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星降る森  作者: 人鳥
第一章 星の昇る日
3/23

後編

まことに勝手ながら、第一章を分割し、二部構成と致しました。内容には変更はありません。また、web小説の経験が非常に浅いので、お気づきの点がありましたらご遠慮なく教えてください。次回投稿時に活かすことが出来ます。

 景色が開けて、目の前にエステア湖が広がった。星の魔力が加わっているからか、湖は輝いて見える。湖には、すでに『森の子』たちが水を浴びていた。

「……きれいね」

 ――と、ハギの体がぐらりと傾いた。

「ちょっ、大丈夫?」

 ハギの体を抱きとめる。息が、荒れている。

「はあ……はあ、大丈夫。今回は失敗できないからね。こんなトコで終われないさ」

 ハギは自分の体を自らで支えて立ち上がった。息は、やっぱり荒れている。汗もさっき見たときよりも、量が増えている。

「大丈夫?」

 もう一度きいてみる。ハギは首肯してわたしの前を歩いていく。

「さあ……浴びようじゃないか」

 湖に近づき、こちらに振り返って言った。玉の汗が吹き出ているハギは、見ていて、わたしが苦しかった。

「……うん」

 わたしには頷くことしかできなくて、ハギの横にしゃがんだ。被っていたフードを取って、水をすくい上げた。水は冷たいはずなのに、手のひらはとても熱い。それを、いきなり頭にかけるのは怖くて、腕に流した。ローブの中に水が入ってきて、腕を濡らす。腕が熱くなった。

 ふと、わたしは嫌な予感がしてハギ見た。

 ハギは、まだ湖に手を浸けられずにいた。

 ハギは湖に手を伸ばしたり、戻したりしていた。伸ばした手を、湖面で止め、また引き戻す。

「どうしたの?」

「……怖いんだよ。知ってるかい? 湖の水の魔力は、森に漂う魔力の三倍の濃度だ。キミならともかく、僕が触れるのは無理だよ。次回でもっと『耐性』できないとね」

 わたしはハッとして、周りを見た。さっきまでいた『森の子』の数が、かなり減っている。わたし少し水を浴びている間に、半数は湖から離れていた。

「――――っ」

 残っている『森の子』の中にネルを探したけど、いくら湖が輝いているとはいえ、陽が沈んだ森の中では顔が確認できなかった。

 みんな、諦めて帰ってしまった。

 夢を先延ばしにしてしまった。

半年前のわたしのように。

「ミナ、僕も帰るよ」

 ハギは立ち上がっていた。ハギの顔には、今までわたしが見たこともないような、深いかげがあった。

「僕にはここの魔力は強すぎる」

 わたしの返事を待たず、ハギは帰ってしまった。

 わたしは何も言うこともできず、また水をすくい上げた。

「……ばか」

 水を頭にかけた。続けて、顔にもかけた。水が流れて、ローブの中に入ってくる。

 ――突然頭の中が揺れた。めまいにも似た感覚がわたしを襲う。

「あああっ!」

 思わず声を上げ、頭を押さえた。しばらくそうしていると、揺れは収まった。そして、確信した。湖の中に手以外の部位を入れてはいけない、という制約は、身の安全の為なのだと。もし仮に、一気に全身に浴びることがあれば、その『森の子』は魔力に呑まれてしまうだろう。運が悪ければ死んでしまうかもしれない。わたしは、先ほどの自分の行動を恥じた。

「はあ……はあ……。もっと、もっとゆっくり」

 呟いて、今度は足にかけた。さっき頭や顔にかけたから、もう殆どの部位が水に濡れている。でも、背中を濡らさなくてはいけない。というか、どれくらい濡らせばいいのだろう。

「あの……すいません」

 わたしは一番近くに浮いていた『森の人』に声をかけた。

「うん? 何だい?」

 その『森の人』の声は若い男性のようだった。顔が見えなかったため、声をかけるまでわからなかった。たぶん、わたしの予想は当たっているはず。外れたところで全く困りはしないけれど。

