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第八話

 

 日は暮れ暗闇が世界を包み、道路脇に設置された電灯だけが光を放っている。


 僕にとっては親しみのある暗闇だが、狭くない暗闇には新鮮さを感じる。


 そして、そんな事を考える暇がない程に、今の僕は呆然としていた。


「……………………」


 長い道路を走った後、見えて来たのは沢山の建物。


 流石に街を覆うような壁は無かった。

 一つ一つ見て行けばそれは住居であったりスーパーであったり飲食店であったり、まるでダンジョンが現れる前の社会そのもの。遠い朧げな記憶の中にあるそれと全く同じ姿をしているのを見て、またもや僕は言葉を失った。


 あの、廃墟と化していた街並みが、復興している。


 全国にまともな都市は残っていなかった、あの壊滅した状況から、ここまで。

 歩く人々の中にはスーツ姿の男性や子連れの女性、男女で歩く若いカップルだったり、僕と同世代くらいの老人も居る。そこには絶望感は一切なくて、誰も彼もが笑顔とまでは言わないけれど、人としての生活が行えている事が理解できた。


 言葉では何度も聞いた。


 既に復興は成されて、ダンジョン産業がある前提で社会が成り立っていると。


 霞ちゃんにも御剣くんにも桜庭女史にも、そして、有馬くんにも言われた。


 わかっていた筈だった。

 それでも、この目で見るまでは信じられないと思った。

 ダンジョンを出て日光を浴び、夕暮れの切なさを感じてもなおそう考えていた。


 だから、いざこの目でそれを見てしまうと、どうすればいいのか、何を思えばいいのかが、わからない。


「……年を取ると、感情が抑えにくくなって困るね」


 :年を取ると(文字通り)

 :老人には見えない定期


「見た目は若く見えるけど、僕は老人そのものだぜ。価値観は古いままだし、アップデートなんて言葉とは程遠い。これから暫くは現代に慣れるように努力しなきゃいけないんだから」

「私でよければ教えますよ」

「嬉しいんだけど、霞ちゃんに教えられるとなぁ……」

「……むっ、なにか不満でも?」

「ああいやいや、違う違う。まるで孫に最新技術の扱いを教えられるおじいさんみたいだろ?」


 そんなことを言ったら、霞ちゃんは微妙な顔をした。

 年齢だけで考えれば僕と彼女は一世代どころか二世代も違う。

 その一点だけで視聴者が度々言う恋愛要素は壊滅的なほど存在しないのだが、やっぱり見た目が若いままなのが原因かねぇ。


 そこら辺も弄れるようになったらいいんだけど。


「あ、それは止めてください」

「えっ」

「そのままで良いから」

「あ……うん、そう。わかった」


 :草

 :圧を感じる

 :そりゃ顔がいいからな

 :霞、嘘だよな……?

 :そりゃ俺達だって不老不死の美人なお姉さんが「ヨボヨボの婆ちゃんにもなれるよ」って言って来たら止めるだろ

 :すまん、それは止める

 :止めるわ

 :それにこっちの方が人気出ますよ


「人気出るならそのままにしておこうかな。今の探索者って人気商売っぽいし」

「……よくそこまで理解が進みますね。驚きました」

「そう? 霞ちゃんの愛され方を見れば一目瞭然だよ」

「あ、愛され方……」


 このコメントが全てを物語っている。

 彼女は生存を望まれていたし、生きていることが分かって皆が安堵していた。

 そうじゃなきゃ何万何十万の人がわざわざタブレットを取り出してコメントを入力しないだろう。


 僕は別に愛されたいとは思ってないけれど、人気が出るならその方がいいと考えている。そっちの方が敵を作りにくいんだ。品行方正で正しい事ばかりではなく時に人に寄り添って、求められている『都合のいい人』になりたい。


