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星降る森  作者: 人鳥
第三章 星降りの夜
14/23

3

三部です。

さっそく星降りの夜です。儀式の夜です。


今回は物語が大きく動く話になっていると思います。

とうとう、やってきた。『星降りの夜』だ。とはいえ、夜までは時間がある。星が降る時間となると、もっと長い時間がある。わたしには、出来ることはない。ただ、祈るだけだ。

 成功を。

 ネルとの再会を。

 そして、わたしの世界の始まりを。

 『色彩』の魔法。

 この儀式が終わった後、やってみようと思う。決意するのに時間がかかったけれど、もう、わたしは迷わない。できようができまいが、ネルに見せるんだ。そして、謝ろう。

 天花を供え終えたその足で、わたしはあの場所に向かっていた。

やるべきことはわかっているけれど、今は待つことしかできず。

 やりたいことはわかっているけれど、今は我慢するしかできず。

 あの時見つけた目標は、歩むことすらままならず。

 今のわたしはあのころのわたしよりも、劣って見える。

 悩みと迷いと、一抹の希望。

 無意識のうちに、森の広場に向かって歩いていた。ここに生えるのを拒むかのように、円形に広がる木々。そうすることでできた、円形の空間。枯葉と雑草の絨毯に横たわる。

 懐かしい匂いがする。

 全く、なんて甘ったるい。ネルに頼れなくなればテトさんに頼り、テトさんに頼ったあとは、思い出に甘える。

「変わりたい」

 呟きはすぐに森に溶け込んだ。聞く人など、いるはずもない。ここは、わたしとネルしか近づかない。

 右手を両手に魔力を込め、少しはなれたところに放出した。何も考えず、魔力を垂れ流す。無意味な行動だ。しかし、放出した魔力は小鹿の形になっていく。

「あれ?」

 『小さな友達』は発動していない。それに、『小さな友達』ではこんなに大きいのは創れない。体長はわたしよりも小さい。角は未発達だ。

「もしかして、中級魔法?」

 無意識に使っていたのかもしれない。もともと『小さな友達』の完成度は高かった。だから、無意識で使えるようになっても、まあ不思議ではない。

 中級魔法の名前は確か、『結ばれた絆』。

 小鹿はわたしの元に歩いてきて、隣に座った。

 体を起こし、小鹿の背中を撫でる。頭を少し撫でてやると、気持ちよさそうに目を細めた。

 しかし、元々無意識に発動した魔法。小鹿はすぐに姿を消した。

「…………」

 わたしは、もう一度横たわり、突然やってきた眠気に身をゆだねた。


 冷たい風に吹かれ、目が覚めた。

 辺りは暗くなり、夜であることがわかる。空を見上げると星が輝いていて、寝過ごしていないことに安心した。

「服装って、これでよかったっけ?」

 記憶を手繰り寄せ、回答を探す。

「ちゃぁ、帰らないと」

 わたしは全力で走り、家の木を見つけると、一気に飛び上がった。跳躍したまま家の中に転がり込み、テトさんに確認する。

「テトさん、服装って『星昇る夜』と同じ格好ですよね?」

 テトさんは突然飛び込んできたわたしを冷静な目で見つめ、首肯した。

「その通りだよ。さ、はやく着替えるがいい。わたしは星降りを観賞でもしようか」

 そう言って立ち上がり、テトさんは家から出て行った。

 テトさんを見送ったわたしは急いで荷物を漁り、ローブとアンクレット、チョーカー、ブレスレットを探した。見つけたそれらを、少々乱暴に取り出して大急ぎで着替える。ローブは、何の模様もない味気ないものだ。正装したわたしは、エステア湖に向かって走り出した。

 今回は走ってはいけない、という規則はなかった。

「間に合ってよ」

 着慣れない服装で、走りにくかった。けれども、儀式には間に合ったようだ。

 エステア湖の周囲に、ローブを着た人が立っている。けれど、人数はそれほど多くはない。全員が揃っているかは知らないけれど、ざっと数えたところ、二十人はいない。十、五、六人といったところ。みんな、一様にひれ伏して両手を胸の前で硬く握っている。

