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第九話


 立派な建物である迷宮省本部の地下に入ったところで止まり、わざわざ運転手が開けてくれたドアから出ると複数人が待っていた。その中でも特別体格がよく、確実に修羅場を乗り越えた経験のあるであろう雰囲気を持つ男性が話しかけて来る。


「勇人さん、ですね。私は鬼月(きづき)善宜(よしのぶ)、関東地区全体を担当する一級探索者です」

「ご丁寧にどうもありがとう。僕は勇人、姓は無い」

「御剣が迷惑をかけておりませんか?」

「まったく。それどころか気を遣われちゃってね、情けなくてしょうがない」


 なるほど? 


 関東地区全体を担当するっていうのはつまり、御剣くんの上司に当たるのかな。そして現代の一級探索者はそれぞれ担当地域を持っている、と。


 今の情勢で土地を簡単に預かれるとも思えないので、公務員のような扱いになるのだろうか。


「そうですか、それは安心しました」

「……鬼月の旦那は俺の事を何だと思ってんだ?」

「手のかかる部下に決まっているだろう」

「ハァ~~? 俺が一人で北関東抑えてんの忘れたかこの野郎っ」


 などと強い言葉を使ってはいるけれど、二人は笑顔でのやり取り。


 仲が良いんだなぁ。

 昔の事を思い出す。

 僕らもこんな風におちゃらけてふざけあって親睦を深めたっけ。こういう絆の深め方は何時の時代も一緒なのかな。微笑ましく見ていると、僕の視線に気が付いたのか、鬼月くんは咳払いをしてから僕に向き合う。


「失礼しました。これからは私が引き継ぎますので」

「うん、よろしく。二人とも、ここまでありがとう。すごく助かった」

「いえ、当然のことをしたまでですので」

「まあ、何かあったらまた頼ってくれよ」


 桜庭女史は当然と言いたげな表情で、御剣くんは苦笑いしながらそう言った。

 これからも関係は続いていくだろう。

 だから別に特別な事は言ったりしない。


「これからもよろしくね」


 ひらひらと手を振って別れを告げた。


 向こうもそれは何となく察しているんだと思う。

 同じように、特に感慨深い事を呟く訳でもなく、軽く手を振り返した。


「四級探索者雨宮霞で間違いないな?」

「は、はいっ」


 そんな僕らを尻目に、鬼月くんは霞ちゃんに話しかけていた。

 厳しい事は言わないだろうけど、ちょっとだけ気になる。


 耳を傾けて静聴する事にした。

 ──とは言っても、僕のちょっとした不安なんていとも容易く吹き飛ばすような言葉を彼は続ける。


「よく生きて戻った。お前の強さを賞賛する」

「えっ……い、いや、私は何も」

「運も実力の内。お前は本来あり得ない確率の奇跡を手繰り寄せたのだ、誇りに思え」


 まあ、そうだね。


 彼の言う通り彼女が生き延びたのは奇跡に等しい。

 偶然パーティーで潜り、死に掛けて偶然宝物庫に入り、偶然僕を解放した。

 そして偶然僕がリッチの力を有しており生命力を他者に注ぎ込める程度には力を使いこなしていて、人としての機能を失うことなく、ちょっとだけ人を止めたけど、彼女は人間として蘇生された。


