後編
結局のところ、私がやったことは正しかったのだろうか。いやいや、別に後悔などはしていないのだよ。後悔には全く持って意味がないのだから。しかし、全ての事情を知る私にしてみれば、気に病むのは当たり前のことであり、気に病まないほうがどうかしているといわざるを得ないのだ。
なんて、そんなことなど思っているはずもなく、私は久しぶりに訪れた人間の国を満喫していた。
「全く変わっていないな」
国の様子は全くといっていいほどに、前とは変わっていなかった。あのままネルの部屋にいてもよかったのだが、本当に留まっているほど私は気の回らない人じゃない。あそこはいなくなるのが良心というものだろう。
さて、と。これからどうしようか。
考えるまでもなかった。人間の国に来たのなら、王に会うのが普通だろう。私は人間とは異なる種族なのだから。
方向を王城に変えて歩き出す。市場を抜けて、噴水のある広場を通り抜ける。人通りがほとんどなくなったところで、城門に辿り着いた。
二人の兵士が私の行く手をふさぐ。
「名前と用件を」
この二人が私を知らないはずがあるまい。前回訪問したときもこの二人に同じ質問をされた。けれど、不愉快には思わない。これが仕事なのだから。
「『森の王』のテトという。本日はこの国の王と対談に訪れた」
兵士は一瞬で視線を送りあい、首を横に振った。
「残念ですが、本日王は『森の王』との面会は予定されておりません」
「忙しいのか?」
問い返すと、兵士は困った表情でまた一瞬で視線を交わした。
「王は常に多忙なのです」
「それは仕事の行い方が悪いのだよ。で、本当のところは忙しいのかね? 別に事務的な返答はいらないよ」
『森の王』という立場を最大限に利用させてもらうとしよう。対して用事があるわけではないのだが、ミナとネルの気が済むまでは帰れないだろう。ま、今日中には帰るのだが。
「……王に許可要請をしてみます。少々お待ちください」
一人の兵士がそう言って、詰め所へ行き何かを始めた。たしか、内線とかなんとかいったはずだ。
もう一人の兵士が私を見張る。勝手に城内に侵入することを警戒しているのだろう。ま、私が本気を出せば一瞬にしてこの程度の門など通り抜けられるのだが。
しばらくして、兵士が戻ってきた。
「どうだったのかね?」
すかさず私が聞く。
「許可が下りました。どうぞお通り下さい」
今度は先ほど私を見張っていた兵士が動いた。門の前で何かをしているが、私には彼の体が邪魔で見えない。
「あれは極秘事項なのですよ」
兵士が私に言った。開けっ広げな極秘事項もあったものだ。だからこそ、なのかもしれない。それがどうであったところで、私には全く関係のないことだ。
「どうぞ」
何かを終えた兵士が戻ってきて言った。大仰な門が開いた。
「人を暇つぶしの道具にするのはやめてもらいたいものだ」
皮肉たっぷりに王が言う。
「そう言うなよ。どうせ暇だったのだろう。争いも何もない国だ。やるべき仕事などたかが知れている」
「ふん。それはそなたのほうだろう。聞いたぞ? ほとんどの仕事をソトに任せているそうじゃないか」
「はっはっは。誰から聞いたのかは知らないが、素晴らしい情報力だ。森の情報を得るとは」
「そなたが自分で言った。忘れているのか?」
「何年前だ?」
「半年前だ」
「……」
「まあ、そなたにとってはほんの一瞬なのだろう。ところで、そなたは後何年、『森の王』であるつもりだ」
「そうだな……。実は考えたこともないのだよ。……三百年くらいかな。二百年くらいは本当の意味で遊んで暮らしたい」
「人間の常識では計り知れない月日だが、そなたにしては一瞬なのだな。二百年は」
「そういうことだ」
私は「くすくす」と嫌らしく、人間の王は「はっ」とシニカルに笑った。
「そろそろ帰ってくれないか? 本当に何の用事もないならな」
「いいのかね? 腐っているとはいえ私は『森の王』だ。そんな態度をとって、百年後くらいに仕返しをするかも知れんぞ?」
「問題ない。そなたはしない」
「…………」
「ほら」
ひらひらと手を振って、私を追い払おうとする。
「邪魔したな」
「二度と来るな」
「君もたまには森に来るといい」
「……考えておこう」
外に出て太陽の位置を確認すると、それほど時間がたっていないことがわかった。
今から帰って大丈夫だろうか。大丈夫だ。
「帰ろう」
噴水のある広場を通り抜け、市場の品物に目を向けながら、それでも何も手に取らずに進む。当然だ。人間の通貨など私が持っているはずもない。通貨という概念も人間の国に来て初めて知ったくらいだ。
人通りが少なくなり、居住区に入る。その居住区の端、国の門のすぐ前がネルの仮住まいだ。
「おや……」
ネルの仮住まいから光が漏れている。しかも虹色。それが一体何なのか、なぜネルの家から光が漏れているのか、その全ての理由が、私には手に取るようにわかった。そして、自然と笑いがこみ上げてきた。
「ククク……ハハハハ! 傑作だ。傑作だよ! ミナ!」
ネルが話し出すのを、わたしは意図的にさえぎった。
強くなるための一歩を踏み出した。
そして、今まで保留にしていた約束を果たすときも、同じくしてやってきた。
「うん?」
ネルは言葉を止めた。
「見て欲しいものがあるの」
わたしは立ち上がって数歩前に進む。テーブルの前に立ち、ネルを振り返る。ネルは不思議そうにわたしを見ている。その視線に笑顔を返し、両手に魔力を込めた。
「ミナ?」
「いいから。見てて」
約束。
『星昇る夜』の前夜からずっと果たせなかった約束。
見せてあげるってそう言ったのに。
結局は今まで一度も練習すらしていない。
失敗が怖い。
成功も怖い。
『色彩』の魔法を発動することが――怖い。
自分の魔法が、物語が、そこで終わる気がした。
続きがないような気がした。
そんな自分の恐怖心に勝てなくて、ずっとずっと先延ばしにしてきた。けど、今はもう怖くない。
わたしの魔法は、物語は、こんなところで終わらない。
終われない。
わたしにはまだ、まだまだやらなくちゃいけないことがある。
やりたいこともある。
ネルに『森の人』になってからのことを聞かれて、ネルを支えると言った。今までそれはきっと、全然できてなかったと思う。
口先ばかりだった。
前に進まなくちゃいけない。
恐れてばかりで、変わることに怯えていたわたしから。
『色彩』の魔法という、温かく優しい呪縛から解放されなくちゃいけない。
そう思うと、自然と力が湧いてくる。
――強くなれるような気がした。
「お待たせ」
わたしはいつの間にか笑っていた。
途中で連載が切れた、とかそういう紆余曲折ありながらもどうにか連載を終了することができました。
「星降る森」は僕の最初の連載作品であり、初めて書いた長編(と言えるほどの分量でもないけれど)でもあり、思い入れの深い作品です。
この作品は過去に書いたものを一部、改変したものです。当時の考えのままでいきたかったので、大きくは変えていませんが。
今作はこれで終了ですが、現在、「スクランブルワールド」を連載しています。
こちらは「星降る森」とは全く違った雰囲気の作品になっています。ライトノベルを意識してみました。気が向いたらどうぞ。
最後になりましたが、ご愛読ありがとうございました。