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第五話

「よし、と。勇人さん、喋って大丈夫ですよ」

「お、もういいのかい?」

「はい」

「それじゃあ自己紹介でもしておこうか。僕は勇人、ちょっと事情があって配信に参加させてもらっているよ」


 :は? 

 :なんか始まってて草

 :えっこれ何? 霞は?

 :霞のバイタル情報は見えるな


「はは、面白いねこれ。本当に配信出来てるんだ」

「見えますか? 一応誰でも使える汎用デバイスなんですけど」

「うん、バッチリ見えてる」


 捜索隊に接触する前に僕らは配信を行うことにした。


 理由は単純、互いに信用しきれないからだ。


 僕は国が、彼女は僕が。

 真実は曝け出したけどだからと言っていきなり盲目的に信じ切れるほど霞ちゃんは愚かではない。僕も、国側が後ろ暗い行為を行ってる可能性を否定できないからね。なので第三者の監視がある状況で話し合おうってことで、配信する事になった。


「えっと、みんな心配してくれてありがとう。なんとか生きてるよ」


 :霞〜〜〜!! 生きててよかった!! 

 :霞が死んでたら俺も死んでた

 :滝行した甲斐があったわ ちな今高熱


「いやいや、何してんのさ」


 ……愛されてるねぇ。

 モノクルを一つ借りて配信コメントを見れるようにしてる訳だが、最初に挨拶した僕はすっかり置いてけぼりだ。


 戦う姿を応援されるのは少し羨ましい気持ちになる。

 僕らもそりゃあ応援はされてたけど、なんていうか、他力本願な人々の願いを背負っていただけだったからね。実際に戦う姿を見た人には恐れられたし、尊敬の念を送られたような事は数える程。それが不満だった訳じゃないけど、それでもやっぱり、羨ましく思う。


 距離感の近さ、って言うのかな。

 まるで友人同士が仲良く話してるような空気。

 半ば恐れられたり崇められたりとしていた僕らには程遠い感覚だ。

 過去を想起して懐かしんでいる僕を尻目に、配信コメントは霞ちゃんを心配する内容で溢れかえっている。


 :霞「でも下層に初めて辿り着いたよ、褒めてみんな(死に掛けながら)」←これマジでトラウマ

 :クソわかる

 :アッ! 

 :思い出すから止めて本当に


「あ、ああ~、そんな事もあった、かなぁ……?」


 ……心配している。

 頬を指先で掻きながら目を逸らしている辺り旗色は悪そうだ。


「で、でもホラ。二人の事は守れたわけだし……」


 :お前が死んだら意味ないねん

 :頼むからもうあんな無茶するな

 :お前の守った二人のメンタルがヤバい


「え? 柚子と晴に何かあったの?」


 :うん……

 :詳しくは戻ってから聞け

 :とてもコメントで説明できることではない

 :ガチで病んでる


「……いや、気になるんだけど」

「ははあ、なるほど」


 文脈とさっきの状況から察するに、誰かを庇ってあんな風になったな? 

 実際彼女は賢く優秀で、死ぬ寸前まで追い込まれるほど無茶をするタイプじゃないと思っていた。だからどうして死に掛けた状態であの宝物庫に辿り着いたんだと疑問を抱いていたが……


「霞ちゃん」

「っ、は、はい」


 :かかか霞ちゃん!? 

 :は? 名前呼び? 

 :か、霞が男を……嫌ってない!? 

 :霞!! いつものツンとした態度はどこいったんだよ! 


「…………」

「…………」


 奇妙な沈黙が場を包んだ。

 これは……僕がミスったか? 

 いやでも霞ちゃんもそう呼ばれる事を特に拒否しなかったわけだし、コミュニケーションエラーという訳でもない。名前呼びか? 名前呼びが駄目だったか? いやでも、昔の仲間は名前で呼んだ方が絆で繋がってる気がするからそうしろって言って来た事もあるし……ケースバイケース、そう言うことだね。


「あー……呼び方、変えた方がいいかな」

「……い、いえ。そのままで構いませんよ」

「本当に? 無理してない? 本当は僕の事嫌いだったりする?」

「しませんしませんっ! 嫌いじゃないですっ!!」


 :ファーwwwwwwwwwww さて死ぬか

 :霞ガチ恋勢は今日が命日だな

 :霞……嘘だよな……? 