 そう、儀式は今も始まっているのだ。

 わたしも湖のふちに駆け寄り、みんなと同じ姿勢をとる。すると、不思議と、わたしの願いや悩み、迷いが頭の中を駆け巡った。

 ネル。

 『色彩』の魔法。

 森。

 未来。

 想い。

 普段意識しないことも、何故か表面に溢れてくる。

 心細い。

 不安。

 恐怖。

 寂しい。

 どうしてどうしてどうしてどうしてどうして。

 わたしの心が覗かれているように感じるが、しかし、不快にはならない。逆に心強いというか、頼もしいというか、うれしいという気持ちになった。心地よい気持ちだ。

 心地よいと感じることが、わたしは不快だった。しかし、これが儀式の過程である以上、わたしは何もできない。こういう風に感じているのはわたしだけかもしれない。他の人は無心で祈っているのかもしれない。

 時折空を見上げてみても、星が降ってくる気配はまだない。来るのが早すぎたのだろうか。

 目を閉じて、自分の心を見る。色々な思いが、どろどろと渦巻いている。

「――――」

 声が聞えた。

「――――」

 歌声のようだ。歌詞はよくわからない。ただ、静かで神秘的な旋律だ。楽器は一切使用していない。声による声だけの声の歌。

 そっと目を開けて、目だけを動かして周りを見る。

 儀式の参加者ではない、テトさんのように観賞に来た人たちが歌っていた。

「――――」

 もう一度目を閉じ、声に耳を傾ける。相変わらず歌詞はわからない。響く声と、澄んだ声。突き抜けるような声と、包み込むような声。わたしが今まで聴いてきた歌の中で、最も、壮大できれいな歌だ。

 声が、少しずつ減っていく。徐々に声の種類が減り、声量が減る。

 歌が、終わった。

 急に魔力が増大した。それは、エステア湖からの魔力と、空からの押し付けるような魔力だ。

 星が降る。

 そう確信した。わたしは目を開いて空を仰ぐ。他の参加者も、観賞に来た人も、みんな空を見ている。

 星の光が強くなった。星が空でどんどん砕けて小さなものになっていく。けれど、輝きは失わない。

 湖に『星の破片』が落ちた。水面に無数の水柱が出現し、湖の水が辺りに飛び散る。観賞に来た人たちから、歓声が上がった。魔力の濃度が高い湖の水を、わたしたち参加者と観賞者は全身に浴びた。しかし、特に体に変化はない。

「おおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 雄たけびが湖に響いた。声の主は一人。

 今回の儀式で選ばれたのは一人だった。

 湖と星の魔力がその選ばれた人に注がれる。わたしたちが被った湖の水は、魔力など溶けてはいなかった。

 全ての魔力は、選ばれた一人に注がれる。

 参加者たちは祈るのをやめて、その一人を見守る。観賞者も、だ。

「おおおおおっ!」

 聞き覚えのある声だ。

 ハギとコズを助けたときに聞いた、ネルの雄たけびに似ている。

 まさかとは思うが、しかし有り得ないことはない。けれど、『森の人』になって、一年もたってないのに……。

 魔力の波動だろうか。猛烈な風が、その一人を中心に吹いた。ローブが飛ばされないように掴み、その人物を凝視する。その人物はうずくまったまま、顔を上げない。雄たけびだけが、彼の意識があることを証明していた。