 うん、これを並べるだけで凄い奇跡だ。

 とんでもない確率を引いたんじゃないだろうか。


「……もっと労ってやりたいところだが、まずは身を清める所から始めようか」

「……あっ、はい」

「あ、忘れてた」


 そういえばすっかり忘れていたけど、霞ちゃんは血塗れのままだ。

 すっかり血は乾いてるしパリパリ剥がれる感じになってるけど、血と汚れの匂いがちょっと強い。


 僕は慣れっこだよ。

 このくらいの刺激に耐えられなかったらあの時代を生きていられなかっただろう。一級の二人も血の臭いなんて嗅ぎなれてるだろうし、特に気にならなかったのが原因だね。


 ちょっと顔を寄せてスンスン鼻を動かすと、霞ちゃんは頬を引き攣らせながら言う。


「え゛……もしかして、臭います?」

「……大丈夫、僕らは気にしないから」

「……臭いんですね、わかりました」


 あっ、霞ちゃんが凹んだ。

 戦ってるんだしそんなこと気にしなくてもいいと思うんだけど。

 ぶっちゃけ昔の仲間も最初はともかく戦いなれた頃には誰も気にしなくなっちゃったからなぁ。


 年頃の娘としては、自分が臭いのを色んな人に嗅がれたのは嫌なのかも。


「本部には簡易シャワー室も備えてある。着替えは職員の制服になるが、構わないか?」

「はい、大丈夫です。あとごめんなさい、出来るだけその、近付かないで貰えるとすごく……助かります」

「ああ、わかっている」


 配信切ってて良かった。

 もし切ってなかったら僕に対する罵詈雑言がおびたたしい量並べられていただろう。

 デリカシーが無いのは事実なのでどう足掻いても僕の負けだ。


 霞ちゃんはこっそり僕から距離を取った。

 僕はもう老廃物も排泄物も出ない肉体になってしまったから、体臭とは無縁なんだよねぇ……強いて言えば若干死臭がするんじゃないかと疑っているけれど、誰にも何も言われないのが聞くのを躊躇わせる。

 それにこれを言ったら全国の女性に怒られそうだ。

 だから胸の内に秘めておくことにした。


「それじゃあ勇人さん、また後で」

「ああ、また後で」


 職員に案内されていく霞ちゃんを見送り、この場に残ったのは僕と鬼月くんと他数人の職員だけ。


 御剣くんも桜庭女史も先にどこかへ歩いて行った。

 それでも別に居心地の悪い雰囲気が漂う事もなく、先に鬼月くんが話を切り出した。


「お休みして頂きたいところですが、いかんせんそうもいかない。本日中にある程度の話をしておきたいのですが、よろしいですか?」

「構わないよ。押しかけて混乱させてるのはこっちだし」

「勘違いして欲しくないのは、決して迷惑だとは思ってないという点です。先程御剣も言っていましたが、我々はあなたの帰還を歓迎しています」

「でもここまで大事にしちゃったのは僕らの責任だ。霞ちゃんに影響を及ぼさないなら馬車馬のように働くけど、どうだい?」

「お気持ちだけ受け取っておきましょう。そんな承諾をしてしまえば、頼光さんに何をされるか……」


 顔を顰めながら言うあたり、有馬くんは相当苛烈にやってきたらしい。


「では、お連れします」

「うん、案内よろしくね」


 鬼月くんの前に職員が一人先行し、彼は僕と並ぶ形で歩いていく。


「しかし、五十年前とは何もかもが違うね。すっかり普通の街並みだし、社会も万全に整ってるように見えたくらいだ」

「実際、復興には長い歳月を要しました。私は今年で四十六になりますが、子供の頃と比べかなり発展したように見えますよ」

「浦島太郎になった気分だ。ここら辺の童話は伝わってるのかな?」

「ええ、玉手箱は空けないようにお願いします」

「ははは、わかってるさ。僕も役立たずにはなりたくない」


 四十六才ということは、僕が消息を絶ってから産まれた世代。

 その世代が社会の中心を担う時代、か。

 御剣くんや桜庭女史は二十代後半、霞ちゃんは二十才手前。

 僕のことを知っている有馬くんが七十歳オーバーなんだから、絶妙な時代に舞い戻って来たものだ。

 これがあと十年遅ければ、僕の事を信じて貰えない可能性の方が高かったかもしれない。


 今が最高のタイミングだった。

 それを思えば、霞ちゃんが宝物庫に辿り着いたのは本当に奇跡としかいいようがない。

 エレベーターで上の階層まで移動し、この独特の浮遊感と重力に懐かしさを覚えながら先導する職員についていく。


「それで、この後はどんなことをすればいい?」

「して頂く事は特に。我々もどう動くか決めあぐねていましたから、いくつかの案を用意しました。勇人さんの意志を極力尊重するために過激なものから慎重なものまで、勿論どれを選んでいただいても構わないように手筈を整えてあります」

「至れり尽くせりじゃあないか」

「それほど我々はあなたの事を大事だと思っているのです」


 僕が大事、か。

 現代の戦いにまだついていける自信はあるけど、これから先はどうだろうか。

 人類の技術力というのはバカにならないもので、五十年前は指で数える程度の人間しか知覚できなかった魔力なんて概念を国民全体に知覚させエネルギーとして運用する事を可能にし、しかも他国へ援助する余裕すら見せられるほど。


 それを思えば僕の強さなんて一過性のもので、今はまだ通用してもこれから先役に立てなくなるかもしれない。


 大事という言葉には期待も込められている筈だ。

 僕が今後どう動くか、つまり、戦うか、戦わないか。

 戦う意思は見せて来たから、自分で言い出したことくらい責任持たなきゃ。


「もちろん、期待を裏切らないように尽力するよ」


 そう言うと、鬼月くんは一瞬怪訝な表情をしてから、何かを悟ったかのように目を見開いた。


 ん……読み間違えた? 

