67話 しゅらば
「じゃ、そろそろいっかな?」
「ええ、聞く権利はあるわよね」
「は、はい……」
僕は、囲まれている。
3人の女の子たちに。
3人とのデートのための3着といろいろが詰まって重いボストンバッグに、さらに危険物をいろいろ詰めたもんだから速やかに離脱できない状況で。
そこそこ広いイベントスペースは、そこそこの雑踏。
ちらちらとこちらを見てくる人たちは、はたして3人のかわいさで惹かれているのか、それともなにやら魔術の儀式みたいに取り囲まれている僕っていう哀れな存在を発見してか。
「――ねー、銀藤ちゃん。 どういうことか説明してくれないかな?」
紅林さんが、1歩近づく。
「なんでここに、この子たちが居るんだとか。 あたしのこと、選んだわけじゃないの? 選んでって、みんなで送ったよね? それであたし、来てくれて泣きそうだったのに、なんでこうなってるの?」
表情の変化が乏しくなった紅林さんが、まず口火を切る。
「待ってるあいだに聞いたよ。 アキノちゃんとどんな話したとかって、2人に。 ――どうして2人がアキノちゃんのこと……んーん、銀藤ちゃんのこと、あそこまで良く知ってんのとか聞きたいんだけど? あたし、カノジョじゃなかったっけ? 何で告られた直後にあたしウワキされてんの? それともただの遊びだったの?」
聞きたくないけど、聞かなきゃいけない。
1回聞かなかったことにしたかった脳みそが、恐怖で聞いた言葉をインストールしてくる。
……ただでさえ怖い系美人なギャルの紅林さんが、僕にすごんできている。
怖い。
誰か助けて。
「ねえ銀藤さん? どうして紅林さんと黒木さんがここに居るのか教えてくれないかなぁ? 私、お昼まではすっごく楽しかったし嬉しかったんだよ? なのに、どうして……」
普段は穏やか系美人な学年の高嶺の花、白鳥さんが冷たい視線で刺してくる。
やっぱり怖い。
「黒木さんは……まだ分かるわ。 だって、普段からあんなに仲良しだから、諦めもつくの。 けど、紅林さんみたいな子なんかと……やっぱり女体。 えっちなことしたいから?」
誰か……ダメだ、みんな目を逸らしてる。
「……ぎ、銀藤さん……最近、白鳥さんと紅林さんと、仲……い、良いよね……? な、なんで……どうして……? わたしじゃ、だめ、だったの……?」
度の強いメガネで表情が見えなくなってる黒木さんが怖い。
新しいはずのメガネさんのはずなのに。
この子は小さいはずなのに――怖い。
「わたし……お、お家まで来てくれたし、看病してくれたりして……ふ、普段も学校で、困ったときはすぐに助けてくれて……銀藤さんが居ない学校なんて、わたし……」
重い。
重い重い。
みんな、もっと気楽に行こうよ。
そうだよ、「好き」とか「結婚して」とか、女子同士もふざけて言うじゃん?
紅林さんのギャルグループの子とか先週まさぐり合いながら言ってたよ?
だからそんなレベルってことで満足してくれない?
ダメ?
「……ていうかぁ白鳥ちゃんさぁ? 最近休み時間のたびに銀藤ちゃんに話しかけてなーい? 銀藤ちゃん、あんま注目されたくないって言ってたから話しかけないであげて欲しいんだけどー? そういう協定、結んだよねー?」
あ、待って。
待って待って落ち着いて。
女の子同士はすーぐそうやって矛先をお互いに向けるんだ。
僕はくわしいんだ。
特に「彼女」が複数人も居ると、僕への不満がそのまま彼女同士に向かって、その結果内乱みたいになるんだ。
あれは凄惨で過酷な世界なんだ。
女の子の本能が牙を剥くのは困るんだ。
仲が良かった女の子同士が、もはや修復不可能なくらいの仇敵同士になるんだ。
「あら、それを言うなら紅林さんこそ。 銀藤さんが迷惑そうにしているわよ? あなたたちみたいな女子につきまとわれて、変な噂も立っているし」
立ってないよ?
落ち着こ?
学校での僕はジャンガリアンハムスターだから誰にも気にも留められてないよ?
白鳥さんはもう少し良い子すぎる視点を下げて一般的な生徒の視線に立つっていうのをやった方がいいよ?
「ぎ、銀藤さんは……私だけのものだったはずなのに……最初から、ずっと……なのになんで、他の子、見ちゃうの……?」
あ、それは本当にごめん……でも僕は女の子に餓えていたんだ。
ほら、1日3食健康的に摂取してたのが2ヶ月くらい皆無になっちゃったら、おなかが空きすぎてどんなに悪いことでもしちゃうでしょ?
そうそう、この前感想言い合った小説のかわいそうなヒロインもそんな感じだったじゃん?
だから悲劇のヒロインってことでさ……ダメかな?
