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第一話

(あー……やっちゃったなぁ……)


 痛む左足を引き摺って、穴の空いた左腕を庇いながら少女は歩く。


 その呼吸は荒く、苦痛に苛まれているのが一目瞭然。

 左目に取り付けたモノクルに浮かぶ数多のコメントを追うことも反応することも出来ず、ただ無言で歩み続けていた。その足取りは非常に拙い。ふらふら、よろよろ、小石にでも躓けばそのまま倒れてしまいそうな程。


(ポーション切れたし、包帯も全部使った。なんとかアイツは撒けたけど、上には戻れないや)


 血液が不足する中、脳裏に浮かぶのは先程までの出来事。

 いつも通りのダンジョン探索、いつも通りのダンジョン配信。

 何ら変哲のない日常だった筈なのに、どうしてこうなったのだろうか。

 普段から中層を中心にソロ活動する少女にとって、複数人でパーティーを組むコラボは難しいものではなかったのに、なぜ。


(ダンジョン警報も無かったし、別に踏み込みすぎた訳でもない。あんなのが出てくるとか、理不尽すぎじゃんね)


「ッ…………」


 和気藹々と進む仲間達との探索。

 仕事仲間でありライバルでもある親友、あまり付き合いはないけど顔見知りでこれから仲良くなりたいと考えていたコラボ相手。


「…………全部、ぐちゃぐちゃに、なっちゃったな……」


 誰が悪かったという訳でもない。

 ただ、タイミングが悪かった。

 三人の中で少女は一段上の実力を持っていて、他二人を逃すために戦った。粘って稼いだ時間の中で魔物は逃してもくれず、足を折られ腕を砕かれ、下層に逃げ込んだ。


「でも、まぁ……守れた、かなぁ…………ゲホッ、ゴホッ!」


 喀血を抑えることも出来ず、少女は口から血を吐き出す。

 ビチャッと地面に叩きつけられた血液は飛び散り足元を赤く染めるが、それを避けることもせず踏んで、引き摺る。意識が朦朧として視界もままならない状態で、少女は歩く。


 :誰か!!!! マジで死ぬ!! 

 :もう間に合わんだろこれ……

 :いやだ見たくない

 :心の弱いやつは今すぐ配信閉じろ

 :ふざけんなふざけんなふざけんなコラボなんかすんなよ


「ん、ふ。やっぱ、死ぬよね、これ……」


 モノクルに映ったコメントには彼女の末路が書かれている。


「でもさ、聞い、てよ。下層まで、来たよ……ソロで」


 :んなこと言ってる場合か! 

 :こんな形で見たくなかった

 :マジで遺言じゃん

 :死ぬ寸前と聞いて

 :出てけクソ野郎


「記録、更新……やっ、たね」


 :もういい、喋んなくていい

 :誰もいないの? 本当に? 

 :諦めろ 誰が来てももう間に合わん

 :本当に死ぬだろうからもう見たくない奴は配信閉じろって

 :死なないで死なないで死なないで死なないで


「…………もっと、喜べよなぁ」


 いい人生だったとは言い難い。

 まだまだやりたいことが沢山あった。

 でも、命のやりとりをする仕事を選んだのは自分だ。命を賭けて戦うことを選んだのは、自分なんだ。誰かに強制された訳でもなく、自分が選んだ道。


(あそこで上に逃げてれば──……いや、考えてもしょうがないか)


 一人悲しく死ぬ訳でもない。

 自分を応援してくれている沢山の人が見送ってくれる。一人行方も知れず息絶えるよりずっとマシだ。

 だからいい。

 死ぬのは嫌だけど、最悪の終わりではないから。

 身体も残らず誰にも知られず死ぬなんてこの世界では珍しくない事なんだから、恵まれている。


「…………も、むり」


 限界を迎え少女は座り込む。

 朦朧とした状態で歩いた結果、少女は小部屋の中に辿り着いていた。

 周囲には煌びやかな黄金に宝石、そして宝箱。

 手付かずの宝部屋なんてあるんだと思いながら、彼女は呟く。


「…………死にたく、ないなぁ……」


 そして宝箱に身体を預けて──少女は、動かなくなった。






「おっ、珍しい。火蜥蜴だ」


 真っ赤に燃える小さな蜥蜴が足元をチョロチョロと動く。前回見たのは確か、八年くらい前だったか。一定周期で湧く固定モンスターと違って火蜥蜴はランダムリポップだから、宝くじの七等に当たるくらいだ。