 いや、そんな事はない筈だ。

 彼の立場はまだ理解しきれてないけど、公私分ける必要があるだろう。

 人としてはともかく、関東の安全を預かる人間として、僕の戦力を期待していると思ったんだけどな。


 その後はちょっとの間だけ奇妙な沈黙が続いた。

 そして、先導していた職員が扉の横で足を止める。


「……申し訳ありません。まだ私の理解が浅かった」

「えっ、どっちかというと僕が深読みしすぎたかなって反省してたんだけど……」

「いえ。頼光さんに言われていましたが、それでも足りなかった。あなたにとって戦いとは義務でも何でもなく、日常なんですね」

「日常……そうだね。そう言われるとしっくりくる。それが当たり前だから」


 扉の前で二人話を続ける。

 早く入ったほうが良いんじゃないかと思いつつ、流石に僕が勝手に入る訳にはいかないので待った。


 ちょっとだけシュールだ。


「いい選択をしていただけるよう、こちらも尽力いたします。お入りください」


 そして扉を開いてくれた。

 ダンジョンを出る時もそうだったけど、扉をわざわざ開けてもらうなんて、そんな大層な立場じゃないのになぁ。


 苦笑しながら中に足を踏み入れると、そこは会議室のような場所になっていて、既に十数人席に着いていた。当然見覚えのある人なんて誰も居ないんだけど、その中でも一際存在感を放っていた一人の老人が話しかけてくる。


