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本章もこれで最後です。
前回に引き続きテトさん視点です。
ごめんなさい わかりにくいですが、途中でミナ視点に戻ります。
そこで切ればよかったのですが、話数とか文字数の都合で切りませんでした。
次回、最終章「色彩の魔法」お楽しみに。
いやいや、早いものですね。
幼いころはよく外で遊んでいた。が、ここ五百年はろくに散歩もしていない。『森の王』だから、というのもあるのだがどうも職場と家の往復ばかりになっている。
まるで人間の男みたいだな。公共機関や王城に勤めている人間はそうらしい。まったく、無駄な一日だよ。生きるために働くのではなく、働くために生きているみたいではないか。
目的と手段が逆転していると、私はここで忠告しておこう。聞えてはいないだろうがね。
「『森の人』なら仕事など楽なものなのにな」
天花など供えるのに半刻(人間から得た時間の概念。『森の住人』は使用しない)とかからないだろう。こんなことなら『星降りの夜』の儀式など参加しなければよかった。ま、人間との対談は面白いから、それは得した気分だが。私たちにはない考え方を得られるわけなのだから、話すだけでも価値がある。さらに酒(森の酒のほうが私の行く人間の国の酒よりもアルコールは強い)を交えば、その人間の心の内が垣間見れる。それが本物の心、すなわち本性だとは言わないがね。抑圧された感情が、大きく膨らんで現れると言えば角が立たなくていいかもしれない。余計に問題かもしれないが。
背中から気配を感じて振り向かずに相手を確認する。
「ソトか」
「ふむ。よく気付いたな」
確認して初めてソトに振り返った。
「魔力の流れでわかるよ。どこに誰がいるかなど、一+一の計算と同じくらい楽にできる」
「では、なぜネルとかいうあの少年の行方をあの少女に教えないのだ」
怪訝そうな目でソトが言うが、そんなのわかりきったことだ。
「簡単なことだよ。頼まれたからさ」
「誰に」
「それこそ簡単なことだよ。聞くにも値しない。愚問と言っても過言ではない」
ソトは少し顔をしかめた。
「あの少年本人か」
「その通りだよ」
そうだ。ネルたっての頼みだ。私はどうにもできない。アイツの決めたことだ。私は何も口出しはしない。けれど……ま、ふふ。アイツに意地悪するのも楽しいかもしれないな。どうせ、大したことじゃい。私がミナに『森の王』という肩書きを隠したのと同じようなレベルのことなのだから。あー、本当に意地悪してやろうか。いやいや、しかし……。
「どうした」
ソトが何もしゃべらなくなった私の顔を怪訝そうな目で見る。
「なんでもないよ」
「少年のこと、あの少女に教えてやる気にでもなったか?」
ぐっ鋭い。
「別にそういうわけではないよ」
素直にうなずくのも何となく嫌だ。
「そうか。さあ、今日は少し働いてもらおうか」
ソトが意地悪く笑う。
「断るよ」
「わかっているとも」
私は笑い、ソトは肩をすくめた。
「よろしく頼むよ。ソト殿」
「お任せあれ。『森の王』」
言葉通り全ての仕事をソトに任せ、私は家に帰った。『モノ』を机の引き出しから取り出し、それを机の上に置いた。
「これはもう必要ないな。ネル、私を信用するには人生経験が足らんよ」
指先に火を灯し、その『モノ』に触れた。
『モノ』は炭に変わった。
決心が、ついた。
「ミナ」
椅子に座り、のんびりとお茶を楽しんでいたミナの前に座る。
「あ、テトさん」
「私の仕事が何だったか覚えているかね」
「え?」
突然の質問に、ミナがキョトンとした表情で私を見返す。
「覚えているかね?」
「えっと……確か森の魔力量の調節とゴアビーストと人間の王との対談。それから、雑務が色々。でしたっけ」
中々よい記憶力だ。私も鼻が高い。いや、私が教育したわけではないのだが。
「その通りだよ。それでは、以前私が約束したことを覚えているかね?」
