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第四話

 暗闇を歩く。

 あの場所から出るのは久しぶりな訳だが、ダンジョンの中はあまり光景に変化がないので特に何も感じる事はなかった。強いて言えば久しく味わってなかった他人との行動だから、懐かしいって感じる程度だ。


 かすみちゃんは……うん、ちゃんと着いて来てくれてる。

 一番困るのはここで地上に逃げられることだ。その場合よくて犯罪者、最悪モンスター扱いされる。弁明の余地が無いのは厳しい。


 出来る限りしっかりと敵意がないと伝えていこう。


「あの、明かり付けてもいいですか?」

「構わないよ」

「ありがとうございます」


 そう言いながら彼女は腰のポーチから四角いブロックを取り出す。

 それをそのまま、今度はポーチに取り付けられていた小さなランタンへと装着した。


 するとどうだろうか。

 ダンジョンを照らす眩い光。

 およそ五十年振りに目にした光に思わず目を細め、言葉を失ってしまう。


「さ、お待たせしました」

「……おお。それ、どうやったの?」

「どうやった……あっ、魔力で点けましたが」

「へえぇ、魔力……」


 薄暗い通路を雑談しつつ、少女の灯した光を頼りに進んでいく。


 いや、実は無くても問題ないんだけどね。

 長年の地下暮らしで目がそういう方向に適応したので暗闇は僕にとって太陽の下を歩くようなものだ。それに昔は小型手回しライトとかでなんとかするしかなかったから暗闇には慣れている。


 それに比べれば、彼女が今照らしているアイテムは非常に心強く感じた。


「いやあ、明るいねぇそれ。魔力で光るなんてとても信じられないけど」

「そうですか? これが無い状態で潜ってた方が信じられないんですが……」


 かすみちゃんの腰に取り付けられた小さなランタン。

 それは地底出現以前は見られたLEDのような光を発していて、足元どころか前方二十五メートル程度まで照らしている。


 実に合理的な距離だ。

 モンスターの種類にもよるが、それだけ離れていればこちらも戦闘態勢に入れる。完全な暗闇からの奇襲を防げるという時点でとても有益であり、視界確保に余裕を持たせることで精神的な疲労も抑えられる優れもの。


「僕らの頃は頼れるのは小さな半径一メートルにも満たない手回し式とか、そういうのしかなかったからなぁ。突然横穴から飛び掛かってきて戦闘になったりしたよ」


 幸い僕らはそれなりに腕が立ったから奇襲やらなんやらを大体後手で処理できていたけど、余裕は無かった。


「それに……魔力のカートリッジ、だっけか。平時はそこに補充しておくの」

「はい。これもそうやって動かしてます」


 そう言いながら光源をカタリ、と揺らす。

 小さな正方形のブロックにしか見えないが、これに魔力が込められているらしい。ここまで魔力が普及していると、日常生活でも取り入れられてるんじゃないか? 電気に成り代わる新たなエネルギーだとすれば、世界中で奪い合いになってもおかしくなさそうだけど──それはまた今度でいいか。


「かすみちゃん、来るよ」

「え?」


 スケルトンからあらかじめ受け取っていた剣──当然のように後ろに着いて来ている──を構える。

 前方から流動的な風の流れ。

 僅かな変化だが、これは何かが高速で駆けている気配だ。

 ダンジョンはぐるぐる繋がっているので大概そういうパターンの時は、前後どちらかで奇襲を仕掛けてくる。


 今回は……


「後ろだ」


 振り向きざまに一振り。

 視認するより先に僕の肌が今振るべきだと伝えてきた。


 この勘は何よりも優れている。

 これこそが僕を戦いの中で役立たせる鍵の一つであり、純然たる切り札。

 それを証明するように、かすみちゃんが振り向くより先に真っ二つで吹き飛んでいったモンスターの血肉が叩きつけられた音がした。


「怪我はない?」

「え、あ、は、はい。ありません」

「後ろから来るモンスターの対策はどうしてるんだい? こうやって無音且つ高速で接近してくる危険なタイプ、結構多いだろ」


 僕は魔力でなんかこう、うまいことセンサーみたいなのを張って何とかしてるんだけどさ。角からの攻撃はどんな相手にだって有効だからね。これが対策出来ないとダンジョンを歩く事なんて不可能だった。


「……その。正直私のレベルだとまだ遭遇した事なくて」

「……え、うそ。普通に上の方とかにもいなかった?」

「いません」


 あらら、ジェネレーションギャップ。


 これも死語か? 