 :本人も死にかけてたのに更にファンを二度も殺そうとは恐ろしい女よ


「いや違っ……!! そういうつもりで言った訳じゃ……」


 口を開けば開く程墓穴を掘っていく。


 うん、これは人に愛される才能がある。


 羨ましいなぁ。

 僕は人に愛される才能は一切無かった。

 敬われてるんじゃなくて恐れられてただけなんだ。

 勇者とは名ばかりで、死ぬかもしれない思いを何度も経験して仲間も失って辛い思いをしているのに戦う事をやめない僕の事を、人々は恐れた。


 酷い話だ。

 僕は世界を救いたかった訳じゃないのに。ただ人の役に立ちたくて、役に立てる分野がそこにしかなかっただけなのにね。でも僕には仲間が居たからそれでもよかった。彼女にとっての仲間とは、配信を通じて日々の生活を見守る彼らなんだろう。


 :バイタルバックバクで草

 :心拍数ヤバ 霞の配信でこんな風になったの初めて見る

 :かわいい

 :オラの霞が……


「~~~っ……! ふ、ふーっ、いや本当に、なんでもないから。そうやって騒ぎ立てるの嫌いだって言ってるでしょ」

「ははは、仲良しだなぁ」

「揶揄われてるだけですよ、もう……」

「いやいや。君達の間に入り込むのを遠慮しようかと思うくらいには仲良しに見えるぜ」


 :脳が壊れる^~~~! 

 :オ、オレ達の霞は……! 男に厳しくて、同世代のイケメンに見向きもしてなくてぇ……ッ!! 

 :ちなここまで一度もさっきの会話について触れられてない

 :触れられる訳無いだろ普通に考えて

 :とんでもないこと言いまくってたもんなこの兄ちゃん

 :流石に冗談やろ あり得ん

 :冗談じゃないと困るんだが? 

 :てかこの人コメント欄見てるよな

 :え? そういや確かに反応してる……

 :まずい


「……ふぅん」


 どうやらさっきまで霞ちゃんが垂れ流していた配信で暴露しまくっていた内容は冗談や嘘として処理されているらしい。

 まあそっちの方が都合はいいか……? 

 中々難しい問題だ。

 でも現代の状況がわからない以上、下手な事は言わない方がいいだろうね。


「霞ちゃん」

「は、はい」

「普段はどんな配信をしてるんだい?」

「普段……えっと、ダンジョンに潜ってます」

「……うん。それだけ?」

「え? はい。それだけです」


 モノクルに意識を向けた。


 :本当です

 :本当なんだな、これが

 :ダンジョンに潜る以外の行為を一切見せてこなかった女

 :時代が違えば修行僧扱いされていてもおかしくなかったんだよなぁ


「……よし、わかった。捜索隊の二人が来るまで時間もあるだろうし、ここはどうかな。ちょっとした質問時間を設けないか?」

「質問時間……ですか」

「そう。互いに質問を投げかけて、答える。答えたくない事は答えなくていいし、聞く事は何でもいい。好きな食べ物とかでもいい。僕らは一蓮托生、運命を共にすると誓った訳だけど、まだ互いを何も知らないだろ。どうかな?」


 :まって

 :一蓮托生? 運命を共に? 

 :聞き間違いやろな 聞き間違いであってくれ

 :憎しみで人が殺せたら


 モノクルのコメントは非常に荒れているが、同時接続数も増えているので、目的を達成出来てはいる。

 後は霞ちゃんがオーケーを出すかどうかだけど……


「……わかりました」

「おっ、いいんだ。コメント欄荒れちゃってるけど」

「どの道いつか言わなければいけませんから。早いか遅いかの違いでしかないんだから、時間は有効に使いたいんです」


 そう言った霞ちゃんの表情は、さっき手を握り合った時と同じ意志の強さを秘めている。

 僕はその意志の強さに惚れた。

 ああ、全く……美しい。

 思わず歪んでしまいそうな口元を無理矢理抑えつけ薄ら笑いを浮かべながら誤魔化すように話を切り出す。


「じゃあ、まずは言い出しっぺの僕から質問しようかな」

「~~っ、えっ、うぇっ、……」

「……どうしたの?」


 霞ちゃんの表情はコロコロ変化した。そんなに変な事は言ってないよな?


「なんでもありませんっ! 質問どうぞっ!」


 :キレてるやん

 :そんな変な提案だったか?

 :霞、顔の良い年上に弱い説

 :なんか変だな

 :オ、オラの霞がッ寝取られているッ

 :寝てから言えや

 :都会に出て行ったスポーツ一筋の幼馴染に彼氏が出来る過程ってこんな感じなんだなぁ

 :あああああああああああっ!!!


「はは、めっちゃ荒れてる」

「わ、笑い事じゃないですよ!」

「悪くない提案だと思ったんだけどなぁ」


 先程から大袈裟な素振りで答える彼女に違和感。

 ここまで感情豊かな娘だと言えばそうなのかもしれないけど、なんか引っ掛かる。

 ――まさか、表情に出てた?

 心の中で美しい、なんて思った事がバレてるとは思えないけど、ただ質問するってだけで動揺する理由がわからない。……一応、後で確認しておきたいかな? 色々(・・)やったしね。

 それはさておき、配信を見ている人達は僕のことが気になるらしい。

 どうしたものか。

 別に僕のことを語るのは構わないんだけど、言い出しっぺの僕から質問を投げかけないのはね。ちょっと彼女に悪い気がする。


「……えっと、ゆ、勇人さん」

「うん?」

「やっぱり、私から質問してもいいですか?」


 :ゆゆゆ勇人さん!!?!?!? 

 :なまえよび

 :バイタル跳ねてて草ァ! 

