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第二章第七部です。
そろそろ第二章も終わる気がします。
「嘘だ! 嘘だ!」
わたしは自分の予感を振り払うように叫んだ。
けれど、無駄な努力だった。
目の前に広がる光景が、わたしの心を絶望に染めていく。
「嘘だああぁぁぁぁ!」
わたしの視線の先、廃れた巨木。
――――わたしの家。
元は穴が開いていた部分に飛びあがる。枝やらなにやらが上から落ちてきたらしいく、その穴は埋まっていた。両手を使って枝をどけていく。手にささくれが刺さる。血が出た。けれど、手は止まらない。止めない。
「××××!」
何を叫んだのかは、自分でもわからない。気付けばわたしは両手で枝を押さえつけ、魔力を込めていた。
「――――ッ!」
今度は何も言っていなかったと思う。ただ声にならなかっただけかもしれない。枝が吹き飛び、穴の中や外にはじけ飛ぶ。
「コズ! ハギ!」
穴に飛び込み、いるはずの二人を探す。けれど、返事は無かった。中を探してもいなかった。
「どこよ」
わたしは外に出て、地面へ飛び降りた。
「ミナ!」
やっと追いついたネルがわたしを呼んだ。
「二人がいない!」
それだけ言って、わたしは駆け出した。
どこ? どこ? どこ? どこ? どこどこどこどこどこどこ!
最悪の状況が頭に浮かぶ。
ざわり。
異質な魔力の流れを感じた。流れ、というよりも、波動と言ったほうが適切かもしれない。とにかく、異質な魔力を感じてわたしは方向転換をした。
異変を見つけるため周囲を見回しながら走る。少し離れた場所で寝るが走っていくのが見えた。と、ネルが飛び上がり、木の枝に乗った。そして次々と飛び移りだした。わたしは構わずそのまま走り続けた。
うれしいことにわたしたちの向かう先に、ハギとコズはいた。けれど、状況がうれしくなかった。
泣くコズを抱いて、太い枝を持ってゴアビーストと対峙するハギ。体のあちこちに怪我をしている。
「はあ……はあ……」
ハギの乱れた息が聞える。けれど、わたしはその場から声を出すのはもちろん、魔法で助けることすらできない。声を出せばコズとハギが、魔法を使えばわたしが、確実にヤツの攻撃を受ける。最悪、死んでしまうだろう。それほどに、拮抗した状態だ。
「拘束の魔法『光子の環』」
わたしの頭上から、あの冷めた声が聞えた。いや、さっきよりはまだ熱がこもっている。……あってないようなものだけれど。
突如として現れた光に、ゴアビーストは反応できなかった。あっさりと拘束される。
「ハギ! こっちに早く!」
目の前の状況に驚いていたハギがこちらに気付き、走ってきた。コズはハギの服をぎゅうっと握り、声を上げずに泣いている。
「再会を喜びたいトコだけど、そういう雰囲気じゃないな」
「そうみたい」
コズは微笑み、わたしは笑った。
「ネル!」
わたしはそれだけを叫んだ。こくり、とネルが頷いたのを確認して、手当てをするために離れた場所へ移動を始めた。
後ろから、「おおおおおっ!」という、ネルの雄たけびが聞えた。
わたしたちは振り返らずに進む。大きな木があり、そのしたまで歩いたところで、ハギはコズをおろして、ドサッと崩れるように座り込んだ。
「ミナ? ハギは大丈夫なの? ねえねえ!」
コズが泣きながらわたしに訴える。
「大丈夫だよ。コズ、ちょっとここでハギと待っててね」
コズの頭を撫でながら、出来る限り穏やかな声で言う。
「……うん。わかった」
わたしはその場を離れ、地面に生えた草を探る。薬草を探すためだ。この森には薬草になる草は多いし、そういう木も多くある。
地面を四つんばいで進み、一本も逃さないように探す。
雑草。雑草。花。花。石。雑草。雑草。
花。雑草。石。木。木。木。木。
木!
