81話 敵がぽんこつでなかった場合用の切り札のこと、すっかり忘れてた
「あなたたち、大丈夫?」
「婦警さんももうすぐ来るからね、もう大丈夫だからね」
「――ええ、ありがとうございます」
「もう大丈夫っす! ありがと、おばちゃん!」
続々と到着する警官たちに、まだ彼女たちを安心させようと何人もの女性たちが人垣を作り、野次馬から隔離している。
そんな、善意の協力者たちへ感謝の意を表明する、紅林奈々と白鳥優花。
2人はどうにか気持ちを切り替え、「自分たちという哀れな少女たちを守ろうと努めてくれている人々」へ愛想を振りまき、彼女たちが満足するような返事を尽くしている。
一方。
「……切り刻む剥ぎ取る指1本ずつから丁寧に生きてることを後悔させ……」
ぶつぶつぶつと――普段の音量が低いのが幸いし、騒ぎになっている町中の中の人垣では、真横に居る2人以外には届かない声で――呪詛を振りまく。
「黒木ちゃん、もうちょっと抑えて抑えて」
「仕方ないわよ……私だって、お姉――銀藤さんが、どんな目に遭ってるかって思ったら……」
周囲に悟られないよう、哀れな少女という演技の範囲内で悔しがる2人。
助け出され、冷静になった彼女たちは、理解した。
――銀藤明乃は、自分たちをこうして無事に保護させるために身代わりになったのだと。
そして、恨みを持っている相手には自分が生贄となり――少なくとも1人分は満足させようとしていたのだと。
「……アキノちゃん――ううん、銀藤ちゃん。 なんで……だってあんた、女の子が好きで男の子は別にって……」
「……きっと、だからなのよ。 銀藤さん――明乃さん自身は……たぶん、私たちよりも『そういうこと』には耐えられるから、だから自分がって……」
「……バカ。 そんなこと、私たち、嬉しくなんて……」
「あの人なりの優しさ……なんでしょうけど。 やっぱり、ずるいわ」
「――や、やっぱりわたし……今からでもおにぇっ!?」
がちん。
一瞬の、静寂。
「………………………………」
「………………………………」
「……銀藤さん、ううん、明乃ちゃんのこと、助けたい」
ひりひりとする舌をなんとか動かし――メガネの下から、少しだけ光の入った目で見上げる黒木美緒。
「そうしたいのはやまやまなんだけどねー……てか銀藤ちゃん、今どこかって」
「あ、紅林さんっ! スマホ! さっき、受け取ってた!」
「……!! そ、そうだった……!」
あわててポケットから銀藤明乃のスマホを取り出し、画面をタップすると――
「……ロック、掛けてない。 明乃さん、あんな短時間で……」
「さ、さすが、明乃ちゃん……だね……!」
入っていたアプリは――現役女子中学生の後の高校生をしている2人にしても、友だち付き合いの少ない1人にしても、かなり少ない。
ゆえに、開いてはホームに戻ってを数度するだけで――
『大体なんだその格好は! あの女たちと遊んだ後、そのまま男でも引っかけに出るつもりだったのか? この淫乱め!』
『や、やだぁ……』
「――――――――………………………」
「な、なに、これ……」
「が、画質も音質も……だけど、盗撮カメラ……?」
画面の中央に、壮年の男性。
そんな彼が、こちらに覆いかぶさる形での映像が表示される。
『ほう……下半身が冷えるのか? ぐふふ、安心せい、私がじきに腹までのタイツなど必要なくなるほどに温めてやるからな』
『いや、やめて……』
それを見て――顔は生気のないほどに青ざめ、瞳は完全に漆黒となり、心は完全な凪の境地へ達した少女たち。
「……銀度ちゃん、こんな声出すんだ」
「そうよね。 明乃さんも、女の子だもの」
「これを、わたしたちに託した。 ……貸して、紅林さん」
「え? う、うん……」
一切の恐怖がなくなった黒木美緒が、スマホを受け取ると――インストールされていたアプリを確認し、その中に「今思いついたもの」がすべて入っているのを発見すると、一瞬だけ見開き。
「……うん、きっと、これでわたしたちが……うん。 2人とも、自分のスマホ、開いておいて」
彼女は――すっと立ち上がり、警察官のところへ駆け付け、何事かを話し、スマホを見せる。
「――何だって!? もうひとりの子が!?」
「そんな、なんてひどいことを……!」
その説明に――常識的な大人として、ひどく憤慨する人々。
「お願いします。 今すぐ最寄りの警察署の人たちを向かわせてください。 住所は……」
「……って、うぇ!?」
「ど、どうしたの……?」
「ぎ、銀度ちゃんのアカウント!! なんか位置情報と映像だけを配信してるみたい!」
「……なるほどね。 黒木さんがあんな目をしてる理由、分かったわ」
少女たちも、立ち上がる。
「自分が被害に遭えば、あのおじさんは確実に刑務所。 そう考えたのかもしれないけどさ……銀度ちゃん」
「それを、黙って見過ごす私たちじゃないの。 ……先にタクシーを……ううん」
薄い色の瞳に光が差していない白鳥優花は、周囲の人々を観察し――瞬時で車のキーがポケットに入っていると思われる人物を確認。
「そうだよね。 ――銀度ちゃんにあんな声させたオトシマエ」
紅林奈々の燃える瞳は、黒炎に染まり。
「2人とも。 お巡りさんには伝えたけど――行くよね」
「ええ、もちろん」
「銀度ちゃんを好きにして良いのは――あたしたち、だけなんだもんね」
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