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お久しぶりです。
ネット環境が整いましたので、星降る森最新話、お届けします。
当時、ハギとコズと同居を始めて間もなかったわたしは、一日のほとんどを外で過ごしていた。その日は、何となく外に出て、何となく、夜遅くまで外でいた。
気がつくと、辺りは真っ暗になっていた。
「あ、ちょっとマズいかも」
気付いたときにはすでに遅く、帰り道がわからなくなっていた。別に帰らなくて問題があるわけではない。コズも歳のわりにしっかりしているし、ハギだって「夜の森を知るのも、勉強だ」なんて言って、自ら率先して突然朝帰りをしたりする。わたしは今回が始めてだが、問題はないだろう。
「それにしても……」
夜の森は不気味だった。ギーギーと、夜行性の鳥や獣の声が聞え、水の爆ぜる音も、不気味さに拍車をかけていた。
「よくこんなところで一晩過ごせるわ。ハギって変わった人なのね」
この手の呟きは誰も聞く人がいなければ寂しいものだ。すぐに口をつぐみ、朝を来ることを待った。けれども、嫌なときほど時間の進行が遅く感じるのが世の常。朝はなかなかやってこない。
寝れば時間の早さも何もない。それに気付いたわたしはその場に寝転び、星空を見上げた。
不思議と周囲に木の生えていない場所で、星空が遮られることなく見えた。こんなに広い空を見上げるのは久しぶり。森の中は木の枝で少ししか見えない。エステア湖ならこれよりもっと見えるけれど、魔力の圧力で苦しくて長居ができない。ぼーっと空を見上げていると、突然わたしの目の前に顔が現れた。
「大丈夫? どうしたの?」
わたしと同じくらいの男の子がわたしの顔を覗きこみ、珍しいものでも見ているかのようにわたしに話しかける。
「ねえ」
「大丈夫。帰り道がわからなくなっただけだから。夜が明けたら問題ないわ」
答えると、男の子はわたしの隣に座った。
「…………」
「…………、なにかな?」
男の子はわたしの隣に座り、けれども何もしゃべらなかった。変だと思って声をかけた。
男の子は答えず、空を見上げている。
「うん。退屈だろうなって思ったから」
長い沈黙のあと、ぽつりと呟くように言った。静かで優しい声だ。
「ネルっていうんだ」
またしばらくの沈黙のあとに、男の子が言った。
「えっ?」
いきなりしゃべるものだから、何のことだかわからなかった。
「ボクの名前。キミは?」
「ミナよ」
「そう」
「うん」
それきり、わたしたちは話さなかった。
ネルとの出会いは、テトさんとは対極の静か過ぎる出会いだった。思えば、このころからネルと沈黙に陥るのは平気だった気がする。
「これ、あげる」
夜が明け、別れ際にネルがわたしに何かを差し出した。黒い立方体で、特に何の変哲もない。
「なに?これ」
「使い方しだいで善くも悪くもなるもの。もらい物だからよくわからない」
……不用品処理ですか?ていうか、ほとんどのものが、当てはまるよ。
「……そうだね。まあ、受け取ってよ。役に立つかもしれない」
「あ、ありがとう」
わたしはその何かを受け取った。ネルは微笑み、歩いていった。わたしは一人取り残された。
「帰るか」
太陽が昇り、帰り道もわかるようになった。ここに留まる理由はないし、一応ハギやコズにも顔を見せておかなくてはいけない。黒い立方体の物体をパンツのポケットに押し込み、家路に着いた。
「何て言ったらいいかな」
もしもの時のために言い訳を考えながら歩く。名案は浮かばなかった。
家に帰っても、普通に「おかえり」と迎えられるだけだった。
けれど、黒い立方体の物体は消えていた。
長年放置されていたためか少々腐敗しているけれど、あのときの黒い立方体の物体で間違いなさそうだ。それを持ち上げ、よく観察する。
「特に変なトコはないわね。中にも何もないし……」
腐ってもろくなった箇所に穴を開けて中を覗き込んでも、何もなかった。魔力も感じない。となると魔法によってできた物体でも無さそうだ。
「テトさんに見てもらったらわかるかな?」