『都合のいい人』は期待を裏切らない限り嫌われない。


 それは五十年前の経験で嫌という程理解している。

 頑張っていた人の気持ちが切れて気力を失った姿を、口汚く罵っていた人。

 誰かの代わりに戦っていた人にもっと早くしろと感謝も告げずに要求ばかりしていたような人。


 ああいう人達は居なくならない。


 必ず一定数存在して、僕達はそれを加味した上で、救いになれればと思っていた。


 だから『都合のいい人』を徹底して演じ続けた結果勇者なんて呼ばれ方をするようになった。


 自分たちの代わりに地底に潜りモンスターを殺してくれる、都合のいい人だ。

 幸い僕は強さだけは誰よりも持ち合わせていたからそれを演じるのに苦労は無かったけど、現代でそれは通用するかな。もし通用しなかったらただの役立たずが一人増えてしまうだけなので、何とか役に立てるように知識もアップデートしていかないと。


「まあそもそも見た目を変えれるかどうかもわかってないんだけどね」


 そこら辺の研究も迷宮省に協力して欲しい。

 どこまでリッチとしての力を扱えるのかが気になる。

 もしモンスターに対する命令権が大規模に利用できるなら、僕という存在の危険度は一気に跳ね上がるのだ。それを把握してもらうためにも公開非公開問わずやらせてほしい。


 有馬くんにお願いしたら許可してくれないかなぁ……


 考え事をしながら外をぼーっと眺めていると、ふと思う。


 なんだかこちらを見ている人が多いな、と。


「……なんか人が多くない?」

「そりゃあそうだろうな。俺達は迷宮省本部に向かうと明言しているし、そこに行くまでの道は幾つかあるが、山勘で張ってれば誰かは正解を引くぞ」

「僕目当てってこと?」

「黎明期の勇者を一目見ようと思う人は少なくないんでしょうね」

「そりゃありがたい話だ」


 窓ガラスにはスモーク加工がされているから外から中は見えないんだろうけど、それでも、僕を見る為だけにこれほどまでの人が集まってくれた事実が嬉しい。


 なんだか自分が肯定されているような気分になれる。

 実際は物珍しさが先行しているのだろうから、決して僕自身を肯定している訳ではないのだけれど。


「窓、開けれる?」

「お任せください」


 ずっと黙って運転していた運転手に一声かけて、窓を開けてもらう。

 夜になり少し冷たくなった風が車内に入り込むと同時に、道路を走る車の音と風切り音が響く。僕がまだ二十歳にも満たない頃に聞いたきり忘れていた、懐かしい音だ。


「…………ふふっ」


 これから一体何度こんな思いをするんだろうか。


 本当に、仲間が逝ってしまったことが口惜しい。


 この思いは共有したかった。

 辛く悲しく辛い日々、されど楽しさも喜びもあったあの経験を共にしたみんなと、この感情を分かち合いたかった。


 でも、それは叶わない。

 死んだ人は蘇らない。

 もうこの世界には、僕しか居ないんだ。


 君達の分まで楽しむ──なんてことは、口が裂けても言えないな。


 窓を開けた僕に気が付いた誰かが手を振っている。


 本当に僕の事を探していたのか。

 これだけの人が歓迎してくれる時代に、どうして君達が居ないのか。

 そればかりが僕の胸の内を占めていて、後悔はどれだけしても尽きる事が無い。


「ほらっ、勇人さんの方が愛されてるって!」


 霞ちゃんが無邪気にそう言った、だけどどこか僕を気遣うように言った。


 顔に出てたかな?


 気を遣わせてしまったかもしれない。


 こういう部分が好かれる理由なんだろうね。

 僕らのように計算して作ったものではない、天然の才能。


 人に愛されるって言うのは簡単な事では無いんだ。


 特に、僕のような奴にとっては。


「そんなことないよ。霞ちゃんの方が愛されてるさ」

「でも私目当てで見に来てる人なんてほとんどいないし、勇人さんのファンでしょ?」

「僕の……ファン?」

「ファンだよ。勇人さんを見たくてここに来てるんだから」

「動物園のパンダ扱いじゃなく?」

「動物園の……パンダ?」


 おっと、ジェネレーションギャップが来たな。

 まあ日本から居なくなっていてもおかしくないよなと思いながらコメントの反応を伺うと、そこには想定外の言葉がずらりと並んでいた。


 :ぱんだ?