「あの……どのくらい水を浴びればいいんですか?」

 わたしがそう聞くと、その『森の人』は納得したように笑った。

「ああ~、君が着ているそのローブの曲線が完全に消えるまでだよ。その曲線は、着ている人の魔力に反応して消えるんだ。確認は僕たちがするから、とりあえず自分が見える範囲が消えたら言ってね。そしたら、僕が次にすることを言うから」

 『森の人』はまた辺りを見回し始めた。

 どうやら、わたしが知っていた儀式の方法は、簡略化された内容だったらしい。最後の部分が抜け落ちていた。大筋はあってるけど。

 わたしは自分のローブを見てみた。言われてみれば、曲線が少し薄くなっている。でも、わたしの着ているローブは、後ろの首元、フードで隠れる部分に濃い紋様が描かれている。それが消えるのは手間が掛かりそうだ。いや、みんな同じかもしれない。ハギのローブはどうだったのだろう。

 すくっては浴び、すくっては浴び、何度も繰り返した。途中、何度か気分が悪くなったけれど、我慢して続けた。全身が熱くなって、全身余すところ無く、水がかかった。曲線も、わたしが見た限り消えている。

 終わった(自己申告)。

「あの、消えたと思うんですけど」

 さっきの『森の人』声をかける。

「おっ、きたね」

『森の人』は嬉しそうにこちらにやってきた。地面に下りて、わたしのローブを確認する。

「ちょっとごめんよ」

 そう言うと、『森の人』はフードを持ち上げた。そして、すぐに手を放した。

「どうですか?」

「うん。大丈夫そうだよ」

 嬉しくなって、わたしは後ろに勢いよく振り返った。

「さあ、最終段階やろうか」

 そういえば、次にすることがあったんだっけ。

 わたしは頷いて立ち上がった。

「どうすればいいんですか?」

 聞くと、『森の人』は小さく笑った。

「そんなに身構える必要は無いよ。簡単なことだよ――湖の水をてのひらですくって飲むだけだよ」

 飲む?

 エステア湖と星の魔力が大量に溶け込んだこの水を?

 浴びただけで体が熱くなるこの水を?

