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星降る森  作者: 人鳥
第三章 星降りの夜
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2

 わたしが『森の人』になり、テトさんと初めてあった日のことは今でも覚えている。劇的な出会いだったと思う。

 その日、わたしは引っ越し先を探すために(『森の人』になったら、自分たちで新居を探さなくてはいけない。一人暮らしをするか、誰かと同居するかは自由)森の中を歩き回っていた。当初わたしはネルと一緒に住もうと思ったのだが、「『森の守護者』になるまで待って」とネルに言われて断念。どうして『森の守護者』になるまで待つ、という条件なのかはわたしにはわからないけど、無理に頼み込むのも変だと思い、素直に引いた。

 住居探しは楽ではなかった。ほとんど場合、定員一杯の人数で生活をしていたからだ。一人暮らしの『森の人』に頼んでも、「一人のほうがいいんだ」なんて言って、断られる。仮に定員一杯でない家を見つけても、「これ以上は生活が窮屈だから」だそうで。二日間、野宿をした。一人暮らしは嫌だった。絶対に。

 いい加減に引越し先を見つけたいと思っていたそのとき、寝ぼけているんじゃないかと思わせるほどに、とろんとした表情のテトさんがわたしの前に現れた。そして、わたしを見るなりこう言ったのだ。

「おや? 君、新しい『森の人』かね? 新居は決まったかね?」

「い、いえ……まだ、ですけど」

 正直、関わりたくない人に関わってしまった。そう思った。

「そうかそうか。ならば家に来るがいい。一人暮らしで寂しいと思っていたのだよ」

「えっ? あ、ちょっと……」

 強引にわたしの手を引き、少し歩いたところで立ち止まる。そして、木の上を指差した。

「あの穴が私の家。そして、今日から君の家でもある。……ところで、君、名前は?」

「えっ、ミナ、です」

 テトさんの表情が一瞬かたまり、しかしすぐに先ほどのとろんとした顔に戻った。

「そうかそうか。私はテトという。さてミナ。上がりたまえ」

 わたしが躊躇していると、テトさんは不機嫌そうにわたしを睨み、わたしの両肩に手を乗せた。

「ひっ」

「心配する必要は無い。私は女だ」

 それは、胸のふくらみを見ればわかる。わたしが怯えていたのはそこではなく、初対面の人に強引に連れまわされているからだ。自分から話しかけて会話を進めるのとは、勝手が違う。

 テトさんは大きな溜息をつき、邪悪に笑った。

「仕方がない。ミナ、君に魔法を使わせてもらったよ」

「えっ?」

 気付けば、わたしの体は宙に浮いていた。なんとも言えない浮遊感に包まれ、わたしはさっきテトさんの指差した穴の中に進入した。床におろされ、すぐに出ようと立ち上がると、そこには最早テトさんが立っていた。