 :草じゃないが

 :男の人の名前呼ぶのに慣れてなくてかわいいね

 :男側は慣れてるぞ

 :この流れさっきも見たな

 :こんなの見せちゃあ……ダメだろ! 


 ちなみにチャット欄で度々言及されているバイタルとやらは僕も見えている。

 モノクルの端っこに心電図と全身の簡単なデフォルメイラストが浮かんでいて、そりゃあもうすごい跳ね方をしているのがよくわかる形だった。


「も、も〜〜〜〜っ!」


 恥ずかしそうに耳を赤に染めながら霞ちゃんはモノクルを睨む。

 まあ、若いうちにそうやって揶揄われるとそういうつもりじゃなくても恥ずかしいよね。その気持ちはすごくわかる。僕にも似たような経験があるから。今は歳とってすっかり枯れたから何とも思わないけど、あんまり気持ちいいものではない。


 ここは一つ、老人の手助けをしておこうか。


「みんな、霞ちゃんが可愛いからってあんまり揶揄っちゃダメだぜ」

「かっ……!?」


 :コラ〜! 口説くな〜〜!! 

 :憎しみで人を殺したい

 :俺たちの時と反応が違くないか?

 :そりゃもう顔よ

 :命の恩人のイケメンに口説かれたら誰でもこうなる 俺でもそうなる

 :おかしいな 画面がぼやけてて見えないや

 :涙が止まらない


「はははは」

「……勇人さん? わざとやりました?」

「いやいや、そんな訳ない。僕は少しでも君の手助けになればいいなと思ったんだけど、失敗しちゃったみたいだ」

「むう……」


 流石に揶揄われていると気が付いたらしく、頬を膨らませて不服そうにしている。

 コメント欄はそんな彼女の姿に大盛り上がりだ。


 多少緊張は解れたかな? 

 さっきまで心拍数が緊張状態そのもので、モノクルに映し出されているバイタル情報で筒抜け。

 一度死ぬ思いをしてようやく復活したと思ったら正体不明の男に付き纏われる羽目になったんだ。気を抜ける状況じゃなかったのは理解も納得も出来る。配信を付けて視聴者と話し始めてから少しマシになってたけど、やっぱりこう、どこか遠慮してたからね。


 本音を言えば敬語も止めて欲しいんだけど……一度に全部押し付けるのは良くない。

 徐々に慣れてもらおう。


「さて、それじゃあなんでも聞いてくれて構わないよ。思いつかなかったらコメントから募集なんてのもいいかもね」

「わかりました」


 顎に手を当てて考える仕草。

 僕の装着したモノクルを通して映る姿に視聴者は今も盛り上がっている。

 そうか、モノクルを通した画面しか配信できないから普段一人でダンジョンに来ていた霞ちゃんを見れるのは新鮮なのか。それにさっき、ダンジョンに潜る行為以外の事をしてこなかったとも聞いた。


 つまり一人でずっとダンジョンに潜り続ける配信をずっと流していた、と。


 やっぱり凄いな。

 行方不明になった姉を探すためとは言っても、何度か死線を経験すれば心は疲弊していくものだし、「もういいかな」って諦める気持ちが湧く事もある。心の疲れってのはバカに出来ない。身体が健康でも心が死んだ人は黎明期に嫌という程見て来たからよくわかる。


 それにこれを生業にしてるんだろ? 

 それはつまり、これからずっと続けていくって事だ。

 命の奪い合いでお金を稼いでいくっていうのは、普通に生きて暮らしていくよりよほど辛いよ。


「うーん、どうしよう……なんかいい案ある?」


 小声でボソボソ話しながらモノクルの先にいる視聴者と話している霞ちゃんは、見た目から想像も出来ないような覚悟を身に秘めている。


 やっぱり僕にはそれがどうしようもなく羨ましく見えた。

 戦う事でしか役に立てない僕とは違う。

 何十年と生きてる癖に子供と呼べる年齢の彼女に嫉妬するなんて醜い事この上ないけれど、思わざるを得ないんだ。偶像として崇められることこそ、あの頃喉から手が出る程欲しかったことなんだから。