 ある意味死後に死語を語っている訳だが、ああもう、そんなことはどうでもよくて。


 ……全体的なレベルが下がっている?

 可能性は高い。

 僕らが戦っていた最中も、ある条件を満たした際は露骨にモンスターの勢いが弱くなった。


 …………となると、理由はそこか?


「これまでの五十年で喋るモンスターって発見されたことあるかな」

「喋るモンスター、ですか?」

「僕みたいな奴ともこれまた違う、完全に敵対してるモンスター。鳴き声とかじゃなく、人語を解するタイプだね」


 周囲を灰に変える力を操る人型。

 人を優に超える体躯に大きな腕を幾つも生やした虎のような化け物。

 地底湖に潜んでいた巨大な鯨型の化物。


 どいつもこいつも軒並み強く周囲のモンスターを手足のように動かす能力があった。


「僕ら、ああ、この場合の僕らってのはあくまで一緒に潜ってた面子のことなんだけど、こいつらを『エリート』と呼んでたんだ」

「そんな話、聞いたこと……」

「伝えたところでどうしようもなかったからね。あまり昔話ばかりするのも悪いけど、絶望的な情報を齎すことすら憚られるような時代だった。『手出しのしようもないモンスターがいる』ってだけで悲観して自ら命を絶ってしまう人がいたくらいだ」


 嫌な時代だった。

 世界が滅ぶかもしれないって悲壮感と絶望感に打ちひしがれて、自殺する人が絶えなかった。そんな時代だったから、詳しい情報は明かさないまま戦っていた。


「でも、そうか。『エリート』はいないのか……」


 呪いを飛ばしたリッチからもっと情報を引き出せば良かった。

 殺すのに必死だったけど、あそこまで追い詰めていたのならもう少し粘れた筈。


 相変わらず、僕は一人だと役立たずだ。 


 ため息が出そうになる。

 でもそのため息をグッと堪えて話を続けた。


「僕に呪いを飛ばしてきたエリート、リッチと名乗っていたけど──あいつは地上征服が目的だと言っていた」

「…………」

「もしかしたら、地底にはまだ居るのかもしれないなぁ」


 そこまで言って、かすみちゃんの反応がなさすぎるから少しだけ様子を伺うと、青褪めた表情で話を聞いていた。


「……どうかした?」

「あ、い、いえ! その……色々新情報が多すぎて、びっくりしてしまって」

「まあ、あくまで僕の経験談に過ぎないんだ。事実とは異なる可能性だって大いにあり得るから鵜呑みにしないでね」


 そうやって親睦を深めながら歩いている最中何度か襲われたが、大体一撃で対応出来た。


 やはりモンスターのレベルは下がっている。

 僕が強くなったと言うのもあるが、それ以上に敵が弱い。

 これくらいならスケルトンくんでも一撃で倒せるんじゃないか? 


