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part3です。
第二章の前半部分がここまでとなり、part4から後半です。
集会の会場である聖堂に着いたのは、集会がそろそろ始まる雰囲気になったころだ。巨木を根元から大きく穴を開けたそれは、とても壮大だった。とにかく、木が健康だ。そして、内装もありえないくらいに整えられている。森の魔力の結晶から作られた調度品が、聖堂内を埋めていた。
「遅かったね」
何をどうしていいかわからず、うろうろしていると後ろから声が掛かった。とても、静かな声だった。誰の声か、振り返らなくてもわかった。
「ネル」
振り返ると、少し離れた場所にネルが立っていた。ネルは小さく笑って、こちらにやってきた。
「今日の集会は、ちゃんと聞いとかないとね」
「へ?」
別にこの出席しなくても、前にドズさんから聞いている。わたしにとっては、ただの面倒な行事の一つに過ぎない。
「何言ってるの? 『森の守護者』や『森の王』になるのに、『森の守護者』の話を聞いておかないと。ドズさんが言い忘れてることもあるかもだよ」
ああ、そういうことか。余談だけど、『森の人』になってから口数増えたなあ。前の無口なほうが好きだ。けれど声は静かで優しいのに違いは無いから、問題は無い。それに、口数で好きだの嫌いだの、そんなのはおかしい。ネルはネルであって、たとえ表面が変わろうとも根元からは変わらないと思う。
「そういうことね。わかったわ。ネル、寝ちゃ駄目よ」
わたしは人差し指を立てて、言った。ネルは少し笑った。
「寝ないよ。ミナじゃあるまいし」
…………。
ネルにわたしはそういう風に見えているのかな?
冗談? 違う?
「何処に座る?」
「適当でいいと思うよ」
わたしたちは最前列中央の椅子に座った。ここなら一番話を聞きやすいと思ったからだ。幸運にして、この席に座っている『森の人』はいなかった。
――と、演台のそばに一人の老人が立った。どこかで見たことのある顔だったけれど、誰だったかまでは思い出せない。そこから少し離れた場所に、若い男の人が立っている。
「本日の講師『森の守護者』のソト様です」
そうだ。ソト様だ。前にテトさんに魔法で顔と名前を教えてもらったんだ。覚えておいて損はない、とそのとき言っていたけれど、なるほどこういうことか。ソト様はわたしたちに一礼して演台に立った。腰が曲がっていて、顔にも深いしわが刻まれている。しかし、否定することのできないほどに強い存在感が、確かにその『森の守護者』ソト様にはあった(『森の人』になって階級――『森の子』、『森の人』、『森の守護者』、『森の王』の四段階――による礼儀が重視されるようになった)。
「集会の開催が遅れてしまって申し訳ない」
そう言ったソト様の声は、見かけからは想像できない、強く活力に溢れた声だ。わたしたちは、一礼してソト様の声に耳を傾ける。
「本日集まってもらったのは、魔法と諸君ら『森の人』の役割について、だ」
ソト様はそう言って、会場内を見渡した。
「――魔法は我々が使うことのできる、最も偉大な力だ。これは使い方次第で何にでもなる。諸君らには、最善の使い道を選んで欲しい。森のため、諸君ら『森の人』のため、そして『森の子』ために」
ソト様は一息ついて、続けた。
「決して間違った使い方をしてはならない。歴代の『森の王』が定めた禁術である、『破壊』の魔法、『命』の魔法、『時』の魔法、これらは決して使ってはならない。また、イメージから創り出した場合であっても、それは同じである。これは森の安定と世界の泰平を守るためである」
突然、会場にどよめきが走った。わたしは驚いて、後ろに振り返る。ネルも同じのようで、後ろを見た。
「ふむ。そこの手を挙げている者、何か質問なのかね?」
会場のほぼ中心に座っている一人の『森の人』が、手を挙げている。その『森の人』立ち上がって言った。