 僕は暗く沈み込み絶望に包まれた世界をどうにかしたかった。

 それでも僕に出来たのは敵を殺す事だけで、人を救う事は出来なかった。

 だから自分が戦う姿で人に好かれている霞ちゃんが、本当に羨ましい。


 死んでも口に出せない、長生きしただけの子供の感情だ。


「え? いやでもそれは流石に……ど、どうしても? 本当にみんな聞きたいの? いや、それは、私も気になるけど……」


 :行ける行ける、聞こう

 :正体とかも気になるけど今一番大事なのはそれだから

 :これを確認出来たか出来ないかで全てが変わる、主に俺達からの好感度が

 :これで霞を本命にしていたら憎しみで殺す

 :もう憎しみで殺すと決めてる人いるやん

 :あーあ、これ霞が育てました


「でも一発目からそれは流石にさぁ……」


 :なんでもいいって勇人さん言ってたじゃん

 :そうそう

 :怒られたら逆切れしよ


「そんな事するわけないでしょ! ……うー、でも他に目ぼしいのも無いか……」


 少しの間コメントと相談した後、長めの溜息を吐いてから霞ちゃんは改めて僕に向き合った。

 一応補足しておくと、僕はその間モノクルのコメントをチラチラ覗き見している。

 だから何を問われるのかもある程度想定出来ている。

 正直恥を晒すだけになりそうで怖いけど、言い出しっぺは僕だ。

 聞かれたら答えない訳にはいかない。

 まあ、そういうちょっと浮足立っていると言うか……浮ついた話題で楽しくなれるのは、本当にいい事だから。僕もこれからはその空気感に適応していかなければいけないので、他人事じゃない。あの時代の価値観と空気感をいつまでも持っている訳にはいかないんだ。


「ふー……よし、勇人さん覚悟はいいですか」

「なんだって答えてあげようじゃあないか。無駄に生きた数十年の積み重ねってものがあるからね」

「それじゃあ、聞きますよ」


 妙に意気込んでいる霞ちゃんを見て、ふと思う。

 なんでただ質問をして互いを知ろうとしただけなのに、こんな雰囲気になっているのだろうかと。


「えー……ずばり! 勇人さんは何歳ですか?」


 あれ?


 ……なるほど、どうやら霞ちゃんは僕の自己紹介タイムを作ってくれるらしい。


 それはありがたい。

 彼女の配信で僕が主役を務めるってのはなんだか違う気がしたから互いに質問をと言った。その意図を正確に汲んでくれたね。僕が一方的にパートナーだと思っている訳ではないと実感できてうれしい限りだ。


 :あれ? 違くね

 :俺達のアドバイス消失しとる

 :いやそりゃ気になるけどさ、結局何者なのか

 :おい!! 好きな人聞けよ!! 

 :あんな事本気で聞く訳ないだろ

 :えっ、霞はガチで五十年前の人だと思ってんの?

 :まさか全部真実を話していたとか言わないよな、言わないでくれ頼む


 かなり注目されてるかな。

 都合がいい。

 折角霞ちゃんが用意してくれたんだし、ありがたく乗っからせてもらおう。


「霞ちゃん」

「はい?」

「もしよければ、直接コメントとやり取りしてもいいかな」


 さっきは霞ちゃんと視聴者がずっと話していたし、僕が突然話を始めるのが許される空気では無かった。

 でも今は真逆だ。

 皆僕の事を知りたいと思っている。

 そして話題を呼び同接──つまり見ている人がどんどん増えている。

 これはチャンスだ。


「……! はい、構いません」

「うん、ありがとう」


 さて、果たして僕は信じて貰えるのだろうか。

 ……それは僕の説明次第か。


「僕の名前は勇人、それはさっき言った。まずは質問から答えるけど、僕の年齢は大体七十歳を超えたくらいだよ」


 :嘘つけや

 :どこをどう見ても若者だぞ

 :こんな若々しい七十歳がいるか

 :うちの爺さん七十超えてるけどもうここまで若い見た目してないぞ


「おいおい、嘘つき呼ばわりは酷いじゃないか。本当の事しか話してないのに」


 :胡散臭ぇ~~! 

 :創作なら絶対裏切るポジの奴

 :イケメンで嘘つきで女の子を揶揄うとかもう数え役満じゃないか?


 うん、全然信じて貰えないねこれ。

 当然と言えば当然だ。

 霞ちゃんは極限状態だった上に目の前で色々見せたから信じてくれたけど、視聴者たちは違う。

 僕の異常性を理解しつつも、その疑いを晴らすのは至難の業だ。


 常識的に考えればわかる。

 この画面の向こう側で語っている人物が五十年前に生きていた人間だと信じられる方がおかしい。見た目は若くて言葉遣いも大差なく、違う点を挙げるなら語る内容くらいのもの。すぐに信じて貰えるわけがないんだ。


 そして、そんな事はわかっている。

 だから信憑性を持たせる為に会話を選んだ。


「じゃあ逆に僕から聞くけど、何を聞けば信じて貰えるかな?」


 :そんなこと言われても

 :五十年前の人間がその見た目を維持できるわけがない


「お、じゃあその見た目から説明しようか」


 霞ちゃんは心配そうにこっちを見ている。

 雲行きは怪しいから仕方ないけど、なんとか出来ると思う。


「僕の見た目が若々しく見えるのにはね、理由があるんだ」


 :改造人間やろなぁ

 :モンスターにこんな理性があったら怖ぇよ いや待てよ、さっき不穏な事言ってたよな

 :なんだっけ、人語を介するモンスターだっけ ハハハ、まさかな……


「おお。半分正解。実は僕の肉体はモンスター混じりなんだ」


 :ハハ……は? 

