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第三章四部です。
今回は短めです。
次回はもっと短いです。というか、かなり短いです。
次回で第三章が終了します。
早いですね。
わたしの隣で、ネルが眠っている。今日でもう何日になだろうか。早く起きてくれないだろうか。ネルとはもっともっと、話したいことがある。
魔力が完全に無くなったネルの手を握り、わたしは眠りについた。そういえば、わたしはもう三日は寝ていないのだった。
わたしが目覚めたとき、ネルも目覚めていたらいいのに……。
「どうぞ」
柔和な笑みを浮かべるネルに、『森の守護者』は少し驚いたようだが、すぐにネルを囲むように移動した。ただならぬ雰囲気に、わたしは慌てて逃げ出した。
ネルをその場に残して。悪あがきすらもせず。
ただただ――逃げた。
「『破壊』の魔法ってさ、最大の特徴はその範囲なんだよね」
ネルは呟くが、両手はダラリと下がったままだ。
『森の守護者』たちはネルの呟きを完全に無視し、それぞれが戦闘用の魔法を放つ。
『光子の剣』『光子の匣』『光子の環』『光子の鎖』。戦闘用の魔法は全て『光子の――』になるようだ。今気付いた。なぜなら、『森の守護者』が丁寧に術名を言うからだ。
しかし、そこはプロ。術名を言うのは発動後。つまり、名前を知るのは、目視した後ということだ。
「投降しろ」
術を発動していない『森の守護者』の一人が、ネルに告げる。それは、最終勧告のようだ。わたしは飛び出したい衝動を必死で抑え(飛び出したところで、何の意味もない。むしろ、どちらにとっても邪魔でしかない)、木の陰から状況を見守る。もしかしたら、ここで飛び出したら何かが変わるのかもしれない。変わらないかもしれない。飛び出したい。けれど、飛び出せない。
ネルは答えない。ただ、笑っている。
「何がおかしい」
『森の守護者』の腹立たしげな声が聞える。状況的に、ネルは圧倒的に不利だ。『光子の匣』により、三歩以上(目測)の移動ができなくなり、『光子の環』で腕と足を拘束され『光子の鎖』で『光子の環』が地面、そして『光子の匣』と完全に連結している。そして、『光子の匣』の外からは、無数の輝く剣が、ネルを取り囲んでいる。今のネルができることなど、顔を動かすことか、言葉を発することくらいだ。
「本当にそう思うのかい?」
ネルはわたしの心、いや、『森の守護者』たちの心を読んだのか、さらに笑う。
じりじりと、『光子の剣』がネルとの間合いを詰める。
「こんなの、拘束したうちにならないと思うよ」
「なに?」
『森の守護者』が問い返した瞬間、ネルを取り囲んでいた、全ての魔法が、砕けた。
ネルの周囲が揺れ、取り囲んでいた『森の守護者』も突然のことで吹き飛ばされる。わたしは木の幹を掴んで、なんとか耐えた。
「どういうことだ」
『森の守護者』が納得いかないといった面持ちで、憎々しげに叫ぶ。
「『破壊』の魔法、『広がる波紋』だよ。とはいえ、発動したのはボクじゃないよ。ボクの魔力さ」
「何わけの分からないことを!」
『森の守護者』たちは立ち上がり、今度は全員が、『光子の剣』を発動した。しかし、今度は剣が出現したと同時に、ネルの周囲が揺れた。何の動作もなく、ネルは術を発動する。「魔法など、いくつかのポイントさえうまくやればいいのだよ。特に、戦闘用の魔法は」
つまりはこういうことだった。あのときのテトさんの言葉も、今のネルを見ればよくわかる。『光子の剣』が出現して、自分に突き刺さる、ほんの刹那。開いた手を閉じるだけの時間で、魔法を発動する。それは、動作などしていたら無理だろう。ポイントを抑えているからか。
「そうでもないんだけどね。実際、発動しているのはボクじゃなくて、魔力そのものなんだから。動作も何もないんだよ。ボクはただ、ここに立っているだけ。一応、どの魔法が出るかはわかるんだ。あくまでボクの魔力だからね」
ネルは地面に横たわる『森の守護者』全員を一瞥し、両手を広げた。
「『破壊』の魔法、『突き立つ礎』」
ネルは発動の直前に魔法名を口にした。
たぶん、防いで欲しいのだろうと思う。森を守りたいと思うネルが、『森の住人』を傷つけることを望むはずがないのだから。
そして、『森の守護者』たちはその魔法を防いだ。
