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第二章 五部です。
なんだかかんだ言いつつも、書いていけてるななんて思います。
第三章までは少しかかりそうです…
本当に何もすることが無くなったわたしは、とりあえず家に帰ることにした。
「ただいま」
家に入って、自分の椅子に座る。テトさんはまだ帰っていないようだ。
「よいしょっと」
外からテトさんの声が聞えた。
「ミナちゃん、いるかね?」
テトさんがわたしを呼んでいた。
「はい」
わたしははしごの下にいるテトさんに顔が見えるように、穴から顔を出した。今の家は、比較的狭い家だったりするのだ。
「すこし手伝ってくれないかね」
そう言ったテトさんの足元には、すこし大きな箱があった。
「わかりました」
わたしが下に飛び降りようと足を出そうとしたとき、
「そうかそうか。……ああ、やっぱり必要ないよ」
突然笑い、そして言った。
「え? 大丈夫なんですか?」
わたしが思うに、あの箱を持ってはしごを上るのも、近くの枝に飛んで、こちらに入ってくるのも、できない気がする。
「大丈夫さ」
テトさんはそう言って、箱の上に両手を置いた。
「ちょっと、そこ開けてくれないかね」
「は、はい!」
わたしは慌てて家の中に体を戻した。
「荷物が届いたら受け取ってくれたまえ」
「はい」
わたしは不思議だったが、すぐに疑問はなくなった。
箱が、穴の前で浮いていた。
「さあ、中に入れてくれたまえ」
わたしは箱を手に取り、中に入れた。ずしりと重かった。
テトさんも中に入り、わたしの向かいの椅子に座った。
「うっかり魔法の存在を忘れていたよ」
「わたしもです」
くすくすとテトさんは笑う。『浮遊』の魔法だ。テトさんは『森の住人』の中でも魔法の技術が高いと、他の『森の人』から聞いている。
「アレだな。魔法を知りすぎるもの問題だな」
ふぅ、と溜息をつきながらテトさんは言う。
「えっ? どうしてですか?」
たくさん知っていたほうが便利そうなのに。
「使わない魔法は存在を忘れるだろう」
……一回言ってみたいせりふだ。けれど、今のわたしにはまるで自慢のように聞える。
「……ところで、その荷物って何なんですか?」
テトさんが突然持ち込んだ荷物を指して、わたしは言った。テトさんはそれを一瞥し、くすりと笑った。
「秘密だよ」
「えー、なんでですか? 教えてくださいよ」
「私たちくらいの仲でも、ミステリアスな部分があったほうが楽しいではないか。アレはそういうものだ」
あなたは存在がミステリアスです。言いたかったけど、心の中で呟いた。代わりにもう少し粘ってみる。
「ヒントを!」
「そうかそうか。ヒントが欲しいか。ふむ……」
テトさんは俯いてしまった。そしてすぐに顔を上げた。
「そうだな。使い方しだいで良くも悪くもなる、素晴らしいものだ」
それはほとんどのものが当てはまると思う。
「もう少し」
「ふむ。それは無理な相談だ」
そう言ってテトさんは立ち上がり、箱を持っていってしまった。
使い方しだいで良くも悪くもなる素晴らしいもの。そんなもの、ほとんどのものがそうじゃないか。ヒントじゃない。回答が無限にある問題だ。
あの箱には何かある。
けれど、確かめることはしてはいけない気がする。それをすれば、何かが壊れてしまう気がした。
「テトはおるか」
外から聞き覚えのある声が聞えて、わたしは外に出た。
「あっ……」
そこに立っていたのは、ソト様だった。
「ソト様。こ、こんにちは」
ソト様は薄く笑った。
「テトはおるか?」
「は、はい! 少々お待ちを。どうぞ、上がってください」
わたしは慌てて奥に行き、テトさんを呼んだ。
「テテテテ、テトさんっ。ソト様がテトさんに御用だと」
テトさんは面倒くさそうにうなずいた。
「ソトか。わかった。上がって待ってもらっていてくれ」
「は、はい」
テトさんはソト様をそういう風に呼び捨てで呼んだ。わたしが知らなかっただけで、テトさんは偉い人なのかもしれない。『森の守護者』のソト様を呼び捨てにするくらいだから。
わたしが数歩歩いたらそこはもう、玄関兼リビングもどきだ。
わたしがそこに顔を出すと、ソト様は当然のように座っていた。集会のときと同じ、強い存在感があり、座っているその場所がわたしの立っているこの場所とは別世界のように思える。
「テトは……?」
「少々お待ちください。今、手が離せないみたいなので」
少し慣れてきた。いや、それよりも、なぜここにソト様が? テトさんにどんな用事があるのだろう。
「そうか。ふむ」
ソト様はゆっくりとうなずいて、じっとわたしを見た。
「あ……あの、なにか?」