 :ぱんだってなに

 :動物園って事は動物なんだろうけど

 :パンダを知らん世代も居るか……中国辺りに生息してた白黒の熊の事な

 :客寄せパンダの事だろ? わかるわかる

 :ああ! 客寄せパンダの語源か!

 :若い世代が知らんのも無理はない

 :数十年前に絶滅したしね


「えっ……パンダが絶滅!?」


 :うわっビックリした

 :今日一デカい声出てるじゃねえか

 :地上に出れた事よりもパンダが絶滅していたことに驚いた男

 あの……パンダが絶滅したのか?

 そんな……でも確かに中国も地底の出現でかなり滅茶苦茶になったと聞いていたし、あり得ない話ではないけれど……本当に?

 :めっちゃショック受けてて草

 :そんなに驚く事か?

 :昔と比べたら絶滅した生物はめっちゃ多いからなぁ

 :そして新種も増えてる

 :そこら辺のギャップとかヤバそう

 :逆に昔有名だった動物とかの話して欲しいわ


「そうか……被害を受けたのは人間だけじゃないのは当たり前か……」


 社会が滅亡する瀬戸際で気にする余裕も無かった。

 地球上に生きる全ての生き物が滅亡の危機だったのか。

 文明どころではなく、生物が根絶やしになる寸前だった。


「それでも、ここまで復興したんだね」


 夜だから見えないけど、昼になればカラスやハトが見えるかもしれない。

 ダンジョン発生前は街中に野生動物がいるのが当たり前で、今もその風景は続いているのだろうか。続いてくれてるとすごく嬉しい。


「ま、そこら辺の知識に関しては雨宮が教えてくれるさ」

「……へ? 私!?」

「何驚いてんだ。お前しかいないだろ」

「そ、そうですけど……専門家でもなんでもないですし……」

「養成校首席、だよな?」

「う……」


 うーん、本当にいよいよ孫に最近の事を教えてもらっている祖父になってきちゃったかもしれない。僕の微妙な気持ちと、世間からの見られ方の差には慣れる日が果たして来るのだろうか。


 ちょっとだけ不安だ。


「さて、もうじき迷宮省に到着するんだが……配信はここらで切ってもらいたい」

「ん、わかった」

「これに関しては流石に機密事項とかが含まれるからな、許してくれ」

「正直、もう疑ってないから問題ないよ」


 ここまで大っぴらにしておいて「人体実験です」は流石に反感抱かれるだろうしね。


 僕ですら悪手だとわかる。


 それにここまでの道のりで色んな話を聞いてなんとなく理解出来た。

 現代に五十年前の負の遺産は限りなく遺されていないのだと。

 いつのタイミングかわからないが、どこかで清算してくれたらしい。


 本当にありがたい事だ。


 :えぇー、ここまでかぁ~~

 :流石に迷宮省本部はな

 :勇人さん、また配信してくれよ!

 :絶対見るからな!

 :ダンジョンじゃなくて美味い物巡りとか配信してくれてもいいんだぞ


「はは、まあ、いい機会があればね」


 そもそもこの配信は霞ちゃんの配信である。


 別に僕が主導している訳ではない。

 これから僕が一人で配信をすることはあるのだろうか? 霞ちゃんと一緒に潜ると決めているし、そもそも、潜る許可を得られるかも定かではない今確約は不可能だ。


 だから濁しておく。


「霞ちゃん、これ返すよ」

「あ、はい。それじゃあみんな、そういう事だから……え? うーん、どうだろ。私もやらなきゃいけない事あるし、この後検査とかあるから時間も押してるし……今日中の配信は無理。早くても三日後とかになるよ」


 視聴者とやり取りする霞ちゃんを見ながら考えた。

 半モンスターと言っても過言ではない僕の生命力が人間に対してどんな影響を及ぼすか、正確な情報は何もわかっていない。彼女を蘇生できるという確信はあったが、どこまで人らしさを残せるかは賭けだった。


 コメントを見る限り彼女の見た目に大きな変化は無さそうだし、大丈夫だとは思うけれど……ちゃんとした専門機関で身体検査をした方がいいね。


 鬼が出るか蛇が出るか。


 出来ることなら良き結果が出てくれることを望んでいる。


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