「ひぃっ!」

 悲鳴を漏らすわたしを、テトさんは不思議そうに見ていた。

「どうして私を恐れるのかね?行き場のない君を思って、居住スペースを提供しよう言っているのに」

 わたしはただ、誘拐されたと思った。

「まあ、初日で緊張しているのだろう。そこの奥の部屋が空いているから自由に使うがいい」

 そしてテトさんはわたしを魔法で浮かせて、その部屋の中へと文字通り押し込んだ。

 これがわたしたちの出会いなのだが、全く、とんでもない人である。

 そして次の日、わたしは愕然とした。

「君は誰で、どうしてここにいるのかね?」

 テトさんは怪訝そうな目を、わたしに向けていた。

 事情を説明すると、前日は相当酔っていたらしい。とりあえず、一人暮らしが寂しいのは事実だったようで、あっさりと同居を許可された。


 わたしは広間へ出た。外に出る穴も、この広間にある。広間。テトさんの部屋。わたしの部屋。三つの空間からなっている。

 広間では、テトさんが椅子に座ってくつろいでいた。

「今しがた耳にしたのだが……」

「何がですか?」

「君とネルがゴアビースト二体を迎撃して殺したそうだね。いや、実際殺したのはネルだが」

「……」

 その場から動かないわたしを、テトさんは手招きをして椅子に座るように促した。

「実際のところ、どうなのかね」

 普段の会話と同じ、ある種どうでもよさそうな口調だ。

 どうせ嘘を言ったところで、テトさんには通用しない。わたしは本当のことを包み隠さず全て話した。

「……そうかそうか」

 話の途中、テトさんは一切口を挟まなかった。最後まで聞き終え、どこかうれしそうな顔で何度かうなずいた。

「もしかして、マズかったですか?」

 不安になって聞いてみた。しかし、笑いながら手をひらひらと振った。

「いやいや、決してマズくなどないよ。むしろ敬意を表しようじゃないかね」

「どういうことですか?」

「その日のゴアビーストの出現は、君たち二人と、襲われた『森の子』以外誰も知らなかったのだよ。私たちが気付く前に君たちが解決した、ということだ。なにせ、その事実を知ったのは、『森の子』からの報告があったからなのだから」

「不可侵の掟を破りましたが……」

「先に破ったのは奴らさ。それに、奴らを殺したということは、迎撃者における『殺害の不問』という項目を知っていたからだろう」

「……はい」

「ほら。君たちは何も気に病む必要などないのだよ。事情を説明したら、ゴアビーストの長も不承不承ながら納得してくれたようだしね」

 さすがに、不審に思えてきた。『森の子』からの報告があったことを知っているのは、まあいい。けれど、なぜゴアビーストの長が納得したこと知っているのか。そんな上級階級の人が知っていればいいことを。それに、今しがた耳にした、ということは誰かが報告に来たということ。同居人だから、という理由もあるだろうが、しかしわざわざ家までやってくるだろうか。むしろ、わたしが話したと思うほうが妥当だろう。

「テトさん」

「なにかね?」

「あなた、何者ですか?」

 テトさんはじっとりとした目でわたしを見つめ、フッと笑った。

「ただの君の同居人だよ」

「『森の人』なんですか?」

「『森の守護者』がこんなところにいると思うのかね。いても不思議ではないが。まあ、『森の王』や『森の子』なら言うに及ばず、だろう」

 煙に巻く言い方だけれどわたしは、気にしない。さらに疑問をぶつける。

「だったら、どうしてソト様を呼び捨てにするんですか?」

 一瞬驚いたような表情になったが、すぐにくすくすと笑い出した。

「簡単なことさ」

「どういうことですか?」

 すこし腹が立ってきた。明らかにとげのある口調になってしまった。

「それはな、私とソトは、君とネルに近い関係だったからさ。幼なじみでライバル。恋仲にはならずとも、それに近い関係。わかるかね? そういう間柄だった私たちが、今更敬語や敬称を使うはずもないだろう。こう見えて、私は自己中心的なのだよ。それはソトも同じだがね」

 他にも言いたいことはあったけれど、言うのはやめた。言葉でテトさんには勝てない。たとえどんなに非常識なことでも、この人が言ったら真実味を帯びてしまう。そういう雰囲気を持った人だ。

 ソト様とテトさんが幼なじみでライバル、というのは信じてもいいと思う。テトさんの言ってしまえば不しつけな話し方にも普通に対応していたし、テトさんに仕事を依頼していたようだし。

 仕事?