 まあここには宝くじどころか人間すらいないんだけどね。


「よーしよし、火種をおくれ」


 燃える背中に指をそっと近付けて、人差し指に火が燃え移ったのを確認。

 痛みはない。

 血液が弾け肉体に含まれる脂を燃料に火は燃え続けるのと同時に、燃えた箇所から再生が始まる。異常な光景だがとっくに見慣れてしまったので特に気にすることもなく、寧ろ感動しながら呟いた。


「ひ、久しぶりの灯りだ……落ち着く……」


 目を細めながら呟いた。

 地下暮らしが続き暗闇の方が鮮明に見えてしまうのだ。このまま暗闇のまま過ごし続ければ確実に目が退化して地下棲の生物まっしぐら、そんなのは嫌だ。


 僕ァね、確かに人として無くしてはいけない色んなものを失ったけれど、それでも抗うことはやめてないんだ。正に今こうやって、忌避するべき火を愛する異常行動を取ったりね。


 うん。

 落ち着いてるよ。

 やっぱり火はいいね。

 人類の生み出した史上最高の偶然の産物だ。

 木を擦れば燃えるなんてことをよく思いついたよほんと、うんうん。


「つらいや」


 人差し指を握って火を消す。


 ああ……

 暗闇、落ち着く。


 陽の光を浴びたいという気持ちはあるのに、こんな状態ではきっとドラキュラのように灰燼と化してしまうだろう。そうなって終わりたい願望と、死にたくはないと思ってしまう弱い人間の心。

 いつまで経ってもモンスターに変化しきらないこの呪いに終わりは訪れるのだろうか。


 後ろをチラリと見れば、そこには無言のまま佇む骨人形。

 わかりやすく言えばスケルトン。

 僕が呪われて人間を辞めてから、数年経った時急に現れた相棒だ。相棒と言ってもそこらへんのモンスターを殺して加工した武器を持たせたり防具を着せてマネキンのように扱ったり部屋の警備を任せていたりと雑な扱いをしている。

 だって文句言ってこないし、その上僕の命令を聞くのだ。

 忠実な下僕(しもべ)さ。

 意志があるかどうかはサッパリわからないけど、もしあるとすれば、僕は恨まれていてもおかしくないね。


 そんなスケルトンを引き連れながら、ヒュウウウゥと音のする方向へ目を向けた。


「…………やっぱり風の流れがおかしいね」


 元々散歩に出たのもそれが理由だ。


 十何年と過ごしたこの場所は僕にとって第二の故郷。

 不愉快極まりない事実だが、ここを支配しているのも実質的に僕だと言える。ここに沸いた魔物で殺せなかった奴は居ないし、ボスっぽく構えてた奴もここに来た時に殺した。


 四季がない三百六十五日を幾度となく繰り返した僕が、目を覚ました瞬間に気がついたのだ。


 ──風が流れている。


 どこにも繋がっていない筈の地下空間で、風が。

 僕と魔物以外存在しない筈の閉鎖空間のはずなのに。

 こんなことがあったのはこの数十年一度きりだ。

 僕がこの地下に囚われた時の、たった一度だけ。


「空いたのかな」


 足を進めていく。

 自然と足早になり、最終的に駆け足で向かった。

 道中絡んでくるモンスターを剣の一振りで両断しながら歩いていけば、風圧がどんどん強くなっていく。

 これは、間違いない。


「……おお…………」


 僕の予想通り、ここに迷い込んだときに開いた通路が開通していた。

 何だか懐かしい気持ちになる。

 そうだよな、僕はここからこの最悪な地の底に迷い込んだんだ。しかも奥にいるモンスターを殺したら呪いかけられるし散々だよ。


 だが。


 だが! 