「お待ちしておりました、勇人さん」

「……久しぶり。随分老けちゃったね」

「男前になったでしょう?」


 しゃがれた声と深く刻まれた皺、そしてそれらを掻き消す程印象を強く植え付ける傷跡。

 あの時から何度も激しい戦いを経験したであろう歴戦の勇士、有馬頼光くんだ。


「さあ、そちらの席にどうぞ」

「それじゃあ、失礼して」


 言われた場所は誕生日席って言えばいいかな、とにかく、皆の注目を一身に浴びる場所だった。

 僕に向けられる視線は様々で、それでも敵意のようなものは感じない。

 これからどう動くべきかは──この話し合いで決まる。


「では始めましょう。五十年前の勇者、その者の処遇と今後の権利について」


 まず口を開いたのは、有馬くんの対面に座った男性。

 年齢で言えば大体五十歳を超えたくらいに見える。


 体格から察するに、現場で戦う人ではない──つまり、迷宮省の人間だと推測した。


「まずは、ご帰還誠に喜ばしく思います。私は迷宮省副大臣の藤原(ふじわら)陸人(りくと)と申します、以後お見知りおきを」

「ご丁寧にどうも。僕は勇人、そちらに記録が残っているかはわからないけど、昔の緊急対策本部とちょっとだけ関係を持ったことがあるよ」

「存じております。初めの迷宮省大臣が対策本部本部長でしたので、資料も僅かですがこちらに」


 そう言いながら藤原副大臣が手に持った一枚の紙は、僕の手元にも用意してあった。

 手に持って内容に目を通してみれば、そこには確かに僕達が存在したことが記してある。

 名前も言葉も遺ってないけれど、『各地の地底で奮闘を続ける四人組』という記載。

 その四人組が魔力という概念を見出して報告した──嘘偽りない真実が、そこにはあった。


「既に当時を知る有馬頼光氏に確認を取り、勇人さんら一行に間違いないと判断しました。今を生きる人間を代表し、あの時代を戦い抜いてくれたことを感謝いたします」

「大袈裟だ。僕と同じ年代で生き残った人たち、そして死んだ人達も必死に戦っていた。僕はあくまでその中の一人に過ぎないよ」

「ですが、率先して地底に潜られたのは事実。地底に潜り生還した人物がそもそも黎明期にはほぼ存在しませんので、その一点だけでも、あなた方には莫大な功績がある」


 人と再会してから、随分と手厚い評価をされてばかりだ。


 皆僕の事を勇者だと言う。

 あの頃確かに希望になりたかった僕達は、そう呼ばれる事を拒まなかった。

 でも希望と呼ぶにはあまりに脆く、弱く、僕らは後ろ向きだった。生きる事を考えず、ただひたすらに敵を殺す事だけを考える者を勇者と呼ぶことは出来ない。


 それを自覚していたから、僕らの存在証明は極力避けて戦って来た。


 それでも残っていた。

 このたった一枚のA4プリントに収められてしまう程度の内容でも、僕らが確かに存在したことは証明された。


 僕らが存在したことを証明する物理的な証拠はこれだけだ。


 そして、その証拠すら不確かなもの。

 僕らを知る誰かが居なければ二度とその正体を理解する事は叶わない、あってないようなもの。だけど、間に合った。僕はこのたった一枚の紙を証明できた。


 それがどうしようもなく嬉しい。


「きっと喜んでるよ。この社会が形を成して、しかも発展している事をね」

「決してあなた方の戦いは無駄では無かった。本当に、ありがとうございます」

「よしてくれよ。一国の副大臣がただの一般人に頭を下げちゃいけないぜ、特に表向きの立場がある時は」

「では、一人の国民としてお礼申し上げます」


 そう言いながら頭を下げた藤原副大臣。

 何を言おうか迷い少しだけ口を開いてから、特別な事は言わずに、黙って受け入れることにした。


「ありがとう」


 生き残った僕だけに対してではなく、あの時戦った僕達への感謝を告げてくれた。

 決して彼ら彼女らの事は忘れていないと、迷宮省で二番目に偉い肩書を持つ人がわざわざそう言ったのだ。


 良かったなぁ、みんな。

 僕らは国から直々に褒めてもらえるくらいには活躍したんだって。

 また一つ墓に持っていく話が増えちゃったな。


「さて、それでは本題に入らせて頂きますが……こちらのモニターをご覧ください」


 部屋の電気が薄れて大きなモニターに映像が現れる。


 うーん、これは……パワポだ。

 どこをどう見ても完全にパワポだった。

 パワポはあるんだ、ワードとかエクセルも無くなってないのかな?

 でも冷静に考えればそれは当然の事で、事務職やら何やらはそう言ったオフィス系のツールを活用して運用されていたと聞く。仲間の一人、まあ、僕の事を勧誘した最初の女性が、たまにそうやって世の中の仕組みを教えてくれた。


 だから役立たずな僕でも、多少は社会の事を覚えているという訳だ。


 彼女に教えてもらったことを忘れる訳にはいかないからね。


「まずは勇人さんの処遇について、つまり、現行法では犯罪にあたってしまう行為をしたことについてです」

「ああ、ダンジョンに潜るには探索許可証が必要だとかそういう」

「それに加えて銃刀法違反に関してもです」

「あっ」


 完全に失念していた。

 そういえば日本って銃刀法違反があったな。

 もうあの頃って全員自衛出来ないとヤバいって感じに警察機構もぐちゃぐちゃになってたから有耶無耶になっていたけど、今はそりゃあそうなるか。


「ダンジョンが安定化し産業として確立された事で、国民一人一人の武装化は極力解除されました。特例として武装化が許されているのはいざという時に危険を伴う漁師や探索者に限りますので、現在特筆する職業を持たない勇人さんが武器を所有するのは法律違反となります」

「これは……詰んだか?」

「年貢の納め時でしょうな」

「何をバカな事を……どう聞いても特例措置を与えるための口実ですよ」


 おどけた僕と有馬くんに呆れながら答えたのは、有馬くんの左隣に居た男性。

 年齢は多分、三十代だろうか。


「申し遅れました。私は毛利(もうり)秀人(しゅうと)、中国地方を預かる一級冒険者です。よろしくお願いします」

「毛利くんか、よろしく。僕に敬語は要らないぜ」

「お戯れを」

「本気なんだけどなぁ」

「本気であっても勇人さんのその要求を呑める者はこの世に数えるほどしかおりますまい」


 笑いながら有馬くんが言う。

 そんな彼に嘆息しつつ、失礼しましたと頭を下げる毛利くんに感じた違和感を考える。

 中国地方、つまり岡山とか鳥取を管理してるんだね。

 鬼月くんが四十六歳であることを考慮すると、随分と出世が早いと思うけれど、ここにはまだ若い男女が数人いる。

 世代交代を速めて失敗しないようにしているのかな。


「それで、特例措置っていうのは一体どういう仕組みなんだい?」

「それは私から。勇人さんには『特別探索許可証』を発行します」


 モニターが次のページに進む。

 どうやら海外からの応援だったり、ダンジョンからモンスターが溢れ出て来た際に自衛をしても問題にならないように用意したものらしい。


「これはある程度柔軟に形を変えられますので、一時的に……そうですね、一年程度の期間を想定してお渡しします。その間、戸籍情報の整理や仮設住居を用意いたしますので、そちらで生活していただければと」

「本当に至れり尽くせりで申し訳ないんだけど……これ、いいの? 幾ら何でも強権すぎない? 僕が半分モンスター混じりなのはわかってるだろうに、こんな自由にさせて大丈夫かな」