あまりにずっと見ていて、わたしは居心地が悪かった。
わたしが言うと、ソト様は我に返ったように「あっ」と声を上げた。
「すまんな。つい癖で君の魔力の高さを測ってしまった」
『森の守護者』くらいになるとそういうこともできる、らしい。初めて知ったが、やっぱり凄い。
「は、はあ」
とりあえず、返す言葉が思い浮かばなかった。曖昧な返事を返す。
「ふむ。見たところ新人にしては高いようだな。それに魔力が澄んでいる。……どうだね、今度の『星降りの夜』の儀式に参加してみぬか」
戸惑うわたしを気にもせずにソト様は続ける。それにしても、『星降りの夜』の儀式とは……。
間違いない。それは『森の守護者』になるための儀式だ。『星の欠片』とエステア湖の水の魔力が反応し、強大な魔力が発生する。参加者はその間、湖に向かってただひたすら祈る(祈ることに対して意味はないそうだが、神聖な儀式なのでそうするらしい)。魔力はその祈る人の中から、数人の強い魔力を持つ人に流れ込む。そして選ばれた人がその魔力の波動に耐え抜いたら、はれて『森の守護者』の仲間入りを果たす。途中で魔力を解放すると失敗。
という儀式らしい。人から聞いた話しだから、前みたいに間違いがあるかもしれない。
「わたしが、ですか?」
確かにいずれ参加する予定だったけど、これほど早く、『森の人』になったばかりで参加するとは思わなかった。少なくとも、一年は間を空けておく予定だった。
「そうだ。まあ、参加は自由だ。それに君は若い。まだまだ時間はあるのだからな」
そう言われると参加してみたくなってしまうのがわたしだ。ネルに報告して、一緒に参加するとしよう。あっ、でも成功するかどうかは魔力量が関係するんだっけ。あ~、だったらネルがいたら絶対にわたしには魔力は流れ込まないだろうな。
「待たせてすまないね」
後ろからテトさんの声が聞えた。わたしは振り返ってテトさんを見る。ソト様はテトさんの物言いを気にする事無く、いつもどおりの対応をした。
「ふむ。突然来たのは私だ。時間は大丈夫かな?」
「仕事の話じゃなければ大丈夫だが」
テトさんは真面目な顔でそう言った。しかし、ソト様は薄く笑っただけだった。
「仕事の話だ。……すまないが、席を外してもらえるかな?」
ソト様がわたしを見て言った。
「はい。それじゃ、テトさん。しばらく森の中うろついてますね」
テトさんはうなずいて応え、椅子に座った。
わたしはすぐに外に出て、地面へと飛び降りた。
「暇だわ」
そう、暇だ。別に家にいてもすることないけど。
とりあえず歩いてみよう。わたしは目的地を定めずに歩き出した。
『森の人』になってしばらくたつけど、魔法はそれほど上達していない。上達したのは『小さな友達』だけだ。『色彩』の魔法だって、まだ手を出していない。ネルには悪いと思ってる。けど、わたしにはまだそれを使う勇気がない。
使えないことが、怖い。
使えることも、怖い。
もし成功してしまったらわたしの魔法が完結してしまう――そんな思い。
できるかどうかは問題じゃなく、結果がどうあれ、『色彩』の魔法が、わたしの魔法の全て。そういう風に思う。原点であり、目標で、終わり。
そこからまた始まる――そんな考え方は、わたしにはできない。
ただただ、恐れる。
馬鹿らしいと自分でも思う。けれど――。
「やあ。久しぶり」
突然声が聞えた。わたしは声がした方を見る。
「ネル……」
ネルはわたしの顔を見ると、表情を曇らせた。
「どうしたの? 悩み事?」
久しぶりのその声は、優しく静かだった。
「ちょっと、ね」
「相談くらいのるよ?」
そう言われても、絶対に君は気にしてない。いつでもいい。ってそう言うに決まって
る。わたしの悩みは――。
「魔法のこと?」
「――っ」
心中を当てられ、わたしはネルを見た。ネルは得心したといわんばかりにうなずいた。
「たしかに、『色彩』の魔法は見たいよ。でもね、ミナがまだ練習したいって言うなら、ボクは待つよ。心配する必要なんてないんだ。気に病む必要もね。納得できたときに見せてよ」
どうして。どうして。
「どうして? どうして?」
「うん? 何が?」
「どうしてわたしの考えてることがわかるのよ」
怒ったような言い方をしてしまった。けれど、ネルは少し笑った。
「なんとなく、だよ。ミナの考えてることはなんとなく、わかるんだ」
「ごめん」
「何を謝ってるの?」
「わたし……」
言ってしまおうか。練習なんかしてないって。そしたら……ううん。なにも変わらない。なにも。
「ううん、なんでもないわ。……ねえ、ネル」
「なに?」
「ちょっと話、しようか」
「いいよ」
一瞬の間もなく、ネルは答えた。