 :へぇ、モンスター混じり

 :適当言ったらガチで改造人間だった件


「今からちょうど五十年前か。喋る魔物、『エリート』って呼んでる奴らが居た話はしたよね」


 配信のコメントの勢いが落ちた。

 でも今見てる人は増え続けているので、問題ないと判断して話を続ける。


「僕と仲間、合わせて四人で全国各地の地底──ダンジョンに潜ってエリートを殺し回った。十八体殺ったかな。戦いの中で仲間は皆死んでしまったから、僕はこのダンジョンに逃げ込んだエリートを追っていたんだ」

「勇人さん……」

「ん、大丈夫。流石にもう引き摺ってないよ」


 とは言ったものの、心の中では死んだ仲間達の事が忘れられないのを自覚している。

 だけどそれを表に出すような事はしない。

 腐っても五十年は生きてるんだ、あれだけの月日が経てば少しはマシになる。まんまと閉じ込められていた間抜けだが、生きた歳月分のプライドくらいは持ち合わせているのだ。


「いつも通りエリートを倒したんだけどね? その時に呪いをかけられちゃったみたいで、半分人間半分リッチの中途半端な生命体の出来上がりってワケだ」


 ここら辺までは霞ちゃんにも話している内容。

 後は霞ちゃんに対する命令権が少しだけあったり、スケルトンを傀儡にしたり、半不死性のようなものを得ていたりと色々能力はあるんだけど──それはここで見せてもどうしようもない事だ。強いて言うならスケルトンを使役している姿を見せれば信憑性は増すと思うけど、今警戒させてるからね。

 動かすつもりはない。


「どうかな? 僕は何一つ嘘を話していないんだけど」


 視聴者たちのコメントの様子を伺う。


 :いや……俺達素人には嘘か本当か確かめる術が無いから何も言えねぇ

 :嘘くさい

 :でも今SNSで大騒ぎしてるからな、迷宮省公式が

 :何なら研究者とか一級探索者も反応してる

 :迷宮省がここまで本気で動くってちょっと怪しくない……? 

 :ウチの祖父ちゃんがこの兄ちゃん見覚えあるって言ってんだけど……

 :……さ、流石に嘘だろ


 ──迷宮省。

 これは政府の機関か?

 僕が居た頃は対策本部とかそんな名前だったけど、産業として確立されたからしっかりと国が管理しているみたい。


 うーん、対策本部の人……会った覚えはあるけど顔も名前も覚えてないぞ……

 五十年前の全ての記憶を覚えていられる程僕は優秀では無かったので、これは些か苦労しそうだ。


 :なんかもう少し無いか

 :もしかして、かなり大事件? 

 :ガチで世界を揺るがす事件かもしれない

 :おい!! 研究室に呼び出されたんだけど! アンタ何者なんだよ!! 


「ハハハ、言ってるじゃないか。五十年前にこのダンジョンに閉じ込められた愚かな人間だって」


 コメントの反応から察するに、流れは悪くないのだろう。

 これは早い段階で接触がある、もしくは捜索隊の二人に指令が下るかな。そこで直接国のダンジョン担当部門、迷宮省とやらに繋げられるかもしれない。


 そうなれば話は早く、僕をどう処理するかを話し合える。

 勘違いして欲しくない事として、僕は死にたくない訳じゃない。

 元より護国の為になるならどんな形で消費されようが構わないと決めている。

 霞ちゃんとの約束もあるからいきなりはい実験、というのなら断るが、原則として僕の命を使う事に躊躇いは無い。


 出来る事なら穏便に済ませたいんだけど、どう出てくるかな。


「……! ゆ、勇人さん!」

「どうしたんだい?」

「これ! これ読んでください! あ、モノクルは一時的に外してもらって……」

「わかった」


 慌てた様子の霞ちゃんの指示に従いモノクルを一旦外し、ぶんぶん振り回して動揺を隠さない彼女の手に握られた小型のタブレットを受け取る。

 そこにはメールか何かの専用アプリが開かれていて、最新のメールが開かれた状態だった。


「『四級探索者雨宮霞殿 現在配信中の内容についてのご連絡』……」


 念のためマイクはミュートにしておいて正解だった。

 これは見ている人たちにまだ知らせたく無いものだったから。

 その内容に目を通すと、なるほどどうして。

 ざっくり纏めると、派遣している二人の捜索隊と合流次第勇人を名乗る人物と迷宮省を繋げて欲しい、との事だ。

 言わなくても分かると思うけど、勇人を名乗る人物とは僕のこと。

 いきなり出張って来るとは、やっぱり想像通り秘匿主義なのか? 

 それが悪い事だとは思ってないけどね。

 世の中言わない方が良い事は数え切れないほど存在する。

 いつしか僕もその中の一つに組み込まれる時が来るだろう。

 ただそれが早いか遅いかは推し量れない。


「……憶測にすぎないか」


 ここまで色々連ねたが、結局対話を選んでくれている時点でそこまで手酷い事にはならないという予感はある。霞ちゃんに感謝を告げながらタブレットを手渡しモノクルを元に戻すと、混乱状態にあるコメント欄が目に映った。


 :迷宮省が動いてるのガチじゃねこれ

 :一級の爺さんが反応してるじゃん!! 