 その人が顔を上げた。フードは先ほどの風で外れている。

 やはり、その人物はネルだった。

 暗いはずなのに、ネルの周りは明るかった。大きすぎる魔力の所為、だろうか。とにかく、ネルの周りは明るく、はっきりとその姿が見える。

 誰も言葉を発さない。ただただ彼を見守る。

 やがて、ネルすらも何も言わなくなった。徐々にネルの周りも暗くなる。

「おい……」「あれって……」「――終わった?」

 周りの人たちがぼそぼそと話し出した。当事者のネルは何も言わず、魔力がネルから放出されたようにも見えない。

「おおっ!」

 歓声が上がる。わたしはネルのほうを見た。

 ネルが立っていた。

「ネル……」

 突然、ネルの周囲が小さく揺れた。ネルの足元の地面が、少しえぐれた。

「あれ、『破壊』の魔法じゃないか?」

 誰かの呟きが聞えた。

 ネルは森の奥に歩いていく。フラフラした足取りだ。両手をダラリと下げている。

「ネル!」

 叫んでも、聞えていないのか、ネルは歩く。

 森の中に消えた。

「待って!」

 わたしはネルを追って走り出した。「待て!」と、他の人から止められたが、わたしは無視して走った。


 ネルの通った道は、考えるまでもなくわかった。通った場所は、木が倒れている。わたしは機の倒れている場所を選んで進んだ。

 進んでいるうちに気付いた。この方向は、明らかにあそこに向かっている。

 わたしとネルの思い出の場所。

 森の広場。

 わたしは速度を上げて走った。

 わたしの予測は、正しかった。

 森の広場、その中心にネルは立っていた。

 ――と、ネルの足元の地面が隆起した。唸り声のような地響きと共に地面が盛り上がり、森がゆがむ。木々が倒れていく。

 わたしの足元も、例外ではなかった。

「きゃあっ!」

「ミナ?」

 わたしに気付いたネルが駆け寄ってきてくれた。

「ごめん。魔力に負けちゃったよ」

 悲しげな呟きだ。

「負けたってどういうことよ。ちゃんと押さえ込んで、成功してるじゃない!」

「そういうことじゃないんだ。魔力は押さえ込んだけど、其処からが悪かった。意識を呑まれたんだよ。いや、魔力に乗っ取られたと言った方が正確かもしれない。結果、ボクは禁術を発動した。今は、自分の魔力が制御できない。今こうやってミナと話しているけど、ボクが少しでも気を抜いたら禁術が発動される」

「嘘よ! だって、ネルは『森の守護者』になって『森の王』になって、この森を守るんでしょ?」

「……そうだよ。少なくともボクはそのつもりだった。ああ、そのつもりだったさ。『森の守護者』になって、『森の王』になってこの森を守るつもりだったよ。……この森の生活が退屈だって、前に言ったよね? それは本音だったんだけど、そこを魔力に衝かれるとはね。まったく。親友との約束一つ守れないなんて。ごめん」

 ネルは頭を下げて、わたしに謝罪した。けれど、ネルの言っていることはわたしにはわからない。まるで、魔力に意思があるかのような言い方だ。魔力は言ってしまえばただのエネルギー体じゃないか。

「魔力に意思はあるよ。魔力は命あるものさ。森そのものと言ってもいい。けれど、今は星の魔力も加わっている。森そのものとは言えない。言ってしまえば不純物がまじっている状態なんだよ。完全に森の、ボクの魔力だとは言えない。……あ、来たみたいだ」

 ネルは空を見上げた。

 わたしも空を見上げる。『森の守護者』だろう。何人かの人が、空からやってきた。

「禁術を使ったボクを、いや、魔力に飲まれたボクを倒しに来たんだ」

 当然のことさ。と、ネルは呟いてわたしから離れた。

「さ、ミナ。遠くへ行ってくれないか。ボクはキミを殺したくはないし、キミだって――死にたくなんて、ないだろ?」

「嫌よ! 新手の冗談なんでしょ? ドッキリでした! って言ってよ。あれは禁術じゃなくて、風を起こしただけだって、力加減間違えただけだって!」

 自分で言って、有り得ないことだと思った。

「有り得ないよ。ほら、はやく」

 わたしに微笑むネルの後ろに、『森の守護者』たちが降り立った。

「『星降りの夜』の成功者、ネルだな?」

 感情のまったくこもっていない、冷たい声だ。

 ネルは振り返り、同じく冷たい声で返す。

「そうだよ」

「禁術使用の罪で、拘束する」

「ボクはいいけど、やるなら――魔力をどうにかしてよ」

 薄い笑みをたたえて、ネルはそう『森の守護者』に言った。

「その言葉、我々に対する宣戦布告とみなす」

 『森の守護者』は全身に魔力を込め、ネルとの距離をとった。後ろに立つ、四人の『森の守護者』も臨戦態勢になる。

「はあ」

 ネルは大仰に溜息をつき、

「どうぞ」

 柔和な笑顔を見せた。

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