「す、すごい……」

「これくらいしか出来ることがないんだ。昔とった杵柄であり、唯一の取り柄さ」


 それに落とす素材も大したことないものばかり。

 でも僕がかすみちゃんに提供出来るのはこの程度のものなのでスケルトンに全て回収させて後で引き渡すつもりでいる。現代で価値があるのかは不明。


 そうして歩き始めて二時間くらい。

 ゆっくりとしたペースで進めた結果、大体六十メートルくらいは下に潜ったのではないだろうか。そのくらいの地点で道が完全に塞がっていて、この地底の終わりを示していた。


「行き止まり……?」

「……みたいですね」


 そっと壁に近づいて、手を添えた。

 奥から振動は──来ない、かな。

 わからない。

 厚みがかなりあるのなら伝わらなくてもおかしくはない。


「ここが、ダンジョンの最下層……」


 しんみりというか、やや呆然と呟く霞ちゃん。


 しかし僕は違和感を覚えた。

 この地底はとっくの昔に踏破しているのだ。

 だからどれくらいの長さを要したのかわかっているし、感覚も覚えている。それがハッキリと明確に、ここがあの時辿り着いた終着点ではないと告げている。


 そもそも、モンスターの湧く量が少なすぎる。

 溢れんばかりの数が生み出されていた筈だ。

 前は道中安全なタイミングなんて一度も存在せず、ずっと戦いながら潜っていた。


 そう、それこそ、『エリート』を討伐するまでは。


「…………とはいえ、今調べることじゃあないか」


 だが、今は保留。

 かすみちゃんを巻き込んでいいことではない。

 必ず後で確かめる必要はあれど至急ではない。エリート個体が発見されていない理由も絡んでいそうだ。


「どうかなかすみちゃん。このように僕は地底、今風に言うと『ダンジョン』を攻略する力がある」


 壁を背に振り向く。

 かすみちゃんは相変わらずモノクルに意識を集中させたりしなかったりと忙しい。魔力関係の話から察するに、モノクルにも特別な機能が備わってるのかな。


「協力してくれないか? 何がなんでも死にたくなかった君の願いも、叶えられる範囲でなら力を貸す。見ての通り僕は戦うことさえ許されればそれでいいから成果の類、スケルトンに持たせた素材なんかも全て渡す算段だ。何か嫌なことがあるのなら、それを改善出来る様に努めよう」

「…………勇人さん」

「何かな」

「どうしてそんなに、私にいい条件を出してくれるんですか?」

「君が恩人だからだ」


 即答する。


「君は五十年もの間役立たずだった僕の事を救い出してくれた上に、現代の事を包み隠さず教えてくれた。そして信じてくれた。仮に信じてなくても、一先ず話を聞く姿勢を作ってくれた。ここまで付き合ってくれた。そして……」

「そ、そして……?」

「──君の事は嫌いじゃない。手を貸したい、手を貸して欲しいと思う人にありとあらゆる手を使うのは間違ってないだろ?」


 そう言うと、彼女は目を丸くして驚きを示した後、ふっ、と微笑んだ。


「そう、ですね。私も勇人さんのことは嫌いじゃないです」

「そりゃあよかった。若者に嫌われる年寄りにだけはなりたくないんだ」

「じゃあ大丈夫。勇人さん、若者にしか見えませんから」

「それはそれで残念なんだけれど。フォッフォとか、儂とか、似合わないだろ」

「案外似合うかもしれないですよ?」

「フォッフォ、儂の若い頃はのぉ……」


 どこからかジジイ無茶すんなとの声が飛んできそうだ。

 主にあの世から調子に乗るな若造と言われている気がする。おいおい、もうとっくに僕の方が年上だ。いつまでも若い頃の感覚で接されても困っちゃうね。


「ふふっ、あはははっ! はぁ、なんだか悩んでたのが馬鹿らしいや」

「君にとってノーリスクとは行かないだろうから、大いに悩んでもらって構わないんだけど」

「ううん、いいんです。もう決めましたから」


 笑って少し涙すら流れている彼女は、すっきりした表情でモノクルを片手間に弄る。

 何かの癖か、それとも……


「よし、これで止まった。……改めて自己紹介を。私の名前は雨宮(あまみや)(かすみ)。職業はダンジョン探索者兼配信者で、目的は──十五年前にダンジョンで消息を絶った、姉を探すこと」


 差し伸べられた右手。

 気になることはあったけど、それを聞くのは野暮ってもんだろう。配信者ってなんだろうね。

 手を取る。

 薄い手袋越し、女性らしい手つきの中にタコの感触。

 剣を握り戦い続けてきた戦士の手だった。


「僕の名前は勇人、姓はない。地底が開いて混沌とした時代において『勇者』と呼ばれることもあった戦うことしかできない愚か者で、僕の目的は──この世界からモンスターを全て死滅させることだ」


 ここに協力関係は成った。


 僕らは一蓮托生だ。

 彼女は現代を僕提供し、僕は彼女に成果を献上する。

 そして互いの目的を達成するために協力し続ける、歪な関係。


 肩の荷が降りたような気分だが、戦いはこれからだ。


 必ず使命を達成する。

 あの時代に生きて戦い、五十年も閉じ込められていた役立たずに唯一残された定め。


 これまで死んできた命全てを背負うつもりで、僕は戦い続ける。


「……それでその、勇人さん」

「なんだい?」

「一つ、あー、二つくらい話さないといけない事がありまして……」


 握っていた手を放してから、すごく申し訳なさそうな表情で霞ちゃんは切り出した。


 ふむ。

 隠し事の一つや二つや別にどうだっていい。

 僕だって意図的に話してない事はあるし、霞ちゃんを完全に信じ切っているわけじゃない。いや違うよ、パートナーとしては信じてるさ。でもまだ出会って数時間に過ぎない関係性なんだから、全て曝け出すには早すぎるだろ? 