 :ガチ感出て来たぞ

 :九州の爺さんマジで動いてて草

 :勇人さん九州地方の爺さん知ってる?


「流石に情報が少なすぎて何とも言えないけど……九州地方の南部?」


 :…………南部出身です

 :鹿児島と宮崎の県境にあるダンジョンわかる? 


「ああ、やっぱりそこか。爺さんって事は、僕と同年代か少し下くらい。当時の強かった人と言えば……有馬くん?」


 :あっ……

 :これもう確定で良いんじゃないかな

 :ま、まだ決まった訳じゃ無いから……公式は何も言ってないから……

 :考察スレとんでもない事になってる

 :頭おかしくなりそう


 おお、どうやら有馬くんで合ってたみたい。

 自分が九州を立て直してやるんだって本気で意気込む強い若者だった。ダンジョンの中に連れて行きたいくらいの強さしてたけど、僕らが突っ込んでる間の防衛が頼りなかったから、彼には留守番をお願いしたんだ。


 その戦いで仲間が一人死んだからよく覚えてる。


「そっか、その世代はまだ生きてるのか」


 五十年経った。

 もう覚えてる人なんていないと思ったけど、そんな事はないのかも。


「え、あ、有馬さんって、最初の一級って言われてるレジェンドですよ!?」

「あ、そうなんだ。彼強かったもんなぁ」

「強かったもんなぁ、って……」

「おいおい、信じてくれないのかい? 悲しいぜ」

「い、いや! 信じてますけど! でもこう、なんというか……驚きすぎてそれ所じゃないって言うか」


 :爺さん婆さん世代に確認取った人から続々と情報出てくるんだけど

 :これやっぱりマジの話……? 


「だから本当だって言ってるじゃないか──ん……」

「……勇人さん? どうしました?」

「いや、そろそろ出迎えた方がいいかと思ってね」


 スケルトンを操れると言うのは比喩でもなんてもなく、文字通りの意味だ。

 そのスケルトンが戦闘状態に入った。

 モンスターは殺して良いけど人間は傷つけるなと命令してある。

 そして殺さない程度に戦闘が長引いているという事は、そういう事だろう。


「会いに行こう、霞ちゃん。客人だ」

「客人、ですか……?」

「僕らが最も待ち望んでいるお客さんだよ」

「わっ」


 立ち上がり彼女の手を引いて歩く。 

 スケルトンに守らせていた通路まで足を運ぶと、一時的な膠着状態になっている現場に遭遇した。


 遭遇、というのは語弊があるか。

 僕が引き起こした出来事なんだから、予定通り計画通りとほくそ笑むのが正しいのかな。

 そんなどうでもいい事を考えつつ、警戒をやめないスケルトンに声をかける。


「『スケルトン、止まれ』」


 声が薄暗い通路に響くのと同時に彼、もしくは彼女の動きが停止した。

 警戒態勢は解け、これまで通り僕の後ろに控えていたのと同じように移動してくる。相変わらず言葉で言わないと動いてくれないんだけど、念じるだけで動いてくれたりしないのかな。


「さて、失礼したねお二方」

「あ、ああ……アンタが『勇人』だな」

「そうだ。僕が勇人だ」


 スケルトンが警戒を解き武器を納めたとはいえ、恐らく数回攻防があったのだろう。


 僕に対する警戒は解いてない。

 いい警戒心だ、流石は一級って所かな。

 霞ちゃん曰く、この国における単独最高戦力として認められる証が一級だそうだ。それはつまりダンジョンとの戦いに限らず国防に駆り出される事もあり得るという事で、そういう運用を僕が居ない間にしてきたんだろう。


 早く世界情勢を知りたいけれど……今はそれを考えている場合ではない。

 目の前の問題を解決しなくちゃね。


「おっと、あんまり警戒しないでくれ。見ての通り僕は丸腰でスケルトンも後ろに回した。霞ちゃんは武装してるけど、多分君達なら簡単に無力化出来るんだろう?」

「……むぅ」

「はは、不満そうにしない」


 後ろで少し頬を膨らませている。

 確かに君を軽んじている物言いに聞こえるかもしれないが、今は許して欲しい。

 説得するために事実を述べていくのは大切だから。


「……いいや、信用できないな」


 しかし霞ちゃんの名誉を犠牲にしたのにも関わらず、男は信用できないと言った。


「それはまたどうして?」

「当たり前だろうが。スケルトンはモンスターで、そんな奴を従えてるお前がまともな人間である筈がない」

「果たしてそれはどうだろうか。モンスターを使役、昔風に言うとテイムしている人だっているには居たんじゃないか? ただ表に出てこないだけでさ」


 因みに僕は見たことがない。

 でもあり得ない話では無いなと常々考えていた。

 モンスターは駆逐するべき敵だが、個体差が存在する事も理解している。僕ら人間の中にもモンスターと共存するべきだの殺すなだの喚く奴が居たんだから、モンスターにも居て然るべきだと自然と思うようになった。