「無論、十分監視の目は付けさせて頂きます。ですが、私個人として、あなたが人類を脅かすとは考えておりません」

「そうかい? 僕に軍勢を率いる力が無くても、ここにいるメンバー全員を殺す事くらいは訳ないんだ。もしも僕がここで牙を剥いたら、その想定はしていたのか?」


 僅かに魔力を滲ませて周囲に圧を押し付ければ、次の瞬間、僕の()が働いた。


 左手で飛来する剣を掴む。

 刃を思い切り握り締めているけど、手から出血はしない。

 リッチとして人類を止めてしまったから防御力も攻撃力も大幅に向上しており、要するに、身体能力だけでこの程度なら対応できてしまうという事だ。


「不知火ッ! やめろ!」

「挑発してきたのは向こうだろう?」

「その通りだ。そして今僕はすごく安心している」


 有馬くんに不知火と呼ばれた若い男性──それこそ、御剣くんと同じくらいの年齢だろうか。

 日本人離れした金色の髪にギラついた瞳、これだけ闘志に溢れている若者はそれこそかつての時代でもあまりお目に掛かれない。


 剣を抑える手には力を込めたまま、不敵な笑みを浮かべたままの彼に問いかける。


「名前は?」

「不知火。不知火(しらぬい)(しき)だ」

「いいね、気に入った。特にその躊躇いの無さがいい。敵である可能性があるならば、常に殺せる選択肢を持っておくべきだ」

「修羅め。俺はただ己の勘に従い敵意を見せた相手に斬りかかっただけだ」

「良く言うぜ、殺す気満々だっただろ」

「そっちの方がやる気が出るからな」

「違いない」


 これくらい血気盛んな若者がいるなら安心だ。

 一人くらいは僕を警戒して殺そうという意思を見せてくれなきゃ、流石に不安だった。


 これで本当に僕が飲み込まれた時、どうするんだってね。


 いつまでも場が膠着するかと思ったその時、藤原副大臣が咳払い。

 それを区切りにどちらともなく力を抜いて、僕は手を元に戻し、彼は剣を鞘に納めた。


「双方、そこまでにして頂きたい」

「うん。さっきは挑発して申し訳ない。確かめたかったんだ、いざという時に僕を殺す選択を取れるかどうか」

「こちらも、剣を抜いたことを詫びる。だがそれはそれとして、一つ頼みがある」

「不知火、いい加減に……」

「有馬くん」


 注意しようとした有馬くんを声と目線で抑える。

 ごめんね。

 僕を想ってくれるのは嬉しい。

 すごく心に沁みてるし、これ以上にありがたい事は無い。それでも僕に対して容赦なく攻撃できる人は貴重だと感じた。


 彼の本質を見極めるためにも、ここは通したかったんだ。


「いいよ、僕が叶えられることなら」

「……言質は取ったぞ。この会議の後で構わん、俺と手合わせをして欲しい」

「僕は構わないけど……場所ってある?」

「地下に修練場がある。そこを使おう」

「武器は」

「模造剣だ」

「決着は?」

「参ったと言うか戦闘不能になった時」

「よし分かった、そうしよう。それくらいならいいよね?」

「……まあ、いいでしょう。こちらとしても不知火を相手にどうなるか、試したいとは思っていましたから。ですが! 勇人さん、いいですか」


 あ、やばい。

 有馬くんが怒った顔してる。


「あなたがそんな事しないのは私からすれば分かりきっていることです。そうでなければあの時代、あんな風に戦う筈もないのだから」

「の、呪いが変質して人類を憎んでいたり……?」

「配信されている事を知らなかった素の対応があれなのに憎しみを抱いていると?」


 うん、これは僕の負けだ。

 素直に受け入れよう。


「今すぐに変えろとは言いませんが、あなたはもっと気軽に己が成した偉業を誇っていいのですよ。そして貴方がモンスターの力を得ても、人の心を五十年間失わなかったのが何よりも証明している。貴方は人で、善人だ」

「……僕が善人かどうかはともかく、悪に染まる気はないからね。徐々に現代の価値観にアップデートしていくつもりだ」

「それで構いません」


 苦笑する有馬くん。


 はぁ、なんだか見透かされてる気がするよ。

 自分の感情一つ隠し通せない自分の愚かさと情けなさをそれでも誰にも見せたくないと、小さなプライドで蓋をしながら僕も苦笑した。


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― 新着の感想 ―
こんばんは。 ローファンタジーものでこういう『過去の英雄』が題材の作品だと、わりかしその功績が認められずに不遇な扱いを受ける・加えてなろう界隈の日本(日本政府)はわりかしポンコツ(もっと酷い時はガチ…
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