 だからそれを咎めるつもりは一切ないんだけど、唯一気になっている部分について指摘してみる事にした。 


「それは、そのモノクルが関係していたりするのかな」

「っ、え、なんで……」

「妙に意識を割いてたからさ。ごめんね、女の子を観察するのは些か気が引けたんだけど」

「あ、ああ、そういう事か……」


 驚きで目を丸くしていたが、理由を聞いて納得したのか「んんっ」と咳払い。


 一体何を話すのだろうか。

 モノクルが関係していること……ただの視覚補助だけではない……? 

 正直何も思い付かないので続きを促すと、これまた深刻な表情で言い淀んだ。何度か口を開いては閉じて、けどそれも数えるほどの回数を経てから観念したのか、そのまま腰を曲げて僕に頭頂部を見せつける。


 端的に言えば、綺麗なお辞儀だった。


「……ごめんなさい! 実は、ついさっきまでの会話を配信してました!」


 …………。

 …………? 


「配……信? それってその、動画の配信とかそういう……」


 僕の問いかけに、彼女は頷く。


 そうか、動画配信か……


 さっきの発言にも納得した。

 自己紹介で引っ掛かった場所があったんだけど、その内容を簡潔に説明されたからね。

『私の名前は雨宮(あまみや)(かすみ)。職業はダンジョン探索者兼配信者で、目的は十五年前にダンジョンで消息を絶った姉を探すこと』。


 このダンジョン探索者兼配信者という部分が引っかかっていたのだけれど、なるほどなるほど。

 詳しい仕組みはわからないけど、何をしていてその結果何が起きたのかは理解できた。


「つまり──僕らの話は筒抜けだった、ということだね」

「…………はい。本当にすみません」

「謝る必要はない。驚いたけど、当然だと思う」


 だって、死にかけの状態でふらふら彷徨い歩いて辿り着いた宝物庫の奥から出てきた五十年前の人間を名乗る謎の男だぜ? 


 現代で必要とされる許可証も持ち合わせてない、魔物混じりだと嘯き、スケルトンを従えて、地上に出るのに協力しろと言ってくる不審者。

 冷静に考えて、身の危険を感じないわけがない。

 逆によくあそこで話を聞いてくれたと感謝こそすれど、怒りを覚えることなんてあるわけがない。これで逆上でもしようものなら、天国にいる仲間に怒られちゃうだろうね。


「それに、止めてくれたんだろ? なら僕から言うことは特にないさ」


 そう言うと、頭を上げて何とも言えない戸惑った表情をした。


「……私が言うのもなんですけど、そんな簡単に許していいんですか? 信頼を全て損なうような行為じゃないですか、これは」


 ……なるほど。


 この娘、真面目だ。

 それもとびきり真面目なタイプ。

 確かに、ずっと秘密の会話を垂れ流しにされていたのは驚いた。だがそれは彼女の立場を鑑みればそれは当然のこと。それでも改めて手を組もうと言った際に詫びを入れ尚且つ許されることに戸惑うって行為に嘘はないと思う。


 これが演技ならとびきりの役者だが、そういうタイプじゃないのはこの数時間で理解している。

 なので結論としては、これが素の性格なんじゃないか、という着地点だ。


 だから問題ない。


「それならそれでやりようはある。僕が君に秘密の協力を取り付けていたのはバレた場合面倒ごとになると判断したからだ。いっそバレてしまったのならそれをベースに計画を練ればいい、違うかい?」

「それは、そうかもしれませんが」

「不義理を働いたと思ってるのかもしれないけど、気にするな。どうしても気になると言うなら、一緒にこれからのことを考えて欲しい」

「……はいっ」


 うん、これでひとまずいい感じだ。


 それにもっと酷い悪意に嵌められた事もあるし、あれと比べれば全然マシ。

 僕は彼女と組むと決めた。


 霞ちゃんにNGを出されるまではその腹積りでいる。

 まあ、露骨に売られたとしても恨みはしない。

 それが護国に、ひいては人類発展に繋がるのなら。

 これしか僕には無いんだ。

 そんな事はさておき、前提が崩れた今どうするべきか考えよう。


「配信ってさ、どれくらいの人が見たのかな」

「えっと、同接が十五万くらいで、他SNSでも拡散しているみたいで……」

「……なんとなくわかった。噂になるには十分すぎるね」

「仰る通りです……」


 と、なると……ここは世論を調整する方向で行くのがベストか。

 色々暴露しちゃったから、これが影響するのかも気になる。例えば人語を解するモンスターの存在、例えば僕がモンスターの呪いを浴びて半分人外になっている事実等々が、どう作用するか。