 『森の人』の仕事って、集会で言っていた三つのはずじゃ……。いや、テトさんにくらいになると、いろいろと依頼されるのかもしれない。全く。凄い人と同居することになったものだ。

「納得してもらえたかね?」

 ちょっと困ったような顔で、テトさんは顔を少し傾けた。なんかかわいいな、なんて思いながらも、「はい」と答えた。

「そうかそうか。それはよかった。……おや?」

「どうかしました?」

「いや、な。昨日よりも魔力量が増えているなと思ったのだよ。普通はこんなに急激には上がらないのだが……。昨日、何の魔法を使ったのかね?」

「えっと……『断罪』の魔法の、『光子の剣』をイメージからの方法で練習目的で発動しましたけど」

 テトさんは得心したようにうなずいた。

「つまりあの猛烈な眠りは、その魔法が原因かね?」

「たぶん、そうだと思います。……それより、テトさんって人の魔力量がわかるんですね?」

 明らかに失態だ、といった風に顔をしかめた。しかし、すぐに表情をもどしてうなずく。

「ミナもそのうちできるようになると思うよ」

「そうですか」

 何かを誤魔化したような物言いだったけれど、何を誤魔化しているのかはわからなかった。

「『光子の剣』は」

「はい?」

「発動の方法さ」

「は、はい」

「『光子の剣』は、手のひらと指から魔力を放出するといい。指と剣が繋がっているイメージができれば、さらにいい。魔力の練り方は、できるだけすばやく、細く練るといい。すばやく、細いほど、質の高い魔法になる」

 えっと……それだけ? もっと簡単な魔法でも色々と面倒な手順があったりするのに。

「それだけ、ですか?」

 素直に聞いてみた。テトさんは首肯で答え、続けた。

「魔法など、いくつかのポイントさえうまくやればいいのだよ。特に、『断罪』の魔法などの、戦闘用の魔法は。長々と詠唱も、準備動作もする時間など無いのだよ。ネルもそうだっただろう?」

 どうだっただろう。両手を合わせて、少し間を空けて、それから右の手のひらをゴアビーストに向けて、左手で右手を押さえた。それだけだったはず。

「私に言わせてもらえば、両手を合わせるのは不要だな。それは初心者向けで、安定する代わりに時間がかかる。それ以外は大丈夫だな。ミナ、適当な木の枝を持ってきてくれたまえ」

「……はい」

 立ち上がって、外に出た。地面に下りて、手ごろな太さと長さの木の枝を探す。テトさんがやりたいことが、何となくわかった。たぶん、わたしに『光子の剣』を見せてくれるのだろう。サイズは小さめで。

「これでいいかな」

 わたしの腕ほどの太さと、長さの枝。それを何本か集め、『小さな友達』で呼び出した植物のツタで束ねる。その束を持ち帰り、テーブルの上に立てた。

「ふむ。このツタは、ミナの魔法かね?」

「はい。『小さな友達』で出しました。しばらくは消えないと思います」

「そうかそうか」

 テトさんは立ち上がり、数歩下がった。わたしもテーブルから離れる。

「よく見ていたまえ」

 テトさんは、練ると同様左手で右手を押さえた。手のひらを枝の束に向けた。

瞬間、枝をドーム上に囲む光の剣が現れた。小さく細かい、数えることもできないほどの、針のように小さな剣だ。さらに、テトさんが開いた手を握る。それと呼応するように、一気に剣が枝に襲いかかる。

 シャッ。

 硬い枝が原型を全く想像できないほどに、小さな木片と化していた。粉ほど細かくはないが、それでも、これが木の枝の集まりだったとは到底思えない。さらに、わたしの創ったツタに至っては、跡形もない。まだ消えるには早い時間なのに、だ。

 それに、枝を切った音が、あまりに軽い音だった。

「すごい……」

「剣の大きさは、対象の大きさで決める。今回は、木の枝であった上に、室内であるからごくごく小さいものにしたがね。実際はもう少し大きいほうがいい。特に、ゴアビーストなら、一撃でしとめられない場合がある。そのとき、長い剣だと足止めになるのだよ」

 淡々と、『光子の剣』の使用方法と、適した状況、発動のタイミングを語る。本当に、この人は凄い。

「テトさん」

 話し終えたのを確認して、テトさんに呼びかける。

「何かね?」

「あなた、何者ですか?」

「ただの君の同居人さ」

 わたしの完敗だった。

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