嗚呼……! ダメですお兄様! 私とお兄様は血の繋がった兄妹――アッ~~~~~~~~!(後編)
歩み寄ってくるフランジェリコ兄様の前に、ヘレンが立ちはだかる。
「……ヘレン、何故君がここにいる?」
「そんなの、リーシャお嬢様に連れてこられたからに決まってるじゃないですか」
ヘレンは私専属の使用人であり、同時に護衛も兼ねている。
そのため、たとえ私がどこにいようとも駆け付けられるよう呪法によるマーキングがされており、隠れてもすぐに発見されてしまう。
だからヘレンの口からフランジェリコ兄様に居場所が伝わらないよう、一緒に連れてきたのである。
「……そうか。私はてっきり、ヘレンの気が変わったのかと――」
「あ~、その件ですが、つい今さっき気が変わりましたね」
その瞬間、ヘレンとフランジェリコ兄様の間で火花が散るような緊張感が走る。
「やはりか……。最終的にいつか破られる協定だとは思っていたが、まさかここまで早いとはね」
「っ!」
ある程度予想はしていたが、どうやらヘレンとフランジェリコ兄様の間には何らかの協定が結ばれていたようだ。
恐らく私とフランジェリコ兄様の間を取り持つような内容だったのだろうけど、私の話を聞いてヘレンの気が変わってしまった……
結果として、その協定はこの瞬間破棄されることとなったようだ。
「一応平和的に対話を試みるが、ヘレン、ここを通す気はあるか?」
「残念ながら、フランジェリコ様は今をもって私の中で害虫判定となりました。これ以上リーシャお嬢様に近寄るようであれば、排除させていただきますね♪」
アマルディア家に雇われている以上フランジェリコ兄様もまた仕えるべき対象であるハズなのに、害虫扱いは流石に酷すぎる。
何より、私の大好きな人に対しその言い草は――
「あ、安心してくださいリーシャお嬢様! リーシャお嬢様の大切なお兄様の命を取るつもりはありませんので。もちろん、可能な限り傷もつけませんよ?」
「そ、そうじゃなくて――」
「リーシャ、今日こそ私はヘレンを超えてみせる! 私一人でもリーシャを守れると、証明してみせる!」
二人とも私の話は全く聞いてくれず、完全に戦闘態勢に入っていた。
何故この二人はこうも似た者同士なのだろう……
「私を超える、ですか。あのフランジェリコお坊ちゃまが、随分と大きく出ましたねぇ?」
「師を超えるのは、弟子の義務だろう?」
「十年早いです」
次の瞬間、二人の姿が同時にかき消える。
この場で二人が呪法戦を繰り広げれば、屋敷どころかここら一帯消し飛ぶ可能性があるため、どこか広い場所に転移したのだろう。
しかし、この場に放置された私は一体どうすればいいのだろうか……
一瞬、この隙に逃げてしまおうか? という考えも頭を過ったが、二人の戦っている原因が私であることを考えると流石に不義理な気がする。
結局そのまま動けず手持ち無沙汰に待っていると、思ったよりも早く二人が転移で戻ってきた。
フランジェリコ兄様は……、ヘレンの肩に担がれた状態だったけど……
「ヘレン……」
「リーシャ様、フランジェリコ様が私を超えるのはまだまだ当分先なのでご安心ください! ……とはいえ、十年は少々言い過ぎだったかもしれません。現段階では五年といったところでしょうか? まあ、私もまだまだ成長過程ですので差は広がるかもしれませんけどね~」
ある程度予想はしていたけど、やはりヘレンから見ればフランジェリコ兄様もまだまだということらしい。
ヘレンはかつて、非公式でありながらもこの国の最高戦力と言われている魔人令嬢――エリザ・マグダエル様と引き分けた実績がある。
何故非公式かというと、王家にとんでもなく強いメイドがいるという噂を聞いたヘレンが、同じメイドとして負けられないと決闘を挑んだ――というあまりにも酷い内容だからである。
エリザ様はなんと侯爵令嬢でもあったらしく、このときばかりは極刑も免れないと思ったのだが、エリザ様と雇い主が全く気にしなかったことと、その実力を買われたことで示談が成立した。