 そんな生活も今日でオサラバだ! 

 ここが開いている=地上まで出られる! 

 もう何十年と経過してるだろうから風景も変わってるかもしれないけど、この上には人間社会が存在する筈だ! ウッヒョオオオ、耐えて来て良かった……! 本当に長かった……!

 

 一体何度人間辞めてマジのアンデッドになろうか検討したことか……! 


「うはははは!! 風! 新鮮な風!」


 僕の気分は有頂天だ。

 後ろから着いてくるスケルトンも心なしかいつもよりガシャガシャ言っている。骨から金属音がするのはおかしいような気もするが、僕がお遊びで作った装備のせいだ。

 いつも武器を七種類程携帯させているからね。


 なんでそんなことをするのかだって? 


 なんか……カッコいいじゃないか。

 だってスケルトンを従えて必要な場面で「武器をくれ」って言うなんてカッコイイじゃないか。

 やることもなくて退屈で死にそうになっていた僕にはそれくらいしか道楽がなかったんだ。しょうがないじゃないか。寧ろ頭の中に会話する別人格を生み出したりしなかっただけマシだと思って欲しいね。


 僕は正気だ。

 半分は人間のままだ。

 モンスターの肉体を持っていても、心は人間だ。


「おおお……!! そうそうここだよここ! 懐かしいなぁ!」


 そしてテンションマックスハイボルテージの状態で僕は通路を抜け、宝物庫へとやってきた。

 大量の黄金、腐るほど落ちてる宝石、めっちゃ装飾されてて大切そうな宝箱。


 ああ、全てが懐かしい。

 ていうか手付かずなんだね。

 十何年と経った筈なのに未だ未回収とは、思いの外人類は進んでないのかもしれない。最悪は滅んでる事だけど……どうかな。


「……おっと」


 そして気が付かなかったが、宝箱には一人の少女が凭れ掛かっている。

 全身血塗れ、髪は血で汚れ肌も赤くない面積の方が少ない。

 服装は、めっちゃオシャレさんだな……

 地底に潜るのにこんなかわいい恰好してるんだ。


 ……ああ。そうか、そういう時代になったのかな? 

 僕が現役だったのは黎明期だったから、発展して少年少女にウケの良い装備とかも完成したのかもしれない。僕らの頃は胸当てとか手甲を無理矢理装着してたなぁ……


「君がこの部屋に辿り着いたのかい?」


 しゃがんで少女の頬を撫でる。

 死んでは……いない? 

 生命力をわずかに感じる。

 魔力はほぼ尽きてるし意識もない。

 血の流しすぎて死ぬまで秒読みって所かな。

 種族的な問題で生命力とかを感じ取れるようになってしまったのは嘆かわしいが、今ばかりは感謝しよう。恩人を救うことが出来るかもしれないのだから。


「…………ん……だ、れ……?」

「……驚いた。よくその状態で喋れるね」

「が、まんが……取り柄、だから」

「根性のある子は好きだ。特に、どんな状況でも生にしがみつける子はね」


 少女の頬に両手で触れる。

 僕は人間を半分辞めた。

 なぜそれを知っているのかといえば、僕に呪いをかけた本人がそう言っていたのだ。


『貴様に呪いをかけた! お前さえ引き込んでしまえば、この世界は我らのモノになる!』


 曰く、リッチ……死霊とかスケルトンとか、そういうのを使役する上位種族に変化させる強力な呪いだったらしい。それも死ぬ間際残ってた全てを捧げて放ってきたから油断して直撃した。

