84話 女の子のための傷は男の勲章
「――ああ、そうだぁ……ぐふふ」
にたぁり。
鬼が、さらに笑う。
「……お前は、良い子だぁ……そうだぁ、せっかく手に入れたアレを使わずに、また監獄へ連れて行かれるところだったなぁ……!」
――からんからん。
もはや真っ赤に染まった、ジャンガリアンハムスターの所持していたお守りを投げ捨て――鬼は、ゆらりと立ち上がる。
「包丁とかも良いけどさ……げほっ。 どうせ僕を殺して捕まるんなら……ね?」
「良いぞぉ、お前は良い生徒だぁ……内申点には期待しろぉ……」
僕、内申点は確実に真っ赤だからありがたいなー。
少なくとも中学までは成績トップ層、スポーツも女としてはトップ層、コミュ力と先生への貢献もほぼMAX――だけど同性トラブルでえらいことになってたから打ち消されてるもん。
代わりに高校では全部、下の上程度――でも素朴で無害でおとなしい女子生徒Bだったから、赤ではないはずだけどもそこまでいいはずはない。
それが上がるのかー、わー、嬉しいなー。
返り血で真っ赤になった鬼は、そのままタンスを漁りだし――目的の者を、見つけ出す。
「高い金を出させられたんだ……いつか、撃ってみたいと……」
「げほっ……どうせ僕は死ぬんだ。 罪は大して変わらないよね」
刃物と拳銃――全然違うけども、そんなのはもう、この鬼には理解できない。
「そうだ、どうせ同じ罪……」
「そうそう、ぜんぜん変わらないよ。 なら損しないように」
鬼と悪魔、フィジカルとメンタル特化。
どっちが強いか――勝負だ。
「ああ……なぁに、1人殺した程度じゃ、また少しおとなしくしていれば出てこられる……」
「そうそう、ちょっと我慢すれば良いんだ」
「ああ……檻を出るまでは殊勝なフリをすれば良いんだからな……」
黒光りする拳銃が――慣れていない手つきで、ロックを解除される。
ぴかぴかの、ホコリひとつない――「新品同様の拳銃」が。
「おじさん。 最後に良いかな」
「ああ……私の欲望を叶えてくれる貴重な生徒だ……聞いてやろう……」
ゆらり、ゆらり。
のったりと、鬼が僕の前に来る。
「――頭蓋骨って意外と硬いから、弾かれやすいんだって」
んなことはない。
至近距離で撃たれたら、高い確率で貫通する。
『そうだ』
「腹部もさ、意外と臓器の間すり抜けたりすると、致命傷にならないこともあるんだって」
んなことはない。
臓器か大動脈を撃ち抜けば、ほっとけば血だらけで死ぬ。
『我らを、見よ』
「――ちゃぁんと、胸を狙ってね。 さすがに発砲音が聞こえたら、いくらうちの国の礼儀正しいお巡りさんたちでも、すぐにドア、蹴破って入ってきちゃうから、2度は無い。 外しちゃったら――もったい、ないよね?」
『思考誘導の手際――見事ッス』
――すっ。
鬼は、最高の笑顔を浮かべながら――銃口を、僕の胸元へ。
たったの30センチくらいの距離で、人類が生み出した――人が持っちゃ行けない狂気の凶器が、向けられている。
……ふぅ。
誘導は、最後まで完璧。
女の子といちゃいちゃするためだけに学んで実戦を繰り返してきた対人スキルは、こういうことにも役に立つんだ。
人生、何が役に立つか分からない。
だって、低確率でもさ?
――次の人生にも使えるかもしれないんだから。
「最期まで、良い生徒だった……これから毎晩、この感覚を思い出してやる。 永遠に、生きられるぞ……」
「そっか」
「ぐふ……心臓の止まるまでを、さぁ――見せてくれ」
――ばんっ。
遠くで、ドアが開く音がする。
「き、君たち、待ちなさい!? 建造物侵――――」
どたどたと、土足で踏み入る足音。
軽いけど急ぐ、3人分のそれ。
「そんなことより明らかに――アキノちゃん!?」
「お姉さん……!?」
「……明乃ちゃん!?」
3人と――いまわの際に、目が合う。
――ああ。
君たちは、本当に良い子だ。
――だからこそ、この銃口は僕に向けられないといけない。
「おじさん、今だよ。 無抵抗で確実にやれる僕を――」
――――――――ぱしゅっ。
拳銃というには、あまりにも情けない音が室内に響く。
「……え?」
「……いやぁぁぁぁぁ!?」
「銃……え、うそ。 血だらけで……」
「君たち――拳銃!? ……っ、取り押さえろ!」
「ぐふ、ぐふふふ……銃の感覚は――」
鬼は――笑みを潜め。
「………………………………あ?」
――不思議な顔で、自分の腹を見る。
『罪を重ね、鬼となった者は、外に出してはならぬ』
『女を誑かし回り、遠くない内に刺されただろう阿呆と、女を拐かし、あまつさえ殺すような鬼とは――比べるべくもない』
「なん、で……?」
きょとんとしたままの「鬼」だった彼は――人間に戻りながら、跳ね返った弾で傷ついた肉体の痛みを知覚し、そのまま崩れ落ちる。
「ふ、ふ……鬼退治、かんりょう……」
おっと、さすがに血を流しすぎたかな――なんてね。
でも、もう――良いよね。
僕は、徹夜して運動した後みたいな疲れと眠気を覚えながら――そっと、目を閉じる。
『鬼退治。 ……桃太郎っていうにはだらしなさすぎる主ッスけど、女の子を傷つけないで愛する気持ちと、鬼退治のためならここまでやる覚悟。 ……あんた、漢ッスよ。 女泣かせの』
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