた。少女の腕につけられていた銀色のガントレットが音を立て、必要以上にビクッとしてしまう。


「ははっ、そんなにビクビクしなくていいのに。そんなんじゃ世界救えないよ?」

「そんなこと言われても......何も分からないし......」


 状況が飲み込めずに動けないでいる俺に対して、少女は異様に鋭い歯を見せて笑った。


「それじゃ、よろしく頼むよ、ユーシャサマ?」

「勇者......? それって――」


 どういう意味だ、と言葉を続けようとしたそのとき、世界が真っ白に染まった。目の前にいた少女も、壁も、座っていたベッドも、何もない真っ白な空間。


 見知った自分の部屋から見知らぬ真っ白な空間に放り込まれた俺は、いつの間にか浮遊感に襲われていた。


「え? え、おわぁぁぁ?!」


 風を受けたようにはためく服。ジェットコースターで落下しているときのような浮遊感。重力を受けて落下しているようにも感じるが、本当に落ちているのかどうか分からない。

 この空間はどこを見ても真っ白で、どっちが上でどっちが下なのか、自分が落ちているのか浮いているのかすらも分からない。


「ちょ、ちょっときみ、そっちは!」


 遠くから少女の声が聞こえてきた。救いを求めて少女の姿を必死に探すけど、どこを見てもやはり白色しかない。


 数秒なのか、はたまた数分はすぎているのか。時間の感覚もわからないまま、俺は真っ白な空間に取り残された。

 ここはどこなのか。どうすれば俺の部屋に戻れるのか。いつまでここにいればいいのか。

 いくつか浮かんだ疑問を打ち消すように、頭をぶつけたような鈍い衝撃が走った。


「いっったぁっ......」


 俺はジンジンと痛む頭を抑えてその場にうずくまる。うっすら浮かぶ涙で歪む視界には、白色ではなく赤色が映っていた。

 軽く涙を拭って辺りを見ると、床も壁も天井もあった。もうあの真っ白な空間ではない。暗めの濃い赤色をした壁紙や茶色い木目の家具など、落ち着いた色で統一された部屋だった。同じく赤色のカーペットの感触を確かめてみるとふかふかで、いい値段がしそうなものだった。

 

 カーテンが閉め切られて薄暗い部屋の中で特に目立っていたのは、俺の目の前にある天蓋付きのベッド。物語のお姫様が寝ていそうな大きなベッドは、カーペットの上にうずくまっている俺よりも高い。


「ったく、なんだよこれ……」

 

 俺はまだジンジン痛む頭をさすりながら、ゆっくりと片膝立ちまで体を起こした。

 

 深呼吸して気持ちを落ち着かせると、ベッドから毛布の擦れる音がすることに気がついた。ベッドを見上げると、ベッドの上から眠たげに俺を見下ろす金髪の少女がいた。

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