ヘレン曰くエリザ様は手を抜いていたという話だけど、それでも国家最大戦力相手に引き分けるほどの実力であることは変わりない。
いくらフランジェリコ兄様が強くなったと言っても、ヘレンを超える実力があればもっと大きな話題となっていたハズなので、この結果は当然と言ってもいいだろう。
「そんなに、待つことはできない……」
「おや、もうお目覚めですか? 本当にお強くなられましたねぇ~。まあそれでも、今のフランジェリコ様では何をどうしようとも私には届きませんよ?」
「……それは十分に理解したさ。不本意ながら、切り札を使わざるを得ないことも、な」
「ほほう? 切り札ですか。私相手に出し惜しみをするとは、いい度胸ですね? もしつまらないモノであれば――許しませんよ?」
肩から降ろされたフランジェリコ兄様は苦笑いを浮かべながらヘレンの耳元に口を寄せ、何かを呟く。
内容は全く聞こえてこなかったが、フランジェリコ兄様が離れた際にヘレンの目が大きく見開かれているのが見えた。
常に笑顔を絶やさないヘレンにしては珍しい表情である。
「本当は私自身の実力で認めてもらいたかったが、これならば文句はないだろう?」
「……ええ、ええ、そういうことであれば、まあ認めてあげなくもありませんよ? ただ、私としては少々つまらない決着ですね」
「そう言われると思って、もう一つ手土産を用意してきた」
「手土産?」
「ああ。といっても物ではなく情報だ。……ヘレン、君の宿敵が城に帰ってきているよ」
「っ!? ……それは、本当ですか?」
「もちろんだ。招待状も手配済みだよ」
そう言って胸元から取り出された紙を、ヘレンは目にもとまらぬスピードで奪い取る。
「リーシャお嬢様、私は急用ができたので少しお暇をいただきます! どうかお幸せに!」
ヘレンはそう言い残し、再び転移の呪法でどこかへ行ってしまった。
しかし、先程とは違い今はフランジェリコ兄様は残っているため、状況的には非常にマズイことになっている。
「さて、邪魔者……とまでは言わないが、これで障害はなくなった。今日は逃がさないよ、リーシャ」
「っ! ダ、ダメですフランジェリコ兄様! 何度も言っていますが、私達は本当の兄妹なんですよ!?」
「たとえ対象が物だろうと動物だろうと、悪魔だろうと魔族だろうと、神や天使だとしても――愛情は成立するものだと私は思っている。それに比べれば、兄妹で愛し合う程度のことは些末な問題だと思わないか?」
「で、でも、呪いが――」
「それは後々考えれば良いことだろう?」
まあ確かに、呪いについて考えるのは後といえば後だけど、貴族としては当然後継ぎのことも考えなければならない。
そうなると、まさか養子? いや、そういう問題でもないか……
「それに知っているんだぞ? リーシャは最近、呪いに関する研究をしているそうじゃないか。それは私の気持ちを前向きに受け止めてくれているからじゃないのか?」
「っ!?」
確かに、私は最近呪いに関する研究をしている。
理由は完全に図星なのだけど、これはヘレンにも言ってないハズなのに……
いや、ヘレンなら把握していた可能性は十分にある。
そしてヘレンとフランジェリコ兄様が協力関係にあったのなら、情報が漏れていたとしても不思議ではない……か。
しかし、それはとんでもなく恥ずかしいことである。
だってそんなの、私がフランジェリコ兄様の子を授かるための研究をしていたと言ってるようなもの――顔から火が出そうだ。
「私の勘違いでなければ、リーシャも本当は私のことを愛してくれているのだと思っている。それでも私を受け入れられないという理由が呪いのことであるのならば、今だけはそれを忘れてくれないか?」
そう言ってフランジェリコ兄様が少しずつ距離を詰めて来る。
ドアはフランジェリコ兄様側にあるので、逃げ場はない。
「い、いけませんフランジェリコ兄様! こんなの、お父様が許すハズが――」
「実はそれについても許可を貰ってきた」
「えぇっ!?」
う、嘘ですよね!?