 まあ、人類に友好的なモンスターなんて見たことないんだけど。


 だから殺す事に躊躇は無い。


『もしこのモンスターが良いモンスターだったら』、なんて考えたことも無いよ。


 奴らは須らく殺すべき敵だ。

 ゆえにこれはこちらから仕掛けた罠。

 僕と話している彼は一級だと霞ちゃんに聞いているし、国の内側により深く身を浸している筈。全てを知らなくても断片的に怪しい情報を握っている可能性もあるので、それを知っているなら引き摺り出したいと思った。


「んな人間居る訳ねーだろ。モンスターは全部殺す対象だ」


 ただこちらの思惑通りにはいかず、それとも本当にそんな謎は存在していないのか、彼は困惑した表情で言った。


「……よろしいでしょうか?」

「なんだい?」


 もう一人情報通り共に来ていた黒髪の女性が話に割り込んでくる。

 ちょうどいいタイミングだ。

 彼との対話は一区切りついたし別に聞きたいこともあるから。


「改めて、私は桜庭(さくらば)緋沙子(ひさこ)と申します」

「これはご丁寧に。僕は勇人、訳あって姓はない」

「はい、よろしくお願いします」


 第一印象は真面目。

 すごく厳格な印象を受けた。

 警戒はしつつも敵意は見せてこないので、共通した認識として、恐らく敵対するつもりはないんだろうと読み取れる。


 うん、これはどちらかというと僕が悪い。

 スケルトンが襲い掛かってるからだろうね。

 でも仕方ないんだ、モンスターの中には人型の奴もいるから攻撃しない訳にはいかないし……このスケルトンなら負けないけど、念には念を入れての事。

 だからここからは敵意が無い事を示す必要がある。


「先程のスケルトンによる襲撃は故意によるものですか?」

「警戒状態にさせていた。モンスターが近寄ってくる可能性を考慮して、人型以外は倒せ、人型は極力傷つけるなと命令してあった」

「……なるほど、納得しました」

「おい、桜庭……」

「今は私に任せてください」


 渋々と言った様子で引き下がる男を尻目に、僕と桜庭女史の会話は進む。

 多分女史と表現するのは正しくないけど、それくらいしか思いつかなかった。

 あんまり学が無いんだ。


「敵意はない。その認識でよろしいですね?」

「構わないよ。でも僕がそれを伝えたところで大した意味はないと思うけど」

「事実と歪みがないか確認してるだけなので気になさらず」

「そっか。それで、どうかな。僕なりに敵意が無い事をアピールしてるつもりだぜ」


 じっと桜庭女史は見つめてくる。

 計りかねてる? 

 この喋り方、昔の仲間に教えられたんだけど似合ってないのかなぁ……

 初めて見せた時は顔が引き攣ってたし、仲間の女性には『その顔でその喋り方をするな』と怒られた事もある。


 でも今更昔の僕に戻るのもアレだし、長い一人暮らしで独り言とか呟いてた所為ですっかり染みついてしまった。もうしょうがないんだ、これは。


「……雨宮四級」

「は、はい!」

「貴女から見てこの人は信用できますか?」


 ちなみに今も配信は続いている。

 互いに身の安全を確保するための策だ。

 これに関しては文句を言われる筋合いはない。

 というか、迷宮省側も僕らが配信することを承諾しているさ。そうじゃないなら無理矢理止めるとか、そういう行動を取ってくるはずだ。モノクルの先に映る視聴者のコメントは今も動き続けているので止める気は無いんだろうね。


 桜庭女史に問われた霞ちゃんは僅かに言い淀んでから、しっかりとした目つきで睨み返しながら答えた。


「……はい、信用できます」

「それは言わされているからですか? それとも本心からですか?」

「本心です」

「貴女は先程の配信で、文字通り死の淵にいました。半ば蘇生に近い形での回復は前例がなく、我々では判断が出来なかった。その方法についてはご存じですか?」


 なるほど、僕ではなく霞ちゃんに聞きに来たか。

 まあそっちの方がわかりやすいもんね。

 僕が主導して脅している可能性もあるし、詰問対象としてはそちらの方がいい。


「……いえ、知りません」

「そうですか」

「それについては僕から説明させてほしいんだけど、いいかな」

「構いません」


 助け船、という訳じゃない。

 これは説明しないと拗れると思ったから介入した。


「霞ちゃんを蘇生出来たのは僕の生命力を流したからだ」

「生命力……?」

「そう、君らで言う魔力ともまた少し違うエネルギー。僕が半分モンスター混じりだって話は聞いているかい?」

「存じています」

「それなら話は早い。僕はリッチというアンデッドの上位種に呪いを掛けられて混ざりものになったから、リッチとしての能力が扱える。この生命力云々はその一つで、使い方は色々あるんだ」