わたしは目の前の木を見上げた。
天高く上るその木は、なんと好都合なのだろう。薬木だった。思いっきり飛び上がり、木の枝に乗る。枝は太くしっかりしている。手を伸ばし、手近な葉を十枚取った。
「急がなきゃ」
枝から飛び降りて、コズとハギの待つ場所へと走る。
結構離れてしまったと思っていたのに、案外近かった。四つんばいで進んでいたから、勘違いをしたんだろう。多分。
「あった?」
すでに戦闘を終えたネルがコズを抱いていた。
「うん。先にハギの手当てやっちゃうね」
「うん」
わたしはハギの前にしゃがみ、葉を一枚手ですりつぶし始めた。
「ありがとう」
笑顔でハギが言う。わたしもつられて笑顔になる。服を脱いで、上半身をわたしに晒す。胸や腹には特に目立った外傷は無かった。けれど、あざはいっぱいあった。
背中をわたしに晒す。傷は無かった。けれど、あざはいっぱいあった。
怪我をしていたのは、皮膚が露出しているところだけだった。わたしは小さく息をついて葉を手ですりつぶした。
「腕だして」
ハギは右腕をわたしに差し出した。その傷だらけの腕にすりつぶした葉を塗りこんでいく。
「つぅ……」
「はいはい。がまん、がまん」
続けて左手も同様に塗りこむ。足も傷がたくさんあった。よく大きな怪我をしなかったのもだと思う。
「よく怪我しなかったわね」
思ったことをそのまま口に出した。ハギは小さく笑う。
「怪我はしてるさ」
「大きな怪我、だよ」
「まあね。ミナやネルが着てくれるまでは、ずっと逃げてたから」
自嘲気味にハギが笑う。
「ハギさん」
不意に、今まで黙っていたネルが言った。ネルは昔から「ハギさん」と呼んでいた。
「なんだい?」
「どうしてヤツらが攻め込んできたのかわかりますか?」
ハギは悩みこむようにうつむいた。
「……よくわからない。気付いた時にはヤツらは僕の家に入り込んでいたよ。それからすぐにコズを担いで逃げてきたんだ。……そろそろヤバイなって思ってたら君達が助けてくれたってわけ」
「そうですか」
ネルは再びコズを頭上に持ち上げて、クルクルと回りだした。案外子供好きなのかもしれない。
「……あ、ほらハギ、足出して」
「あ、ああ」
伸ばした足にすりつぶした葉を塗りこんでいく。
「それにしても、この程度の傷なら魔法でどうにかできそうだけど……そういうのはないのか?」
不思議そうにハギがわたしに聞く。
「あるよ」
「え? じゃあ……」
「でも、使っちゃいけないんだって。禁術ってやつらしいわ」
ハギは一瞬うれしそうな顔をして、すぐに表情を曇らせた。
「残念。でも、何で使っちゃいけないんだ?」
「さあ? 色々あるのよ、きっと」
自分でもわからないことは他人には説明できない。わたしは適当に説明にもならない説明をした。
「ふぅん」
それ以上の追求は無く、わたしはそっと胸を撫で下ろした。
「コズ、おいで」
ネルにグルグルまわされているコズを呼ぶ。
「うん」
ネルは回すのを止め、コズを下ろす。
「あれぇ? 目の前がぐるぐるしてるぅ」
足取りはフラフラしていて、それでもこちらに歩いてくる。ネルはそっと後ろから付いて歩く。
まあ、転んだ。しかも前に倒れたため、ネルも支えることはできなかった。服を掴むことも、腕を掴むことも、どちらもできなかった。まさか、後ろに流れた髪をつかむことなんてできないし。
「いったぁい」
コズ以外のわたしたち三人が笑う。コズはすっと立ち上がって、体についた枯葉や土を払い落とした。
「で?なに?」
さっき転んだことなど無かったというように、何食わぬ顔で言う。そういうところがまた面白い。
「怪我してない?」
「うん。全然してないよ」
念のためにさっとコズの体を見てみるが、たしかに怪我はしていなかった。ハギのおかげであることは考えなくてもわかる。
「さて、ゴアビーストのヤツが家の入り口潰したからな。コズ、帰って入れるようにしようか」
いつの間にかハギは立ち上がっていた。
「あ、それ、もうわたしが入れるようにしてるよ」
二人を探すときになんだかよくわからない魔法で。
「本当?」
「うん」
「そっか。ありがとう」
「いいのよ」
それから、どちらも何も言わず、気まずい沈黙に包まれた。
あ、コズの身長伸びてる。
「さて、コズ帰ろうか」
「うん」
「わたしたちも帰ろっか」
「そうだね」
と、コズがすこし寂しそうな顔をした。
「うちに寄っていかないの?」
コズにそう聞かれ、わたしとネルは顔を見合わせた。くすり、とどちらともなく笑い、コズにうなずいて答えた。