アマルディア家の当主であるお父様が許可するなんてあり得るワケが……
「これが証拠だ」
そう言ってフランジェリコ兄様は再び胸元から何か紙を取り出す。
そこにはフランジェリコに全て任せるという記述に加え、しっかりとアマルディア家の承認印が押されていた。
よ、用意周到過ぎる……!
ヘレンのことといい、これは完全に外堀を埋められている!?
どうやらフランジェリコ兄様は、本当に今日ここで全てを決めるつもりのようだ。
「そんな……、フ、フランジェリコ兄様はいいのですか? 私はともかくとして、長男が後継ぎを残せないのは問題じゃ――」
「問題無い。それに、呪いは必ずしも発生するワケではないだろう? 軽症である例も多数残っている。であれば、あとは親がしっかりと面倒を見てやればいい。結果として子どもが自分を不幸だと思う可能性もないワケではないが、そう思わないくらい幸せになるよう育てていけばいいだけの話だ」
「……」
本当に、よく調べている……
やはりフランジェリコ兄様も、私と同じように、本気で――
「……本当に、私でいいのですね……?」
「愚問だな。そんな妥協のような思いであるハズがない。リーシャがいい。リーシャじゃないと嫌だ。リーシャを、愛している」
「……はい、私も、フランジェリコ兄様が好きです。愛しています。だからこそ、フランジェリコ兄様の幸せのために、私はその想いに応えるべきではないと思っていました。……でも本当は、自分の本心を隠すための言い訳だったんです」
でなければ、近親交配の呪いの歴史や原因を調べるようなことをするハズがない。
私は口や態度で拒否をしつつも、なんとかできないかと必死に藻掻いていたのである。
しかし、フランジェリコ兄様がそれでも構わないと免罪符をくれるのであれば、もう我慢なんてできない。する必要がない。
「フランジェリコ兄様が許してくれるのであれば、私は――」
「リーシャ!」
私が言い終える前に、フランジェリコ兄様が強く抱きしめてくる。
そして耳元で何か聞こえたと思った瞬間、私はベッドに横たえられていた。
「え……?」
「善は急げというヤツだ。既成事実を作ってしまえば、あとはどうとでもなる」
「既成事実!? ま、まさか、本当にその、してしまうつもりですか!?」
「駄目か?」
「ダ、ダメというワケではありませんが、流石に今すぐは、心の準備が……」
「なら問題無いな」
「そ、そんな!? あ、あ、アッ、アッ~~~~~~~~!」
「というのは冗談だ」
「……え?」
顔を寄せたフランジェリコ兄様が、頬に口づけをしただけですぐ距離を離してしまった。
「すまない。本当はリーシャが最後まで拒まないことを確認したかっただけで、この場でリーシャを抱くつもりはなかったんだよ」
「それは、どういう、ことですか……? まさか、今までのは全て嘘――」
「いや、リーシャに対する気持ちに偽りはない。ただ、一つだけ黙っていたことがある」
どういうこと……?
ダメだ、頭が混乱してまともに思考できない。
フランジェリコ兄様は、一体どういうつもりで――
「……これはまだ世には出せない情報だが、実は私は王族――それも第二王子だ」
「は、はい……?」
突然何を言い出すのだろう?