「……デメリットは?」


 流石、頭の回転が速い。


「勿論ある。流した生命力に比例して僕に命令権が付与されたり、ちょっと人間を外れる可能性がある」

「……えっ」


 横に並んだ霞ちゃんが呆然と僕を見ていた。


「おや、どうしたんだい霞ちゃん。説明した筈だぜ、『ちょっと人間やめるかも』って」

「そ、そんなこと言われて……!?」

「いーや、言ったね。絶対言った。待ってと言われたけど待たなかっただけで、僕はちゃんと説明した」

「待ってないじゃないですか!!」

「だって待ってたら死にそうだったし……」

「あ、そ、それは……ありがとうございます……」


 これに関しては僕は悪くない。

 微弱な生命力を流して彼女が喋れる程度には支えてたけど、それじゃ長くないのがわかりきっていた。


 早急に対応する必要があったんだ。


「だから僕は霞ちゃんに対する命令権がちょっとだけあるんだよね」

「は!?」

「大丈夫大丈夫、変な事はしないから」


 :めっちゃ目見開いてて草

 :超驚いてるやん

 :ファーwwwwwww

 :勇人さん、スパチャするからエッチな命令お願いします

 :霞をエロい目で見た奴を殺すデーモンになった

 :でもエッチな目で見ちゃうよこれは


「は、は、はぁっ!?」

「あはは、一蓮托生だって言っただろ?」

「そ、それとこれとは話が違います!! もう! 変なコメントは消してって!」


 :かわええ~

 :この表情を引き出したのがワイらなの興奮する

 :死んだと思ってた少女がイケメンに引っ掛けられて新たな一面を見せてくるの、新しめの寝取りだね

 :お前とは寝てない定期


「引っかけられてないから!!」


 完全に空気が和んでしまった。

 それを向こうの二人も察したのか、桜庭女史は溜息を吐いて、男の方はハハハと快活に笑った。


「オーケー、わかったわかった。疑って悪かったよ」

「僕が言うのもなんだけどいいの? 信用できる要素あった?」

「怪しいが、これ以上疑いきれねえ。その娘の懐き方から察するに悪い関係じゃなさそうだしな」


 そう言いながら剣を収めて近寄ってくる。

 勿論こちらも攻撃するつもりはないので、笑顔で手を差し出した。


「俺は御剣、御剣(みつるぎ)謙信(けんしん)だ」

「僕は勇人。姓はない、ただの勇人だ」


 ぐっと力を込めて握手をする。

 仕返しと言わんばかりにぐぐっと力を込めて握り返された。

 なるほど、これが今の一級……国を守る最大戦力。そこそこの力で握ってるけど涼しい顔をして握り返してくれる辺り、胆力も力もある。


 ──素晴らしい。


「あー、そんでいきなりで悪いんだが」

「なんだい?」

「いやな。()が電話させろってうるさくてよ、出てくれるか?」


 そう言いながら御剣くんは、かつてのスマートフォンのようなものを取り出した。


「これは……」

「魔力で動くタブレット端末だ。すぐ電話かかってくると思うから出てくれ」

「わかった。使い方は旧式のスマホと同じかな?」

「旧式のスマホがなんだかわからんが、耳に当てて口で声を出すのは共通だ」

「わお、ジェネレーションギャップ」

「六十年ほど前に流行った言葉ですね」

「はは、それ結構僕悲しいぜ」

「それは失礼しました」


 互いに冗談を言っていると理解しているから、言葉とは裏腹に和やかな空気が漂う。

 そしてちょうどいいタイミングで着信が鳴った端末を耳元に当てて挨拶をした。


「もしもし。勇人と申します」

『久しいですな、勇人さん』


 しゃがれた声。

 でもどこか聞き覚えのある声。

 ずっと聞いてなかったけど、彼は強くて頼れる若者だったからよく覚えてる。


 …………ああ。


 言いたい事、聞きたい事は沢山あった。

 でも、まだそれをするには早すぎると思う。

 だからそれらの感情全て、喉元まで上がって来た言葉を飲み込んで、冷静に、客観的な会話を心がけた。


「うん、久しぶり。頑張ったみたいだね」

『なんの、勇人さん方に比べれば我々のしたことなど』

「そう卑下するもんじゃないぜ。まだ上を見てないからとっておきの言葉は言わないけど、こうやって五十年もの間無能なままだった僕が君の声を聞けたのは間違いなくあの時代を生き延びた人達のお陰だ。ほら、そう聞けば僕なんて大したことないさ」

『まったく、あの人の悪い部分を見事に受け継いだようで』

「いいだろ? 僕らしくて」

『それらもまた、改めて話を致しましょう。此度の連絡は儂個人、有馬(ありま)頼光(よりみつ)ではなく、迷宮省より発行された探索許可証第一級第一人者としてのものだ』

「……有馬の爺さんがいきなり出張ってくるとは、いよいよ冗談じゃ済まされねえな」

「……気を引き締めた方がよろしいかと」

「わかってるよ」

「いえ、ただ気を引き締めるだけではいけません。雨宮四級」

「へっ?」

「少しこちらへ」


 蚊帳の外気味だった霞ちゃんに、桜庭女史が声を掛けた。

 僕はそちらへ意識は割かず、通話越しに聞こえる久しい友人、有馬くんの話に耳を傾けた。

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