――――――――――ぴしっ。
空間が、歪む。
あ、やばい。
女の子同士の集団ヒステリーを起こすあの力が、怒りを増幅させている。
「は? 黒木ちゃん、銀藤ちゃ――ううん、アキノちゃんが何だって? あたしのを盗ろうって……?」
「ひぅっ!?」
「ちょっとやめなさいよ、私はあなたのそういうところが……」
びしっ。
僕の前で――高校デビュー先のクラスの女子たちが、どう見ても険悪なムードをしている。
世界が、凍り付いている。
この空間そのものが、見えない氷で固まっている。
凍りすぎてそのまま砕け散りそう。
いっそのこと砕け散ってくれたら楽になるのにね。
僕?
僕はそんな3人に囲まれてるよ?
なんなら彼女たちの、普段より低いトーンの声が360°から届くよ?
サラウンド修羅場だよ?
いやぁ、女子って怖いね。
やっぱ僕は男の方が良いや。
多分今、この瞬間、僕がこの世界で最も寒気感じてるよね。
……いやぁ、ほんと、男として生まれて男友達だけだった方がしあわせだったよ……もう遅いけど。
「ね、ねぇ銀藤さん……説明、してくれる……? それとも、嫌い……?」
「そうね、説明してくれるかなぁ銀藤さん。 周り、きょろきょろ見てるんじゃなくって」
「ねーアキノちゃん。 いつもみたいに無関係装うの、そろそろやめよっか。 みんな、知ってるんだよ。 アキノちゃんは銀藤ちゃんだって」
「えっ」
サラウンド低音女子ボイスが僕を襲う。
あ、良かった、矛先が僕に向き直った……良くない良くない、非常に良くない。
「銀藤さん……ううん、明乃ちゃん……わたし、明乃ちゃんが居たから、こ、こうして他の人とも話せるように、なってきたのに……お友達、できてきたのに……」
おどおどと僕を見上げてきている、黒木さん。
あ、さりげなく今、黒木さんが僕の名前呼んだ。
……それだけ心を許してくれたんだって喜びたいけども、そんな場合じゃない。
長い黒髪にビン底――じゃなくなったけど厚いメガネ、小動物系で臆病で背も低くって、今でも分厚い本を――昼間に買ったお気に入りのそれを、自分を守るように抱えていて。
普段はサイズが大きめの制服を着てるせいで余計に小さく見える、隣の席の女の子。
「私、銀藤さんのことを誤解してたわ。 もっと真面目な良い子だって思っていたのに……放課後とかお休みに派手な格好とか。 いえ、それは良いの。 けど、私たち3人を同時に口説いてただなんて……知ってたけど、ちょっと幻滅」
そこで「ちょっと」なあたりは本当に良い子なんだけどなぁ……。
腰に手を当て、基本笑顔な普段から一転、きりりとにらんできている……んだろうなぁ、それでも紅林さんに比べるとそこまで怖くないけど……明るい色の長い髪に、きっちりと制服のシャツを首元まで閉めていて。
同級生たちの憧れなぼんきゅっぼんが、校則を守りきってる着こなしの制服からでもはっきりと分かる、白鳥さん。
「――アキノちゃん。 前、言ってくれたよねー? あたしのこと、真剣に考えてくれてるって。 なのにさー……」
前よりはマシになってるけどやっぱり派手なメイクに染めた――ように見えて実は地毛の、ウェーブのかかった燃えるような色の髪の毛。
制服の上着の代わりに厚手のカーディガンを腰に巻いていて、それでおしりが隠れる分スカートを短くしている、よく僕の席を占領している、紅林さん。
「ねえ」
「ちょっと」
「せ……つめい、して……?」
いや、君たち仲良いじゃん……や、僕っていう共通の敵で団結してるだけなんだろうけどさ。
「はぁ……」
僕は、涙を浮かべながら空を見上げる。
夕暮れ、駅前、人混み、好奇の視線。
――ああ。
僕はどうして――まるでべったべたなラブコメみたいな展開になってるんだろう。
どうして――今世の僕は女の子なのに、なぜに女の子たちにラブコメみたいな詰め寄られ方してるんだろうか。
僕、女なんですけど?
なんでこんなことになってるの?
や、多分この子たちはただ「友達だと思ってた相手と仲良くしていたクラスメイト」に嫉妬してるだけで、恋愛感情なんか――女の子同士だし――ないはずだって……思いたいなぁ。
それでも――ああ。
人生ごとってのはもう勘弁だけども。
期日を指定して、ついでに記憶も持って同じ人生の望みの時間まで巻き戻したい。
そう。
それは、TS転生先の人生でやらかした中学から離れ――新鮮な高校デビューした先の新鮮なクラスで、目立たない女子のグループに紛れ込めていた、無害な女子生徒Bだった、あのころへ。
「銀藤さん?」
「……ごまかそうとすると……」
「すぐそうやって周り見たりするの、知ってるからムダよ?」
あ、無理っぽい。
僕はもうダメだ。
……さらに次の来世に期待しとこ。
◆◆◆
次話は16日木曜日からとなります。
恒例のないないのためです。
明乃ちゃんの壮絶な最期を、ぜひお楽しみに。
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