「その三つの魔法はどうして、禁術となったのでしょうか」
『森の人』の視線が、ソト様に集まった。ソト様は「ふむ」と頷いた。
「それはな、世界のルールに反するからだ。『破壊』の魔法は、神と『森の王』が創り守ってきた自然を文字通り破壊し、『命』の魔法は各生物各個の治癒力を無視して傷を癒し、最上級魔法まで至ると、死者をも蘇らせる。『時』の魔法は一定した時の流れを乱し、さらには時空を超えてしまう力を持っている。これは、世界と神に対する冒涜だ。まあ、禁術になったきっかけがあるのだが、それはまたの機会においておこう。諸君らが生活していくうちに、おのずとわかるだろう。そして、この三つの魔法の危険性に気付いた歴代の『森の王』が禁術に指定したというわけだ。……質問の答えになったかね?」
質問をした『森の人』は「はい」と答えて座った。わたしには『きっかけ』が気になったけど、それは聞いても答えてくれないだろう。
「ふむ。では、次は諸君ら『森の人』についてだ。『森の人』には三つの役割がある。一つ目は、魔法の鍛錬をすることだ。それは結果として、森のためになるのだ。何度も言うが、決して悪しきことに使うことのないようにしてもらいたい。二つ目は、『森の子』を守ること。魔力に『耐性』の無い『森の子』は、諸君らの知っての通り魔法が使えない。自衛の手段が無いのだ。そこで、諸君らに『森の子』をゴアビーストの脅威から守って欲しい。『森の守護者』もいるが、彼らはなにぶん忙しくてな。わたしもそうだが、森かなはなれることも間々ある。それに、森も魔力の制御もある。諸君らも大変だと思うが、協力して欲しい。最後は、エステア湖に天花を捧げることだ。各自毎日一本を捧げるように。天花は森の魔力を吸って成長し、自らも魔力を作る。そして、繁殖力も強い。毎日捧げても、無くなることは無い。森が滅びるまでな」
森が滅びるまで。
まるで滅びることが予想されているような、そんな言い方だ。こんなにも健康的な森が滅びるなんて、わたしには想像もできない。
「ふむ。まあ、余談だが……」
ソト様は『森の人』や森のあるべき姿やこれからの指針に触れながらも、あまり関係のない話を語った。
ソト様の集会が終わり、わたしたちは聖堂を出た。外の新鮮な空気が気持ちいい。
「特に新しい収穫は無かったね」
隣でのびをしているネルに言った。
「そうだね。まあ、禁術があるってのは驚いたけど」
ネルはわたしの方を見ず、森の奥を見ている。わたしもネルの向いているほうを見てみたけど、特に何も無かった。
ネルはそのまま歩き出した。わたしもそれに続く。
「そういえばさ」
ネルが呟くように言った。
「うん」
「『森の守護者』って何処で生活してるんだろ? それに、ソト様くらいにしか会ったこともないんだけど」
「そういえばそうだね。どうしてるんだろ。人数が少ないから会いにくいのは不思議じゃないけど……」
実際、わたしたちが『森の人』になって三十日くらいになるけど、今日の集会までに一度も『森の守護者』に会ったことも、見かけたことすらない。住んでいる場所が『森の人』と違うのはわかるけど、けど、ほかに魔力の濃い場所をわたしは知らない。
「うん。それに、実在するかも疑わしいよ」
「実在はすると思うよ。だって、『森の王』は『森の守護者』から選ぶ決まりだもの。それに、さっきのソト様が『森の守護者』じゃない」
わたしは言ったけど、ネルは頷かなかった。
「確かにそうだけど、もし決まりが、ソト様のその肩書きが、そもそも嘘だったら?」
「嘘?」
こくっとネルは頷いた。
「でも、そんな嘘って意味あるの?」
ネルはしばらく黙っていたが、やがて首をゆっくりと振った。
「まあ、ボクも確証があって言ってるわけじゃないし。今言ったことも、言ってしまえば暇潰しだよ」
「暇潰し……?」
「うん。だって、森の生活って退屈だと思わない?」