「『防壁』の魔法。『光子の盾』」
「『防壁』の魔法。『光子の盾』」
「『防壁』の魔法。『光子の盾』」
「『防壁』の魔法。『光子の盾』」
「『防壁』の魔法。『光子の盾』」
全員が同じ魔法で、同じタイミングに魔法を発動した。岩は盾の上に落ち、はじき返された。
しかし、それでは終わらない。ネルの魔力はすでに手の施しようがないほどの暴走を始めていた。
「『破壊』の魔法、『軋む大地』」
宣言の一瞬あと、地面が隆起を始めた。しかも、さっきまでとは比較にならないほどの大きな隆起だ。
「『飛翔』の魔法があるのを忘れたか」
してやったり、と『森の守護者』が笑う。
「ボクが発動しているんじゃない。ボクの魔力だ。……『広がる波紋』」
また、ネルの周囲が揺れる。ただ立っているだけで、まったく動作がないのが不気味だ。
『森の守護者』たちが、ネルの魔法で吹き飛ぶ。空中にいることで、まったく踏ん張りが利かないのだ。ただ一人、何らかの魔法によってその場に留まった『森の守護者』は辺りの状況を確認している。
「残ったのはあなただけですか」
「ぐう」
吹き飛ばずにこの場に留まったのは、リーダー格の人物だけだった。
「ああ、まずい」
ネルが呟く。ネルの表情が苦しそうに歪められる。
『森の守護者』は怪訝そうな目でネルを睨んだ。
「止めてください。……『訪れた災厄』」
その名を聞いた瞬間、『森の守護者』表情が変わった。明らかにおびえている。
「止めろ!それは――」
制止の声など意味があるはずもなく、呆気なく術は発動された。
ネルの周囲が燃え上がる。草が、木が、ありとあらゆるものが燃える。
「おのれええええ!『断罪』の魔法、『天の雷』!」
『森の守護者』が憤怒の雄たけびを上げ、ネルをにらみつけた。
お互いの顔を見ればわかる。どちらの魔法も、最上級の魔法だ。戦闘用魔法は全て『光子の――』になるというのは、勘違いだったらしい。というか、そんなはずがないじゃないか。
炎の勢いがさらに増し、無差別に森を燃やす。
『天の雷』が発動した。空から一筋の光が差し込む。それはネルに注がれていた。
「落ちろ!」
「『広がる波紋』」
同時だった。
ネルの魔法が、周囲の空気をゆがめる。雷が落ちた。
一瞬の閃光の後、舞い上がる土煙も晴れ、視界が開けた。
ネルが先ほどと同じ場所に立っていた。
『森の守護者』は木の下に倒れていた。
ネルから少し離れた場所に、大きな穴が開いる。これができた理由など考える必要もない。さらに追い討ちをかけるように、空から火の雨が降り注いだ。どちらの魔法かなど、考えるだけ時間の無駄でしかない。
火の雨が強さを増し、森の広範囲が燃えだした。
「『突き立つ礎』」
『森の守護者』の頭上に、巨大な岩石が出現した。『森の守護者』は諦めたのか、身じろぎ一つしない。
「ごめんなさい」
ポツリと呟き、その手を、勢いよく下ろした。
「意思的に人を殺せる人と、無意識で人を殺せる人。どっちが怖いと思う?」
以前、ネルが唐突にわたしに聞いた。その質問が、一体何を意味する質問かは分からなかったけれど、とりあえずわたしは文字通りの意味で答えた。
「無意識で人を殺せる人、かな」
「どうして?」
「だって無意識で、ってことは殺した人は、殺したことを自覚してないってことでしょ?それか、殺す動機、つまり憎しみや悲しみ、まあ稀にある愛情とか、そういうものがまったく必要ないはずだわ。それって言ってしまえば、世界中の人を殺せるってことだよ」
ネルは考えるようにうつむき、しばらくして顔を上げた。
「意識的にそれができる人もいるかもしれないよ」
「そういう人は、狂人か人外だわ。まあ、無意識で人を殺す人にも言えるかもしれないけどね」
「そうだね」
特に質問に意味はなかったのか、ネルは空を見上げた。
「じゃあさ、ネル」
「うん?」
「そういう人がいたとして、その人にとって一番不幸なことって何だと思う?」
わたしのこの質問には、本当の意味で意味はない。ただ聞いてみただけだ。
「そういう人って?」
「世界中の人を意識的にでも、無意識的にでも、殺すことができる人」
「そうだね……」
ネルは空を見上げたまま目を閉じた。わたしはネルの回答を待つ。
「……人を殺すことを――止めてくれる人がいないこと、かな」