「……」

 わたしは怖くなって、ただ湖面を見ていた。

 輝く湖が、自分にとって禍々しいものに見えた。

「大丈夫だよ。僕もちゃんと飲んださ」

 そう言って、『森の人』は嘆息した。

「……わかったよ。今、僕が飲んで見せよう」

「えっ?」

 わたしが声を上げたときには、『森の人』はすでに水を飲んでいた。

 わたしは黙って彼を見ていた。

 一回。

 二回。

 三回。

 四回。

 五回。

 『森の人』は水を飲んだ。けれど、何が起こるわけでもなく、平然とした表情でわたしのところに歩いてきた。

「さあ、飲んでみなよ。ああ、別に飲むのは一回でいいからね」

 こうなってしまっては後には引けない。わたしはしゃがんだ。

 湖面が近くなる。

水は妖しく輝いてる。

 わたしは両手で水をすくった。

「さ、それを飲めば『森の人』になれるよ」

 後ろから『森の人』の声が聞えた。

 周りを見てみると、他の『森の子』たちは水を浴びている最中だった。

 今、これを飲めばわたしが一番だ。

 そう思うことで、恐怖心を消し去った。

 すくった水を、口の中に流し込んで、飲み込んだ。

熱いスープを飲んだときのように、口の中が熱くなって、食道も胃も熱くなった。

 全身が熱くなって、溶けるんじゃないかと思った。

 熱くて仕方が無くて、わたしは胸を押さえた。そうでもしないと、耐えられない熱さだ。

「飲めたね」

 ぱちぱち、と後ろから小さな拍手が聞えた。ひどく落ち着いた、けれど嬉しそうな声だった。

「ふぅ……、はあっ、……はあ」

 わたしの呼吸が整うのを待って、『森の人』は言った。

「君……名前は?」

「え? あっ、あの、ミナです」

 わたしが名乗ると、『森の人』は宙に浮いて、湖の真ん中まで進んでいった。

「…………」

 黙って『森の人』を見ていると、いきなり彼の体が発光しだした。

 突然光が溢れた湖の真ん中に、自然と視線が集まった。

「今回の成功者の第一号が現れた! 名をミナという!」

 『森の人』が叫ぶと辺りにざわめきが起こり、「負けてられないな」という小さく優しい声が聞えてきた――気がした。

「ネル?」

 辺りを見回しても、ネルと思しき人物は見つからなかった。なにより、誰の顔も見えない。

 空耳だった。

やがて光は消え、『森の人』がわたしのところへやって来た。

「おめでとう。たった今から君は『森の人』だよ。魔法はまあ、明日から使えると思うよ。自分の限界は自分で見極めてね。あとは自分のイメージと勘、それから経験だよ」

 『森の人』は自分のことのように喜んでくれて、わたしも自然と顔がほころんだ。

「ありがとうございます。……あの、もう少しここでいてもいいですか?」

「もちろんだよ。なんなら、星が昇るのを見るといいよ。とても綺麗なんだ」

「はい。そうします」

 わたしが頷くと、『森の人』は小さく笑って警護に戻った。


 一人呆けたように座っていた。

 彼の名前が呼ばれるのを待つあいだ。

 何人もの『森の子』……いや、『森の人』たちの名前が呼ばれていくけど、彼の名前は呼ばれない。

 ねえ、聞えてる?

わたし、待ってるよ?

早く成功させてよ。

ねえ……ねえ。

 と、中に浮いていた『森の人』たちの様子がおかしくなった。

「どうしたんだろ」

 『森の人』を見ていると、彼らはみんな湖の上から姿を消した。

 ――星が昇る。

直感した。そして、いまだ呼ばれる彼を思うと無性に悲しくなってくる。

「ばか。ばか。どうして諦めちゃうのっ。わたしでも成功したんだよ?」

 誰も聞くことの無い言葉を呟き、湖を見た。

そして、言葉を失った。

 そこには、発光した『森の人』がいた。誰か、成功者がいる。

 しかし成功者の発表は、別の『森の人』の叫びによって中断された。

「馬鹿野郎! 今すぐ湖面から離れろ! 星が昇るぞ!」

 発表をしようとしていた『森の人』は、苦虫を噛み潰したような顔で湖面から姿を消した。

 瞬間、湖の輝きが増した。

金色の光が、帯のように天に昇る。それが灯台の灯のように動いて、空を照らした。わあっ、と歓声が上がり、それに応えたいのか、さらに輝きが増した。

 光に満ちたエステア湖。わたしは思わず手で光を遮った。直視するには眩しすぎる。強い輝きを放つ湖に、また新たな変化が起きた。

 湖から強大な魔力が放出され、それと同時に湖の中心が大きくドームさながらに盛り上がった。そして、そのドームから大量の、いや、無数のといったほうが正しい、小さな何かの破片のようなものが飛び出していった。それは一直線に空へと向かい、夜空にちりばめられた。

 ある破片は、上昇の途中で別の破片と結びつき、ある破片は見えなくなるほど遠くに消えた。上昇していく破片のあとに、小さなきらめきが残った。それは少し光ると消えて、ほんの刹那だけど、わたしたちの目に焼きついていく。

 『星の破片』は空へと帰り、空は満点の星空へと変貌した。空に光が満ちる。月だけが光っていた寂しげな空は一転、星たちが輝く明るく、まるで希望が詰まっているような空へと変貌した。わたしの個人的なことを言ってしまえば、月だけの空のほうが好きなのだけれど、これはこれできれいだと思う。

 久しぶりに空に姿を現した星は、次に訪れる『星降りの夜』まで空で輝き続ける。そして、『星降りの夜』にまた湖に落ちてくる。星は空と湖を循環している。

 世界中に点在するこういった湖が魔力の源で、落ちてきてまた空に戻る星もまた、魔力の源だ。

 星が昇っていく間、わたしは何も言うことができなかった。身動きすらできなかった。あまりに美しい情景に心を奪われたからだ。

 我に返って辺りを見たとき、わたしは絶句した。

 儀式に失敗した『森の子』たちが、あまりに強大な魔力にあてられて倒れていた。数日は目を覚まさないだろう。あくまでも勝手な予想だけど。

 星の上昇が終わり、エステア湖には静寂が戻ってきた。そして、程なくして湖の中心に『森の人』が現れた。体が発光している。さっき、成功者の発表をしようとしていた『森の人』であることは間違いなかった。                                                   

「今回最後の成功者を発表する!」

 『森の人』は意識してか無意識にか、そこで間を空けた。

 みんなの視線が一斉に『森の人』に向かう。祈りに似た気持ちで、わたしはその『森の人』

を見た。

ネルネル、ネル。あの約束、覚えてる?