 与太話程度で収拾がつけばありがたいんだけど。


 ……それにしても、配信、そうか、配信か。


 すごい世の中になったものだ。

 ダンジョンで戦う姿を配信してるってつまり、この戦いを娯楽として提供しているんだろう? それはね、凄いことだよ。それだけ情勢が安定していると言う事であり、ダンジョンのある世界として適応したんだなと理解出来た。


 それなら僕の願いは歪なものになるかもしれない。

 この世界からモンスターを駆逐して、ダンジョンを閉じる。


 それが僕の理想だった。


 でも、ダンジョンが立派な産業になってしまったのなら、それは望ましい事じゃなくなる。


 ──情勢を知らないと動く事もできないか。


 甘かったな。

 でもまだ取り返しはつく。

 僕は全てを救えるような救世主にはなれなかったけど、足掻く事を諦めることはしない。こうやっていないと生きていられない時代だったからね。自然と鍛えられたんだ。


 後悔している暇はないぞ、勇人。

 お前は腐っても勇者だろ。

 考え続けるんだ。


「……僕の存在が公になったのなら、それはそれで利用できる。堂々と正面から出て直接交渉するのもアリだと思うんだけど、霞ちゃんは何がいいと思う?」

「私としては、勇人さんにどうこうする訳がないと信じたいですが……」

「念には念を入れてだ。僕だってそう思いたいけど、最悪だった頃の世界を知ってるからね」


 ありえないとは言い切れない。

 今でも水面下で覇権を奪い合ってないと、誰も証明できないだろう。五十年もの間世界が滅んでなかったのは嬉しいけど、非道で倫理も道徳もない裏側を抱えている可能性は拭えないんだ。

 僕はともかく、霞ちゃんに不利益を与えない形に納めたい。


「……あっ」


 どうしたものかと困っていると、彼女は何かに気が付いたかのように声を上げる。


「何か思い付いた?」

「思い付いたと言うか、思い出したと言うか」

「いいね、教えてよ。正直何も思いつかなくてね、行き当たりばったりな策しか無いんだ」


 呆れるくらい現代の情報が不足している今、僕がこの状況で誤魔化す手段を思いつける訳がなかった。

 もしも解決策を導けるのならば、あんな風に仲間達を失うことは無かっただろうから。


「さっき言っていた配信とも関係してる話なんですが」

「うんうん」

「配信のコメントで、捜索隊が来てるらしいんです」

「……あっ、そっか。元々行方不明扱いだっけ?」

「……ほぼ死亡判定されてました」


 やや悲しそうな表情で呟いた。

 残念ながらそれを励ますスキルは僕には無い。

 なんてったって半死人のようなもので、死にかけの彼女を無理やり生かした挙句ちょっと人外混じりにした張本人だ。


「……で、それはまあ、いいんですけど」


 あまり良くなさそうだとは言わなかった。


「捜索に来ているのは二人で、私より圧倒的に格上の方です」

「格上?」

「はい。探索者としての資格も実力も、比べ物になりません。……これを」


 そう言いながら霞ちゃんは懐から手帳のような物を取り出した。


「これは私達に支給されている探索許可証で、資格に応じて入場可能なダンジョンが定められているんです」

「あぁ、なるほど。そうやって管理してるんだ」

「全部で階級は八つに分かれていて、私は上から数えて四番目。今回捜索に来るのは、一番目の人達です」


 ……つまり、国の内情に最も近そうな人が来るわけか。


「それは何ともまあ、手間が省けるというか」

「利用しない手はない、そう思いません?」

「ああ。是非とも会っておきたいね」


 霞ちゃんと頷き合う。


 しかしアレだね。

 霞ちゃんって、思ってたより強かでしっかりしてる娘だ。

 真面目なんだけど真面目一辺倒な思考に囚われる訳でもなく、柔軟な思考が出来る。それこそ昔の僕なんかよりよっぽど優秀だよ。


「? なんか付いてます?」

「いいや、なんでもない」


 思わず羨むように見てしまった。

 過去の僕にその優秀さがあれば、仲間達を失わずに済んだのかなって。

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