ポケットにそれを押し込み、わたしは家路についた。
家に着いてテトさんに見てもらおうとポケットに手を突っ込むと、あの物体は消えてい
た。
正直私は悩んでいる。ミナがネルを心配するのは当たり前だ。しかし、アイツは探しても見つかるはずがないのだ。いや、正確に言えば、すでに見つかっている。私が見つけた。そして『モノ』を預かったわけだが、しかし、それを渡すタイミングがつかめない。
「まったく。厄介なことを安請け合いしてしまったものだ」
後悔しても仕方がない。後悔するぐらいなら進むほうが断然いい。私はネルから預かった『モノ』を見つめ、机の引き出しにしまった。
「ただいまあ」
おっと、噂をすれば何とやら、だ。
「あ、テトさん。いいんですか?仕事」
「問題ないさ。私の仕事の大半はソトに任せている。私はゆっくりとくつろぐことが可能なのだ」
元々望んで得た立場でも権力でも肩書きでもない。その場の流れで『森の守護者』になり、その場の流れで『森の王』になったのだから。
「らしいですね」
「そうほめるな。……ところで」
「ほめてません」
『モノ』のことを言おうとしたらミナに突っ込みを入れられた。またタイミングを失う。
「そうだな。……で」
「仕事といえば……『森の王』ってどんな仕事があるんですか?」
質問されれば答えなければならない。仕事柄、そういう癖がついてしまった。これが制御できないから、ちゃんと『モノ』の話ができないのだ。
「仕事か?面倒極まりないよ。森の魔力量の調整が主な仕事だが、面倒だからこれは全面的にソトに指揮を取ってもらっている。必要なら手を貸すがね」
ミナが呆れたように肩をすくめた。わたしは構わずに続ける。
「他には、ゴアビーストの長との対談や人間の王とも対談をすることもある」
「えっ? 人間ですか?」
「そうとも。家具や衣服も元々は人間の技術だ。我々がそれを模倣したのに過ぎないのだよ。『森の住人』は人間とは無関係ではいられない。勿論ゴアビーストとも。常に関係しあっているのだよ。まあ、ゴアビーストから得られる文化など何もないがね」
ミナは信じられないと、頭を振る。
「人間を見たことなんてありませんよ」
「それは当たり前のことだよ。人間との会談は人間の国で行われるのだからな。それに、稀に人間が進入してくる場所には君たちは近づかないだろう」
「それはそうですけど……。でも、人間の国に行って危なくないんですか?」
そうかそうか。まだ人間に対しての誤解は残っているのか。当たり前か。我々が公開していないのだから。
「心配は無用だよ。彼らは友好的だ。無論、一部我々に対して排斥的な意見もあるがね。もっとも、仮に……万が一、争いが起きたとしても、科学と魔法では魔法が優位だ。我々には魔法というカードがあるのだよ。ま、今の王は穏健派だから争いは起きないだろうがね」
「カガク?」
「そうだ。人間は魔法が使えない。だから世界を、自然を研究し、開発し、世界には無いものを作り出す。機械と呼ばれるものが例だな。素晴らしい技術だが……元は自然にはないものだ。自然と世界に対する負担がある」
「なんでそんなものを作るんですか?」
「自分たちの『世界』を広げるためさ。そうだな。またいつか人間の国に連れて行ってあげようではないかね。別に行ってはいけない、という掟など存在しないのだから」
ミナは目を見開き、しばらく呆然と立っていたが、やがてうつむいた。しばらく待っていると、満面の笑顔で顔を上げ、
「はい!」
と何度もうなずいた。
「おっと、私の仕事の話だったな。他には雑務しかないよ。基本的には対談以外にやる気はないね」
「本気でやる気ないんですか?」
笑みが薄くなり、呆れたような細い目で私を見る。無論、やる気などないのだが。
「やる気など問題ではないのだよ。問題なのは、やるかやらないかだ。私は私がやるべきことをし、私である必要がないことをソトに任せているのだ」
「……」
細い目に、温かさが消えた。冷たい冷たい目だ。
「いずれわかるさ。焦る必要などない。そうやって大人へと成長していくのだよ」
私は逃げるようにして家から出た。