もう、ワケがわからない……
「この国――ガイエスト帝国には現在6人の王子がいるが、次期国王である第一王子マリブは性格にやや難があってな。私は生まれた瞬間から命を狙われていたのだ」
「まさか、身を隠すため、アマルディア家に……?」
「ああ。と言っても、それを知らされたのはしばらく経ってからだ。だから私も当時はリーシャのことを本当の妹だと思っていたよ」
記憶を辿ってみても、フランジェリコ兄様に違和感を感じた思い出はない。
一体どの時点で、自分が第二王子だと知ったのだろう……
「王位継承権第二位である私は、言ってしまえばマリブの王位継承を阻止するための切り札のような存在だった。しかし、ここ数年で一気に情勢が変わったんだ」
「一体、何があったんですか?」
フランジェリコ兄様がこうして自分の正体を明かしたということは、身を隠す必要がなくなったということである。
となると第一王子が失脚したか、或いは何か大きな事件があったとしか思えない。
「ほとんど面識はないが、私には4人の弟がいる。そのうちの一人、第三王子のカルア・イングヴェイは知っているだろう?」
「はい。実際にお会いしたこともありますので」
あの日のことは今でも鮮明に覚えている。
カルア様の専属メイドであるエリザ様にヘレンが喧嘩を売り、その謝罪の際、私は人生で初めて死を覚悟した。
しかし、結果として私とヘレンは無罪放免となった――その決定を下したのがカルア様である。
カルア様は当時貴族の間で我儘な暴君として知られていたが、そのとき私が見たカルア様はただ無邪気に笑うだけでそんな様子は一切なかった。
それどころか、跪く私の肩を楽しそうに叩きながら「お前、素晴らしいメイドを雇っているな! 実に楽しいものを見せてもらった! これからも定期的に連れてきていいぞ!」と言っていたくらいだ。
あのとき私は安心するとともに、貴族の間で流れている噂など所詮噂でしかないのだと実体験で理解することができた。
「カルアは王位継承権第三位でありながら、我儘な暴君として国王すら手を焼く厄介な存在だった。他の王家の者からの信頼も薄かったため、マリブの視界には全く入っていなかったんだ。……しかし、カルアはここ数年で一気に成長し、ついにはマリブを失脚させ王位継承権第一位となった。そのお陰で、私もこうして堂々と正体を明かすことができるようになったんだよ」
「あの、カルア様が……」
カルア様は決して暴君などではない。
それはあの日理解できていたが、正直あのぽっちゃりとしたふくふく王子に、そんな凄いことができるとは到底思えなかった。
「私も意外だったよ。ただ、今のカルアは本当に王に相応しいと言える立派な男に育っている。城では誰もがカルアこそ次期国王だと認めているくらいだ。私は、本当にお役御免となったのだよ」
「そう、でしたか……」
それはフランジェリコ兄様が王になる道も絶たれたということなのだが、全く気にしている様子がない。
今まで自分が王子だと隠し通してきたフランジェリコ兄様の胸中を読み取ることなんて私にはできないけど、恐らく人が変わったように私への愛情を隠さなくなったあの日、フランジェリコ兄様は重い責任から解放されたのだろう。
そこまで理解が追いついて、ようやく私も緊張から解放された。
近親婚の不安もなくなったし、結果的に二度も救っていただいたカルア様には感謝しかない。
……しかし、それでもどうしても引っかかることがある。
「ねえ、フランジェリコ兄様? それなら何故、こんな回りくどいことをしたのですか?」
マリブ第一王子から命を狙われることもなくなり、近親婚の禁忌を恐れる必要もなくなったのであれば、さっさと私にもそれを伝えて欲しかった。
そうすれば、私だってあんなに悩むことはなかったのに……
「それは、真実の愛を確かめたかったからだ。リーシャから見れば私は血の繋がった兄妹のワケだし、いきなり伝えてもそんな風には見れないと言われる可能性があっただろう? さらに言えば、私は一応王族ということになる。それはそれでリーシャの性格なら恐れ多いなどと言って拒否される可能性があった。だから、たとえ血の繋がった兄妹であろうと貫き通せる真実の愛があることを、確かめたかったのだ」
「……」
私は無言でフランジェリコ兄様を引き寄せ、上下を入れ替わるようにベッドに押し倒す。
「リ、リーシャ? どうしたんだ、そんな怖い顔をして――」
「……フランジェリコ兄様、私は残念です。そんなにも、私の愛が疑われていただなんて」
「う、疑ってなどいないぞ? ただ、その、確証が欲しかったというか――」
「じゃあ、これからお見せしますよ♪ 私が、どれだけフランジェリコ兄様を愛していたかを、ね……」
「ヒィ!? ちょ、ま、アッ~~~~~~~~!」
その日を境に、フランジェリコ兄様と――ついでにお父様の私を見る目が少し変わった気がするけど、今はそんなことが気にならないくらい幸せな気持ちです。
~おしまい~
私の書く異世界恋愛ワールドシリーズは全て同じ設定の世界観となります
この作品は『ふくふく王子を溺愛して育てたら、その後成長してスマートになった王子から溺愛し返されて困っています』と少し関りのあるお話です。