「人間の国に連れて行ってくれるんですよね」
「その通りだよ。実は明日にでも発とうと思うのだが、どうだね」
「えっ、明日、ですか?」
「うむ。何か用事でもあったりなかったりするのかね」
ミナは思い出しているのか、うつむいて頭を左右に振っている。
しばらくして、ミナが顔を上げた。
「はい、大丈夫です」
あれだろうか。ミナは大切なことを忘れてしまって、思い出すのに時間がかかる体質なのだろうか。
「そうか、ならば明日だ。……そうだ」
「はい?」
「いや、なんでもない」
「……?」
私は小さく笑い、その場から逃げるために外に出た。
結局、黒い立方体の物体は探しても見つからなかった。でもまあ、今日見つかったのだから、そのうち見つかるだろう。今度は完全に腐敗しているだろうけど。
テトさんは家にはいなかった。
「テトさん見せたいものが!」
「何かね?」
「あれ? なくしちゃった……」
みたいな展開にならなかったのだから、この場合テトさんが家にいなかったことはよかったことだと思う。きっとそうだ。誰だって失敗というものはしたくないものだし、いくら失敗は成功の元で失敗が人を成長させるとしても、失敗せずに生きていて問題ないというのならば、失敗などしたくない。自分の脳内に恥ずかしい記憶が残ることもなければ、他人の脳内にわたしの恥ずかしい笑い話が記憶されることもないからだ。
しかしまあ、わたしは失敗に失敗を重ねさらに失敗を二乗したくらの失敗をすでに経験済みであるから、多少の失敗など対して気にはならないのだが。
……どんな失敗か?
教えるわけがない。
「今からどうしよう」
今更外に出るのもアレだし、話し相手がいるわけでもない。おなかも空いていない。あ、でも。
「喉、渇いたかも」
川から水を汲んで、テトさん自作のろ過機で川の水をろ過する(今までは加熱消毒と目に見えるゴミを取るだけだった。ろ過機は人間の技術らしい)。ろ過した水を魔法で加熱して保存していた葉を入れる。
「いいにおい」
ふんわりといい香りがしてきた。透明だったお湯が茶色く変色している。
「できた」
コップを持って椅子に座る。一口飲んで、コップを机の上に置いた。
ゴトッと音がした。
「ミナ」
テトさんが帰ってきたようだ。テトさんはわたしの前に座り、小さく笑った。
「あ、テトさん」
「私の仕事が何だったか覚えているかね」
えっ? あー……。突然言われても。
「覚えているかね」
記憶を総動員してその答えを探す。答えは割りとあっさりと見つかった。
「えっと……確か森の魔力量の調節とゴアビーストと人間の王との対談。それから、雑務が色々。でしたっけ」
ふう。答えられなかったら何かある、というわけではないけれど、答えられてよかった。個人的にすっきりする。
テトさんはなぜかうれしそうに笑った。
「その通りだよ。それでは、以前私が約束したことを覚えているかね?」
えぇっと~。
「人間の国に連れて行ってくれるんですよね」
「その通りだよ。実は明日にでも発とうと思うのだが、どうだね」
よかったぁ。って、ええええ!
「えっ、明日、ですか?」
「うむ。何か用事でもあったりなかったりするのかね」
微妙にいつもの口調じゃない。どこかこう、迷っているような感じ。テトさんらしくない。いつも論理的で、話の組み立てを考えてから話す。なのに、ううん。よくわからない人だ。まあ、それは今に始まったことじゃないけれど。
出会ったときからそうだったけれど。
そんなことはどうでもよくて、わたしは反射的に頭を下げてしまった。どうしようどうしよう。別に用事は無いけど、暇人だと思われるのも嫌だなあ。思い出すふりくらいはしておこう。
……。
…………。
………………。
そろそろいいかな。
「はい、大丈夫です」
「そうか、ならば明日だ。……そうだ」
「はい?」
「いや、なんでもない」
いやいやいや。そんな途中で止められても!
「あの!」
と、声をかける前にテトさんは小さくわたしに笑いかけ、家から出て行ってしまった。