 喰らって急に変化するかと思えばしないし、妙に動揺するそいつを斬り捨ててさあ帰ろうと思い道を引き返したら塞がっていて──今はいいか。


「名前はなんて言うんだ?」

「わた、し……?」

「そう、君の名前だ」

「…………かすみ……」

「そっか、かすみちゃんね。まだ生きたい?」


 念のため問いかけておく。

 死にかけの彼女が喋れるのは僕のおかげだ。

 微量な生命力、それも人間である彼女に害のないように少しずつ少しずーつ注いでいるから。回復しないけど死なない、そんなギリギリのラインを攻めている。

 多分、彼女が生きていけるレベルまで生命力を注いだら堕ちちゃうからね。

 命の恩人にそんなことをするつもりはない。 

 やるにしてもしっかりと彼女がどうしたいのか、聞いておきたいんだ。


「…………でも、もう……」

「まーまー、死ぬかもしれないって事実はさておき、君の気持ちを知りたいんだ。生きたいかな、どうしても。何が何でも死にたくない理由ってある?」

「…………ない」

「ん?」

「…………死にたく、ないっ……!」


 少女は目を見開いて、僕を見つめながら言った。

 いい目だ。

 死にたくないと心の底から叫ぶ生き物の目。

 この地の底に生まれ落ちる生き物の形をした無機物とは違う、生きた人間の意志。


 僕は半分リッチだ。

 長く一人で生きたことで感性も価値観も変わった。

 それでも人らしくありたいと思うし、人というモノに誇りを持っている。人を人たらしめるのは、この意志だってね。


「────よしわかった。ちょっとだけ人間やめちゃうけどいい?」

「……えっ」

「いいよね。何が何でも死にたくないって言ってたし」

「……え、あの…………」

「大丈夫、安心して。僕も人間にやるのは初めてだけど、大丈夫魔力の扱いそこそこ上手いから。破裂したりはしないよ、うん」

「……あ、いや、まって、おねがい」


 両手に力を集中させる。

 前にスケルトンくんにやった時は調整を誤り頭蓋骨を粉砕してしまったが、大丈夫だ。あれから何度も練習した。スケルトンくんの骨が異常に硬くなったのは僕が強化を施した成果だからね。

 生命力の限界値を探りつつ、ええと、あー……

 多分これくらいかな。

 器の四割くらいまで生命力を注ぎ込む。


 ちなみに僕がなぜ生命力を注ぎ込むことで変異することを知っているのかと言うと、スケルトンくんが真っ黒に染まっちゃったからだ。あれは確実に普通のスケルトンではなくなっている。


 下層に出てくるモンスターをワンパンした時は思わず真顔になった。

 君、本当に上層で出現するモンスター? 

 流石に悟ったよね。


「う、あ、あぁっ……!?」


 ジュウジュウ音を立てながら再生していく肉体。

 ん……

 これくらいやれば後は自然治癒するか。

 手を離して少し離れた場所に立っておく。

 宝箱に背を預けたまま苦しそうに呻き、首を押さえ少女は倒れ込む。

 あ、こうなるのね。

 そっか、痛みがあるとこうなるんだ。

 スケルトンに痛みとかそう言うのがないのを完全に失念してたな……


 苦悶の表情を貼り付けたまま五分ほど経過し、やがて静かになる。


「……成功かな」


 意識を失ってしまった少女の頬に手を当てる。

 生命力、四割。

 魔力量、二割。

 僕の命令権もちょびっとしかない。

 死霊やスケルトンに堕ちることもなく、人としての機能を失うこともなく、彼女は無事蘇生した。


「まあでも、もう勇者は名乗れないや」


 人間を誑かす悪の手先と言われても何も否定できない。

 黙って立ち去ってもいいけど……情報が欲しいな。

 現代はどうなっているのか、本当は何年経過しているのか。暗闇の中で過ごし続けた結果、昼夜の感覚すら失った僕の日付感覚は何の信頼性もない。


 今まで長い間一人で待ち続けたんだ。

 今更少女が目を覚ますまで待つのなんて朝飯前だね。






 :配信復活?

 :配信再開した!! 生きてる!?

 :だれ!?

 :バイタル回復してるじゃん!! でもこの人だれ?

 :霞!! 返事して!!

 :救助隊はまだかよ!?

 :どうなってんだ……?

 :生きてるーー!! よかったあああ!!

 :なんかスケルトンいね?

 :とりあえず目を覚ましてくれ 状況の説明もしてくれ

 :それより捜索隊に連絡しろって

 :生きてるんだ 良かった





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