85話 彼女たちの覚悟が決まった瞬間
「――誘拐犯の首謀者と思しき人は、この前に私へ痴漢をして捕まった人。 ですので、両親に尋ねた住所がこちらです」
緊急走行中の車内。
電話を終えた白鳥優花が、その住所の表示された画面を見せる。
「し、しかし、確証も無いのに……」
「――あ゛? ポリ――お巡りさん、女の子が体目的で誘拐されたってはっきりしてるのに、こんなときでもいちいちぜんぶ『指示』ないとなんにもできないの? 一瞬遅れたら、その分女の子がどんな目に遭うのか想像もできないの? ねぇ?」
「ひっ!?」
ドスの利きすぎた紅林奈々の声に、一瞬運転が揺らぐ車内。
「あ、紅林さんっ。 ……こ、これ、明乃ちゃ――ぎ、銀藤さんの位置情報です。 その……防犯グッズで、スマホのアプリに居る場所が表示されています……」
「ありがとう、黒木さん。 ……住所、GPSで多少のブレはあますけど、同じですよ? これでもまだ確証、ありませんか?」
「……わ、わかりました……現在地の方で……最寄りの派出所からも向かわせますし、この車でも急ぎます……」
「ええ。 お願い――しますね?」
2台のスマホを見せ、納得させた優花は――一見すると、普段通りの優しい笑みを浮かべる。
「あ、あとっ……配信。 こ、この、防犯アプリで……」
「……連れ去られた銀藤明乃さんが着けているカメラからの、映像だけが、リアルタイムで彼女のアカウントから配信されています。 この情報も、上の人に伝えてください。 この顔と、この人物が同一だと。 ……はい、ありがとうございます」
「……ごめん、白鳥ちゃん。 あたし、頭熱くなっちゃって」
「いいの。 私、その方が羨ましいんだから。 機転の利く黒木さんも、ね」
「……そんなことない。 わたし、いつも足手まといだから」
うつむいた黒木美緒のメガネが、曇る。
「――でも」
「ええ」
「うん」
3人は――同時に、つぶやく。
「「「――――――――絶対に、許さない」」」
底冷えした声に、車がさらに加速した。
◇
「このマンション……アパートの4階。 階段、走るわよ!」
「お、おい、待ちたまえ君たち!?」
「こんなときに待ってられるかっての! 黒木ちゃん、ちゃんと手ぇ握っててね!」
「は、はひっ……」
「あのおじさんの……相手の住所。 ……痴漢されてて、良かった。 ううん、ちがう……そのせいで私が目を付けられて、そのせいで明乃さんが……っ」
必死に階段を登る3人。
直前にもさんざん走らされ、その脚は重い。
しかし――成人男性の警官を大きく引き離した彼女たちは、無事、その部屋の前にたどり着く。
が。
「は、犯人は立て籠もっており……応援を!」
「――なに、あれ」
「ここでも、また……」
「このうすっぺらいドアの向こうで明乃ちゃんがおじさんに迫られてるのになんでなんでなんでなんで……」
少女3人は、絶望する。
――このままじゃ、手の届く場所にいながら、ただ見ているだけに。
「……はぁっ、はぁっ……あ、あの子、どれだけ準備周到なのよ……?」
そう思った3人の前に現れたのは、息が切れながらも涼しい顔をしている美女。
「まさか、わざと……あ、あなたたち! 明乃ちゃんの被害し――お友達だったわよね!?」
「え、今、被害者って」
「気のせいよ!!」
「そ、そうですか……」
3人がどこかで見た覚えのある美女からいきなり話しかけられるも、汗だくで息も荒く、長いスカートを体の側面で切り裂いて――おそらくは走るためだろう――色気しかないその姿に気を取られ、思わず息を飲み込む3人。
「も、もしかして……明乃ちゃんの、女――」
「ではないから! それだけはないから!!」
ふう、と息をつくと――その姿に見惚れてしまっていた警官へ、上目遣いで口元へ指を当て。
「ごめんなさい? ――これからすることは、うまーくごまかしておいてくださるかしら?」
「え? あ、はいっ!?」
「――――――――ね? お・ね・が・い♪」
「う゛っ…………は、はひ……」
「そ。 ありがと♪ ――さ、やっちゃって!」
「――応よ。 悪いねぇ兄ちゃん、ちょいと寄ってくるかい?」
男性の警官の耳元でぼそりとささやき、返答を得てにこりとほほえんだ彼女は――廊下にいきなり現れた、かおはにこにこと優しそうだが体格の良い、壮年の男性を呼び寄せ。
「じゃ、お願い」
「ああ。 ――ふんッッッ!!」
――ごしゃっ。
鉄の扉が宙へ浮き、蝶番の金具が飛び散る。
「ド、ドアが……」
「蝶番から……」
「……あーあー、ボロアパートだからドアが取れちゃったねぇ。 これじゃ――『中に、入れちゃう』ねぇ」
「……!! いくよ、2人ともっ!」
「え、ええ!!」
「はいっ……!」
「ま、待ちたまえ! 建造物侵入――」
「そんなことより明らかに――アキノちゃん!?」
「お姉さん……!?」
「……明乃ちゃん!?」
そうして突入した3人が見たものは。
――――――――――ぱしゅっ。
消音器で消されたためか、まるでおもちゃのような音しかしないが――拳銃で撃たれた、血まみれで、両手両脚を拘束され、白いベッドを真っ赤に染めていて、顔は真っ青で、呼吸は荒くて――腹からどくどくと「真っ赤な」血が止まらない、想い人だった。
「……え?」
「……いやぁぁぁぁぁ!?」
「銃……え、うそ。 血だらけで……」
「――そっちの犯人は抑えて! ほら、お巡りさんも動く! 拳銃発砲して女子高生拉致監禁の現行犯!」
「あ、は、はいっ!」
美女は、素早く部屋へ上がり――犯人の手を蹴り上げ、銃を弾きながら言う。
「あなたたちも、来て手伝って!」
「い、いや……」
「だって、もう……」
けれども、想い人の惨殺ともいえる姿に目がくぎ付けとなり、動けなくなる少女たちは足がすくんでいる。
「……そうね、少しばかり刺激が強すぎるわね……でも」
銀藤明乃へ真っ直ぐに駆け寄り、自身が血まみれになるのも構わずにベッドへ乗って手錠を――引きちぎった「美女」は、3人へ振り向く。
「――あなたたちの想い人は、この程度で死にそうな女癖の悪さだったかしら? 何度か腹を刺された程度で、簡単に女癖を強制できるような玉かしらね?」
「……そ、そうねっ! 明乃ちゃんだもんね!」
「……ええ!」
「きゅ、救急車の音……ほ、保健でやった、応急手当!」
その声に、弾かれるように動き出す少女たち。
――一見、どう見ても手遅れな血の量。
腹は、着ていたインナーと思しき服の素材とわずかに見える肌とその下の赤い物体のすきまから血が沸き出すようになっていて――一瞬、手が止まる3人。
「……わけはあとで話すけど、明乃ちゃんは……異様に頑丈なの。 だから、まだ死なない。 少なくとも、女の子に執拗に刺されるまではね。 さ、圧迫で血を止めるから、包帯代わりになる布を探して。 なるべく清潔なものを……あ、けれど、この部屋にそんなもの――――」
「えいっ」
びりっ。
「ふんっ」
びりっ。
「……うぅぅぅ……えい!」
びりっ。
3人は――ためらいもなく、自分のシャツやスカートを引きちぎる。
「……あなたたち、明乃ちゃんにお似合いよ」
覚悟の決まった目をしている乙女たちを見た美女は、静かにほほえんだ。
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