88話 尊厳崩壊と学校復帰
「銀藤さん、盲腸で緊急入院だって? 大変だったねー!」
「す、すごく痛かったでしょ……? ぼ、僕も盲腸したから分かるよ……」
「大丈夫よ! 手術で1ヶ月も入院してたから、しばらくは小テストとかも免除だし、定期テストも甘めにしてくれるって!」
「今だって万全じゃないだろうしねー」
「むぇぇ……あ、ありがとうございますぅ……」
久しぶりの教室。
そこで僕は――ジャンガリアンハムスターとしてはありえないほどの歓待を受けている。
「ほらほら、銀藤ちゃんは近い距離苦手だから離れる!」
「そうね、話しかけすぎても術後に差し支えるかもしれないわ!」
「ぎ、銀藤さん、まだ疲れてるみたいだし……ね……?」
――そんな僕を、まるで弱ったハムスターをそっと助けるかのように、紅林さんと白鳥さんと黒木さんが散らしてくれる。
……うん、助けてはくれている。
もっとも、今疲れているのは君たちのせいなんだけどね?
「ふぅ……」
がたがたと教室中で響くイスの音に合わせて、僕も席に着く。
――1ヶ月ぶりに介抱から解放されたんだ。
たとえそれが同じ教室の中っていう、密室から開放に変わっただけだったとしても、距離感がぜんぜん違うからちょっとだけ安心するね。
うん……だって、1ヶ月ものあいだ、僕は1分たりとも解放されなかったんだから。
うん……本当にね……3人交代で部屋から出してくれなかったからね……。
――僕が挑発した、めった刺し。
されてるあいだも、痛みよりもおじさんの体重がお腹に乗ってくるせいで苦しかっただけで、実際にはプレゼントされた補整下着さんの繊維が絶妙に絡まったらしく、思ったよりも軽傷だったらしい。
あ、ちなみに血だらけになってたのは、その下に血のりを仕込んでたから。
いや、だって、あの子たちに刺されるかもって思ってたし……だから、ジャブでずぶっと刺されて血がどばっと出たら、それで我に返ってくれるかって思って。
それを鬼退治に転用しようっていう天才的な発想は、あんなに追い詰められてたからなんだろう。
でも、銃で撃たれるのがなぜか「絶対に弾いて跳弾する」って思い込んでたのはなんでだろ?
結果的にはそうなったし、結果的にはそれでおじさんも――僕なんかよりはるかに重症で、まだ入院してるみたいだし。
『此奴……』
『どう足掻いても我らのことを認めぬか』
うーん、脳内でしきりに話しかけてきて、主に僕の蛮行をなじるのに特化した第2第3の人格たち……これ、頭の病院行った方が良いのかなぁ……?
ま、とにかく僕は奇跡的に刺し傷も浅くって銃弾も弾いたおかげで――あんなことになったにしては奇跡的な軽傷。
傷も2週間くらいで包帯巻くだけになってたし、お医者さんも「若いからねぇ」って言ってた。
……なのに、つい昨日まで病室で拘束されてたの……なんで?
僕、そのせいで尊厳とか完全に壊滅させられたんだけど?
それにさぁ、普通さぁ!
ああいうときは美人の看護師さんから優しくお世話されて、そのまま口説いての看護プレイできるもんじゃないの?
なのになんで僕は、よりにもよってあの子たち3人にそれを……うぅ。
全身くまなくお世話され尽くして、僕、もうお嫁に――行くつもりはないけども行けない……尊厳崩壊させられた……。
上の世話と下の世話、入れるのから出すのまで、体を拭くのも歯みがきもなにもかもを女の子たちにされるだなんて……正直興奮したけど。
『あの状況で興奮できてたの、マジ尊敬するッスね。 馬鹿ッスけど』
ああもう、こういうこと考えるとすぐ否定する第4の人格まで……もうやだ。
――そんなこんなの1ヶ月を乗り越えて、僕は無事に学校へ戻ってきた。
なぜか知らないけども話しかけてくる人が増えちゃって、完全に隔離されてたハムスターから愛でられるハムスターにレベルダウンしちゃった気もするけども、そこそこに慣れた日常。
ぼさぼさの髪の毛、ビン底のダテ眼鏡、前髪で視界が半分すだれになっている、地味地味JK。
トラブルを徹底的に避けるための姿――僕の、平穏な日常の姿。
ああ。
授業って……最高だね。
だって、あの子たちに撫でられたり吸われたり舐められたりささやかれたりしないもん。
うん、正直あの強制的に責められ続けた1ヶ月は最高だったけど、僕の性癖的にはむしろ逆っていうか、やるなら責め続けたかったわけだし?
――ぶぶっ。
スマホの振動で、そっと画面を見る。
『約束通り、トイレは順番でお世話するからね』
『勝手に教室から出たら、どうなるか』
『わかる、よね……?』
「……はぁ」
退院したのに。
学校でもお世話をされる、放課後になったら3人が寝るまでお世話をしてくる……しかも交代でお泊まりしに来て。
そういう約束……させられちゃったからなぁ。
もう、こんなに満たされていたら新しい子にちょっかい――
『絶対ひとりにしないから』
『私たち以外をそういう目で見たら』
『許さない』
ひぇっ。
なにあの子たち……たったの1ヶ月で、僕の思考まで読めるようになってるの……?
「………………………………」
……けど。
いつまでも僕の体を拭くのに慣れなかった、意外と初心だった紅林さん。
僕が弱いところを的確にねちっこく責めてくる、以外とドSの白鳥さん。
僕の排泄に興奮してた黒木さん……は、たぶんもう手遅れだけど、分割されるよりはマシかなって諦めてる。
そんな3人が、今日もこうして元気に学校に通ってきている。
うん。
僕の尊厳を代償にこの子たちが元気なら……まぁ、いっか。
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