ああ、昨日の約束だよ。森の頂点に立つなら、この程度で負けてちゃダメだよ。

『森の王』は、もっともっと大変なんだから。

 『森の人』が大げさに両手を広げた。

 気付けばわたしは胸の前で両手を合わせていて、きつく目を閉じていた。

「名を――ネルという!」


 ネルはエステア湖から少し離れた場所で座っていた。昨夜一緒に話をした場所だ。

 わたしは『森の人』に魔法で体とローブを乾かしてもらっていたけど、ネルの体とローブはまだ濡れていた。

「ネル!」

 わたしは後ろからネルを呼んだ。

 ネルは返事をせずに、ただ空を見上げている。無視しているわけじゃない。聞えてる。

「ミナ」

 大きく間を開けて、あの優しい声をわたしにかけてくれた。

 顔だけをこちらに向けて、少し微笑んでまた空を見上げた。

「ミナ――ボクら『森の人』になったんだね」

 空を見上げたままそう言ったネルの表情は、今まで見た中で一番輝いていた。

「そうだよ。そして、『星降りの夜』で儀式に成功したら『森の守護者』になれる。『森の守護者』になれたら、『森の王』になるのも夢じゃないわ」

 わたしも気分が高揚していた。

「ボクは『森の王』になる」ネルの声は誓いをたてるような力強さがあった。「そして、この森を守り続けるんだ」

 ネルは支えていた手を放して、仰向けに寝た。わたしも隣に並んで寝て見た。空には、さっき昇った星が光っている。

「ねえ、ミナ」

「うん?」

「ミナは、どうするの?」

 わたしはどうする。わからない。わからない。わからない。

 わたしの世界はネルを中心に回ってて、魔法の世界は『色彩の魔法』が全てだった。

 わからない。わからない。わからない。わからない。

 わたしが一体何がしたいのか。『森の人』になって……。

今までは……ネルを追いかけていただけだった。

……だったら――これからも追いかけ続けよう。『森の守護者』になって、『森の王』のネルを助ける。それはきっと森のためになる。

「わたしは……」今までずっと一緒にいたけれど、口に出して言うのは初めてだ。「……わたしは、ずっとネルのそばでいるわ。ネルと一緒に森を守るの」

 言ってやった。わたしは隣で一緒になって寝そべっているネルの顔が見えなかった。でも、ネルがこちらを見ているのは、気配でわかった。

 ねえ、届いた? 気持ち。

「……そう。ありがとう」

 いつもよりも静かで、優しい声だった。わたしの心が、また洗われた。

 ネルは立ち上がって、わたしに手を差し出した。

「これからもよろしくね。ミナ」

「うん」

 わたしは一瞬も迷う事無く――その手を握り返した。


 その日、わたしたちは特にとりとめの無い話をして、何を話すわけでもなく空を見上げて、いい加減帰らなくてはいけないと思ってしまう頃合まで、そこにいた。でも、そのなんでもない時間が、わたしにとっては楽しいものだった。ネルは終始笑顔でわたしを見ていた。

ネルは家を出るのが遅くなって、湖に着いた途端、全力で水を浴びて飲んだらしい。無茶をする。わたしとネルの『耐性』にはとてつもないほどの差があるのかもしれない。

 あとから気付いたけど、ネルはあれでも興奮していたようだ。『森の人』になれたことが、嬉しかったんだ。わたしは、年に一度見られるか見られないかの、貴重なネルを見た。

 たぶん、違いはわたしにしかわからないだろうけど。

 けどわたしにはわかる違いが、確かにそこにはあったんだ。

 ねえ、ネル。

 わたし――きみの隣で歩いてもいいかな?

 いい、よね。

 ダメ、かな?


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